男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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24話

 六月上旬。

 日本列島全域に、強い雨が降っていた。

 御倍美弥(ごばい みや)は雨の中、藤堂瑞樹(とうどう みずき)のマンションに走って駆け込んだ。

 

「今日は御倍(ごばい)さんが一番だね」

「そ、そうか」

 

 扉を開けて出迎えた藤堂瑞樹(とうどう みずき)が、ニコりと言う。

 美弥(みや)はつい、と視線を逸らした。

 

「どうぞ」

「あ、ああ」

 

 中に入ると、奥のリビングから監視するように見つめている御門玲(みかど れい)と目が合った。

 頭を下げ、いつも通り手前の寝室に向かう。

 

御倍(ごばい)さん、いつも早いよね」

 

 腰を下ろすと同時に、瑞樹(みずき)がタオルを持ってくる。

 美弥(みや)はそれを受け取ると、濡れた髪を拭った。

 タオルから瑞樹(みずき)の香りがして、思わずドキりとする。

 

「所属している清華団(せいかだん)が近いせいだろう」

 

 半分、嘘だった。

 こうして二人きりの時間を作りたいが為、いつも走って一本早い電車に乗っていた。

 

「そ、そろそろ特別プログラムの時期だな」

「そうだね。結局、何をやるんだろう」

「地区担当官がどこの出身かで内容が左右されるらしい。元軍人なら、軍事系のプログラムになる事が多い」

「そうなると、御倍(ごばい)さんたちが活躍できるね」

 

 屈託のない笑みを向けられ、美弥(みや)はそわそわと視線を泳がせた。

 

「わ、私は剣を修めているだけだ。軍事全般に明るいわけではない」

「そうなの?」

「そうなると、頼りになるのは乃愛(のあ)だろう。統帥権を預かる次期当主として、様々な知識を授かっているはずだ」

「そういえば御倍(ごばい)さんは乃愛(のあ)と付き合いが長いんだっけ?」

「ああ……乃愛(のあ)とは幼少からの付き合いだ。私が一番、古いと思う」

 

 言いながら、タオルで髪を拭う。

 もう拭う必要もなかったが、なんだか手持ち無沙汰だった。

 

「そっか。じゃあ乃愛(のあ)の本家って行った事あるの」

「もちろんある」

「夏休みに行く事になってるんだけど、どんなところなの?」

「昔ながらの大きい屋敷だ。大きさには少し驚くかもしれない。ご当主様は厳しい方だが、瑞樹(みずき)様に対してはお優しいだろう。それほど緊張する必要はないと思う」

 

 夏休みには、美弥(みや)も同行する予定となっている。

 泊まりで何かを期待している自分が恥ずかしくなり、美弥(みや)は目を背けた。

 そこで、チャイムが鳴った。

 

「あ、誰かきた。ちょっと出てくるね」

「ああ」

 

 瑞樹(みずき)が立ち上がり、玄関へ向かう。

 残された美弥(みや)は手に持ったタオルを、そっと鼻に近づけた。

 瑞樹(みずき)と同じ柔軟剤の香り。

 足音が聞こえ、慌ててタオルを離す。

 

「こんばんは」

 

 入ってきたのは神成寧々(かみなり ねね)だった。

 

「お茶もってくるね」

「ああ、すまない」

 

 そのまま瑞樹(みずき)がリビングに消え、寝室に寧々(ねね)と二人きりになる。

 玄関で貰ったのだろうタオルで髪を拭いながら、寧々(ねね)は何も言わずテーブルの対面に座った。

 

「……」

 

 気まずい沈黙が落ちた。

 所属しているグループも異なる事から、学校でも話す機会はない。

 それに何となく、寧々(ねね)側から仲良くしようという意思を感じなかった。

 既にコロニー入りしている神成寧々(かみなり ねね)からすれば、こちらはただの警戒対象でしかないのだろう、と考える。

 

「雨ばかりで嫌になるな」

「うん……」

 

 やはり、会話は長く続かなかった。

 無言のまま、瑞樹(みずき)を待つ。

 

「おまたせ」

 

 三人分のコップを持った瑞樹(みずき)がやってくる。

 それでようやく、張りつめていた空気が解けた。

 

「ありがとう」

 

 瑞樹(みずき)が腰を下ろすと、すぐに寧々(ねね)が身体を寄せた。

 肩を並べ、そのまま体重を預けるように密着する。

 

「……」

 

 美弥(みや)は小さく息をつき、鞄から教科書を取り出した。

 

「時間がもったいない。先に始めるとしよう」

「うん、そうだね」

 

 瑞樹(みずき)もいそいそと勉強会の準備を始める。

 しかし、寧々(ねね)は動かず、ただ瑞樹(みずき)に身体を寄せるだけだった。

 

寧々(ねね)ちゃん、練習で疲れてない? ベッドで横になってても良いよ」

「ううん。瑞樹(みずき)くんの隣にいたい」

「……」

 

 美弥(みや)はノートを開くと、黙々と復習を始めた。

 そこでまた、チャイムが鳴る。

 

「出てくるね」

 

 瑞樹(みずき)が玄関に向かう。

 渋々といった様子で寧々(ねね)が勉強の準備を始めた。

 

音無(おとなし)さんだった。お菓子もってくるね」

 

 瑞樹(みずき)に連れられて、音無凪(おとなし なぎ)がぺこりと頭を下げて部屋に入ってくる。

 また、沈黙が落ちた。

 音無凪(おとなし なぎ)神成寧々(かみなり ねね)は互いに一言も発さず、雑談を試みる事すらしない。

 

(このグループ、意外と仲良くないんだな)

 

 美弥が見る限り、(なぎ)寧々(ねね)の間には距離があった。

 お互い、口数が少ないタイプなのもあるのだろう。

 皆木鈴(みなき すず)相原由良(あいはら ゆら)がグループの潤滑油となっているようだった。

 

(もしも今回の試験で相原(あいはら)が落ちれば、空中分解するかもしれないな)

 

 相原由良(あいはら ゆら)には、明確な強みがない。

 勉強はできないし、体育祭でも大した活躍はしなかった。

 元は北海道の名家らしいが、没落していて家格も高いとは言えない。

 しかし、グループにとっては欠かせない存在となっている。

 

「……」

 

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)は、果たしてこれに気づいているだろうか。

 そう考えた時、瑞樹(みずき)が戻ってきた。

 

「はい、どうぞ」

 

 お茶菓子がテーブルに並べられる。

 その時、再びチャイムが鳴った。

 瑞樹(みずき)が再び、玄関に向かう。

 部屋の中はやはり、沈黙が続いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「そういえば、六月の遺伝子提供の補助は決められましたか?」

 

 勉強会の休憩中、一色雫(いっしき しずく)が不意打ちのように爆弾を投げた。

 美弥(みや)は思わず、手にしたお菓子を落としそうになった。

 

「えっと……」

 

 瑞樹(みずき)が、慎重に周りを見渡す。

 一色雫(いっしき しずく)は、何かを期待するようにニコニコと瑞樹(みずき)を見つめている。

 寧々(ねね)は不安そうな顔で、皆木鈴(みなき すず)相原由良(あいはら ゆら)はあまり関心がなさそうにしながらも、内心では期待しているのが筒抜けだった。

 

「試験結果が出てからにしようと思ってるんだけど……」

「なるほど。公平性を期すには一番かもしれません」

 

 一色雫(いっしき しずく)が納得したように頷く。

 確かに、公平性の面で見れば、正しい選択だった。

 お手付きをされた者は、順位に関係なくトレードの候補から外れる。

 ルールが発表された後にお手付きをすれば、不和が生じる。

 

(しかし……相原由良(あいはら ゆら)を守らないのか?)

 

 補欠合格だったことを明かしている相原由良(あいはら ゆら)

 現状、トレード候補としては最も危うい立場にある。

 近しいグループにいる由良(ゆら)瑞樹(みずき)が守らないのは、美弥(みや)にとっては意外だった。

 

「公平性って言っても、男子がする事に異議を唱える者はいないと思うが」

 

 皆木鈴(みなき すず)が、さらりと言う。

 

「だから藤堂(とうどう)がそれほど気を遣う必要はない」

「うん……でも、出ていきたい人もいるかもしれないから」

 

 ああ、と納得する。

 以前、乃愛(のあ)とも似たような話をした事があった。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)は、他の男子の情報を持っていない。

 クラスから出ていきたい女子が一人もいなかった事も、まだ知らない。

 現状、Kクラスから"自主的に"出ていく予定は如月(きさらぎ)ひよりだけだ。

 そして試験の下位5人が、自主的な選択なのか実力なのか、瑞樹(みずき)が判断する術はない。

 

相原(あいはら)は私が責任をもって、下位5人には入れないよう指導する」

 

 相原由良(あいはら ゆら)は、必要な存在だった。

 今後、コロニーには北条(ほうじょう)グループ以外にも何人かの生徒が入るだろう。

 その時、間を取り持つ人物が必要で、美弥(みや)が見る限りでは相原由良(あいはら ゆら)が適任だった。

 美弥(みや)自身がコロニー入りした際の時も考え、出来るだけ動きやすい人間を残さなければならない。

 

御倍(ごばい)さん……お手柔らかにお願いします」

 

 相原由良(あいはら ゆら)が情けない声をあげる。

 

「だが、その前に特別プログラムも頑張らなければな」

 

 党員適正を測る特別プログラム。

 例年とは異なり、まだ詳細が明かされていない。

 それが、間近に迫っていた。

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