男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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3話

瑞樹(みずき)様、お時間ありますか?」

 

 放課後、帰り支度を始めた瑞樹(みずき)のもとに下川杏(しもかわ あんず)が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「どうしたの?」

「その、夏休みのことで」

 

 下川(しもかわ)グループとも夏休みの予定を立てていたことを思い出す。

 当初は七人いた下川(しもかわ)グループは、トレードの影響を受けて五人になってしまっている。

 計画の変更があるのかもしれない、と思いながらも瑞樹(みずき)は少し気まずそうに目を逸らした。

 

「明日でもいいかな? 今日は予定があって」

「あ、もちろんです。私はいつでも大丈夫なので」

 

 (あんず)は理由を聞こうとはしなかった。

 安堵した瞬間、背後から一色雫が声をかけてくる。

 

瑞樹(みずき)様、本日はよろしくお願いいたします」

「う、うん」

 

 深々と頭を下げる(しずく)に、クラス中の視線が集まる。

 とくに、北条乃愛(ほうじょう のあ)が鋭い目を向けていた。

 

「あの……じゃあ行こうか」

「はい」

 

 六月二十九日。

 (しずく)と遺伝子提供の約束をしていた日だった。

 上機嫌な(しずく)を連れて、教室を出る。

 誰を補助に選んだのか公にするつもりはなかったが、あの様子ではクラス中にバレているだろう。

 遺伝子提供当日の独特の気まずい雰囲気に、瑞樹(みずき)はいつまでも慣れる気がしなかった。

 

「最近は少し暑くなってきましたね」

 

 対照的に、(しずく)は堂々とした振る舞いを見せている。

 どこか誇らしそうに瑞樹(みずき)と並びながら適度に話題を繋いでくれた。

 

「そういえば、御門(みかど)さんは夏休みの間、帰省されたりするのですか?」

 

 (しずく)の疑問に、瑞樹(みずき)は少し考え込んだ。

 年末年始すら、(れい)瑞樹(みずき)の傍にいる。

 常に傍にいるのが当たり前になっていて、これまで考えなかったことだった。

 

「休みを取り予備の補佐官と交代することも出来ますが、休みをとる補佐官は殆どおりません」

(れい)さん働きすぎだし、もっと休んでくれても……」

「命令されても私は瑞樹(みずき)様の傍から離れたくありません」

 

 頑なな態度を見せる(れい)に、(しずく)が小さく笑う。

 

「実際、休みを取らない補佐官が多いのでしょうね」

 

 話している間に、駐車場に到着する。

 後部座席に乗り込んだ後も、(しずく)は雑談を続けた。

 

「補佐官の任期は、瑞樹(みずき)様の卒業までですよね。その後はどうされるのですか?」

「卒業後も一緒に暮らす許可を瑞樹(みずき)様から得ております」

「まあ。素晴らしいことです。では、補佐官は辞められ、個人的な護衛官として雇われるという形になるのでしょうか」

「そうなると思います」

 

 (れい)がゆっくりとアクセルを踏み、白雪学園の敷地から大通りへ出る。

 二人の会話を聞きながら、珍しいな、と瑞樹(みずき)はふと思った。

 (れい)はこれまで、北条乃愛(ほうじょう のあ)神成寧々(かみなり ねね)には警戒心を隠さず、殆ど会話をしてこなかった。

 しかし、一色雫(いっしき しずく)に対しては最初から一定の信頼を寄せているように見える。

 

瑞樹(みずき)様、卒業後の家の当てはございますか? 今のお住まいも高校卒業までのものですよね」

「ううん、まだ何も考えてないよ。三年生になってからで良いかなって思ってるんだけど」

「もちろん、まだ早すぎる話になります。しかし、よければ一色(いっしき)の方で全て用意することも可能だと知っておいて頂ければ、と思いまして」

 

 もちろん、と(しずく)は運転席の(れい)に目を向けた。

 

「その場合、御門(みかど)さんのお部屋も用意いたします。ご家族として、出来るだけ近いお部屋を」

「ご配慮、感謝いたします」

 

 聞いているうちに、これがただの雑談ではないことを何となく察する。

 まるで条件交渉のようだった。

 恐らく乃愛(のあ)からも近々似たような話があるのだろう、と予想する。

 何も気づかなかった振りをして、窓の外で流れていく景色を眺める。

 

「もちろん、瑞樹(みずき)様の護衛官は複数つけますが、御門(みかど)さんには主任をお任せすると思います」

 

 何となく、台本がありそうだと思った。

 すでに二人の間で決まった事を、瑞樹(みずき)に聞かせているような雰囲気もあった。

 そう考えると、(れい)(しずく)にだけ警戒心を見せていない事も辻褄が合う。

 

「見えてきました」

 

 三度目の遺伝子バンク。

 見慣れた無機質な建屋が、前方に見えた。

 

瑞樹(みずき)様、手を繋いでもいいでしょうか?」

 

 不意に、(しずく)が甘えるように言う。

 これまで聞いたことがない声だった。

 

「えっと、うん」

 

 頷くと、おずおずと(しずく)の手が伸びてきた。

 気温のせいか、少しだけ汗ばんでいた。

 いつも堂々としている(しずく)にしては珍しく、恥ずかしそうに視線を外した。

 駐車場に停車したところで、手を繋いだまま一緒に車から降りる。

 そのまま会話もなく、ロビーに向かった。

 

藤堂(とうどう)様ですね。こちらへどうぞ」

 

 IDの照会が終わると、すぐに部屋に案内された。

 無人の廊下を、(しずく)とともに手を繋いで進んでいく。

 

「終わったら呼び出しボタンを押してくださいね」

 

 ホテルのような小部屋に到着すると、係員はすぐに去っていった。

 瑞樹(みずき)にとって、三回目の遺伝子提供。

 

「綺麗な場所ですね」

 

 真っ先に(しずく)が口火を切った。

 繋いだ手が強く握られ、奥のベッドに一緒に腰掛ける。

 

「……」

 

 (しずく)との間に、無言の時間が流れた。

 言葉を整理する間、(しずく)瑞樹(みずき)の言葉を待つようにじっとしていた。

 

「色々と、聞きたいことがあるんだ」

 

 言葉に迷った末、瑞樹(みずき)は素直に疑問を口にした。

 

「はい。私の答えられる範囲であれば」

 

 すぐ近くで、(しずく)が頷く。

 綺麗な顔だった。

 ハーフアップにした黒い髪が、(しずく)の上品な雰囲気をよく飾り立てている。

 白雪学園の自販機前で再会した時、一瞬見惚れたことを思い出した。

 瑞樹(みずき)にとって、女子は見慣れた存在である。外見に見惚れるようなことは本来、とても珍しい。

 

一色(いっしき)さんは、ボクが白雪学園に入るのを知っていたの?」

 

 男子の入学先は、党によって決められる。

 通常であれば、男子本人すらもどこの学校へ進学するのか事前に知る事は不可能だ。

 しかし、十八家に連なる(しずく)なら事前に情報を得ていた可能性もある。

 

「いえ、知りませんでした。私は元々、白雪の中等部に通っています。ですから、ここで再会したのは偶然でした」

 

 ですが、と(しずく)は言葉を続けた。

 

瑞樹(みずき)様が中学に通わなくなった、という情報は入っておりました。私が中学三年の時です。何としてでも、近くでお支えしたいと思いました。それで少々、ズルい方法を使って留年いたしました」

「ズルい方法?」

 

 問いかけると、(しずく)は曖昧な笑みを浮かべた。

 どうやら、方法は答えたくないようだった。

 

瑞樹(みずき)様が白雪に配属されるかは、賭けでした。あの日、私は自販機の前で新入生を観察していました。しかし、不注意で鍵を落としてしまい。後はご存じの通りです」

「そっか……あれは偶然だったんだ」

「お名前をうかがった時、とても驚きました。私の記憶の中の瑞樹(みずき)様は、とても小さかったので」

 

 クス、と笑う(しずく)の笑顔はいつもより幼く見えた。

 

「昔、仲良くなってからの瑞樹(みずき)様は私のことを(しずく)お姉ちゃんと呼んでいました。正確には私がそう呼ばせていたのですが。覚えていますか?」

「そうだっけ……流石に今はちょっと恥ずかしくて呼べないけど」

「では、これからは(しずく)と呼び捨てにしてください。さん付けは他人行儀で好みません」

「うん、わかったよ……(しずく)

 

 ぎこちなく呼ぶと、(しずく)は満足そうに笑みを浮かべた。

 

「もう一ついいかな?」

「はい、もちろん」

「ボクのお母さんがどんな人だったのか知ってる?」

 

 (しずく)の笑みが、固まった。

 

「……どうして、そんなことを聞かれるのでしょうか?」

「小さい頃に会ってたのって、(しずく)のお屋敷だよね。どういう繋がりだったんだろうって思って」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)は、一色(いっしき)家に庇護を求めていたのではないかと推測していた。

 

「申し訳ありませんが、お母様に関する情報は一切開示できません。党の意向に反しており、男子であろうと処罰されます」

「会いにいくわけじゃないよ。ただ、どんな人だったのか知りたいだけなんだ」

「知れば、会いたくなるのが人情です。どうかお忘れください」

「そっか……ごめんね。無理言って」

 

 素直に身を引いた瑞樹(みずき)に、(しずく)が申し訳なさそうに顔を伏せた。

 

一色(いっしき)家は、特別な立場にあります。倒幕を主導し、維新政府では長らく元老の位置にありましたが、戦時体制への移行に伴い、元老の席を放棄する代わりに党の最終裁定をくだす家職(かしょく)を背負いました。我々は全ての裁定において、誰にも肩入れせず公正であることだけが求められます。何事においても、特別なことはできないのです」

「うん。他意がないのは分かってるよ。大丈夫」

 

 話を聞けなかったのは残念だったが、半分予想していたことでもあった。

 それに、昔話をしたことで緊張も解けていた。

 瑞樹(みずき)は気を取り直し、ゆっくりと立ち上がった。

 

「えっと、じゃあシャワー浴びてくるね」

 

 足を踏み出そうとした時、くい、と袖を掴まれた。

 

「あの……」

「あ、ごめん。先がいい?」

 

 問いかけると(しずく)は顔を赤くして、ふるふる、と首を横に振った。

 

「そのですね」

「うん」

「はしたないのですが、もう我慢できなくて」

 

 そう言って、(しずく)が立ち上がる。

 次の瞬間、腕を掴まれてベッドに引き寄せられた。

 

瑞樹(みずき)様……」

 

 全身が柔らかい感触に包まれる。

 すぐ近くに、(しずく)の人形のように整った顔があった。

 

「とても可愛いです」

 

 今まで聞いたことがない蕩けた声だった。

 そして、(しずく)は小さく舌なめずりした。

 

「よければ、今日だけは昔のように(しずく)お姉ちゃんって呼んでください」

 

 荒い吐息が首筋にかかる。

 睫毛すら見えるほどの距離で、爛々と光る黄金の瞳が瑞樹(みずき)をじっと見つめていた。

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