補佐官の役割は
家族の影響力を絶つ為に7歳で親元から離される男児にとって、時には親の代わりを務める事もあった。
特に実母は男児の希少性を利用して地域社会で権力を振るってきた歴史があり、現代では多くの国家が規制に乗り出している。日本では更に厳しく、家族への接近禁止令も出ていた。
そして、疑似的な家族として権力が発生しやすい補佐官にもまた、厳しい規制が敷かれている。
「……」
補佐官は周囲の女子たちに対し、危険がなければ不干渉を貫かなければならない。
選別したり、便宜を図ったり、自然と権力が発生するような行為の全てが禁止されている。
だから、
(……北条の次期当主が一体何を)
始国十八家に連なる
関東の有力武家として名をあげ、維新政府の樹立に尽力した北条家は、現代でも衰える事なく多くの
「授業が長引いているのかな? 悪いね、少し待たせてもらうよ」
ええ、と短く答えながら、彼女の取り巻きに目を向ける。
11人。いずれも一年生だった。
(サッカーでもやるつもりでしょうか)
つまらない冗談を考えながら、その意図について思考を巡らせる。
順当に考えれば、同じ始国十八家の
一般的に、他クラスの男性に接触するのは避けられている。クラス選択権の行使を匂わせるような行動は、所属クラスの男性から著しく信頼を失うためだ。
「
不意に、
「今日は挨拶しようと思ってね。手土産にシュークリームを持ってきたんだ」
「……はい、問題なく好まれます」
「そっか。喜んでくれるかな?」
「……」
あっさりと目的を明かした
長身で整った顔をしている為に一見すると近づきがたい雰囲気があるにも関わらず、それを中和するような人懐っこい笑みが安心感をもたらす。
天性の人たらし。
「確か
「……ええ、新卒の時からです」
「へえ。何人くらい担当したの?」
「……
「すごいね。じゃあ優秀なんだ? ずっと一人を継続するなんて中々ないよね」
「……
「そっか、そっか。どんなところが優しいの?」
「……」
にこにこと笑みを浮かべる
「あ、ごめん。あまり主人のことは勝手に言えないよね。なるほど、そういうところが
「申し訳ありません、職務ですので」
「ところで珍しい指輪をしているね。どこで買ったの?」
「……
話しながらもよく観察している。
勉強が出来るだけの優等生ではなく、厳しい当主教育を受けてきた片鱗が短い応答だけでも垣間見える。
「へえ。よく出来ているけど、おもちゃだよね? 小さい時に買ってくれたのかな?」
「……7歳の時に誕生日プレゼントとして」
「わあ、それは凄いね。もしかして毎年くれるのかな?」
「……」
「当ててみようか。他にはヘアゴム、時計、後はベルトかな?」
「……」
「ヘアゴムはそうだな……
「……
その時、教室から教師が出てきた。どうやら最後の授業が終わったらしい。
「
「……」
「校内だけなら私みたいにいくらでも取り繕えるからね。校外の情報が欲しかったんだ」
教室のざわめきが大きくなる。
もう少しで生徒たちが出てくるだろう。
「そういえば、来週から彼が社会奉仕を始めると聞いたよ」
「……」
「ちょっとした混乱が起きるかもね」
「……」
「安心していい。手を打つつもりだ」
「……ご配慮に感謝いたします」
戸口が開き、生徒たちが廊下に流れ始める。
いずれも、
そして、
「やあ、はじめまして」
廊下の端で
「Aクラスの
「え……は、はじめまして?」
「先触れも出さずにいきなり来て申し訳ない。怒ったかな?」
「い、いえ」
「そうそう、忘れないうちに手土産を。クレーム・ビジューのシュークリームだ」
「え、あの?」
畳みかけるように言って、紙袋を手渡す
その時、
「わっ、これっていつも並んでるところですよね? いいんですか?」
「ああ、四つあるから、
「ありがとうございますっ!」
恐らく今の接触で、女性恐怖症が完治している事を確認したのだろう。
不干渉の原則を守る為に傍観しながらも、
「でもどうして挨拶なんて?」
それに対し、
「実はクラス移動を考えていてね。先に顔見せした方がいいかと思ったんだ」
一瞬にして、廊下中を剣呑な空気が覆った。
それまで様子をうかがっていたKクラスの女子たちから一斉に冷たい視線が注がれる。
「随分と急な話ですね」
まわりを囲んでいた女子の中から、
「ふふ、君ほどじゃないよ。初日のオリエンテーション前にクラス移動を決めたんだろう? 噂になってるよ?」
「私は
「なるほど? 詳しく聞いてみたいところだけど、それは今度にしよう」
それで、と再び
「どうかな? きっと役に立つと誓うよ」
「あの……もしかして十八家の?」
「ああ、十八家の
「Kクラスで大丈夫なんですか?」
「問題ない。私がいるところがAクラスだ」
冗談っぽく笑う
「えっと、クラス移動は女子の権利なのでボクからは何も。ただ来てくださるならもちろん歓迎です」
「合意として受け取っておくよ。さっそく、明日からお世話になると思う」
「はい。こちらこそよろしくお願いしますっ」
堂々とした様子で十八家の娘相手に受け答えする
しかし、それと同時に言いしれようのない不安も大きくなっていく。
十八家の長女が最下位クラスに二人も集まるのは、何か不穏なのではないか、と。
「
それに、と
「このまま話していると皆も気になって帰られないだろうからね」
Kクラスの少女たちは、一人も笑わなかった。
◇◆◇
その夜、
二等市民向けのマンションが並ぶ静かな場所だった。男性の近くには、二等以上の市民しか住めない。
車通りは少なく、歩道は広めに取られていて見通しも良い。暮らしやすそうな場所だった。
――やはりおかしい。
事故が発生した時刻は深夜3時。
駅と反対方向で、周囲には何もない。
――彼はここで何をしていたのだろう?
目的地もない夜の散歩。
見通しが良くて横断歩道もない車道。
深夜3時の車が殆ど通らない時間。
その全ての条件が、ここでの交通事故を不可解なものにしている。
そして
事故があったのは中学三年生の十二月。高校への入学が迫った大事な時期。
――自殺。
高等社会奉仕。環境の変化。クラス階級制度。遺伝子提供の開始。
いずれも、強度の女性恐怖症なら耐え難いもの。
恐らく、
「なるほどね」
女性恐怖症という特記事項は嘘ではないが、恐らく真実も書かれていない。
あっさりと答えに辿り着いた
静かな街だった。
高さ制限を受け、整然と並んだ二等市民向けのマンションは秩序立っていて、騒音をまき散らすような住人も存在しない。
屋敷が並ぶ一等市民向けの地域よりも遥かに殺風景で、深夜にここを一人で歩く少年の寂しそうな後ろ姿を想像すると胸が苦しくなった。
乃愛には、その時の心境が手に取るようにわかった。
「やっぱり同類だったね」
誰もいない住宅街に、
彼女はしばらくそのまま、目的地を見失った子供のようにじっと立ち尽くしていた。