「久遠、本当にこれはまずいです」
翌朝。
朝早く登校した天城久遠は、教室の隅で友人たちと作戦会議を始めていた。
「これで一色さんと北条さんの両方がコロニー入りしました。日和見はやめて、どっちかの派閥に入るべきです」
そう提案するのは脇坂藍。
藤堂瑞樹のお手付き回数が増えていることに、クラス中が気づいていた。
そして、その相手が昨日一緒に帰っていた一色雫であろうことも共有されている。
「焦る必要はないのだよ。前にも言った通り、男は女にいずれ飽きる。コロニー入りをゴールのように考えるのは危険というもの」
久遠は出来るだけ堂々と、藍の提案を否定した。
人の上に立つ者は、動揺を表に出してはいけない。
天城財閥の跡継ぎとして、祖母から口酸っぱく言われていることを実行すべき時だった。
「最後に笑うのは、この天城。お前たちは何も考えなくていい」
「その割に、声がずっと震えてるんですが」
はあ、と藍が溜め息をつく。
「久遠は敵を作りたくないんですよね?」
「どちらかに肩入れしたせいで、残った方と敵対するのは絶対嫌なのだよ」
「少しは篠宮さんの行動力を見習ってください。十八家と仲が悪い公家と繋がろうとしてますよ」
「あれは大社の娘だから、世俗に疎いのだよ。正しいのはどう考えてもこの天城であろう」
製鉄業を営む天城家にとって、北条家は取引先の一つでもある。
かと言って、北条乃愛に肩入れすれば党の最終裁定をくだす一色家を正面から敵に回すことになる。
一色家は公正な家として有名であるが、党の中枢である十八家と正面から対立するのは避けたかった。
「それに、ものは考えようなのだよ。この天城が十八家の顔を立てたことになるではないか」
十八家より先にコロニー入りすれば、間違いなく確執が生まれる。
結果論ではあるが、これで変に気を遣う必要もなくなった。
「残されたKクラスで有力な家はこの天城と篠宮の二つ。七月の補助はこの天城が選ばれても不思議ではないだろう?」
「うーん……」
久遠の楽観的な考えに、藍は悩むように首を傾げた。
「試験で結果を出した音無さんが次の有力候補な気もします」
「うぐ」
チラリ、と窓際の音無凪に目を向ける。
体育祭で足を引っ張り、クラスから浮いていた無口なクラスメイト。
学期末試験で学年一位の成績を叩き出したことで、彼女への周囲の評価は一変していた。
「瑞樹様は元々、孤立しがちな音無さんのことを気にかけています。中身も伴っているなら、選ばれる可能性が高そうじゃないですか?」
「……それは否定できないのだよ」
長い前髪で片目を隠していて少し地味ではあるが、顔は悪くない。
とくに胸元の大きな膨らみは、クラスでも目立つ。
「ふん。それでも少し時期がずれるだけに過ぎない。きっと八月の補助でこの天城が選ばれるのだよ」
「私の予想だと、皆木さん辺りになりそうですけど」
皆木鈴。
Kクラスでもっとも背が低いことに加え、黒のボブカットに金色のメッシュを入れていて、記憶に残りやすい容姿をしている。
「体育祭で活躍しましたし、学期末試験もクラスで上位でした。能力の平均値が相当高いですし、神成グループにいるから瑞樹様とも長い時間を過ごしています」
「……ならば、九月の補助まで待てばいいのだよ」
「神成グループで一人だけ残っちゃう相原さんを瑞樹様が放置するとは思いません。ここまでくれば、相原さんもすぐにコロニー入りするはずです」
相原由良は、北海道の没落した名家の出身である。
表裏がなく明るい娘であるが、今のところ体育祭や学期末試験で目立った結果は残していない。
しかし藍の言う通り、藤堂瑞樹が仲間外れのようなことをするとは思えなかった。
「じゅ、十月まで待てば機会が」
「その頃には、新しく入ってきた瑞鳳さんが脅威になるんじゃないですか。一条の公家ですよ。家格としては向こうの方が上です」
「ね、年内にコロニー入りすれば何も問題ない」
「残ってる北条グループを忘れてません? 御倍さんとか、わかりやすいくらい惚れてますよね」
それに、と藍は如月ひよりに目を向けた。
「如月さんってトレードに出される予定だったじゃないですか。どうやら勝手に残ったみたいですよ」
如月ひよりが体育祭の準備期間になにか問題を起こしたことは、クラスで周知の事実である。
彼女は北条グループの中で孤立し、学級会でもトレードに出されることが明言されていた。にもかかわらず、いつの間にか残留することになっていた。
「黒崎グループも思ったより脅威だと思います。行動力があるし、見た目だけは良いですからね」
「……」
黒崎蓮を中心とした見た目が派手な少女たち。
リーダーの黒崎蓮は髪を脱色した上にいくつもピアスをしていて、久遠が生きてきた世界にはいないタイプの人間だった。
とくに緋村梨々花はクラスの勉強会で甲斐甲斐しく毎日クッキーを焼いてきて、藤堂瑞樹に対し並々ならぬ好意を見せている。
「篠宮さんも、最近になって急に動き出しました。明らかに覚悟を決めています」
「そ、それは少し気になっていたのだよ」
入学当初、篠宮グループは藤堂瑞樹に近寄る動きを見せなかった。
十八家以外でもっとも有力な勢力である彼女が大人しいことに、久遠は内心安堵し、油断しきっていた。
それがいつの間にか、篠宮聖華も藤堂瑞樹への好意を隠さなくなっている。
「久遠、正直に言います。私たち、結構ヤバいです」
「ど、どれくらいヤバいのだよ?」
「もう崖っぷちです。っていうか崖から落ちてます」
「それは言い過ぎなのだよ! まだまだチャンスが――」
「――久遠。学外のことを忘れてませんか?」
脅すように、藍が低い声で言う。
久遠は思わず黙り込んだ。
藍の言う通り、すっかり忘れていたためである。
「クラス内の争いだけでもヤバいのに、他校との交流イベントも残ってるんですよ? 他校の名家と競い合える自信、あります?」
「な、ないのだよ」
四大共学の間には、定期的な交流がある。
とくに、どこのコロニーにも入れなかった三年生の女子と他校の一年生の男子を繋ぐ交流会として有名な縁巡りは、両者の合意があれば転校してくることになる。
「そうか……一年生女子には関係ないから忘れていたのだよ」
縁巡りは、あまった三年生女子の救済のために用意された交流会である。
一年生の久遠にとってはまだまだ関係ないことという認識だったが、男子である藤堂瑞樹には大いに関係してくる。
「三年生にとっては最後のチャンスですからね。女側は死ぬ気で臨みます。熱意で押されてしまう男子も多いとか。瑞樹様がちょっと心配です」
「む、むう」
「それに、交流先が残花ノ園だったらどうします? 公家が2ダースくらい転校してきたら終わりですよ?」
「地獄すぎるのだよ!」
久遠が頭を抱えた時、教室の戸口が開いた。
藤堂瑞樹と一色雫が並んで入ってくる。
「おはよう」
瑞樹に挨拶を返そうとしたとき、あるものが久遠の視界に入り、言葉が出てこなくなった。
教室中の視線が、瑞樹の腕にぴったりと絡みつく雫に向けられていた。
「お、おはようございます」
戸惑ったような声が、そこら中から飛び出す。
瑞樹がいつもの席に座ったあとも、雫は離れる様子を見せず、腕を絡めたまま身体をすりすりと寄せていた。
右手には、お手付きを示す赤い指輪が煌いている。
久遠は口をあんぐりと開けたまま、挨拶を返すこともできず、ただ立ち尽くしていた。
「雫、そろそろ……」
「いやです。もう少し、こうさせてください」
一色家の次期当主とは思えない姿だった。
唖然としているクラスメイトたちの前で、雫は人目を気にせず瑞樹に体重を預けていく。
昨日までとは明らかに距離感が異なっていた。
「瑞樹様、朝一番に登校してずっとお待ちしておりました。ぜひ、加恋とお話してください」
誰もが遠くから一色雫の変貌を見つめるなか、花守加恋が気にした風もなく突撃していく。
久遠はそれでようやく、あんぐりと開いたままだった口を閉じることができた。
「瑞樹くん、暑くないかな? 邪魔なら私から一色さんに言ってあげようか?」
苛立った様子で北条乃愛も瑞樹のもとへ近づいていく。
その光景に、久遠はついさきほどの藍の言葉を思い出した。
いわく、崖っぷちどころか、もう崖から落ちているのだ、と。
「ど、どどど、どうすれば」
「わかりません。でもとりあえず、私たちもいきますよ!」
藍が久遠の手を取り、ずんずんと歩き出す。
視界の端で、黒崎グループと篠宮グループも立ち上がるのが見えた。
一学期の終わりという区切りを前に、それぞれのグループが動き出そうとしていた。