男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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5話

「なあ、藤堂(とうどう)。夏休みのグランピングだけどさ、花守(はなもり)も誘っていいか?」

瑞樹(みずき)様、前にもお話していた天城(あまぎ)財閥のホテルなのですが、こちらでよろしいでしょうか?」

 

 机の周りに集まる少女たちに、瑞樹(みずき)は困った表情を浮かべた。

 

「えっと……」

「ほら、瑞樹(みずき)くんが困ってるじゃないか。一斉に喋らず、並んでくれないかな」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)が周囲の女子を追い払い始める。

 その間も、(しずく)瑞樹(みずき)にぴったりとしがみついたまま動かなかった。

 

「……一色さんも、いい加減にした方がいいと思うよ?」

「ええ、今日だけにします」

 

 乃愛(のあ)の睨みにも、(しずく)は動じる様子を見せない。

 瑞樹(みずき)はその間に、さきほどの黒崎蓮(くろさき れん)との話を進めることにした。

 

花守(はなもり)さんもくるの? 黒崎(くろさき)さんたちが良いならもちろん大丈夫だよ」

「本当ですか! 加恋(かれん)、なんでも雑用します」

 

 加恋(かれん)が喜色の声をあげる。

 そのまま席の周りに集まる少女たちと代わる代わる会話していた時、担任の氷影澪(ひかげ みお)が教室に入ってきた。

 それを合図に、瑞樹(みずき)の周りにいた少女たちが一斉に自分の席に戻っていく。

 氷影(ひかげ)は教室が静かになるのを待った後、瑞樹(みずき)へ目を向けて口を開いた。

 

藤堂(とうどう)くん、お話があります。放課後、職員室まで来てください」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「失礼いたします。氷影(ひかげ)先生いますか?」

 

 職員室の扉から、顔だけを覗かせて遠慮がちに声をかけた。

 突然の男子の来訪に、何人かの教師が驚いたように顔を向ける。

 すぐに事務机の狭い間を縫って、氷影澪(ひかげ みお)がやってきた。

 

「こちらへどうぞ。補佐官は外でお待ちください」

「あ、はい」

 

 職員室の手前の小部屋に、瑞樹(みずき)だけが通される。

 高級感のあるソファとローテーブルが並んだ応接間だった。

 瑞樹(みずき)が腰掛けるのを待ってから、氷影(ひかげ)も腰を下ろした。

 

「あの、お話というのは……?」

 

 (しずく)との過剰な接触を怒られるのではないか、と怯えながら質問すると、予想していなかった言葉が返ってきた。

 

「縁巡りの出席確認をしたいと思いまして。どのような行事か、ご存じですか?」

「えと、一年生の男子と他校の三年生の女子との交流会ですよね?」

「はい。もしも気に入った女子がいれば白雪に転校させることも可能です」

「交流先はどこなんですか?」

 

 軽い質問のつもりだった。

 しかし、奇妙な間が空いた。

 

「……まだ決まっていません」

 

 氷影(ひかげ)の表情に、なにか緊張の色が混ざっていた。

 

「行事をやるかどうか、まだ未定ということですか?」

「縁巡りは必ず行います。しかし、交流先がまだ調整中で決まっていません。決まり次第、できるだけ早くお伝えします」

 

 喉に何か詰まったような言い方だった。

 

「それで、ご出席の意思をお聞かせいただけますか」

「えっと、特に予定がなければ出席すると思います」

「必ず出席できますか?」

 

 真剣な表情で、氷影(ひかげ)が身を乗り出す。

 妙な気迫があった。

 

「あの……たぶん」

「出席すると言って、当日休まれると非常に困ります。本当にやむを得ない場合をのぞき、どうか確約を」

「他校との関係や世間体があるのはボクも何となく理解しています。サボったりは絶対しないです」

「はい。何卒、よろしくお願いいたします」

 

 縁巡りは、他校を巻き込む行事である。

 白雪学園側が男子を出さないとなると、交流先も男子を出さないなどの対抗措置があるのだろう、と事情を推察する。

 

「縁巡りについてのお話は以上ですが、学校生活についていくつかお聞きしてもよろしいでしょうか」

「はい」

「学校でなにか困っていることはありませんか?」

「えっと、特にないです」

「教師や職員についてはどうですか? 性的な言葉や視線を向けられることはありませんか?」

「大丈夫です」

「施設や設備についての不満はありませんか? 学食をあまり利用されていないと聞きましたが、メニューの要望があれば伝えておきます」

 

 学食はたしかに殆ど利用していなかった。

 普段の学校生活をこまかく見られていることに内心、瑞樹(みずき)は驚いた。

 

「学食はおいしかったんですけど、クラス全員で移動することになるのがちょっと目立つかなと思って。不満があるわけじゃないです」

「その他、私生活で困っていることはありませんか? 例えば、補佐官の交換も学校側から処理することが可能です」

「特にないです」

「わかりました。お話は以上です」

 

 最後に瑞樹(みずき)はぺこりと頭を下げて、応接室を出た。

 廊下には補佐官の(れい)だけでなく、神成寧々(かみなり ねね)の姿があった。

 

「あ、瑞樹(みずき)くん」

 

 寧々(ねね)が嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

「どうしたの?」

「えっとね、その、ちょっとだけカフェテリア寄らない? 季節限定の白桃ワッフルが出てるんだって」

 

 目を泳がせながら誘ってくる寧々(ねね)に、瑞樹(みずき)は微笑んだ。

 頷こうとした時、廊下の向こうから花守加恋(はなもり かれん)がツインテールを揺らしながら、どどど、と勢いよく走ってきた。

 

「ようやく見つけました、瑞樹(みずき)様! よければ加恋(かれん)とお茶してください!」

「あ……」

 

 途端、寧々(ねね)の表情が曇る。

 

「ごめんね、花守(はなもり)さん。寧々(ねね)ちゃんと約束したところなんだ」

「わかりました。じゃあ、また時間がある時にお相手してください!」

「うん、また空いてる時に声かけるね」

「はい!」

 

 加恋(かれん)は元気よく返事すると、素直に身を引いて去っていった。その背中を見送ってから、寧々(ねね)に向き直る。

 

「じゃあ行こっか」

「……うん」

 

 学内のカフェテリアに向け、並んで歩き出す。

 寧々(ねね)の表情は、どこか浮かないままだった。

 

花守(はなもり)さんって、すごく可愛いよね」

 

 ぽつりと零す寧々(ねね)に、瑞樹(みずき)は少し反応に困って、うん、と短く返した。

 どう答えればいいのか、正解がわからない問いかけだった。

 

「ああいう髪型、瑞樹(みずき)くんは好き?」

 

 加恋(かれん)のツインテールはよく目立つ。

 どうやら気になるようだった。

 

「私だとあんまり似合わないかもしれないけど、その、好みの髪型があったら言ってね。なんでも変えるから」

 

 寧々(ねね)はそう言って、自分のゆるく波打った髪を気にするようにいじった。

 

寧々(ねね)ちゃんは今の髪のイメージが強いし、似合ってるからこのままの方がボクは好きだよ」

「ほ、ほんと?」

 

 寧々(ねね)が満更でもなさそうにはにかむ。

 本心からの言葉だったが、どうやら正解を引いたようだった。

 カフェテリアに到着すると、寧々(ねね)はすぐに注文に向かった。

 瑞樹(みずき)は奥の席に座り、寧々(ねね)を待ちながら周囲を観察した。

 カフェテリアには中等部の生徒が何人かいて、こそこそと瑞樹(みずき)の方を見て何か喋っている集団もいた。

 

瑞樹(みずき)様、前を失礼いたします」

 

 それまで影のように壁際に控えていた(れい)が、周囲の視線を遮るように移動する。

 

(れい)さん、そこまでしなくて大丈夫だよ」

「……念のためです」

 

 それからすぐに、寧々(ねね)が両手にワッフルの皿を持ってやってきた。

 

「わ、おいしそうだね」

 

 たっぷりのクリームと、ごろっとした果肉が生地からあふれそうになっている。

 瑞樹(みずき)が身を乗り出すと、寧々(ねね)が嬉しそうに笑って対面に腰掛けた。

 

「ここを通るたび、気になってたんだ。当たりみたいで良かったぁ」

 

 フォークで口に運ぶと、瑞々しい味わいが口の中に広がる。

 

「そういえば、先生に呼び出されたよね。なんの用事だったの?」

「えっと、縁巡りの出席確認だって」

 

 他には補佐官の交換の確認などもあったが、近くに(れい)がいる手前、言わないことにした。

 

「縁巡り……」

 

 寧々(ねね)の手が止まった。

 

「そっか。女子にとっては三年生の行事だし、私はもう関係ないから忘れちゃってた」

「周りでまったく話題にならないし、ボクも正直、言われるまであまり意識してなかったよ」

 

 寧々(ねね)の視線が、じっと瑞樹(みずき)に向けられる。

 

「他校に行くんだよね?」

「詳細はまだ決まってないらしいんだけど、多分そうなると思う」

 

 ワッフルを切り分けながら、瑞樹(みずき)は表情を崩した。

 

「他の四大共学って、どんなところなんだろうね。白雪みたいに立派な校舎なのかな」

「……瑞樹(みずき)くん、なんだか嬉しそう」

「そ、そんなんじゃないよ。ただちょっと、古いお城みたいな校舎だったら良いなと思って」

 

 誤解を受けそうになって、瑞樹(みずき)は慌てて首を横に振った。

 Kクラスは既に四十六人もいる。他校から更に女子を連れてくるわけにはいかない。

 

「もしかして瑞樹(みずき)くん、年上のほうが好き?」

「えっと……どうかな? 年齢はあまり気にしないけど」

 

 視界の端に(れい)の気配を感じながら、言葉を濁す。

 

「それとも年下の方が好き? 一般的にはそっちのほうが多いらしいもんね」

「……うーん、年下の知り合いとかいないし、多分違うと思う」

「そうなんだ。どっちにしろ、三年生相手って年齢がちょっと離れてて話とかも合わなさそうだよね」

 

 (れい)の視線が鋭くなった気がした。

 瑞樹(みずき)は急に味がしなくなったワッフルを口に放り込みながら、話題を変えることにした。

 

寧々(ねね)ちゃんは夏休み中、バレーの練習があるんだっけ?」

「うん。でも用事があったらいつでも声かけてね。調整できるから」

「夏の大会とかってあるの? もしあるんだったら応援とか行ってみたいけど」

 

 何気なく口にした問いに、寧々(ねね)の表情に陰が落ちた。

 しかし一瞬のできごとで、すぐに寧々(ねね)は笑みを取り戻した。

 

「えっとね、男の子がくると目立っちゃうし、観戦してもあまり面白くないかも」

「うーん、そっか。寧々(ねね)ちゃんが頑張ってるところ一回見てみたかったんだけど、邪魔になりそうだね」

 

 誤魔化すような寧々(ねね)の笑みが、何となく瑞樹(みずき)の心に違和感を残した。

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