男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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27話

「多分、裏切りを選択したのは――」

 

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)はそう言って、教室の隅に目を向けた。

 

「――氷影(ひかげ)先生なんじゃないかな」

 

 担任の氷影澪(ひかげ みお)は、ピクりともしなかった。

 ただ静かに、瑞樹(みずき)を見つめるだけだった。

 

「い、いきなり何を言うのだよ。そんなの、ルールがおかしくなるのだよ」

「……いや、ルール上はおかしくないよ。投票権は教室にいる者のみに与えられるといった話だった。遅刻や欠席した者を除外する為のルールだけど、言葉通りなら先生も含まれるかもしれないね」

 

 否定する天城久遠(あまぎ くおん)とは対照的に、北条乃愛(ほうじょう のあ)が理解を示す。

 瑞樹(みずき)は頷いて、久遠(くおん)に向き直った。

 

「このゲームって多分、最初は様子見する人が多いと思うんだよね。そうすると、ゲームが動かなくなる。きっかけを与えるシステムが用意されてるんじゃないかなって」

「辻褄が合いません。裏切り者には学期末試験に加点を与えるというルールもあります。先生は真っ先に除外されるはずですが?」

 

 今度は、篠宮聖華(しのみや せいか)が口を開いた。

 それもまた、瑞樹(みずき)が考えていた事だった。

 

「そうだね。でも、そこも怪しいと思ったところなんだ。社会スコアを直接与えるんじゃなくて、学期末試験に加点っていうところが引っ掛かって。先生に社会スコアを与えるのはマズいから、こういう方法になったんじゃないかな」

「社会スコアではなくて試験に加点するのは、今回のトレード制を利用するためでしょう」

「うん、その可能性も十分にあると思う。だから明確な証拠はないよ」

「そもそも、試験を受けられない先生に加点というのはどういう事ですか?」

「おかしな話だよね。だからそれを利用して試験でネタばらしする予定だったんじゃないかな」

 

 篠宮聖華(しのみや せいか)の顔が、徐々に困惑したものに変わっていく。

 

「ネタばらし……」

「どこかでネタばらしが必要だよね。試験の時に先生にも解答用紙が配られて、生徒を驚かせるとか」

「まさか……そんな……悪趣味な事を……」

 

 聖華(せいか)の視線が、担任の氷影(ひかげ)に向けられる。

 氷影(ひかげ)は黙ったまま動かない。

 

「証拠は……根拠はあるのでしょうか? 今のままでは推論に推論を重ねただけにも思えます」

 

 聖華(せいか)の言葉はもっともだった。

 瑞樹(みずき)は首を横に振った。

 

「正直に言うと、明確な根拠はないよ。ただ、そうかもって思っただけ」

「ではそんな推論、無意味です」

「いや……否定できる材料もないよ」

 

 立ち上がった乃愛(のあ)が、半円になった椅子の中央に歩み出る。

 

「発表されるのは裏切り者の数だけだ。先生に投票権がある可能性は否定できない」

「なあ。他のクラスの裏切った数も見えないようになってるよな。裏切りが1のクラスがいくつもあると怪しまれるからじゃないのか?」

 

 黒崎蓮(くろさき れん)も同意を示す。

 黙り込んだ篠宮聖華(しのみや せいか)に、瑞樹(みずき)は微笑んだ。

 

篠宮(しのみや)さんの言う通り、外れてる可能性もあると思う。でも、無実の人に疑いをかけていくよりは良いかなって。1ラウンド目だし、ここで確認させてくれないかな?」

 

 如月(きさらぎ)ひよりが裏切りを選択したとは思えなかった。

 下川杏(しもかわ あんず)も、皆木鈴(みなき すず)も同様だった。

 順番に除外していった結果、残ったのは教室の隅にいる担任の氷影(ひかげ)だけだった。

 

「もしも氷影(ひかげ)先生が裏切り者の場合、これを無視して議論すれば非常に滑稽な事になります。1ラウンド目でイレギュラーの有無をはっきりさせる為にも、私は瑞樹(みずき)様のご意見に賛成いたします」

「私も異論はないよ。もしも先生が裏切り者なら、特別プログラムの意味が変わってくる。ただの引っ掛け問題でクラスが分解したら冗談じゃ済まないだろう」

 

 一色雫(いっしき しずく)北条乃愛(ほうじょう のあ)が賛同を示す。

 それで、流れが決まった。

 

「……わかりました。藤堂瑞樹(とうどう みずき)、あなたに委ねます」

「と、特別プログラムは生徒に向けたものなのだよ。先生が入ってるなんて意味がわからないのだよ!」

久遠(くおん)、いいから先生に投票してください」

 

 クラスメイトたちがスマホを取り出し、次々と投票を終える。

 

「これで本当に先生が裏切り者だったら、とんでもねえレクリエーションだが……」

「天性の性悪っすよ。マジ喧嘩してるクラスもあるんじゃないっすか?」

 

 女子が話している間に、タイマーがゼロになった。

 

『時間切れだ。では、密告された者が有罪か無罪か、各担任から発表せよ』

 

 無道の声。

 クラス中の視線が、担任の氷影(ひかげ)に向かう。

 氷影(ひかげ)は表情を変えないまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「密告された私、氷影(ひかげ)は有罪です」

 

 瑞樹(みずき)は小さく息をつくと、安堵したように背もたれに体重を預けた。

 

「まさか……本当に……」

 

 篠宮聖華(しのみや せいか)が、呆れたように笑う。

 同時に、何人かの女子が歓声をあげた。

 

「密告を当てたから、クラスポイントから5点引かれる事もない。後は全員が奉仕を選ぶだけでパーフェクトゲームだ」

「ええ。クラス人数もKクラスが最多です。他クラスでパーフェクトゲームがあっても、人数差で勝ちが決まります」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)一色雫(いっしき しずく)の言葉で、ますますクラスに歓声が轟いた。

 そこに、無道(むどう)の声が割り込むように響く。

 

『では、2ラウンド目を始める。諸君には再び、五分間の猶予が与えられる。奉仕か裏切りか選択し、学内サイトから投票せよ』

 

 すぐにクラスメイトたちがスマホを取り出し、穏やかな空気の中で投票が始まった。

 瑞樹(みずき)もスマホを取り出し、奉仕を選択した。

 それから、クラスを見渡す。

 

「追加のギミックはあるかな?」

「どうだろうね。相談時間は五分だけ。そこまで複雑にしないんじゃないかな?」

 

 乃愛(のあ)の楽観的な態度に、瑞樹(みずき)も頷いた。

 時間制限を考えれば、出来る事は限られてくる。

 

「他クラスはどうなったんすかね」

「裏切り者が二人以上いた場合、そもそも引っ掛けを疑う事自体が難しいと思うよ。いかに抑圧するか、に思考がシフトしてしまう。私も、そういう試験だと思い込まされていた」

「Kクラスは46人もいます。もしもAクラスが裏切り1人だけで進行できたとしても、奉仕による加点で暫定一位を狙える可能性が非常に高いのではないでしょうか」

 

 (しずく)の言う通りだった。

 Kクラスは、暫定二位の立場にある。

 今回の特別試験でAクラスを抜いた可能性は十分にある、と瑞樹(みずき)も考えていた。

 

「とはいえ、すぐに学期末試験がある。純粋な学力勝負でAクラスに勝つ事は難しいだろう」

「三日天下というやつです。あまりぬか喜びしても仕方ありません」

 

 調子を取り戻したように、篠宮聖華(しのみや せいか)が毒を吐く。

 その姿に、瑞樹(みずき)は思わず苦笑した。

 

「それでも凄い事だよ。体育祭の時みたいに、また皆でお祝いしよう」

「良いアイデアなのだよ。今度こそ、この天城(あまぎ)が得意のお菓子を振る舞ってやろう」

「おはぎは止めてくださいよ」

 

 雑談している間に、タイマーがゼロになった。

 

『時間切れだ。各クラスの担任は集計を行った後、裏切り者の数を発表せよ』

「2ラウンド目の裏切りは、1名でした」

 

 担任の氷影(ひかげ)が淡々と報告する。

 やはり、これ以上のギミックはなさそうだった。

 瑞樹(みずき)が担任に投票するように呼び掛けると、クラスメイトたちは再び雑談に戻った。

 1ラウンド目の緊張感は、嘘のように消え去っていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『では、全ラウンドの結果発表を行う』

 

 緩み切った空気の中、無道(むどう)の冷たい声が聞こえた。

 Kクラスは結局、一人も裏切りを出さなかった。

 

「Kクラスが何位か賭けねえか?」

「賭けにならないじゃないっすか」

 

 黒崎蓮(くろさき れん)青山遥(あおやま はるか)の調子の良い会話が聞こえてくる。

 その間に、画面が切り替わった。

 上位六位までのクラスが発表される。

 

『一位はKクラスとなっている。裏切りに成功した者はいなかった』

 

 予想していた事ではあったが、発表と同時に一際大きい歓声があがった。

 画面には、各クラスの裏切りに成功した者の数が並んでいる。

 

「やはり、完勝はKクラスだけだね」

「Bクラスが二位なのだよ。まあまあ順当といえよう」

「Aクラスがいませんね」

 

 画面を眺めながら、クラスメイトたちがそれぞれ感想を言い合う。

 確かに、Aクラスが上位にいない事が気になった。

 三位はCクラスとなっており、それ以外は順当な結果となっている。

 

『引き続き、下位5つのクラスを発表する』

 

 再び、画面が切り替わる。

 その瞬間、沈黙が落ちた。

 

「……どういうこと?」

 

 誰かの呟きが、妙に大きく教室に響いた。

 瑞樹(みずき)は何も言わず、最下位となったクラスを眺めた。

 

『I、Jクラスは最終的に全員が裏切りを選択した』

「……そんなこと、あり得るのか?」

 

 黒崎蓮(くろさき れん)の呆然とした声。

 対して、篠宮聖華(しのみや せいか)が冷たい声で答えた。

 

「途中でクラスポイントが底をついたのでしょう。奉仕を選ぶメリットがなくなればそうなります」

「いや……それにしても……」

「Aクラスも何があったんだろう。九位って……」

 

 困惑したように寧々(ねね)が呟く。

 表示された結果を、誰もが疑うように眺めていた。

 

『さて、では今回の特別プログラムの点数によって変動したクラス順位を確認しよう』

 

 再び、画面が更新される。

 予想通り、Kクラスが暫定一位となっていた。

 先ほどと異なり、歓声はあがらなかった。

 クラス全員の視線が、最下位に向けられていた。

 

『暫定一位はKクラスとなった。おめでとう」

 

 まったく感情の籠っていない声だった。

 

「Aクラス、Iクラス、Jクラスの3つはクラスポイントがゼロとなった。最下位脱出を賭けて、学期末試験で頑張ってくれたまえ』

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『今回の特別プログラムを通して、諸君は社会を維持する労力を思い知っただろう。人の上に立つには、人をうまく動かさねばならない。その学びを――』

 

 画面の向こうでは、無道(むどう)がそれらしい事を語り続けている。

 七瀬光(ななせ ひかり)は話の内容を理解する事なく、ぼんやりと画面を眺め続けていた。

 教室には、どうしようもない空気が漂っていた。

 一学期にして、首席クラス争いから転落したのだ。

 代わりに、最下位クラスが暫定一位を取った。

 ありえないことだった。

 

『では、本日の特別プログラムはこれで終了とする。今日は他に授業の予定もないと聞いている。各自で反省会でもすると良いだろう。ご苦労だった』

 

 画面が消える。

 途端、教室の照明が戻った。

 

「お疲れさまでした。学期末試験まで残り三日です。寄り道する事なく、真っすぐ帰るように」

 

 担任はまるで何事もなかったかのように振る舞っていた。

 

「……」

 

 誰も立ち上がらなかった。

 (ひかり)は魂が抜けたように、何もない黒板を見つめていた。

 

(最下位……)

 

 クラスポイントの全てを失った。

 これはもはや、学期末試験で取り戻せるものではない。

 進級時に首席クラスを維持する事も不可能のように思えた。

 

(あるいは……)

 

 今回のように、大きなマイナス点のある特別プログラムがあれば挽回の可能性もある。

 しかしそれも、相手の失点を待つだけの運任せでしかない。

 

(私は……)

 

 Aクラスの学級委員長として、何か言うべきだった。

 しかし、言葉が出てこない。

 何を言えばいいのか、わからなかった。

 不意に、教室の中央にいた吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)が立ち上がった。

 教室中の視線が集まる中、彼は鞄を手に取ると何も言わずに教室から出て行った。

 (ひかり)は考えるより先に鞄を掴むと、その後を追うように席を立った。

 

「あの、吉祥寺(きちじょうじ)様!」

 

 階段の踊り場で追いつくと、(ひかり)はようやく声を出した。

 吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)が振り返る。

 (ひかり)はすぐ近くで足を止めると、彼を見上げた。

 

「私は……私は、全て奉仕に投票しました」

「そうか」

 

 興味なさそうに、吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)が踵を返す。

 それから、うんざりしたように言葉を続けた。

 

「奉仕に入れるだけのゲームだ。何故、他の女はこんな単純な事ができない?」

「……」

「お前たちにはもう何も期待していない」

 

 吐き捨てるような言葉だった。

 (ひかり)は思わず、去っていく背中をまじまじと見つめた。

 吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)が初めて人間らしい感情を見せたように思えた。

 

「……」

 

 しばらく立ち尽くした後、階下の廊下から声がして我に返った。

 すぐにここがKクラスのフロアだと気づく。

 (ひかり)は思わず、踊り場から少し戻って身を隠した。

 階下から、楽しそうに雑談しながら下校する様子が聞こえてくる。

 

「……」

 

 Aクラスで感じた事のない雰囲気だった。

 (ひかり)はしばらく、階段から動けなかった。

 最下位に転落した時にも感じた事がない感情に襲われる。

 ただひたすら、どうしようもなく惨めだった。

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