男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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19話

 如月(きさらぎ)ひより。

 最近の彼女は、北条(ほうじょう)グループから明らかに孤立していた。

 原因は、音無凪(おとなし なぎ)へのいきすぎた指導が露見したせいだろう。

 瑞樹(みずき)自身も、ひよりの暴力行為を一切容認するつもりはなかった。

 しかし彼女もまた、既にクラス選択権を使ってしまった生徒の一人でもある。

 如月(きさらぎ)ひよりには、Kクラスにしか居場所がない。

 彼女を完全に排斥するつもりもなく、どこかで落としどころを探る必要があった。

 

「こういうのって、なんか懐かしいよね」

 

 アリの観察は、小学校の夏にやる定番の課外授業だった。

 木陰になっているせいか、辺りの土はまだ湿り気を帯びている。

 草を掻き分けているだけで、すぐに指先が泥だらけになった。

 

「……これ」

 

 見かねたのか、ひよりがハンカチを差し出した。

 素直に受け取り、手を拭う。

 

「ありがと。優しいね」

「……」

 

 ひよりは無言で、再び草木を掻き分け始めた。

 しかし同じところを探っているだけで、やる気はあまり感じられない。

 

如月(きさらぎ)さんって、夏休みは何か予定あるの?」

「……」

「実家に帰ったり、旅行に行ったりとか?」

「……」

 

 どうやら、雑談に付き合うつもりはないようだった。

 如月(きさらぎ)ひよりとの接点は、多くない。

 どうやって仲良くなろうか、と頭を悩ませていると、ひよりが諦めたように口を開いた。

 

「……どうして」

「ん」

「どうして、私に構うわけ?」

 

 ぶっきらぼうな言葉だった。

 自暴自棄になっている事を、もはや隠そうともしない状態。

 

「なんであんな奴のこと庇ったわけ。低スコアの原住民なんて別にどうでもいいじゃん」

「それは、音無(おとなし)さんのこと?」

「……」

 

 名家によくある選民思想。

 始国十八家である北条(ほうじょう)家とも繋がりがあり、エリートに囲まれて育った家庭環境なのだと想像できた。

 

「社会スコアで言えば、多分ボクが一番低いよ」

「……全然違う。あんたは男でしょ」

「一緒だよ。それに、音無(おとなし)さんは多分、如月(きさらぎ)さんよりも勉強ができると思う」

 

 如月(きさらぎ)ひよりが顔をあげる。

 不快そうな表情だった。

 

「……Kクラスの原住民がそんなのありえない」

「今ね、一緒に勉強会してるんだ。一色(いっしき)さんも驚いてたくらいだから、相当だと思う」

「……」

 

 一色雫(いっしき しずく)の名前が出ると、ひよりは黙り込んだ。

 ひよりも雫の事は認めているのだろう。

 

「クラスの振り分けだけじゃ、何もわからないよ。実際にちゃんと話してみないと」

「それが、私に構ってる理由?」

「そうだね。如月(きさらぎ)さんがどんな人なのか、まだ全然知らないから」

 

 ひよりの態度が、少しずつ軟化していくのがわかった。

 瑞樹(みずき)は微笑むと、慎重に言葉を選びながらぽつりと言った。

 

「それにボクはボクなりに、首席クラスを目指そうと思ってるんだ」

「……それで?」

「だから、如月(きさらぎ)さんみたいに頭が良い人が協力してくれると助かるなって」

「手駒が欲しいってわけ?」

「悪い言い方をすると、そうなるのかも。それに……」

 

 瑞樹(みずき)としては、こちらの方が本音に近かった。

 

「せっかく学校に通うなら、いっぱい友達を作っておきたいしね」

 

 病院のベッドに繋がれて、諦めていたものが目の前にある。

 少しばかり歪な世界にも見えたが、学校生活はそれらしい形のまま。

 前世の記憶が戻る前は怖かったものも、今は煌いて見える。

 

「……甘いでしょ。Aクラスなんか、秩序合理性だけで動いてるのに」

「その秩序合理性っていう考え方もちょっとどうかと思ってるんだけど……」

 

 党が掲げる価値観は、前世の記憶が戻ってからはどうにも違和感しかなかった。

 少なくとも、そんなものがなくても世界が回っていく事を、瑞樹(みずき)はよく知っている。

 

「だからね、良かったら協力してくれないかな。皆と仲良くして、喧嘩せずにね」

「……」

音無(おとなし)さんには謝った?」

「……一応」

「そっか。じゃあ、もう二度とやっちゃダメだよ」

「……うん」

 

 ひよりの目が、僅かに泳いだ。

 

「協力は……約束できないかも」

「そっか。じゃあ、皆とは仲良くできる?」

「努力は……する」

「うん。今はそれだけでいいよ。ありがとね」

 

 瑞樹(みずき)は微笑むと、地面に目を向けた。

 

「それにしても、アリさんって全くいないね」

「連日の雨で流されたかも……しれませんね」

「いまさら敬語使わなくていいよ。同級生なんだし」

「……そう。じゃあ好きにするけど」

「うん」

「ちょっと移動しない?」

 

 立ち上がり、別の木の根元に足を進める。

 

「この辺はどうかな?」

「さあ。私、アリに詳しくないし」

 

 ひよりはアリに対して、あまり熱意がなさそうだった。

 それで少し親近感を覚える。

 

「そういえば如月(きさらぎ)さんって、党のパーティーとか出た事ある?」

「パーティー? どうして?」

「今度、Cクラスの白川(しらかわ)くんと社会奉仕にいく約束してて。どんな所なのかなって」

 

 社会奉仕は、行き先によって加算される信用スコアが変わる。

 白川健斗(しらかわ けんと)いわく、党のパーティーはスコアの観点で非常に旨味があるらしい。

 

「ああ……親に連れて行ってもらえた事あるけど、普通の立食パーティーだよ。適当に楽しんだらいいと思う」

「そっか。お母さんが党員なの?」

「うちは代々そう。党員になれなかったら勘当するって言われてるくらいだし」

 

 党員は、エリートコースへの入り口である。

 民間企業であろうと一定以上の規模であれば、法的に党員しか許されないポストが存在する。

 党への従属を確固たるものにしている根幹システムの一つで、これを得るには清華団(せいかだん)での熱心な活動や奉仕活動が必要となる。

 通常、党員資格を得るのは幹部からの推薦以外では三十代を超えてからになる事が多い。

 この党員資格を無条件に入手できるのが、首席クラスでの卒業である。

 

「……それは、結構プレッシャーだね」

「別に。皆やってる事だから」

 

 少しだけ、彼女の価値観を形成する元が見えた気がした。

 自分が高いレベルを求められてるからこそ、他人にも同じ事を求めてしまうのだろう。

 

瑞樹(みずき)くーん、こっちにアリさんの行列いるよ!!」

 

 神成寧々(かみなり ねね)の誇らしそうな声が遠くからする。

 瑞樹(みずき)は小さく手を振ってから、ゆっくりと立ち上がった。

 

「呼ばれてるからいくね」

「……」

「ハンカチ、洗ってから返すよ。ありがとう」

「……うん」

 

 視線の先では寧々(ねね)由良(ゆら)が一か所に集まり、急かすように手招きしている。

 思わず苦笑しながら、彼女たちに合流する。

 

「ほら! すごい! アリさんがいっぱい!」

「皆で協力して大きい餌を運んでるんだ。本当に人間みたいだよな」

 

 (すず)が心から感心したように言う。

 人間に似ているという意見には同意しかね、瑞樹(みずき)は何も言わなかった。

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