男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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25話

 今にも降りだしそうな、どんよりとした曇り空が頭上に広がっていた。

 空を見上げた藤堂瑞樹(とうどう みずき)の後ろから、御門玲(みかど れい)が囁く。

 

瑞樹(みずき)様、どうされましたか?」

「なんだか嫌な天気だな、と思って……」

 

 車から降りた瑞樹(みずき)(れい)から傘を預かると、いつものように昇降口へ向かった。

 すれ違う一年生の顔が、どこか浮かない。

 特別プログラムの実施日という事もあり、校内には独特の緊張感が漂っていた。

 

「不安ですか?」

「うん。ちょっと胸がざわざわする」

「最初の特別プログラムですから、無理な課題は出ないはずです」

「そうだと良いんだけど……」

 

 今回はただのレクリエーションと聞いている。

 恐らく、教室内で完結する内容なのだろう。

 話している間に、教室に辿り着く。

 

「……これはちょっと予想してなかったかも」

 

 思わず、戸口で足を止める。

 教室から机がなくなっていた。

 いつもより広々とした空間に、椅子が黒板に向かって半円を作るように並べられている。

 

「あ、瑞樹(みずき)くん! 朝来たらもうこうなってて……」

 

 神成寧々(かみなり ねね)が駆け寄ってくる。

 

「レクリエーションの為かな?」

「そうみたい……な、何するんだろう」

 

 教室の中を、ゆっくりと見渡す。

 いつもと異なる席の並びになっている為、自分の席がわからない。

 先に登校しているクラスメイト達は、好きなところに座っているようだった。

 

「な、なんだか緊張するね……」

「暫定二位だし、多少順位を落としても問題ないと思う。だから気楽にいこう」

 

 緊張を解くのが先だと思い、あまり気にしてない風を装う。

 瑞樹(みずき)はさっと辺りを見渡した後、一人で座っている音無凪(おとなし なぎ)の隣に向かった。

 寧々(ねね)が慌てて、反対の席に腰掛ける。

 

「おや、これは驚いた」

 

 後から、北条乃愛(ほうじょう のあ)寄騎(よりき)たちが教室に入ってくる。

 

「もしかして椅子取りゲームやフルーツバスケットでもするのかな?」

 

 乃愛(のあ)の冗談に、寄騎(よりき)たちがクスクスと笑う。

 彼女たちが空いている席に向かうと、殆どの席が埋まった。

 その後も、ちらほらと生徒たちが登校してくる。

 少なくとも、椅子は全員分あるようだった。

 

「全員揃っていますね」

 

 教室に入ってきた担任、氷影澪(ひかげ みお)が感情を見せず淡々と確認する。

 普段と変わらないその姿が、安心感をもたらした。

 

「予定通り、本日は特別プログラムを受講して頂きます」

 

 そわそわと、周りを見渡す。

 対面の乃愛(のあ)と目が合った。

 途端、いつもの余裕のある笑みを向けてくる。

 瑞樹(みずき)は小さく微笑み返すと、教壇に視線を戻した。

 担任がノートパソコンを用意しているところだった。

 

「今回の特別プログラムは全クラスで同時に実施いたします。ですから、地区担当官からの説明は画面越しとなります。質問があれば私を通してください」

 

 担任の氷影(ひかげ)がリモコンを操作し、天井からプロジェクターが下りてくる。

 同時に教室が暗くなった。

 黒板に、青い画面が映し出される。

 

「そのままお待ちを」

 

 そう言って、氷影(ひかげ)は腕時計に目を向けた。

 無言の時間が過ぎていく。

 誰かの鼻を啜る音が、妙に大きく響いた。

 

「時間です」

 

 氷影(ひかげ)が顔をあげると同時に、画面が白く光った。

 眩さに、一瞬だけ目を閉じる。

 そして目を開くと、一人の女の上半身が映し出されていた。

 党幹部にしてはまだ若い。三十代中頃といった見た目。

 蛇のような鋭い目が、こちらを睥睨するように画面越しに向けられる。

 

『未来の党幹部候補の諸君、おはよう』

 

 静かな声だった。

 ゆったりと、もったいつけるような喋り方で女は喋る。

 

『まずは自己紹介をしよう。倫理監察局で高等監察官を務めていた無道(むどう)という。これから三年間、地区担当官として諸君を受け持つ事になる』

 

 倫理監察局。

 その名前が出た瞬間、教室の空気が張りつめた。

 市民からの密告を受ける機関であり、不正や汚職、反逆の兆しがあれば独自に粛清を行う権限を持つ。

 倫理監察局は市民からすれば、恐怖の対象でもある。

 

『さて、何から話そうか。倫理監察局は、誤解を受けやすい機関だ。何かと恐れられる事が多いが、我々は善良な市民の味方でもある』

 

 カツン、と無道(むどう)が机を指で叩く音が響いた。

 神経質そうに、指が机を何度も叩く。

 

『ここで言う善良な市民とは勤勉な労働者たちを指す。諸君が社会スコアを高く保ち、党のためによく働いているならば、我々を恐れる必要はない』

 

 無道(むどう)の後ろには、見慣れた黒板がある。

 どうやら実際に白雪学園まで足を運び、空き教室から説明しているようだった。

 

『人間は、社会性生物だ。動物のように家族単位や群れ単位で生きる事はできない。繁殖するには、大きな国家が必要となる。そうして、文明というものが築き上げられた』

 

 聞いている間、教室の中では誰も身じろぎ一つしなかった。

 無道(むどう)が持つ威圧感から、画面越しでも息苦しさを感じるほどだった。

 

『そして、人間を人間たらしめる文明の維持には、とてつもない努力が必要である。我々は忠実な働きアリとして、党という巨大なコロニーを維持するために奉仕しなければならない』

 

 しかし、と無道(むどう)は言葉を切った。

 

『コロニーは我々の党だけではない。世界には厄介なコロニーが存在する。例えば、共産主義者たち。放っておけば癌細胞のように増殖し、我々のコロニーを乗っ取ろうとする。これを善良な市民の密告によって排除するのが我々の仕事だ』

 

 教室の隅で、担任の氷影(ひかげ)がカメラを回していた。

 どうやら、こちらの様子も向こうに見えるらしかった。

 

『今回の特別プログラムは、こうした社会を疑似的に体験するレクリエーションである。遊びを通して、倫理監察局の存在意義を理解してもらう。では、詳細なルール説明に移ろう』

 

 画面が切り替わった。

 無道(むどう)の姿が消え、ルールが文字だけで表示される。

 上部には、ポップな字体で密告ごっこと題されていた。

 

「随分と、嫌なゲーム名だな」

 

 ぽつりと、黒崎蓮(くろさき れん)の呟きが聞こえた。

 スピーカーから、無道(むどう)の平坦な説明が流れ続ける。

 

『これから五分の猶予を与える。その間に、諸君は奉仕か裏切りのどちらかに投票しなければならない。奉仕を選んだ場合、クラスポイントが1点加算される。裏切りを選んだ場合、クラスポイントから5点引かれる代わりに学期末の試験に5点が加算される』

 

 それを聞いた瞬間、教室がざわついた。

 試験に加算を受けるという事は、トレードの結果に影響を与える事でもある。

 教室のざわめきを無視するように、無道(むどう)が言葉を続ける。

 

『五分の投票が終わり次第、所属クラスに裏切者が何人いるのか結果が表示される。更に次の五分で、裏切者を特定するための相談を許可する。各クラスで裏切り者が誰か相談し、一人を密告せよ。無事に裏切者を密告する事ができれば、その裏切り者によって引かれたクラスポイントは帳消しとなり、裏切者への加算も行わない』

 

 瑞樹(みずき)は思わず、眉をひそめた。

 裏切り者が一人まで、というルールはない。

 なのに、密告できるのは一人まで。

 複数の裏切りが発生すれば、クラスポイントが確実にマイナスになる設計に見えた。

 

『これを5ラウンド繰り返した後、最後に全クラスの結果を発表する。それまで他クラスの成績を閲覧する事は出来ない。裏切り者が多発した下位3位クラスは更にクラスポイントから30点引く事とする。以上がレクリエーションのルールとなる』

 

 クラスポイントから30点、という言葉で教室が更にざわついた。

 体育祭で得たクラスポイントは90点。一気に下位に転落する事になる。

 画面が無道の姿に切り替わり、こちらを睥睨するように言う。

 

『学校もまた、一つの社会である。裏切り者が多発する社会は崩壊する。レクリエーションを通して、諸君には密告の必要性と抑止力を学んでもらおう、という事だ』

 

 隣の寧々(ねね)が不安そうに顔を覗き込んでくる。

 

瑞樹(みずき)くん……」

「大丈夫だよ」

 

 半円になった向こうの席から、乃愛(のあ)の粘ついた視線が届いた。

 

『奉仕と裏切りの選択や密告の投票は学内サイトから、担任へのメッセージを利用して各自で行う。多少の誤字脱字は許容するが、無投票、空白、意味をなさないメッセージは裏切り票として扱う。選択を行う権利は、現時点で教室にいる者のみに与える。遅刻や欠席している者の投票は無効とする』

 

 無道(むどう)はそこで、生徒たちの理解を確かめるように間を置いた。

 

『レクリエーションの概要は以上だ。質問があれば受け付ける。各クラスで担任に伝え、それを私に送って欲しい』

「質問は慎重にした方がいい。抜け道を他クラスに教えてしまう危険性がある」

 

 乃愛(のあ)が忠告するように、全体に向かって言う。

 そうしてる間に、無道(むどう)が口を開いた。

 

『Aクラスから質問を受けた。投票を物理的に妨害する行為は許されるのか、という内容である。回答として、物理的な妨害や暴力は一切許容しない。同様に、投票を覗き見る行為も許容しない。覗き防止の為に諸君の席をわざわざ半円としている事に留意してもらいたい。しかし、非物理的な、例えば精神的な脅迫は許容する。クラス内の裏切り者に対して抑止力を働かせる事は、倫理監察局の社会的意義を肯定するものである。こうした行動はむしろ、推奨されると言っていい』

 

 脅迫は許容する、という物騒な言い回しに一瞬で空気が張りつめた。

 無道(むどう)は表情を変える事なく、更に次の質問を読み上げる。

 

『続いてBクラスからの質問である。クラス間の人数差はどうするのかという問いだが、レクリエーションが破綻するほどの人数差はないと考え、特に対応はしない』

 

 もっとも人数が多いのはKクラスだった。

 全員が奉仕を選択すれば、獲得できるクラスポイントは最多になる。

 その代わり、裏切り者の割合が多ければ密告で抑止できず、破綻しやすいようにも思えた。

 

『またAクラスからの質問が届いているので答える。このレクリエーションで裏切りを選んだ場合、信用スコアに傷がつくのか、という質問である。当然、傷はつかない。このレクリエーションはただの遊びである。そして裏切りに対して社会全体でどう抑止をするか、という学びを得る場であり、ここで裏切りを選択したからといって本物の社会で諸君が裏切りを企てているなどと考えるほど私は石頭ではない』

 

 無道(むどう)はそこで初めて表情を崩し、小さく笑った。

 高等監察官という職業柄、必要以上に恐れられる事が多いのかもしれない。

 

『さて、他に質問は? ゲーム中でも疑問があれば、担任を通して質問する事を許そう』

 

 何となく、一色雫(いっしき しずく)へ目を向ける。

 彼女は落ち着き払った様子で、姿勢よく静かに座っていた。

 瑞樹(みずき)の視線に気づくと、ニコりと笑みを向けてくる。

 

『質問がなければ1ラウンド目を始める。これから五分の間、各自で奉仕か裏切りを選び学内サイトから投票せよ。クラス内での話し合いも自由に許可する』

 

 では開始する、と無道(むどう)が静かに宣言すると同時に、画面にタイマーが表示された。

 五分から徐々にカウントダウンされていく。

 最初に、一色雫(いっしき しずく)が立ち上がった。

 

「まずはクラス全体の方針を決めましょう」

「そうだね。裏切り者が多い3クラスはクラスポイントを大きく失うという制約もある。私たちの選択肢はそれほど多くない」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)がいつもの余裕のある笑みを浮かべ、ゆったりと言う。

 それに対し、黒崎蓮(くろさき れん)が怪訝そうに顔をしかめた。

 

「戦略も何もない。こんなの、全員で奉仕に投票するしかないだろ」

「その通りなのだよ。我々Kクラスは暫定二位で首席クラスも狙える位置にある。クラスポイントを犠牲に個人の試験に加点など、割に合わないのだよ」

 

 そう主張するのは天城久遠(あまぎ くおん)

 半円に並んだクラスメイトたちが頷く。

 瑞樹(みずき)が見た限り、今のKクラスでわざわざ裏切りを選択するクラスメイトはいないように思えた。

 

「問題は2ラウンド目からでしょう」

 

 不意に、篠宮聖華(しのみや せいか)が口を開いた。

 

「もしも1ラウンド目で裏切り者が出た場合、一斉に崩れる可能性があります。特に成績下位の者たちは、真面目に奉仕を選べば馬鹿を見る事になる。そういう状況を許さないように楔を打つ必要があります」

「楔を打つ。つまり、担当官が言っていたように、密告という抑止力をうまく使え、という事かな」

 

 乃愛(のあ)の言葉に聖華が、ええ、と頷く。

 

「ですから、先手を打って宣言しましょう。裏切り者が一人でもいた場合、成績が下位になりそうな者から密告すればいい」

「トレード制の事もあります。公平を期すためにも、成績下位グループでの裏切りを特に抑止するべきという考えには同意します」

 

 (しずく)が意見をまとめ始める。

 その時、隣の音無凪(おとなし なぎ)瑞樹(みずき)の袖をくい、と引っ張った。

 

「どうしたの?」

「……あの……これ、有限繰り返しモデルと呼ばれる社会理論の亜種です……」

 

 瑞樹(みずき)にしか聞こえない声量だった。

 

「えっと、有限繰り返し……?」

「……基本的に裏切る事が最適解となっていて……なので、どうやって反逆を防止するか、という党の議論によく使われます」

「なるほど……」

 

 地区担当官の出身は倫理監察局。

 だからこそ、特別プログラムとして使われる事になったのだろう。

 

「……この有限繰り返しモデルの論点は……ペナルティをどう与えるか、に収束します」

「裏切った時の罰をちゃんと決めておこう、という事かな。現実だと何が該当するんだろう」

「その……つまり、粛清や処刑です」

「それは……あまり穏やかじゃないね」

 

 何となく、地区担当官の意図が見えてきた。

 

「公の場での贖罪……自己批判……そして粛清……それを各クラスで再現する事が特別プログラムの目的だと思います」

「そっか。ありがとう、音無(おとなし)さん」

 

 党員適性を測るプログラムとしては納得感があった。

 しかし同時に、瑞樹の中で別の考えも浮かんだ。

 瑞樹(みずき)(なぎ)が話している間に、似たような事を乃愛(のあ)が語り出していた。

 

「地区担当官は、精神的な脅迫を許容すると言っていた。あるいは推奨する、ともね。ならば裏切り者に明確な罰則を決めておくべきじゃないかな」

「賛成なのだよ。裏切った者だけが得する状況は作るべきではあるまい」

 

 天城久遠(あまぎ くおん)の言葉を皮切りに、クラス内で同意の声が次々とあがる。

 

「裏切りがバレたやつは締めてやりゃあいい」

 

 そう主張したのは黒崎蓮(くろさき れん)だった。

 桃原奈緒(ももはら なお)も肯定するように笑った。

 

「だからぁ、暴力はダメだって。でも、方向性としてはそうだよねぇ。クラスの全員を裏切るわけだしぃ」

「どうせペナルティを作るなら、強烈にした方がいいっすよね。今後、クラスにいられないくらいの」

 

 議論の方向性が定まったところで、無道(むどう)の冷たい声が響いた。

 

『残り三分』

 

 威圧されたように、教室が静まり返る。

 瑞樹(みずき)はそこでようやく、沈黙を破った。

 

「ボクの考えを言ってもいいかな」

「もちろんです、瑞樹(みずき)様」

 

 (しずく)がニコりと笑う。

 瑞樹(みずき)は立ち上がると、ゆっくりと周囲を見渡した。

 席が半円になっている為、全員の顔がよく見えた。

 

「結論から言うと、みんなの好きにしてほしい」

「……それは、どういう事でしょうか?」

「今回のルールは集団か個人のどちらを優先するか、というゲームに見られがちだけど、もっと突き詰めると男子にどれだけ求心力があるかを可視化する試験だと思うんだ」

 

 女子だけのクラスなら、集団と個人のどちらを優先するか、という単純なゲームになるだろう。

 しかし、男子を中心とした小さなコロニーではゲームの意味合いが大きく変わってくる。

 男子がどれだけの信任を得られるのか、という投票のようにも思えた。

 

「いや、瑞樹(みずき)くん……君が責任を負う必要はないよ。これはどれだけ効果的な粛清方法を考えられるか、という試験でしかない」

 

 乃愛(のあ)の言葉に、瑞樹(みずき)は首を横に振った。

 やるべき事はもう決まっていた。

 

「これから三年間一緒にやっていかないといけないのに、罰則で一時的に抑えつけても意味がないよ」

 

 最下位であるKクラスは、クラス選択権によって他クラスに移動する事ができない。

 将来的に出ていくつもりの女子がどれくらいいるのか、今回の試験で可視化されるだろう。

 どこかで正面から直視し、知っておく必要があると思っていた。

 

「だから、ゲーム外のペナルティは特に設定しない。もちろん、ゲームとして密告フェイズは当てにいくけど、不満がある人は裏切りを選んでいいし、裏切りがバレてもあくまでゲーム内の事だから、後で不利になるとかもナシにしようと思う」

瑞樹(みずき)様……」

 

 (しずく)が何か言いたそうな顔をする。

 きっと、甘いと思っているのだろう。

 ただ、即席の罰則でクラスメイトを従わせる事に瑞樹は意味を見出せなかった。

 

「それに地区担当官さんはレクリエーションと言ったよね。だから、それ以上の意味は考えず、普通にゲームとして楽しもう」

藤堂瑞樹(とうどう みずき)……それでクラス順位を大きく落としたらどうするつもりですか?」

 

 篠宮聖華(しのみや せいか)の冷たい声。

 これまで瑞樹(みずき)があまり接してこなかった少女だった。

 泰平大社(たいへいたいしゃ)の一人娘という肩書きを持ち、クラスの中で発言力を持つ存在でもある。

 

「裏切りが多発する時点で、そのうち空中分解してたと思う。早いか遅いかの違いでしかないよ」

 

 意見が対立してしまった篠宮聖華(しのみや せいか)は裏切りを選択するかもしれない、と思った。

 しかしそれもまた、少し気難しそうな彼女と積極的に関わってこなかった自分の責任になるだろう。

 いまさら多大なペナルティを設けて脅迫しても仕方ない。

 

「ごめんね、もう時間がないみたい。それぞれ投票しよう」

 

 画面に表示されるカウントダウンは、一分を切っていた。

 スマホから学内サイトにアクセスし、担任の氷影(ひかげ)にメッセージを送る。

 瑞樹(みずき)はもちろん、奉仕を選択した。

 

「……いいでしょう。ここは貴方のクラスです。貴方の流儀があるならば、最後まで貫き通してみるがいい」

 

 渋々といった様子で、聖華(せいか)が引き下がった。

 他の女子たちも、それぞれがスマホを取り出して選択を始める。

 そして、無言のままカウントがゼロになるのを待った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

――支配とは、何か?

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)は、母の言葉を思い出していた。

 小さい頃から、次期当主として何度も叩きこまれた北条(ほうじょう)としての教え。

 多くの寄騎(よりき)を統制する北条(ほうじょう)の長女として生を受けた乃愛(のあ)は、ずっとそれを考えて生きてきた。

 

――自発的に支配を望む事。それが支配の根幹と知りなさい。

 

 支配の最良の形。

 それは、自発的に支配を望む事だと母は語った。

 

「結論から言うと、みんなの好きにしてほしい」

 

 そう宣言する瑞樹(みずき)を、乃愛(のあ)はじっと見つめた。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)の言葉と、母の教えが重なる。

 この特別プログラムは、どれだけ有効的な粛清方法を確立できるか、という課題だと乃愛(のあ)は考えていた。

 しかし、瑞樹(みずき)だけは男子の求心力を問う課題だと考えている。

 

(これは……彼が持つ資質かな?)

 

 面白い角度の考えだと思った。

 そして自発的な支配を最良として考えている点も、乃愛(のあ)としては好ましかった。

 一色雫(いっしき しずく)篠宮聖華(しのみや せいか)はこれを甘いと評価するかもしれない。

 しかし、北条(ほうじょう)家が求める資質に合致するものでもある。

 

瑞樹(みずき)くんはたまに、そういう片鱗を見せるね)

 

 思えば、藤堂瑞樹(とうどう みずき)は穏やかな性格をしているが、意外と物怖じしないところがある。

 今回も、場の流れと異なる意見を堂々と正面から言い放った。

 篠宮聖華(しのみや せいか)からの圧力も、軽く流してしまっている。

 

(あるいは、最初からか)

 

 最初の遺伝子提供でも、(しずく)乃愛(のあ)の二人に挟まれながら、全く異なる神成寧々(かみなり ねね)を指名した。

 如月(きさらぎ)ひよりの指導の場にも、音無凪(おとなし なぎ)を守る為に自ら乗り込んだ。

 

(そうだ。君はそのままでいい)

 

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)は、間違いなく善良な人間だった。

 表舞台に立ち、人を惹きつけるのに向いている。

 彼の傍には、今後も女が集まり続けるだろう。

 それならば、乃愛(のあ)の果たすべき役割は自ずと決まってくる。

 

『時間切れだ。各クラスの担任が集計を行う。しばらく待機せよ』

 

 画面の向こうで、無道(むどう)が淡々と開票を始める。

 

『他クラスの情報は開示されない事に留意せよ。集計が終わったクラスから結果を伝えていい』

「では、1ラウンド目の結果をお伝えします」

 

 担任の氷影(ひかげ)が、ノートパソコンを眺めながら口を開く。

 

「裏切りを選択した者は、一人でした」

 

 クラスに嫌な沈黙が流れる。

 乃愛(のあ)はゆっくりと息を吐いた。

 ここからは自分の仕事だった。

 汚れ役を藤堂瑞樹(とうどう みずき)にやらせるわけにはいかない。

 

『全クラスで結果の発表が完了した。では、これから五分以内に裏切り者と思われる者を密告せよ。密告はクラス全員で行い、最多投票を集めたものを密告対象とする』

 

 画面に再びタイマーが表示される。

 乃愛(のあ)は迷わず立ち上がった。

 

「時間がない。小テストの時の成績下位の者から――」

「――話し合いは不要です」

 

 乃愛(のあ)の言葉を遮るように、篠宮聖華(しのみや せいか)の静かな声が響いた。

 

藤堂瑞樹(とうどう みずき)。私に従いなさい。裏切り者は如月(きさらぎ)ひよりです」

 

 先手を取られた、という思いと、何故、という疑問の二つがあった。

 これまでの篠宮聖華(しのみや せいか)は、クラス運営から距離を取っていた。

 密告という恨みを買うような行動をここで積極的に取る意図が、乃愛(のあ)にはわからなかった。

 

「……私は奉仕を選んだ」

 

 如月(きさらぎ)ひよりが小さな声で反論する。

 篠宮聖華(しのみや せいか)は、くふ、と小さく笑ってそれを跳ねのけた。

 

「貴女の反論など聞いていません。藤堂瑞樹(とうどう みずき)、私を信じなさい」

「……まずは、成績下位の者から疑うべきだろう」

 

 自分でも白々しい反論だと思った。

 如月(きさらぎ)ひよりがクラスを出ていく事は、女子の全員が知っている。

 しかし、ひよりを秘密裏に追放しようとしている事を瑞樹(みずき)に知られたくなかったし、寄騎(よりき)である彼女を疑う事も立場上まずかった。

 

「小テストの結果が悪かったのは、そこの彼女たちだ。とりあえず、一人を吊るしてみるしかない」

 

 まずは矛先を変える必要があった。

 固まって座っている下川杏(しもかわ あんず)たちに目を向ける。

 即座に、(あんず)が立ち上がった。

 

「わ、私たちは全員奉仕を選んでます!」

「どうかな。じゃあ、他に怪しい人がいるなら教えてほしいものだけど」

「そ、それは……」

 

 (あんず)が言い淀む。

 後は押し込むだけだと思った。

 しかし、思わずところから別の意見が飛び出した。

 

「私は、皆木(みなき)が怪しいと思うけど」

 

 緋村梨々花(ひむら りりか)だった。

 乃愛(のあ)は思わぬ方向からの発言に、動きを止めた。

 

「……」

 

 皆木鈴(みなき すず)は、黙ったまま反論しなかった。

 クラス中の視線が、(すず)に向かう。

 

「社会スコアを欲しがる理由、あるでしょ」

「疑われても仕方ないが、私はちゃんと奉仕を選んでる。判断は藤堂(とうどう)に任せるよ」

 

 (すず)は動揺した様子を見せず、ただ静かにそう告げた。

 

「そういえば皆木(みなき)ってずっと黙ってたよな」

 

 黒崎蓮(くろさき れん)が、援護射撃するように言う。

 乃愛(のあ)はチラりとタイマーに目を向けた。 

 

(まずいな……)

 

 議論がまとまりそうにない。

 ここで水掛け論にハマってしまえば、以降のラウンドで無益な報復合戦を招くだろう。

 流れを変えようした時、先に藤堂瑞樹(とうどう みずき)が立ち上がった。

 

「決まらなそうだったら、ボクが決めてもいいかな?」

 

 教室が静まり返る。

 瑞樹(みずき)本人から疑いをかけられるのは、Kクラスにおける死刑宣告に近しい。

 当たっても外れても間違いなく禍根を残す。

 

瑞樹(みずき)くん、ここは私が――」

「最初から、何となく当たりがついてるんだ」

 

 そう言う瑞樹(みずき)は、奇妙なほどいつも通りの様子だった。

 ちょっとしたクイズに答えてみせるように、微笑みを見せる。

 

「色々と引っ掛かってる事があって、外れてもいいから1ラウンド目に確かめておきたくて」

 

 乃愛(のあ)には、止められそうになかった。

 思わず、(しずく)に目を向ける。

 彼女はただ、嬉しそうな顔をしていた。

 

「多分、裏切りを選択したのは――」

 

 そして、瑞樹の目が一人に向けられた。

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