男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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3章
1話


瑞樹(みずき)さま!」

 

 舌足らずな声に、振り返る。

 よく手入れされた西洋風の庭園の向こうで、一人の少女が手を振っていた。

 

「またいらしてくださったのですね」

 

 ワンピースを着た少女が、とたとたと元気そうに走り寄ってくる。

 黄金の瞳が宝石のように輝いていた。

 瑞樹(みずき)は微笑むと、ゆっくりと彼女に向かって頭を下げた。

 

「お久しぶりです」

 

 すると、少女は悲しそうに顔をくしゃりと歪めた。

 

「私たち、お友達でしょう。そのようなことはやめてください」

「でも、十八家の方だとお聞きしました」

「――はただ公正であることを求められる家です。瑞樹(みずき)様も、私のことは公正に扱ってください!」

 

 どこか必死な様子に、瑞樹(みずき)はよくわからないまま頷いた。

 少女が安堵したように笑みを取り戻す。

 

「今日はどのように遊びましょうか」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)は目を覚ますと、ぼんやりと天井を眺めた。

 随分と懐かしい夢を見た気がする。

 親元にいた時の記憶は、断片的なものしか残っていない。こうして思い出すのは久しぶりだった。

 

瑞樹(みずき)様……?」

 

 寝返りを打つと、隣で寝ていた補佐官の御門玲(みかど れい)がすぐに目を覚ました。

 

「もう起きられますか?」

 

 問いかけながら、(れい)が甘えるように身を寄せてくる。

 瑞樹(みずき)は、ううん、と小さく呟いて布団を頭まで被った。

 

「ちょっと起きちゃっただけ」

「お腹が空いたなら遠慮せず申しつけ下さい」

「大丈夫だよ。まだ眠いから二度寝するね」

 

 七歳になった男児は親元から離され、以降は補佐官が後見人となる。希少な男児を授かった実母に地方での政治的権力が発生するのを避けるためである。

 瑞樹(みずき)自身、幼い頃から(れい)のお世話になってきた。故に、育ての親でもある(れい)に実母の話を聞いたことは今までなかった。(れい)をひどく傷つける気がして、ずっと避けてきた。

 どこで生まれて、母親は何をしていた人なのか。今の瑞樹(みずき)は何も覚えていない。

 今思えば、全てが意図的に隠されていたようにも思える。

 男児は希少な社会資源であり、補佐官を通して党が間接的に管理する仕組みが作られている。その管理体制の間に実母という存在が決して割り込まないように様々な制約が存在しているのだろう。

 だから、母親の名前すらも瑞樹(みずき)は知らなかった。

 幼少期に一色雫(いっしき しずく)らしき少女と交友を持っていた理由が気になったが、(れい)に聞いても困らせるだけになるだろう、と考える。

 

(……一色(いっしき)さんに聞いた方がいいかも)

 

 一色雫(いっしき しずく)とは、六月の遺伝子提供の約束を取り付けている。

 その時、どういう関係だったのか疑問が解けるだろう。

 そう考えている間に、瑞樹(みずき)の意識は微睡の中に沈んでいった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 翌朝、瑞樹(みずき)はいつも通りに教室へ向かった。

 白雪学園。

 四大共学と呼ばれる名門の一つであり、クラス階級制を国内で初めて導入したことで有名な高校でもある。

 入学時に入試や社会スコアを元にクラス分けされ、卒業時に首席クラスに所属していた者には党員資格が与えられる。

 中学時代、ひどい女性不信に陥り不登校だった瑞樹(みずき)は、最下位のKクラスに配属された。

 しかし、体育祭と党の特別プログラムで順位をあげ、一時は暫定一位まで繰り上がることに成功していた。いまは期末試験の結果により、暫定二位となっている。

 そして、期末試験の成績上位五名にはトレード権が与えられていた。

 

「おはようございます」

 

 瑞樹(みずき)が教室に入ると、女子たちが一斉に声をあげる。

 当初は緊張を多分に含んでいたその声も、一学期を通して慣れ親しんだ今は徐々に砕け始めていた。

 

「おはよう」

 

 瑞樹(みずき)はいつものように挨拶を返しながら、教室から二人の少女がいなくなっていることを横目で確認した。

 この状況は、トレードが既に発動していることを示している。どうやら成績上位者のトレード先にKクラスが指定されたらしい。

 スマホから学内サイトにアクセスすればクラスの正確な状態を確認できるかもしれなかったが、男子からは女子の社会スコアが丸見えになってしまうため、瑞樹(みずき)は学内サイトを見ないようにしていた。

 出来るだけ平静を装いながら、隣の神成寧々(かみなり ねね)に目を向ける。

 

寧々(ねね)ちゃんは夏休み、どこか旅行するの?」

「な、なにも予定ないよ! ずっと暇してるからいつでも呼んでくれていいからね!」

 

 夏休みまで、もう五日しかなかった。

 学期末試験が終わった後の登校日は本来、消化試合のような緩んだ空気が漂う。

 しかし、教室にはそわそわとした雰囲気が蔓延していた。

 

「なあ、藤堂(とうどう)。ちょっと良いか?」

 

 不意に、黒崎蓮(くろさき れん)が口を開いた。

 脱色した髪が、この名門校ではよく目立つ。

 

「どうしたの?」

「いや、確認なんだけどさ……夏休み中に連絡取っても大丈夫か? ほら、スケジュールの確認とかさ」

 

 通常、特別な関係にない限り、男子への私的な連絡は控えるという暗黙の了解がある。

 男女比に大きな偏りがある中、それぞれが好きに雑談メッセージ等を送ると男子側に多大な負担がかかるためである。

 

「ルールを決めるべきじゃないかな」

 

 割り込むように、北条乃愛(ほうじょう のあ)が口を開く。

 いつもの王子様然とした余裕のある笑みを浮かべながら、周りの寄騎(よりき)たちに同意を求めるように言葉を続けた。

 

「どうでもいいメッセージが多いと瑞樹(みずき)くんが休めないだろう? 特にコロニー外の女には回数制限をつけるべきと思うけど」

 

 コロニーに属する、つまりお手付きを受けているクラスの女子は神成寧々(かみなり ねね)北条乃愛(ほうじょう のあ)だけである。

 黒崎蓮(くろさき れん)が苦虫をつぶしたように唸る。

 

「そんなのお前が決めることじゃないだろ」

「もちろん。でも、瑞樹(みずき)くんなら無制限に受け入れてしまいかねないと思ったんだ」

 

 連絡頻度に対して特に制限をつける気のなかった瑞樹(みずき)は、それを聞いてギクりとした。

 中学で不登校だった瑞樹(みずき)は、年頃の少女たちがどれだけのメッセージを送ってくるのか正直なところ良くわかっていなかった。

 しかし、乃愛(のあ)がわざわざ口を挟んでくるのは、それなりの理由があるのだろうと推測する。

 

「禁止事項を設けてはいかがでしょうか。おはよう、おやすみ、などの無意味な連絡は一切禁止したほうが無難でしょう」

「殿方を消耗させるようなことは慎むべきだ。特にコロニー外の女が、瑞樹(みずき)様に自ら連絡するべきではない」

 

 続いて、一色雫(いっしき しずく)御倍美弥(ごばい みや)がそれぞれの意見を口にする。

 いずれも、乃愛(のあ)に賛同するような主張だった。

 その時、くふ、と低い笑い声が響いた。

 

「興味のない女からの連絡ほど鬱陶しいものはないでしょう。そんなことをして状況が好転すると考えているなら、大馬鹿者です」

 

 声の主は篠宮聖華(しのみや せいか)だった。

 クラス全体に釘を刺すような言葉に、教室が静まる。

 互いを牽制するような視線が交錯する中、瑞樹(みずき)は出来るだけ何もなかったかのように明るい声で言った。

 

「えっと、ちょっとした連絡くらいだったら大丈夫だからね。夏休みって長いし」

「……藤堂(とうどう)が困ってるだろ。大筋は藤堂(とうどう)の言う通り自由にして、問題になりそうな最低限のルールだけクラスのグループチャットで決めればいい」

 

 見かねたように皆木鈴(みなき すず)が言う。

 いつもはクラス運営から一歩引いて傍観していることが多いが、助け舟を出してくれたようだった。

 

「それもそうだね。瑞樹(みずき)くんの手を煩わせるほどでもないことは、こっちで決めよう」

 

 乃愛(のあ)がそう締めくくった時、前方の戸口が開いた。

 担任の氷影澪(ひかげ みお)が入ってくると、いつも通りの事務的な様子で喋り始める。

 

「全員、揃っていますね」

 

 女子が二人いなくなっていることに、氷影(ひかげ)は触れなかった。

 

「新しいクラスメイトをご紹介します。二人とも、入ってきてください」

 

 その言葉とともに、二名の女子が顔を見せる。

 一人は、ツインテールの少女。

 もう一人は、燃えるような赤い髪と瞳の少女だった。

 どちらも非常に整った顔をしていて、Kクラスの中でも目立つ見た目をしていた。

 

「では、自己紹介を」

 

 氷影(ひかげ)が短く言った瞬間、ツインテールの少女が一歩前に出た。

 瑞樹(みずき)と目が合う。

 彼女の双眸は、瑞樹(みずき)だけを真っすぐに見ていた。

 

花守加恋(はなもり かれん)です。瑞樹(みずき)様に仕えるためにトレード権を獲得いたしました。どうぞ、加恋(かれん)と仲良くしてください」

 

 妙に熱の籠った視線と言葉に、瑞樹(みずき)は小さく首を傾げた。

 初対面のはずなのに、不思議とそれ以上の熱量を感じる。

 困惑している間に、隣の赤髪の少女が前に出る。

 

瑞鳳千景(ずいほう ちかげ)という。京の一条出身じゃ。世話になるぞ」

 

 瞬間、教室の空気が変わった。

 

「い、一条? ならば公家ではないか!」

 

 声を荒げたのは、天城久遠(あまぎ くおん)だった。

 担任の氷影(ひかげ)が顔色を変えず、注意する。

 

天城(あまぎ)さん、お静かに」

「し、しかし! 公家など入れたら白雪中の男を囲われて終わりなのだよ!」

 

 久遠(くおん)の言葉に、瑞鳳千景(ずいほう ちかげ)と名乗った少女は呆れたような表情を浮かべた。

 

「この時代に、まだそのような迷信を信じておる者がおるとは」

 

 そして、北条乃愛(ほうじょう のあ)に目を向ける。

 

「京の力を削ぎ落したい者が大勢おったからのう。随分と尾ひれをつけて喧伝したようじゃな」

「何人も倫理監察局に検挙されているくせに、よく言うよ」

 

 乃愛(のあ)が肩を竦める。

 そこに(しずく)も言葉を続けた。

 

「当時の維新政府は、公正な裁定を下しています。まるで濡れ衣のように言うのはいかがなものでしょうか」

 

 それを見て、千景(ちかげ)の名乗りの意味をよく理解できなかった瑞樹(みずき)も何となく状況を察した。

 どうやら、相性が致命的によくない家が揃ってしまったようだ、と。

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