よく晴れた日だった。
「
日本人形のように長い黒髪をした
「試験結果を確認しなくて良いのですか?」
「後から一人で確認しようと思って」
「それで、日向ぼっこですか?」
「ずっと雨続きだったからね。
「確かに、こうしてゆっくりと太陽に当たるのも悪くありません」
「ようやく梅雨が明けたって感じがして良いよね」
学期末試験は、何事もなく終わった。
「廊下の結果を見に来ないのは、気を遣っているつもりですか?」
「そうだね。もしも、他クラスに行く為に成績を落とした人がいるなら、ボクと顔を合わせたくないだろうから」
「特別プログラムで裏切り者はいませんでした。もっと自信を持つといいでしょう」
そこで、特別プログラムの事を思い出す。
「そういえば、
「何がですか?」
「特別プログラムの時、率先して泥を被ってくれたよね。ありがとう」
密告フェイズで、
彼女なりに気を遣っていた事を、瑞樹は知っていた。
「社会組織には嫌われ者が必要です。貴方や
「損な役回りさせちゃってごめんね」
「人にはそれぞれ役割があります。貴方は見事に役割を果たした。私もそれに従ったまでです」
それに、と
「私の予想は外れ、結果的に場を掻き回しただけになりました」
「仕方ないよ。ボクもたまたま閃いただけだし」
担任の
「私は人を観察する時、本人よりも交友関係を見るようにしています」
不意に、
「だから五月までは遠くから見ているだけで、話しかける事はしませんでした」
「そっか。避けられてるのかと思ってたよ」
Kクラスから出ていくつもりなのだろうと思い、
「ずっと見ていました。貴方は、トレード制が発表されてからお手付きをしませんでしたね」
「……うん」
「ルール上、貴方がお手付きするだけでお気に入りの娘を簡単に守る事ができました。もっとも簡単で、もっとも愚かな方法です」
「代わりに勉強会を主導し、独り立ちさせようとした。世の中には、優しさと甘さを混同している人間が大勢います。貴方は違いを理解しているようで安心しました」
「でも具体的な準備をしてくれたのは、
「それは下の仕事です。貴方は上に立つ人間としてよくやりました」
どうやら、褒めてくれているようだった。
「よく頑張りました、と言っておきましょう」
そう言って、
「もう行くの?」
「ええ。順番待ちをされている方がいるようですから」
「何かあれば協力します。次も必ず勝ちなさい」
言い残して、
交代するように、
「お姿が見えなかったので、探しにきました」
「心配かけたならごめんね」
「いえ。私が気にしていただけです」
沈黙が落ちる。
何となく、彼女がやってきた理由は察していた。
遺伝子提供の補助に誰を連れていくか、試験が終わってから伝えると言った為だろう。
「
「はい」
「それらしい記憶はあるんだ。でも、ちょっとぼんやりとしていて」
「私も、お顔だけでは気づきませんでした。お名前を聞いてようやく気付いたくらいです」
「……五歳とか、六歳の時だもんね」
「ええ」
「ボクの記憶だと、その時に遊んでた子たちは年上だったんだ。どうしても辻褄が合わなくて」
「……」
「でも、一つだけ思い出した事があってね。乃愛と中等部で知り合いだったのか聞いた時、妙に歯切れが悪い返答をされた事があったな、って。その時、違和感があったからずっと覚えてて」
「……」
多分、それが答えなのだろう。
「……そっか。疑問が解けたよ」
小さく息をつく。
記憶が間違っていたわけではない。
誰かが嘘をついていたわけでもない。
「ずっと、お待ちしておりました」
チリチリと、初夏の太陽が肌を焼いた。
「……六月の遺伝子提供、
「はいっ!」
◇◆◇
「はは、私って何やってもダメだからさ」
空元気を見せる友人に、
「それに、トレード先はどうせ上位クラスだし。あ、でもAクラスはもう最下位なんだっけ。あはは」
廊下に掲示された学期末試験の結果。
学年上位30名に加え、Kクラス全員分の順位が張り出されている。
クラスの下位五人は、全員が
「トレード権も実際に行使されるかは分かんないし、後は祈るだけかな」
学年の成績上位は、五人中三人がKクラスだった。
トレードが行われるのは、最大でも二人までになる。
「……
「私は……
今回の試験で
上位クラスから移動してきた
「それでも凄いよ。私は、そこまで頑張れなかったから」
友人の笑みには、諦めのようなものが混じっていた。
「Bクラスとかは評判がいいよね。トレード権を使う人なんているのかな」
堂々と他クラスの男子について話す友人に、
男子の比較なんて話題を
しかし、廊下に
「ああ、大丈夫だよ。
しかし、
「私、ちょっとお手洗い行ってくるね」
友人たちの輪を離れ、女子トイレへ向かう。
それからすぐ、グループの中でも特に仲の良い
「
「トレード権、どうなると思う?」
「正直、わからない。成績上位の人がお手付き済みだったら移動もないでしょ?」
「でも、二人とも移動したら? 私たち、どんどん減っちゃう」
そのうち、五人がクラスの最下位に入ってしまっている。
「このトレード制がずっと続くなら、私と
試験ごとに一人か二人ずつ消えていくなら、
「でも、同じルールならどこかで上位陣がKクラスだけになるんじゃ?」
「そんな欠陥ルール、採用するかな?」
「そうだけど……」
ふと、足を止める。
女子トイレの前には、少数で何かを相談しているグループがいくつもあった。
「皆、考えてる事は同じみたいだね」
「これからどうなるんだろう……」
嫌になるほどの晴天が、どこまでも広がっていた。
◇◆◇
「これは驚いたね」
1位
2位
3位
4位
5位
学年一位は、
想定外だったが、問題ではない。
むしろ、嬉しい誤算と言える。
気になるのは三位の
「……Dクラスの公家だ」
学年に一人、京都の公家が混ざっている事は知っていた。
しかし、これまで目立った動きは何もなく、あまり注意を払ってこなかった。
厄介な者が上位に入ったものだと、溜め息をつく。
対策を考えなければならなかった。
「公家? 何故そんなものが白雪にいる?」
隣で見ていた
「さあ、どうしてだろうね」
通常、公家の多くは四大共学の一つである
東京の白雪学園を選ぶ事は珍しい。
「
「
Bクラスは特別プログラムでは暫定二位だったが、今回の試験で暫定一位に繰り上がっている。
Kクラスは暫定二位に戻り、
「Bクラスは特別プログラムで殆ど裏切りを出さなかった。にも関わらず積極的に裏切ったなら、そういう事だろう」
「……なるほど」
「
今回の成績順は、貴重なデータだった。
各クラスで二心を持っている者のリストが手に入ったに等しい。
他クラスの裏切り者たちを把握しておけば、今後の特別プログラムの突破口にもなりうるだろう。
「さて、それよりも気になる事があるね……」
Kクラスの下位へ、視線を向ける。
下位5人は、殆ど予想通りだった。
しかし一点、
「……これは、一体どういうつもりかな?」
「君はこのトレードでKクラスから出ていくはずだったけど?」
何か言い訳することもなく、
「ひより。
珍しく、
「私は……」
それまで黙っていたひよりが、ようやく口を開いた。
「馬鹿な事をした自覚はあります」
「へえ?」
ひよりが膝を折り、頭を下げる。
「申し訳ありません」
「ひより。私はどういうつもりか、と聞いているんだよ」
ひよりは顔を苦痛に歪めながらも、悲鳴をあげることはしなかった。
周囲のクラスメイトたちは異常に気付かず、廊下の張り紙を見て好き勝手に騒いでいる。
「もしも、くだらない反抗心でやったなら許すつもりはないよ?」
壁を作るように輪になった
夏休みが始まれば、
それを、
「申し訳ありません……私は……
「……」
ひよりが苦悶に耐えながら、言葉を漏らす。
「
「……」
嘘を言っているようには見えなかった。
ひよりの目尻からは、涙が零れている。
「いいかい、今はとても大事な時期なんだ。私はとても気が立っている」
「……はい」
「夏休みが終わるまで、私と
ただし、と
「もしも私の邪魔をした場合、
「……約束します」
それを
「ちゃんと立って。周りにおかしく思われる」
ひよりはよろよろと立ち上がると、静かに頷いた。
「約束を違えば、次はないからね」
最後に釘を刺して、話を終わりにする。
あまり追い込むと、自暴自棄になって余計に問題を起こされる危険性があった。
邪魔をしない事さえ守ってもらえれば、後はどうでも良い。
「さて、何から片付けようか」
公家の対処を考えなけれならなかった。
そろそろ、
そして、夏休みに
「楽しい夏休みになりそうだね」
何事もなかったかのように、
これで2章終わりです。
お付き合いいただきありがとうございました。