男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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05話

「それで、由香里(ゆかり)はどう思った?」

 

 耳元で囁かれる北条乃愛(ほうじょう のあ)の低い声に、東雲由香里(しののめ ゆかり)は身体を震わせた。

 

「……っ……わ、悪い人ではなさそうだと」

 

 昼休みの寮室。

 昼食も食べず、由香里(ゆかり)はベッドの上で恋人の乃愛(のあ)に背後から抱きしめられていた。

 

「それだけ?」

「ま、まだよく知らないので」

「そうだね。でも、あまり様子見すると出遅れそうだろう?」

「で、でもッ! ここは様子見が定石です……」

 

 そう言いながら、由香里(ゆかり)は愛しい恋人に体重を預けるように力を抜いた。

 

「女性恐怖症についての確度は?」

「今のところ、それらしい様子は……ない……です」

「ふーん、偽装診断かな? どこかが既に囲ってる可能性は?」

「その割には……クラスの女子と仲良くしています」

「なるほど……囲いが主導した偽装診断なら、それは奇妙だね」

 

 由香里(ゆかり)は熱い息を吐きながら、ゆっくりと背後の乃愛(のあ)へ顔を向けた。

 女性にしては高身長で、どこか王子様然とした印象を与える整った顔つき。豊かな胸元がなければ、美形の男性に見間違えてしまう人も多いだろう。

 

一色雫(いっしき しずく)の動きは?」

「理由は不明ですが……ッ……異常な程のめり込んでいます。クラス選択権だけでなく学級委員長にまで……他の男子は眼中にないとしか」

「まあ、他は大した男子がいないと判断したのかな」

「それでも、普通は様子見を決める段階のはずです」

 

 東雲(しののめ)家の娘は代々、白雪学園へ通うのが習わしだった。

 祖母も母も、姉たちも白雪学園の卒業生で、この学園における定石を知り尽くしている自負があった。

 男子たちには、一度お手付きされた女子を嫌う傾向がある。よって下位クラスに配属された女子は通常、上位クラスに上がれる可能性がある一年生のうちは下位クラスの男子と適度な距離を取る。

 これを逆手にとって、競争率が低いうちにお手付きを狙う戦略もあったが、下位クラスの男子は何らかの大きな欠点を持っているのが常で、逃げ場がない袋小路となる事も多い。

 何より、一色雫はAクラスに配属された身であり、このようなリスクの高い戦略を取る必要は本来ないはずだった。

 

「他に何か気になる事は?」

「……神成寧々(かみなり ねね)という180cmくらいの女子がいるんですが、その子のことをモデルみたいでかっこいい、と褒めていました」

「へえ?」

 

 乃愛(のあ)の声に、喜色が混じる。

 

「私の事もかっこいいと褒めてくれるかな?」

「はい、乃愛(のあ)様以上にかっこいい方などいないので」

 

 そう言って、由香里(ゆかり)は後ろの乃愛(のあ)をじっと見つめて動きを止めた。

 キスを求めたつもりだったが、乃愛(のあ)は上の空のようで反応がなかった。

 

乃愛(のあ)様……)

 

 まだ大した情報もない一人の少年に熱をあげる恋人に対して、小さな嫉妬の炎が膨れ上がる。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)はその王子様然とした姿から女子たちに人気があり、中学時代には既に恋の噂が多い少女でもあった。

 多くの女子に慕われているにも関わらず、たまに見せる憂いを帯びた表情でどこか孤高な雰囲気を纏い、それが特に年下の少女たちを熱狂させた。

 由香里(ゆかり)にとって、自慢の恋人だった。

 

「脅威になりそうな子はいる?」

一色雫(いっしき しずく)以外はまだ大きな動きを見せていません」

「彼は髪が長い方が好みなのかな?」

「まだ何とも……」

「何はともあれ、一回話をしてみたいね。まずは顔を覚えて貰わないと」

「……」

 

 黙り込んだ由香里(ゆかり)に、乃愛(のあ)が「おや?」と悪戯っぽく笑う。

 

「妬かせてしまったかな?」

「まだ一度もお会いしていないのに、気が早すぎます。一体どこを気に入られたのですか?」

「同類だと思ったんだ」

 

 乃愛(のあ)は考える様子もなく、そう言い切った。

 

「同類、ですか?」

「ああ。きっと、一色雫(いっしき しずく)も同じ理由だろう」

 

 由香里(ゆかり)は首を傾げたが、乃愛(のあ)はそれ以上説明するつもりがないようだった。

 いつもの憂いを帯びた瞳で、考え事をするように何もない空間を見つめ続けている。

 それが、由香里(ゆかり)には気に食わなかった。

 

乃愛(のあ)様……」

 

 身体ごと振り向き、正面から乃愛(のあ)の豊かな胸に顔を埋める。

 すぐに乃愛(のあ)の手が、由香里(ゆかり)の頭を優しく撫でてくれた。

 

由香里(ゆかり)も一緒に娶って貰おうね」

「……私は……乃愛(のあ)様さえいれば……」

「そうはいかないだろう?」

 

 困ったように微笑む乃愛(のあ)にそれ以上の我儘を言えず、由香里(ゆかり)は目を閉じた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 東雲由香里(しののめ ゆかり)が教室に戻ると、瑞樹(みずき)の机の周りに人だかりが出来ていた。

 既に大半の女子が昼食を食べ終え、雑談に興じているようだった。

 

「母が伊豆に温泉宿を持っておりまして。身体を休めたい場合はどうかお声を」

「これからは徐々に暑くなります。避暑地として北海道を選んで頂ければ相原(あいはら)家が全力でお迎えします!」

「箱根であれば実家の別荘が。とても過ごしやすいところで、温泉だけでなく釣りも楽しめます」

 

 何やら各自、実家の大きさをアピールしているようだった。

 由香里(ゆかり)は出来るだけ自然に、輪の中に入り込んだ。

 

「そっか。じゃあ宿泊試験が楽しみだね」

 

 クラス中の女子に机を取り囲まれても、瑞樹(みずき)はニコニコと笑みを絶やさずに対応していた。

 それを見て、やはり女性恐怖症は偽装診断ではないか、と由香里は怪しんだ。

 京都の公家はしばしば、お気に入りの男性を囲う為に偽の診断を出し、手元に置いてきた歴史がある。始国十八家の台頭により現代ではあまり見られなくなった手法だが、可能性としては完全に排除し切れなかった。

 

「あの、瑞樹(みずき)くんって名前で呼んでもいいですか?」

 

 不意に一人の女子生徒が問いかける。

 由香里(ゆかり)は思わずギョっとして、声の主である相原由良(あいはら ゆら)に目を向けた。

 女性恐怖症の診断が出ている男子相手にやりすぎではないか、と思ったが当の瑞樹(みずき)は特に気にした様子もなかった。

 

「うん、好きに呼んでくれていいよ。ボクももう少し慣れたら名前で呼ばせてもらうね」

 

 周囲から黄色い声があがる。

 由香里(ゆかり)は一人、困惑した様子で周囲をうかがう事しか出来なかった。

 どうやら乃愛(のあ)と逢引している間に、随分と打ち解けたようだった。

 

(……聞いていた話と違いすぎます)

 

 下位クラスの定石は様子見一択だったはずなのに、クラスの全員が妙な積極性を見せ始めている。

 このままでは、藤堂瑞樹(とうどう みずき)は一年生の内に囲いに閉じ込められるだろう。

 乃愛(のあ)が顔見せを急いでいるのは正解だったかもしれない、と思った。

 

瑞樹(みずき)様は、放課後に何かご予定ありますか?」

「えっと、今日は奉仕先を調べておこうかなって」

 

 その場の全員が動きを止めた。

 誰も触れてこなかった話題。触れられなかった話題。

 緩んでいた空気が一瞬で引き締まる。

 

「……既にご予定があるのですか?」

「まだ具体的な日程は決めてないけど、来週から出られるだけ出るつもり」

 

 (しずく)の遠慮がちな問いに、瑞樹(みずき)が穏やかな顔で答える。

 由香里(ゆかり)はますます困惑を隠せなくなった。

 

(どういう事? これではまるで――)

 

 まるで、Aクラスの男子のようだった。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)がKクラスに割り振られた理由の全てが、噓のように消えていた。

 これではもはや、クラス階級制度が機能していないに等しい。

 瑞樹(みずき)が問題なく社会奉仕の実績を積んでいけば、様子見をしていた他の下位クラスの女子達もすぐにKクラスに殺到するだろう。

 

「も、もっとゆっくりでも大丈夫と思いますが」

 

 最悪の未来を想像して、由香里(ゆかり)は思わずそんな事を言ってしまった。

 

「そ、そうですね。さ、先にクラスの親睦会などはどうです?」

「うんうん。瑞樹(みずき)くんの話を色々聞いてみたいな!」

 

 他の女子も同じ未来を想像したのか、瑞樹(みずき)の奉仕活動にブレーキをかけようとしている。

 

「うーん、でもサボっちゃってた三年分を取り返さないと」

 

 冗談っぽく笑う瑞樹(みずき)

 その屈託のない笑顔を見て、由香里(ゆかり)は確信を得る。 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)が実際に彼と会えば、更に惹かれてしまうだろう、と。

 それはきっと確定めいた未来で、大した力を持たない由香里(ゆかり)にはどうしようもない事で。

 だから、心の中で問いかけずにはいられなかった。

 

 

 ――その時がきても、私を貴女の隣に置いてくれますか?




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