男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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23話

 昼休み、如月(きさらぎ)ひよりは食堂へ向かった。

 最近のひよりは、昼食を一人で食べるようになっていた。

 強制されたわけではない。

 ただ、学級会でKクラスからの離脱が決まってから、居心地の悪さを感じて自主的に距離を取る事にしていた。

 日替わり定食を頼み、空いている席に腰掛けたところで、予期せぬ人物に声をかけられる。

 

「ご一緒してもいいですか?」

 

 東雲由香里(しののめ ゆかり)だった。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)の元恋人。

 彼女もまた、北条(ほうじょう)グループの中で居場所を失いつつある。

 

「別にいいけど」

「ありがとうございます」

 

 由香里(ゆかり)が頭を下げる。

 品のある所作だった。

 

乃愛(のあ)様の近くにいなくていいわけ?」

乃愛(のあ)様はもう、私に興味がありませんので」

「……」

 

 かける言葉がなかった。

 黙り込んだひよりに、由香里(ゆかり)が言い訳するように言葉を続ける。

 

乃愛(のあ)様が悪いわけではありません。私が……私が悪かったんです」

「……そう」

 

 乃愛(のあ)由香里(ゆかり)の間に何があったのか、ひよりは知らなかった。

 ただ、関係が解消された事だけはグループの中で噂になっていた。

 

「互いに、大変な立場ですね」

「……諦めたの?」

 

 ひよりは、中等部からのエスカレーター組である。

 乃愛(のあ)由香里(ゆかり)の関係が中等部から続く長いものであることを良く知っていた。

 

「完全に諦めたわけではありませんが、勝ち目がないとも思っています」

「……そう」

乃愛(のあ)様はいずれ、世継ぎをお作りにならなければなりません。こうなる事もまた、覚悟の上でした」

 

 始国十八家たる北条(ほうじょう)家の長女。

 乃愛(のあ)には、決して避けられない多くの責任がある。

 

乃愛(のあ)様が瑞樹様に向けられる眼差しは、本気だと思います。義務から生じるものでもありません」

「これからどうするわけ?」

「そうですね……今の乃愛(のあ)様が望んでいる事はただ一つ。瑞樹(みずき)様に一人でも多くの寄騎(よりき)をあてがう事でしょう。ならば、私がすべき事は一つです」

「それは……随分と複雑だね」

 

 素直に、気の毒だと思った。

 恋人を奪った相手に、今度は尻尾を振らなければならない。

 東雲由香里(しののめ ゆかり)の置かれた境遇は、誰よりも残酷なものとなる。

 

「そうですね。ただ、恨んではいないんです。仕方ないかな、としか」

 

 諦めたような笑みだった。

 

「仕方ない?」

「もうちょっと質の悪い男性だったら恨めたんですけどね。あまりにも勝ち目がなさそうなので諦めもつきます」

「……そう」

「最近は特に彼が不在のクラスを見ていると、人を掌握する何かがあるように思えます。乃愛(のあ)様のお相手としては適任かもしれませんし」

 

 ひよりはじっと、由香里(ゆかり)を観察した。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)について語る由香里の表情は、遺恨が残っているようには見えない。

 むしろ、少し傾倒しているようにさえ見えた。

 

「もしかして、もう乗り越えたの?」

「まさか。まだ気持ちの整理もついていません。しかし、悪く思っていないのも事実です」

 

 それに、と由香里(ゆかり)は寂しそうに言った。

 

「私は副委員長です。ちゃんと役割を果たしている限り、乃愛(のあ)様が完全に私を見捨てる事はないでしょう」

「結構、打算的なんだ?」

「こういう女でないと、乃愛(のあ)様の相手は務まりません」

 

 心の中で、ひよりは同意した。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)には、空虚な部分がある。

 誰にでも友好的に振る舞うが、その実、誰にも心を許さない。

 

「私の話ばかりになってしまいました。ひよりさんはどうなんですか?」

「……何が?」

「恨んでいませんか? 乃愛(のあ)様のこと」

「……」

 

 ひよりは沈黙を選んだ。

 東雲由香里(しののめ ゆかり)は間違いなく、告げ口をするだろう。

 彼女が北条乃愛(ほうじょう のあ)を裏切る事はない。

 かと言って、嘘くさい芝居をするつもりもなかった。

 

「ごめんなさい。意地悪な質問でした」

「別に。気にしてない」

 

 ぶっきらぼうに返す。

 どうせ、彼女との付き合いもあと少しだった。

 

如月(きさらぎ)さんって、Aクラス出身でしたっけ?」

「そうだけど」

「噂によると、Aクラスの吉祥寺(きちじょうじ)様は秩序合理性を何より大事にする方だとか。如月(きさらぎ)家が最も歓迎するお方でしょう。戻れるなら悪い話でもありませんよね」

「まあ……」

「それに、Bクラスの古葉(こば)様。急速にコロニーを拡大させているようです。漏れる確率が低いという点で、こちらも悪くないように思えます」

「そうかもね」

 

 気のない返事をしながら、止まっていた食事を再開する。

 味がしなかった。

 

「あまり興味がなさそうですね」

「どことトレードされるか、こっちじゃ選べないし」

「大事な事は、どちらも如月(きさらぎ)家に向いているという事です」

「……」

 

 東雲由香里(しののめ ゆかり)がわざわざ話しかけてきた理由を、何となく理解する。

 ようは、釘を刺しにきたのだろう。

 由香里(ゆかり)は不要なトラブルを排除しようとしている。

 

「Kクラスから出ていくのは悪い話ではありません。首席クラスになれる確率もあがるでしょう」

「原住民の面倒も見なくていいしね」

「ええ。どうか前向きに頑張ってください」

 

 激励のように見えて、突き放すような言い方だった。

 問題を起こすな、と暗に彼女はそう言っている。

 ひよりは黙って食事を続けた。

 由香里(ゆかり)も、それ以上は喋ろうとはしなかった。

 そのまま暫く無言が続いた時、不意に食堂が静まった。

 違和感を覚え、顔をあげる。

 入口に、藤堂瑞樹(とうどう みずき)が立っていた。

 食堂中の視線を集めながら、キョロキョロと辺りを見渡している。

 

「何で……」

 

 思わず立ち上がると、瑞樹(みずき)がこちらに気づいたようにとたとたと駆け寄ってきた。

 

「あ、いた。探してたんだ」

 

 瑞樹(みずき)はそう言って、ポケットからハンカチを取り出した。

 

如月(きさらぎ)さん、この前はありがとうね。ちゃんと洗ったから」

「……ああ」

 

 アリの観察の時に、手を汚してしまった瑞樹(みずき)に貸したハンカチだった。

 ふわりと、柔軟剤の良い香りがした。

 同時に、包み紙に包まれた小箱も手渡される。

 

「これは?」

「こっちはお礼だよ。良かったら食べて」

 

 ひよりが受け取ると、瑞樹(みずき)は申し訳なさそうに由香里(ゆかり)に目を向けた。

 

「食事中にごめんね。それじゃね」

「あ……うん」

 

 残されたひよりは、とたとたと戻っていく瑞樹(みずき)の背中を目で追う事しか出来なかった。

 それから、手元に視線を落とす。

 綺麗に包まれた小箱。

 そっと開けると、高そうなチョコレートが入っていた。

 

「まさか、ハマったわけじゃないでしょうね」

「……そんなんじゃない」

 

 由香里(ゆかり)の冷たい言葉に、ひよりは小さく呟いた。

 それから、チョコを一つ口に放り込む。

 

「忠告しておきますけど、短慮は起こさない方がいいですよ」

「……言われなくても分かってるっての」

「ならいいですが」

 

 口の中に、ほろ苦さと甘みが広がっていく。

 どうしようもなく、胸が苦しかった。

 あっという間にチョコは溶けてしまい、後には胸のざわめきだけが残された。

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