「瑞樹様! 一緒にお食事してもいいですか?」
昼休みに入った瞬間、花守加恋が藤堂瑞樹の元へ駆け寄っていく。
それを見ていた黒崎蓮は思わず、顔をしかめた。
「何あいつ」
隣にやってきた緋村梨々花も、不快そうに呟く。
蓮は肩を竦めると、鞄から静かに弁当を取り出した。
「ああいうタイプ、いそうでいなかったな」
Kクラスは初期から北条乃愛によって運営されてきた。
天城久遠や篠宮聖華のグループも静観している時期が長く、その他のグループも悪目立ちする事を避けてきて、クラスでは一種の均衡が成立していた。
当たり前だと思っていた均衡状態を一方的に崩すような花守加恋の行動に、クラス中から敵意のようなものが向けられる。
しかし、加恋は気にした風もなく瑞樹に声をかけ続けていた。
「瑞樹様って、あまり積極的にいっても逆効果な気もするっす」
いつの間にか近くに来ていた青山遥が能天気に言う。
蓮は小さく頷いて、同意を示した。
「まあ、どう見ても困ってるよな」
マシンガンのように話を続ける加恋に、瑞樹は曖昧な笑みを浮かべている。それが蓮には典型的な愛想笑いに見えた。
「そろそろお姫様が動き出すんじゃない?」
茶化すように桃原奈緒が言う。
直後、北条乃愛が立ち上がった。
奈緒の予想通り、痺れを切らしたようだった。
「花守さん、そこまでにしてもらおう。これじゃあ、瑞樹くんがゆっくり食事できないだろう」
「あ、ごめんなさい。加恋もそんなつもりじゃなかったんですけど、つい興奮しちゃって」
意外にも、加恋はすぐに身を引いた。
「えっと、北条さんって瑞樹様のコロニーの方ですよね?」
「ああ、そうだよ」
「そのうちお世話になると思うので、よろしくおねがいいたします」
北条乃愛にも物怖じしない姿に、蓮は内心で感心していた。
見た目よりもずっと度胸がある。
それに、容姿も良い。ツインテールが少しあざとすぎる気もしたが、学園の中でも明らかに目立つ側の存在。
「……使えるかもな」
「冗談でしょ?」
梨々花が心底嫌そうな目を向けてくる。
「顔だけの馬鹿はもう間に合ってるって」
「あの……それ、誰のことっすか?」
蓮はこのグループを作る時、顔が整っている事をもっとも重要視した。
気怠そうな態度を取りながらも黙っていれば美人な緋村梨々花。
ピンクの明るい髪で華やかな雰囲気の桃原奈緒。
名門校では珍しい小麦色によく焼けた元水泳部の青山遥。
まずはクラスで目立つ必要がある、というのが蓮の考えだった。
花守加恋は見た目だけであれば間違いなくクラスでも上位に入る。
「梨々花。よく考えろ。あいつを放っておくとどこに流れ着くと思う?」
「……」
天城久遠や篠宮聖華のグループとは合わないだろう。彼女たちは家格の高い者だけで徒党を組んでいる。
学年上位の成績を獲った以上、地味な下川杏のグループも声をかけないだろう。
その他の少数のグループも加恋を受け入れるとは思えない。
花守加恋は間違いなく孤立する。
そうなれば、藤堂瑞樹が拾い上げることになる。
音無凪の件から、藤堂瑞樹が非常に面倒見が良い男なのはわかっていた。
「何より度胸がありそうだろ。私は嫌いじゃない」
本心だった。
どうせツルむなら、一緒にいて楽しい人間がいいと思っている。
慎重論だけのつまらない優等生と過ごすつもりはなかった。
「そういえば、あっちはもう引き取り先があるみたいじゃん?」
奈緒が囁く。
振り返ると、瑞鳳千景の席に篠宮聖華のグループが向かっていくところだった。
「なるほど。篠宮か」
「経済界以外の有力者を集めるつもりみたいっすね」
「わかりやすいな」
篠宮聖華は、泰平大社の一人娘である。
十八家とは異なる独自の権威を持ち、一色雫や北条乃愛に睨まれる事も恐れず比較的自由に動ける立場にある。
公家である瑞鳳千景を取り込もうとするのは納得できた。
「声、かけるぞ?」
確認の視線を投げると、梨々花は不貞腐れたように頷いた。
気怠そうな見た目でわかりづらいが、梨々花が瑞樹に対して思った以上に熱をあげているのを蓮はよく知っている。
学期末試験の勉強会では、毎日のようにクッキーを焼いてきていた。
馴れ馴れしく瑞樹に話しかける花守加恋について何か思うところがあるかもしれないが、今は我慢してもらう事にする。
「花守。こっちで飯食わねえか?」
出来るだけ愛想よく声をかける。
加恋が振り返り、値踏みするように蓮たちを見つめた。
「皆さんは、瑞樹様と仲が良いのですか?」
「まあ、家に遊びに行ったことくらいはあるな」
途端、加恋の目の色が変わった。
「ぜひ、ご一緒させてください!」
「そ、そうか」
食い気味に言う加恋に、蓮は思わず仰け反った。
◇◆◇
「それで、どうして白雪学園に来たのですか?」
篠宮聖華は弁当箱を広げながら、目の前の公家の少女に疑問を投げかけた。
聖華が知る限り、公家の娘がこうして京都から出てくることは珍しい。
彼女たちは通常、四大共学の一つに数えられる残花ノ園へ進学する。
「見聞を広めるためじゃ。都に籠ってばかりでは、これからの時代に対応できぬ」
瑞鳳千景の当たり障りのない回答に、聖華は微笑んだ。
嘘ではないだろうが、本当のことも言っていないように思えた。
「何かお困りごとがあればお手伝いいたしますが?」
「流石、篠宮家。十八家の娘と違い、礼儀を弁えておるな。しかし、瑞鳳の家職にも関わること。他言はできぬ」
「家職、ですか」
公家は家ごとに役割を継承する。
実権に関わるものは剥奪されたが、儀礼的な多くのものは今でも残されている。
しかし遠い京都の地で公家たちが何をやっているのか、聖華はあまり詳しくなかった。
「正直に白状しましょう。私はただの大社の娘。京都の事情に疎いところがあります」
「ふむ。有名なのは名筆の娘であろうな。七歳を迎えた男児に新たな苗字を与える家職を担っておる。そこの藤堂の名も、名筆の娘が与えたはずじゃ」
その言葉に、聖華は思わず離れたところにいる瑞樹に目を向けた。
親元から離された男児の苗字がどこからやってくるのか、あまり意識した事がなかった。
「……それは、一人の公家が男児全ての苗字を考えているということですか?」
「さあ。何らかの規則が存在し、それに則って決めているはずじゃが、詳しくは知らぬ。家職というのはそういうもの」
「つまり、すべての男子の名付け親であると? 信じられない特権のように思えますが」
「特権など、あるものか」
千景が吐き捨てるように言う。
「名筆の娘は決して京から離れられん。それどころか屋敷から出る事も難しい。名付けた子供たちを直接見る事は死ぬまで叶わん」
「なるほど。すべての男子とかかわりがある以上、以降の人生にかかわる権利を剥奪されているわけですね」
党と男子の間に入るものは、極力排除される。
例外は党が制度として作り出した補佐官だけで、これも党員からの推薦を必要とする。
どうやら公家も例外ではないらしい。
「想像していたより、不自由な暮らしのようです」
「ずっと京に籠っておるからのう。そのせいで、こちらでは随分と好き勝手に言われておったようじゃ」
ところで、と千景が話題を変えた。
「一色の娘はいつも一人なのか?」
千景の視線の先では、雫が一人で食事をとっているところだった。
「一色雫はいつもそうです。たまに藤堂瑞樹に声をかけられて一緒に食べていることもありますが」
「ふむ。寄騎はどうした?」
「いないそうです。理由は知りません」
「もしも公正であることを理由に一人でいるなら、あの娘も哀れなものじゃな」
千景は雫を見つめたまま、悲しそうに呟いた。
「秩序の守護者じゃったか。大層な家職を背負った十八家もまた、不幸に違いあるまい」