「皆さんの頑張りにより、暫定二位という結果で一学期を終えることができました。二学期に備え、夏休み中もそれぞれが自己鍛錬に励むことを期待しています」
担任の氷影澪が、一学期最後の挨拶を口にする。
教室中に、浮かれた空気が流れていた。
「では、よい夏休みを」
氷影はそう言葉を締めると、すぐに教室から出て行った。
周囲のクラスメイトたちが、次々に帰る準備を始める。
瑞樹も支度を終えて立ち上がった時、隣の寧々が慌てたように声をかけてきた。
「瑞樹くん、ちょっとお喋りしていかない?」
答える前に、皆木鈴と相原由良が近づいてくる。
「夏休みに入ると中々会えないしな」
「暖かいし、中庭のベンチなんかどう? 私、適当に軽く食べられるものとか買ってくるよ!」
反射的に窓の外を見やる。
雲一つない晴天が広がっていて、由良の提案通り、外で軽食でも食べながら時間を潰すのも悪くなさそうだった。
「そうだね。今日は奉仕活動の予定もないし、そうしようか」
瑞樹は微笑むと、窓際の席に座ったままの音無凪に視線を向けた。
「音無さんも一緒に行かない?」
凪がこくりと頷いて立ち上がる。
その時、横から花守加恋が近づいてきた。
「瑞樹様、加恋もいいですか?」
「うん」
加恋のお茶の誘いを断り続けているのが気になっていたこともあり、瑞樹は首を縦に振った。
「ほんとですか! ありがとうございます!」
加恋がわかりやすく両手をあげ、喜びの声をあげた。
直後、教室の隅で成り行きを見守っていた北条乃愛が動いた。
「私もいいかな。私の寄騎も、瑞樹くんともっとお話ししたい子が多くてね」
「瑞樹様が残られるのであれば、私も残ってお喋りしたいです」
対抗するように一色雫も口を開く。
それを皮切りに、他の女子も次々と瑞樹のもとに歩みを寄せた。
「うちの久遠も今後のクラス運営についていっぱい語りたいそうです! ね、久遠!」
「そ、そうなのだよ。この天城、Kクラスのためになにか出来ることがないか常に考えているのだよ」
天城久遠が脇坂藍に背中を押され、しどろもどろで瑞樹の前に出てくる。
瑞樹は少し考え込んだ後、人数が多すぎると凪が喋れなくなるだろう、と結論づける。
「ごめんね。中庭で食べる予定だし、あんまり人数が多すぎてもちょっと」
「ああ、無理を言ってすまない。またどうせすぐ会えるしね。今日は退散するよ」
乃愛が事情を察したように踵を返す。
雫もニコりと笑みを浮かべ、ではまた今度、と一礼してから去っていった。
「そうですよね、これじゃあ多すぎますよね。うちの久遠が厚かましくてすみません! よく言い聞かせておきます!」
「なんだか腑に落ちないのだよ……」
ぶつぶつ言う天城久遠を、脇坂藍が引っ張っていく。
遠くから状況を眺めていた黒崎蓮たちも、諦めたように席から立ち上がった。
「じゃあな、藤堂。また連絡するから」
「瑞樹様、またねぇ~!」
「グランピング、楽しみにしてるっす!」
桃原奈緒と青山遥が元気よく手を振る。
最後に緋村梨々花が名残惜しそうに足を止めて、またね、と小さく呟いた。
次々と教室を去っていくクラスメイトに挨拶をしたところで、瑞樹たちも教室を出て中庭に向かうことにした。
「みんな、先に中庭行ってていいよ。私、適当に食べ物とか買ってくる!」
由良が廊下を走り始める。
直後、由良が消えた曲がり角から生物教師のマダムの「まあ! 廊下を走ってはいけません!」という叱責の声が響き、瑞樹たちは顔を見合わせてクス、と笑った。
「じゃあ行こっか」
中庭に向かうと、夏休みの到来にはしゃいでいる上級生たちがいた。
空いているベンチに向かい、腰を下ろす。
「女子は清華団のキャンプがあるんだっけ?」
「ああ、地域ごとに行かされるね。あれが結構しんどいんだ」
瑞樹の問いに、鈴が答えた。
「私のところは山で塹壕を掘らされる。しばらくは筋肉痛で動けない」
「そ、そうなんだ」
思わず凪に視線を向ける。
凪はあまり体力がない。
「音無さんのところも、そういうのあるの?」
「……私のところは普通のキャンプと弁論会です」
「どうやら、地区担当官の好みで違うらしいな。そういえば神成はキャンプも免除か?」
鈴が寧々に話を振る。
「あ、うん。私は清華団の活動が免除されてるから……」
「まあ、その代わり毎日がキャンプみたいなもんだよな」
その時、由良が買い物袋を抱えて走ってくるのが見えた。
「サンドイッチとかいっぱい買ってきたよ!」
「悪いな」
すぐに鈴が立ち上がり、由良の手元から手際よく配り始めた。
「藤堂はタマゴとツナどっちがいい?」
「じゃあタマゴもらっていい?」
「ああ……じゃあこれ」
鈴から受け取るとき、僅かに手が触れた。
「わ、悪い」
「ありがとね」
顔を赤くする鈴を、瑞樹は少し意外そうに見つめた。
瑞樹は普段から寧々たちと一緒に昼食を取ることが多く、鈴はクラスの中でも接触回数が多いほうに入る。いまさら手が触れるだけで意識するような関係でもないように思えた。
「……」
今日はなんとなく、凪からの視線も強く感じた。
何かを期待するような目。
「いい天気だけど、ちょっとだけ暑いね」
そう言う寧々は、しきりに癖っ毛を弄っている。普段より落ち着きがない。
彼女たちの不可解な様子について少し考え込み、七月の遺伝子提供の補助についての話を待っているのだとようやく気付く。
さきほど居残ろうとしていたクラスメイトたちも、補助の話があるのではないかと期待していたのだろう。
明日から夏休みに突入してしまうため、直接声をかけられるなら今日しかない。
「白雪の食堂とか購買って、あんまりパンが強くないよね。手作りパンとかあったらいいんだけどなぁ」
由良だけがいつも通りだった。
瑞樹はその様子を見て、思わず微笑んだ。
「あ、音無さんはどれがいい? 私はね、こっちがおすすめ。一回食べたけどおいしかったよ」
「……じゃあ、そちらをいただきます」
孤立しがちな凪に対しても、由良は以前から積極的に声をかけている。
グループ外のクラスメイトに対しても、壁を作らず仲良くしていることが多い。
雫のように学級委員長としての立場があるわけでもなく、そこには根っからの善性が見える。
「ところで、瑞樹様。よろしければ加恋を次の遺伝子提供の補助に使っていただけないでしょうか?」
不意に投げ込まれた加恋の言葉に、場が凍った。
加恋は気にした様子もなく、言葉を続ける。
「加恋、何でもします!」
「えっと……そうだね。もう少し互いのことを知ってからでもいいかな? 花守さんのこと、まだ何も知らないから」
瑞樹が断りの言葉を返すと、周りの鈴や寧々があからさまに安堵した表情を見せた。
「そういえば、まだ理由を聞いてなかったね。花守さんはどうしてBクラスから移動してきたの?」
Bクラスは現在、暫定一位となっている。
卒業時に首席クラスになれる可能性がもっとも高く、加恋がトレード権を行使したのは不可解だった。
「加恋は自然妊娠で生まれたんです。でも、父親の顔すら知らなくて。だから、義理堅い男の人がいいと思っていました」
そこで加恋は、隅に立っていた御門玲に視線を向けた。
「瑞樹様は一度も補佐官を交換したことがないと聞いて、ずっと気になってました。きっと、情に厚い方なんだろうなって思って」
「……そっか」
クラス移動に瑞樹が納得した時、むふ、と加恋が笑った。
「それに、瑞樹様のお顔がとても好みだったので! 加恋は特別プログラムの全てのターンで裏切ってBクラスのクラスポイントをいっぱい下げてきたんです! ぜひ褒めてください!」
「そ、そうなんだ」
一学期の末に行われた特別プログラムは、クラスのために奉仕するか裏切るかを選択し、裏切者を当てる論理ゲームだった。
あのゲームを経験した瑞樹としては、加恋が全てのターンで裏切った事実を少し末恐ろしく感じてしまうところがある。
「……花守って大物なのかもな」
瑞樹の心を代弁するように、鈴が呆れたように呟いた。
◇◆◇
中庭の食事会が終わると、瑞樹は玲を連れて駐車場に向かった。
「瑞樹様、お腹の具合はいかがですか? 帰りにどこかに寄りましょうか?」
「お腹いっぱいだから大丈夫だよ。もしかして玲さん、お腹減ってたりする?」
「……まさか」
玲をからかっていた瑞樹は、車の前に見知った人影を見つけて足を止めた。
「こんにちは、藤堂瑞樹。奇遇ですね」
篠宮聖華だった。
彼女は日本人形のように長い黒髪をいじりながら、どこか恥ずかしそうに視線を逸らした。
いつも堂々としている聖華にしては珍しい態度だった。
「少し散歩していたところです。これは貴方の車ですか? こんな偶然もあるものですね」
それから何かを期待するような、奇妙な間があった。
恐らく、遺伝子提供の補助の話を期待しているのだろう。
瑞樹が言葉に悩んでいると聖華は、コホン、と咳払いしてすぐに話題を変えた。
「ところで、藤堂瑞樹。あなたは厄払いをしたことはありますか?」
「えっと……多分ないと思う」
「夏休みの間に、うちの大社でいかがですか? 本来は予約が難しく、中々受けられない貴重なものです。学友として、境内の案内もできます」
聖華なりに距離をつめようとしてくれているのだろう。
少し不器用な誘い方に、瑞樹は小さく笑った。
「そっか。じゃあお願いしていい?」
「もちろんです。では詳しいスケジュールについてはまた後日連絡します」
「うん」
去っていく彼女の背中を見送りながら、申し訳なく思う。
七月の遺伝子提供の相手は、瑞樹の中ではもう殆ど決まっていた。
後はいつ、どのように伝えるかだけだった。