男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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06話

 御門玲(みかど れい)は一人、教室の外で警護の為に立っていた。

 補佐官の役割は後見人(こうけんにん)、生活の補助、運転手、各所との折衝(せっしょう)、警護と多岐に渡る。

 家族の影響力を絶つ為に7歳で親元から離される男児にとって、時には親の代わりを務める事もあった。

 特に実母は男児の希少性を利用して地域社会で権力を振るってきた歴史があり、現代では多くの国家が規制に乗り出している。日本では更に厳しく、家族への接近禁止令も出ていた。

 そして、疑似的な家族として権力が発生しやすい補佐官にもまた、厳しい規制が敷かれている。

 

「……」

 

 補佐官は周囲の女子たちに対し、危険がなければ不干渉を貫かなければならない。

 選別したり、便宜を図ったり、自然と権力が発生するような行為の全てが禁止されている。

 だから、北条乃愛(ほうじょう のあ)が他クラスの女子をぞろぞろ引き連れてKクラスの前にやってきた時も、御門玲(みかど れい)は何も言えなかった。

 

(……北条の次期当主が一体何を)

 

 始国十八家に連なる北条(ほうじょう)家の長女、北条乃愛(ほうじょう のあ)

 関東の有力武家として名をあげ、維新政府の樹立に尽力した北条家は、現代でも衰える事なく多くの寄騎(よりき)を抱えている。次期当主である乃愛(のあ)もまた、当然のようにそれらの娘を普段から引き連れていて、学園内では非常に目立つ存在だった。

 

「授業が長引いているのかな? 悪いね、少し待たせてもらうよ」

 

 乃愛(のあ)は愛想良くそう言って、(れい)の横に並んだ。

 ええ、と短く答えながら、彼女の取り巻きに目を向ける。

 11人。いずれも一年生だった。

 

(サッカーでもやるつもりでしょうか)

 

 つまらない冗談を考えながら、その意図について思考を巡らせる。

 順当に考えれば、同じ始国十八家の一色雫(いっしき しずく)に用があると考えるべきだった。

 一般的に、他クラスの男性に接触するのは避けられている。クラス選択権の行使を匂わせるような行動は、所属クラスの男性から著しく信頼を失うためだ。

 

藤堂(とうどう)くんって、甘いものは大丈夫なのかな?」

 

 不意に、乃愛(のあ)が手に持った紙袋を見せる。

 

「今日は挨拶しようと思ってね。手土産にシュークリームを持ってきたんだ」

「……はい、問題なく好まれます」

「そっか。喜んでくれるかな?」

「……」

 

 あっさりと目的を明かした乃愛(のあ)を、(れい)は用心深く見つめた。

 長身で整った顔をしている為に一見すると近づきがたい雰囲気があるにも関わらず、それを中和するような人懐っこい笑みが安心感をもたらす。

 天性の人たらし。

 

「確か御門(みかど)さんだったかな? この仕事は長いの?」

「……ええ、新卒の時からです」

「へえ。何人くらい担当したの?」

「……瑞樹(みずき)様お一人です」

「すごいね。じゃあ優秀なんだ? ずっと一人を継続するなんて中々ないよね」

「……瑞樹(みずき)様がお優しい為です」

「そっか、そっか。どんなところが優しいの?」

「……」

 

 (れい)本人への当たり障りない質問から、徐々に瑞樹(みずき)のことへ内容がシフトしていく。

 にこにこと笑みを浮かべる乃愛(のあ)を前に、(れい)は沈黙を選んだ。

 

「あ、ごめん。あまり主人のことは勝手に言えないよね。なるほど、そういうところが藤堂(とうどう)くんに信頼されているのかな」

「申し訳ありません、職務ですので」

「ところで珍しい指輪をしているね。どこで買ったの?」

「……瑞樹(みずき)様に頂いたものです」

 

 話しながらもよく観察している。

 (れい)は目の前の少女が紛れもなく始国十八家に連なる才女であることをまざまざと思い知らされ始めていた。

 勉強が出来るだけの優等生ではなく、厳しい当主教育を受けてきた片鱗が短い応答だけでも垣間見える。

 

「へえ。よく出来ているけど、おもちゃだよね? 小さい時に買ってくれたのかな?」

「……7歳の時に誕生日プレゼントとして」

「わあ、それは凄いね。もしかして毎年くれるのかな?」

「……」

「当ててみようか。他にはヘアゴム、時計、後はベルトかな?」

「……」

「ヘアゴムはそうだな……藤堂(とうどう)くんのアイデアではなさそうだね。安価だし、ずっと身に着けるものとして御門(みかど)さんからおねだりした。どう? 当たった?」

「……北条(ほうじょう)様、ご勘弁を」

 

 その時、教室から教師が出てきた。どうやら最後の授業が終わったらしい。

 (れい)は内心、安堵の息をついた。

 

御門(みかど)さん、ありがとう。おかげで校外のこともよく知る事ができたよ」

「……」

「校内だけなら私みたいにいくらでも取り繕えるからね。校外の情報が欲しかったんだ」

 

 教室のざわめきが大きくなる。

 もう少しで生徒たちが出てくるだろう。

 

「そういえば、来週から彼が社会奉仕を始めると聞いたよ」

「……」

「ちょっとした混乱が起きるかもね」

「……」

「安心していい。手を打つつもりだ」

「……ご配慮に感謝いたします」

 

 戸口が開き、生徒たちが廊下に流れ始める。

 いずれも、北条乃愛(ほうじょう のあ)と取り巻きの集団を見て硬直していた。

 そして、藤堂瑞樹(とうどう みずき)も廊下に出てすぐ、動きを止めた。

 

「やあ、はじめまして」

 

 廊下の端で(れい)の隣に立っていた乃愛(のあ)が自信たっぷりにゆっくりと歩き出す。

 

「Aクラスの北条乃愛(ほうじょう のあ)だ。藤堂(とうどう)くんに是非会ってみたくてね」

「え……は、はじめまして?」

「先触れも出さずにいきなり来て申し訳ない。怒ったかな?」

「い、いえ」

「そうそう、忘れないうちに手土産を。クレーム・ビジューのシュークリームだ」

「え、あの?」

 

 畳みかけるように言って、紙袋を手渡す乃愛(のあ)

 その時、乃愛(のあ)の手が瑞樹(みずき)に触れたのを(れい)は見逃さなかった。

 瑞樹(みずき)は気にした風もなく、紙袋の中身を覗いて嬉しそうな声をあげる。

 

「わっ、これっていつも並んでるところですよね? いいんですか?」

「ああ、四つあるから、御門(みかど)さんと食べるといい」

「ありがとうございますっ!」

 

 恐らく今の接触で、女性恐怖症が完治している事を確認したのだろう。

 不干渉の原則を守る為に傍観しながらも、(れい)はこの少女の用意周到さに警戒心を抱き始めていた。

 

「でもどうして挨拶なんて?」

 

 瑞樹(みずき)が当然の疑問を口にする。

 それに対し、乃愛(のあ)はまるで何でもないように、あっさりと答えた。

 

「実はクラス移動を考えていてね。先に顔見せした方がいいかと思ったんだ」

 

 一瞬にして、廊下中を剣呑な空気が覆った。

 それまで様子をうかがっていたKクラスの女子たちから一斉に冷たい視線が注がれる。

 

「随分と急な話ですね」

 

 まわりを囲んでいた女子の中から、一色雫(いっしき しずく)が歩みを進める。

 

「ふふ、君ほどじゃないよ。初日のオリエンテーション前にクラス移動を決めたんだろう? 噂になってるよ?」

「私は瑞樹(みずき)様と直接お会いしましたので」

「なるほど? 詳しく聞いてみたいところだけど、それは今度にしよう」

 

 それで、と再び瑞樹(みずき)に向き直る。

 

「どうかな? きっと役に立つと誓うよ」

 

 乃愛(のあ)はそう言って、背後に並ぶ寄騎(よりき)の少女たちへ目を向けた。

 

「あの……もしかして十八家の?」

「ああ、十八家の北条(ほうじょう)家、その長女だ」

「Kクラスで大丈夫なんですか?」

「問題ない。私がいるところがAクラスだ」

 

 冗談っぽく笑う乃愛(のあ)に、瑞樹(みずき)も釣られてクスっと笑った。

 

「えっと、クラス移動は女子の権利なのでボクからは何も。ただ来てくださるならもちろん歓迎です」

「合意として受け取っておくよ。さっそく、明日からお世話になると思う」

「はい。こちらこそよろしくお願いしますっ」

 

 堂々とした様子で十八家の娘相手に受け答えする瑞樹(みずき)を眺めながら、ご立派になられた、と(れい)は微笑んだ。

 しかし、それと同時に言いしれようのない不安も大きくなっていく。

 十八家の長女が最下位クラスに二人も集まるのは、何か不穏なのではないか、と。

 

藤堂(とうどう)君は写真で見るよりもずっと可愛いね。もう少しお話ししたいところだけど、これから用事があるんだ」

 

 それに、と乃愛(のあ)は周りを見渡してもったいつけるように一拍の間を置いた。

 

「このまま話していると皆も気になって帰られないだろうからね」

 

 乃愛(のあ)の背後の少女たちがクスクスと笑う。

 Kクラスの少女たちは、一人も笑わなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 その夜、北条乃愛(ほうじょう のあ)は一人で住宅街を歩いていた。

 二等市民向けのマンションが並ぶ静かな場所だった。男性の近くには、二等以上の市民しか住めない。

 車通りは少なく、歩道は広めに取られていて見通しも良い。暮らしやすそうな場所だった。

 乃愛(のあ)はしばらく周囲を歩き回り、コンビニ等の夜間営業している店舗が存在しないことを確認した。

 

 ――やはりおかしい。

 

 瑞樹(みずき)が中学三年生の時に遭遇したという交通事故の記録に、乃愛(のあ)は引っ掛かりを覚えていた。

 事故が発生した時刻は深夜3時。

 駅と反対方向で、周囲には何もない。

 

 ――彼はここで何をしていたのだろう?

 

 目的地もない夜の散歩。

 見通しが良くて横断歩道もない車道。

 深夜3時の車が殆ど通らない時間。

 その全ての条件が、ここでの交通事故を不可解なものにしている。

 そして乃愛(のあ)はもう、一つの答えを導きかけていた。

 事故があったのは中学三年生の十二月。高校への入学が迫った大事な時期。

 

 ――自殺。 

 

 高等社会奉仕。環境の変化。クラス階級制度。遺伝子提供の開始。

 いずれも、強度の女性恐怖症なら耐え難いもの。

 恐らく、瑞樹(みずき)は自らの意思で飛び込んだのだろう。

 

「なるほどね」

 

 乃愛(のあ)は静かに息をついた。

 女性恐怖症という特記事項は嘘ではないが、恐らく真実も書かれていない。

 瑞樹(みずき)がKクラスに配属された本当の理由は、希死念慮(きしねんりょ)を患っている可能性が高いからだろう。

 あっさりと答えに辿り着いた乃愛(のあ)は、ガードレールに体重を預けて夜の住宅街を眺めた。

 

 静かな街だった。

 高さ制限を受け、整然と並んだ二等市民向けのマンションは秩序立っていて、騒音をまき散らすような住人も存在しない。

 屋敷が並ぶ一等市民向けの地域よりも遥かに殺風景で、深夜にここを一人で歩く少年の寂しそうな後ろ姿を想像すると胸が苦しくなった。

 乃愛には、その時の心境が手に取るようにわかった。

 

「やっぱり同類だったね」

 

 誰もいない住宅街に、乃愛(のあ)の呟きが溶けていく。

 彼女はしばらくそのまま、目的地を見失った子供のようにじっと立ち尽くしていた。

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