男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

64 / 72
4話

久遠(くおん)、本当にこれはまずいです」

 

 翌朝。

 朝早く登校した天城久遠(あまぎ くおん)は、教室の隅で友人たちと作戦会議を始めていた。

 

「これで一色(いっしき)さんと北条(ほうじょう)さんの両方がコロニー入りしました。日和見はやめて、どっちかの派閥に入るべきです」

 

 そう提案するのは脇坂藍(わきさか あい)

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)のお手付き回数が増えていることに、クラス中が気づいていた。

 そして、その相手が昨日一緒に帰っていた一色雫(いっしき しずく)であろうことも共有されている。

 

「焦る必要はないのだよ。前にも言った通り、男は女にいずれ飽きる。コロニー入りをゴールのように考えるのは危険というもの」

 

 久遠(くおん)は出来るだけ堂々と、(あい)の提案を否定した。

 人の上に立つ者は、動揺を表に出してはいけない。

 天城(あまぎ)財閥の跡継ぎとして、祖母から口酸っぱく言われていることを実行すべき時だった。

 

「最後に笑うのは、この天城(あまぎ)。お前たちは何も考えなくていい」

「その割に、声がずっと震えてるんですが」

 

 はあ、と(あい)が溜め息をつく。

 

久遠(くおん)は敵を作りたくないんですよね?」

「どちらかに肩入れしたせいで、残った方と敵対するのは絶対嫌なのだよ」

「少しは篠宮(しのみや)さんの行動力を見習ってください。十八家と仲が悪い公家と繋がろうとしてますよ」

「あれは大社の娘だから、世俗に疎いのだよ。正しいのはどう考えてもこの天城(あまぎ)であろう」

 

 製鉄業を営む天城(あまぎ)家にとって、北条(ほうじょう)家は取引先の一つでもある。

 かと言って、北条乃愛(ほうじょう のあ)に肩入れすれば党の最終裁定をくだす一色(いっしき)家を正面から敵に回すことになる。

 一色(いっしき)家は公正な家として有名であるが、党の中枢である十八家と正面から対立するのは避けたかった。

 

「それに、ものは考えようなのだよ。この天城(あまぎ)が十八家の顔を立てたことになるではないか」

 

 十八家より先にコロニー入りすれば、間違いなく確執が生まれる。

 結果論ではあるが、これで変に気を遣う必要もなくなった。

 

「残されたKクラスで有力な家はこの天城(あまぎ)篠宮(しのみや)の二つ。七月の補助はこの天城(あまぎ)が選ばれても不思議ではないだろう?」

「うーん……」

 

 久遠(くおん)の楽観的な考えに、(あい)は悩むように首を傾げた。

 

「試験で結果を出した音無(おとなし)さんが次の有力候補な気もします」

「うぐ」

 

 チラリ、と窓際の音無凪(おとなし なぎ)に目を向ける。

 体育祭で足を引っ張り、クラスから浮いていた無口なクラスメイト。

 学期末試験で学年一位の成績を叩き出したことで、彼女への周囲の評価は一変していた。

 

瑞樹(みずき)様は元々、孤立しがちな音無(おとなし)さんのことを気にかけています。中身も伴っているなら、選ばれる可能性が高そうじゃないですか?」

「……それは否定できないのだよ」

 

 長い前髪で片目を隠していて少し地味ではあるが、顔は悪くない。

 とくに胸元の大きな膨らみは、クラスでも目立つ。

 

「ふん。それでも少し時期がずれるだけに過ぎない。きっと八月の補助でこの天城(あまぎ)が選ばれるのだよ」

「私の予想だと、皆木(みなき)さん辺りになりそうですけど」

 

 皆木鈴(みなき すず)

 Kクラスでもっとも背が低いことに加え、黒のボブカットに金色のメッシュを入れていて、記憶に残りやすい容姿をしている。

 

「体育祭で活躍しましたし、学期末試験もクラスで上位でした。能力の平均値が相当高いですし、神成(かみなり)グループにいるから瑞樹(みずき)様とも長い時間を過ごしています」

「……ならば、九月の補助まで待てばいいのだよ」

神成(かみなり)グループで一人だけ残っちゃう相原(あいはら)さんを瑞樹(みずき)様が放置するとは思いません。ここまでくれば、相原(あいはら)さんもすぐにコロニー入りするはずです」

 

 相原由良(あいはら ゆら)は、北海道の没落した名家の出身である。

 表裏がなく明るい娘であるが、今のところ体育祭や学期末試験で目立った結果は残していない。

 しかし(あい)の言う通り、藤堂瑞樹(とうどう みずき)が仲間外れのようなことをするとは思えなかった。

 

「じゅ、十月まで待てば機会が」

「その頃には、新しく入ってきた瑞鳳(ずいほう)さんが脅威になるんじゃないですか。一条の公家ですよ。家格としては向こうの方が上です」

「ね、年内にコロニー入りすれば何も問題ない」

「残ってる北条(ほうじょう)グループを忘れてません? 御倍(ごばい)さんとか、わかりやすいくらい惚れてますよね」

 

 それに、と(あい)如月(きさらぎ)ひよりに目を向けた。

 

如月(きさらぎ)さんってトレードに出される予定だったじゃないですか。どうやら勝手に残ったみたいですよ」

 

 如月(きさらぎ)ひよりが体育祭の準備期間になにか問題を起こしたことは、クラスで周知の事実である。

 彼女は北条(ほうじょう)グループの中で孤立し、学級会でもトレードに出されることが明言されていた。にもかかわらず、いつの間にか残留することになっていた。

 

黒崎(くろさき)グループも思ったより脅威だと思います。行動力があるし、見た目だけは良いですからね」

「……」

 

 黒崎蓮(くろさき れん)を中心とした見た目が派手な少女たち。

 リーダーの黒崎蓮(くろさき れん)は髪を脱色した上にいくつもピアスをしていて、久遠(くおん)が生きてきた世界にはいないタイプの人間だった。

 とくに緋村梨々花(ひむら りりか)はクラスの勉強会で甲斐甲斐しく毎日クッキーを焼いてきて、藤堂瑞樹(とうどう みずき)に対し並々ならぬ好意を見せている。

 

篠宮(しのみや)さんも、最近になって急に動き出しました。明らかに覚悟を決めています」

「そ、それは少し気になっていたのだよ」

 

 入学当初、篠宮(しのみや)グループは藤堂瑞樹(とうどう みずき)に近寄る動きを見せなかった。

 十八家以外でもっとも有力な勢力である彼女が大人しいことに、久遠(くおん)は内心安堵し、油断しきっていた。 

 それがいつの間にか、篠宮聖華(しのみや せいか)藤堂瑞樹(とうどう みずき)への好意を隠さなくなっている。

 

久遠(くおん)、正直に言います。私たち、結構ヤバいです」

「ど、どれくらいヤバいのだよ?」

「もう崖っぷちです。っていうか崖から落ちてます」

「それは言い過ぎなのだよ! まだまだチャンスが――」

「――久遠(くおん)。学外のことを忘れてませんか?」

 

 脅すように、(あい)が低い声で言う。

 久遠(くおん)は思わず黙り込んだ。

 (あい)の言う通り、すっかり忘れていたためである。

 

「クラス内の争いだけでもヤバいのに、他校との交流イベントも残ってるんですよ? 他校の名家と競い合える自信、あります?」

「な、ないのだよ」

 

 四大共学の間には、定期的な交流がある。

 とくに、どこのコロニーにも入れなかった三年生の女子と他校の一年生の男子を繋ぐ交流会として有名な縁巡りは、両者の合意があれば転校してくることになる。

 

「そうか……一年生女子には関係ないから忘れていたのだよ」

 

 縁巡りは、あまった三年生女子の救済のために用意された交流会である。

 一年生の久遠(くおん)にとってはまだまだ関係ないことという認識だったが、男子である藤堂瑞樹(とうどう みずき)には大いに関係してくる。

 

「三年生にとっては最後のチャンスですからね。女側は死ぬ気で臨みます。熱意で押されてしまう男子も多いとか。瑞樹(みずき)様がちょっと心配です」

「む、むう」

「それに、交流先が残花ノ園だったらどうします? 公家が2ダースくらい転校してきたら終わりですよ?」

「地獄すぎるのだよ!」

 

 久遠(くおん)が頭を抱えた時、教室の戸口が開いた。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)一色雫(いっしき しずく)が並んで入ってくる。

 

「おはよう」

 

 瑞樹(みずき)に挨拶を返そうとしたとき、あるものが久遠(くおん)の視界に入り、言葉が出てこなくなった。

 教室中の視線が、瑞樹(みずき)の腕にぴったりと絡みつく(しずく)に向けられていた。

 

「お、おはようございます」

 

 戸惑ったような声が、そこら中から飛び出す。

 瑞樹(みずき)がいつもの席に座ったあとも、(しずく)は離れる様子を見せず、腕を絡めたまま身体をすりすりと寄せていた。

 右手には、お手付きを示す赤い指輪が煌いている。

 久遠(くおん)は口をあんぐりと開けたまま、挨拶を返すこともできず、ただ立ち尽くしていた。

 

(しずく)、そろそろ……」

「いやです。もう少し、こうさせてください」

 

 一色(いっしき)家の次期当主とは思えない姿だった。

 唖然としているクラスメイトたちの前で、(しずく)は人目を気にせず瑞樹(みずき)に体重を預けていく。

 昨日までとは明らかに距離感が異なっていた。

 

瑞樹(みずき)様、朝一番に登校してずっとお待ちしておりました。ぜひ、加恋(かれん)とお話してください」

 

 誰もが遠くから一色雫(いっしき しずく)の変貌を見つめるなか、花守加恋(はなもり かれん)が気にした風もなく突撃していく。

 久遠(くおん)はそれでようやく、あんぐりと開いたままだった口を閉じることができた。

 

瑞樹(みずき)くん、暑くないかな? 邪魔なら私から一色(いっしき)さんに言ってあげようか?」

 

 苛立った様子で北条乃愛(ほうじょう のあ)瑞樹(みずき)のもとへ近づいていく。

 その光景に、久遠(くおん)はついさきほどの(あい)の言葉を思い出した。

 いわく、崖っぷちどころか、もう崖から落ちているのだ、と。

 

「ど、どどど、どうすれば」

「わかりません。でもとりあえず、私たちもいきますよ!」

 

 (あい)久遠(くおん)の手を取り、ずんずんと歩き出す。

 視界の端で、黒崎(くろさき)グループと篠宮(しのみや)グループも立ち上がるのが見えた。

 一学期の終わりという区切りを前に、それぞれのグループが動き出そうとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。