「それで、
耳元で囁かれる
「……っ……わ、悪い人ではなさそうだと」
昼休みの寮室。
昼食も食べず、
「それだけ?」
「ま、まだよく知らないので」
「そうだね。でも、あまり様子見すると出遅れそうだろう?」
「で、でもッ! ここは様子見が定石です……」
そう言いながら、
「女性恐怖症についての確度は?」
「今のところ、それらしい様子は……ない……です」
「ふーん、偽装診断かな? どこかが既に囲ってる可能性は?」
「その割には……クラスの女子と仲良くしています」
「なるほど……囲いが主導した偽装診断なら、それは奇妙だね」
女性にしては高身長で、どこか王子様然とした印象を与える整った顔つき。豊かな胸元がなければ、美形の男性に見間違えてしまう人も多いだろう。
「
「理由は不明ですが……ッ……異常な程のめり込んでいます。クラス選択権だけでなく学級委員長にまで……他の男子は眼中にないとしか」
「まあ、他は大した男子がいないと判断したのかな」
「それでも、普通は様子見を決める段階のはずです」
祖母も母も、姉たちも白雪学園の卒業生で、この学園における定石を知り尽くしている自負があった。
男子たちには、一度お手付きされた女子を嫌う傾向がある。よって下位クラスに配属された女子は通常、上位クラスに上がれる可能性がある一年生のうちは下位クラスの男子と適度な距離を取る。
これを逆手にとって、競争率が低いうちにお手付きを狙う戦略もあったが、下位クラスの男子は何らかの大きな欠点を持っているのが常で、逃げ場がない袋小路となる事も多い。
何より、一色雫はAクラスに配属された身であり、このようなリスクの高い戦略を取る必要は本来ないはずだった。
「他に何か気になる事は?」
「……
「へえ?」
「私の事もかっこいいと褒めてくれるかな?」
「はい、
そう言って、
キスを求めたつもりだったが、
(
まだ大した情報もない一人の少年に熱をあげる恋人に対して、小さな嫉妬の炎が膨れ上がる。
多くの女子に慕われているにも関わらず、たまに見せる憂いを帯びた表情でどこか孤高な雰囲気を纏い、それが特に年下の少女たちを熱狂させた。
「脅威になりそうな子はいる?」
「
「彼は髪が長い方が好みなのかな?」
「まだ何とも……」
「何はともあれ、一回話をしてみたいね。まずは顔を覚えて貰わないと」
「……」
黙り込んだ
「妬かせてしまったかな?」
「まだ一度もお会いしていないのに、気が早すぎます。一体どこを気に入られたのですか?」
「同類だと思ったんだ」
「同類、ですか?」
「ああ。きっと、
いつもの憂いを帯びた瞳で、考え事をするように何もない空間を見つめ続けている。
それが、
「
身体ごと振り向き、正面から
すぐに
「
「……私は……
「そうはいかないだろう?」
困ったように微笑む
◇◆◇
既に大半の女子が昼食を食べ終え、雑談に興じているようだった。
「母が伊豆に温泉宿を持っておりまして。身体を休めたい場合はどうかお声を」
「これからは徐々に暑くなります。避暑地として北海道を選んで頂ければ
「箱根であれば実家の別荘が。とても過ごしやすいところで、温泉だけでなく釣りも楽しめます」
何やら各自、実家の大きさをアピールしているようだった。
「そっか。じゃあ宿泊試験が楽しみだね」
クラス中の女子に机を取り囲まれても、
それを見て、やはり女性恐怖症は偽装診断ではないか、と由香里は怪しんだ。
京都の公家はしばしば、お気に入りの男性を囲う為に偽の診断を出し、手元に置いてきた歴史がある。始国十八家の台頭により現代ではあまり見られなくなった手法だが、可能性としては完全に排除し切れなかった。
「あの、
不意に一人の女子生徒が問いかける。
女性恐怖症の診断が出ている男子相手にやりすぎではないか、と思ったが当の
「うん、好きに呼んでくれていいよ。ボクももう少し慣れたら名前で呼ばせてもらうね」
周囲から黄色い声があがる。
どうやら
(……聞いていた話と違いすぎます)
下位クラスの定石は様子見一択だったはずなのに、クラスの全員が妙な積極性を見せ始めている。
このままでは、
「
「えっと、今日は奉仕先を調べておこうかなって」
その場の全員が動きを止めた。
誰も触れてこなかった話題。触れられなかった話題。
緩んでいた空気が一瞬で引き締まる。
「……既にご予定があるのですか?」
「まだ具体的な日程は決めてないけど、来週から出られるだけ出るつもり」
(どういう事? これではまるで――)
まるで、Aクラスの男子のようだった。
これではもはや、クラス階級制度が機能していないに等しい。
「も、もっとゆっくりでも大丈夫と思いますが」
最悪の未来を想像して、
「そ、そうですね。さ、先にクラスの親睦会などはどうです?」
「うんうん。
他の女子も同じ未来を想像したのか、
「うーん、でもサボっちゃってた三年分を取り返さないと」
冗談っぽく笑う
その屈託のない笑顔を見て、
それはきっと確定めいた未来で、大した力を持たない
だから、心の中で問いかけずにはいられなかった。
――その時がきても、私を貴女の隣に置いてくれますか?
想像の10倍以上の評価をくださった皆様に感謝です