男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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7話

「皆さんの頑張りにより、暫定二位という結果で一学期を終えることができました。二学期に備え、夏休み中もそれぞれが自己鍛錬に励むことを期待しています」

 

 担任の氷影澪(ひかげ みお)が、一学期最後の挨拶を口にする。

 教室中に、浮かれた空気が流れていた。

 

「では、よい夏休みを」

 

 氷影(ひかげ)はそう言葉を締めると、すぐに教室から出て行った。

 周囲のクラスメイトたちが、次々に帰る準備を始める。

 瑞樹(みずき)も支度を終えて立ち上がった時、隣の寧々(ねね)が慌てたように声をかけてきた。

 

瑞樹(みずき)くん、ちょっとお喋りしていかない?」

 

 答える前に、皆木鈴(みなき すず)相原由良(あいはら ゆら)が近づいてくる。

 

「夏休みに入ると中々会えないしな」

「暖かいし、中庭のベンチなんかどう? 私、適当に軽く食べられるものとか買ってくるよ!」

 

 反射的に窓の外を見やる。

 雲一つない晴天が広がっていて、由良(ゆら)の提案通り、外で軽食でも食べながら時間を潰すのも悪くなさそうだった。

 

「そうだね。今日は奉仕活動の予定もないし、そうしようか」

 

 瑞樹(みずき)は微笑むと、窓際の席に座ったままの音無凪(おとなし なぎ)に視線を向けた。

 

音無(おとなし)さんも一緒に行かない?」

 

 (なぎ)がこくりと頷いて立ち上がる。

 その時、横から花守加恋(はなもり かれん)が近づいてきた。

 

瑞樹(みずき)様、加恋(かれん)もいいですか?」

「うん」

 

 加恋(かれん)のお茶の誘いを断り続けているのが気になっていたこともあり、瑞樹(みずき)は首を縦に振った。

 

「ほんとですか! ありがとうございます!」

 

 加恋(かれん)がわかりやすく両手をあげ、喜びの声をあげた。

 直後、教室の隅で成り行きを見守っていた北条乃愛(ほうじょう のあ)が動いた。

 

「私もいいかな。私の寄騎(よりき)も、瑞樹(みずき)くんともっとお話ししたい子が多くてね」

瑞樹(みずき)様が残られるのであれば、私も残ってお喋りしたいです」

 

 対抗するように一色雫(いっしき しずく)も口を開く。

 それを皮切りに、他の女子も次々と瑞樹(みずき)のもとに歩みを寄せた。

 

「うちの久遠(くおん)も今後のクラス運営についていっぱい語りたいそうです! ね、久遠(くおん)!」

「そ、そうなのだよ。この天城(あまぎ)、Kクラスのためになにか出来ることがないか常に考えているのだよ」

 

 天城久遠(あまぎ くおん)脇坂藍(わきさか あい)に背中を押され、しどろもどろで瑞樹(みずき)の前に出てくる。

 瑞樹(みずき)は少し考え込んだ後、人数が多すぎると(なぎ)が喋れなくなるだろう、と結論づける。

 

「ごめんね。中庭で食べる予定だし、あんまり人数が多すぎてもちょっと」

「ああ、無理を言ってすまない。またどうせすぐ会えるしね。今日は退散するよ」

 

 乃愛(のあ)が事情を察したように(きびす)を返す。

 (しずく)もニコりと笑みを浮かべ、ではまた今度、と一礼してから去っていった。

 

「そうですよね、これじゃあ多すぎますよね。うちの久遠(くおん)が厚かましくてすみません! よく言い聞かせておきます!」

「なんだか腑に落ちないのだよ……」

 

 ぶつぶつ言う天城久遠(あまぎ くおん)を、脇坂藍(わきさか あい)が引っ張っていく。

 遠くから状況を眺めていた黒崎蓮(くろさき れん)たちも、諦めたように席から立ち上がった。

 

「じゃあな、藤堂(とうどう)。また連絡するから」

瑞樹(みずき)様、またねぇ~!」

「グランピング、楽しみにしてるっす!」

 

 桃原奈緒(ももはら なお)青山遥(あおやま はるか)が元気よく手を振る。

 最後に緋村梨々花(ひむら りりか)が名残惜しそうに足を止めて、またね、と小さく呟いた。

 次々と教室を去っていくクラスメイトに挨拶をしたところで、瑞樹(みずき)たちも教室を出て中庭に向かうことにした。

 

「みんな、先に中庭行ってていいよ。私、適当に食べ物とか買ってくる!」

 

 由良(ゆら)が廊下を走り始める。

 直後、由良(ゆら)が消えた曲がり角から生物教師のマダムの「まあ! 廊下を走ってはいけません!」という叱責の声が響き、瑞樹(みずき)たちは顔を見合わせてクス、と笑った。

 

「じゃあ行こっか」

 

 中庭に向かうと、夏休みの到来にはしゃいでいる上級生たちがいた。

 空いているベンチに向かい、腰を下ろす。

 

「女子は清華団(せいかだん)のキャンプがあるんだっけ?」

「ああ、地域ごとに行かされるね。あれが結構しんどいんだ」

 

 瑞樹(みずき)の問いに、(すず)が答えた。

 

「私のところは山で塹壕を掘らされる。しばらくは筋肉痛で動けない」

「そ、そうなんだ」

 

 思わず(なぎ)に視線を向ける。

 (なぎ)はあまり体力がない。

 

音無(おとなし)さんのところも、そういうのあるの?」

「……私のところは普通のキャンプと弁論会です」

「どうやら、地区担当官の好みで違うらしいな。そういえば神成(かみなり)はキャンプも免除か?」

 

 (すず)寧々(ねね)に話を振る。

 

「あ、うん。私は清華団(せいかだん)の活動が免除されてるから……」

「まあ、その代わり毎日がキャンプみたいなもんだよな」

 

 その時、由良(ゆら)が買い物袋を抱えて走ってくるのが見えた。

 

「サンドイッチとかいっぱい買ってきたよ!」

「悪いな」

 

 すぐに(すず)が立ち上がり、由良(ゆら)の手元から手際よく配り始めた。

 

藤堂(とうどう)はタマゴとツナどっちがいい?」

「じゃあタマゴもらっていい?」

「ああ……じゃあこれ」

 

 (すず)から受け取るとき、僅かに手が触れた。

 

「わ、悪い」

「ありがとね」

 

 顔を赤くする(すず)を、瑞樹(みずき)は少し意外そうに見つめた。

 瑞樹(みずき)は普段から寧々(ねね)たちと一緒に昼食を取ることが多く、(すず)はクラスの中でも接触回数が多いほうに入る。いまさら手が触れるだけで意識するような関係でもないように思えた。

 

「……」

 

 今日はなんとなく、(なぎ)からの視線も強く感じた。

 何かを期待するような目。

 

「いい天気だけど、ちょっとだけ暑いね」

 

 そう言う寧々(ねね)は、しきりに癖っ毛を弄っている。普段より落ち着きがない。

 彼女たちの不可解な様子について少し考え込み、七月の遺伝子提供の補助についての話を待っているのだとようやく気付く。

 さきほど居残ろうとしていたクラスメイトたちも、補助の話があるのではないかと期待していたのだろう。

 明日から夏休みに突入してしまうため、直接声をかけられるなら今日しかない。

 

「白雪の食堂とか購買って、あんまりパンが強くないよね。手作りパンとかあったらいいんだけどなぁ」

 

 由良(ゆら)だけがいつも通りだった。

 瑞樹(みずき)はその様子を見て、思わず微笑んだ。

 

「あ、音無(おとなし)さんはどれがいい? 私はね、こっちがおすすめ。一回食べたけどおいしかったよ」

「……じゃあ、そちらをいただきます」

 

 孤立しがちな(なぎ)に対しても、由良(ゆら)は以前から積極的に声をかけている。

 グループ外のクラスメイトに対しても、壁を作らず仲良くしていることが多い。

 (しずく)のように学級委員長としての立場があるわけでもなく、そこには根っからの善性が見える。

 

「ところで、瑞樹(みずき)様。よろしければ加恋(かれん)を次の遺伝子提供の補助に使っていただけないでしょうか?」

 

 不意に投げ込まれた加恋(かれん)の言葉に、場が凍った。

 加恋(かれん)は気にした様子もなく、言葉を続ける。

 

加恋(かれん)、何でもします!」

「えっと……そうだね。もう少し互いのことを知ってからでもいいかな? 花守(はなもり)さんのこと、まだ何も知らないから」

 

 瑞樹(みずき)が断りの言葉を返すと、周りの(すず)寧々(ねね)があからさまに安堵した表情を見せた。

 

「そういえば、まだ理由を聞いてなかったね。花守(はなもり)さんはどうしてBクラスから移動してきたの?」

 

 Bクラスは現在、暫定一位となっている。

 卒業時に首席クラスになれる可能性がもっとも高く、加恋(かれん)がトレード権を行使したのは不可解だった。

 

加恋(かれん)は自然妊娠で生まれたんです。でも、父親の顔すら知らなくて。だから、義理堅い男の人がいいと思っていました」

 

 そこで加恋(かれん)は、隅に立っていた御門玲(みかど れい)に視線を向けた。

 

瑞樹(みずき)様は一度も補佐官を交換したことがないと聞いて、ずっと気になってました。きっと、情に厚い方なんだろうなって思って」

「……そっか」

 

 クラス移動に瑞樹(みずき)が納得した時、むふ、と加恋(かれん)が笑った。

 

「それに、瑞樹(みずき)様のお顔がとても好みだったので! 加恋(かれん)は特別プログラムの全てのターンで裏切ってBクラスのクラスポイントをいっぱい下げてきたんです! ぜひ褒めてください!」

「そ、そうなんだ」

 

 一学期の末に行われた特別プログラムは、クラスのために奉仕するか裏切るかを選択し、裏切者を当てる論理ゲームだった。

 あのゲームを経験した瑞樹(みずき)としては、加恋(かれん)が全てのターンで裏切った事実を少し末恐ろしく感じてしまうところがある。

 

「……花守(はなもり)って大物なのかもな」

 

 瑞樹(みずき)の心を代弁するように、(すず)が呆れたように呟いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 中庭の食事会が終わると、瑞樹(みずき)(れい)を連れて駐車場に向かった。

 

瑞樹(みずき)様、お腹の具合はいかがですか? 帰りにどこかに寄りましょうか?」

「お腹いっぱいだから大丈夫だよ。もしかして(れい)さん、お腹減ってたりする?」

「……まさか」

 

 (れい)をからかっていた瑞樹(みずき)は、車の前に見知った人影を見つけて足を止めた。

 

「こんにちは、藤堂瑞樹(とうどう みずき)。奇遇ですね」

 

 篠宮聖華(しのみや せいか)だった。

 彼女は日本人形のように長い黒髪をいじりながら、どこか恥ずかしそうに視線を逸らした。

 いつも堂々としている聖華(せいか)にしては珍しい態度だった。

 

「少し散歩していたところです。これは貴方の車ですか? こんな偶然もあるものですね」

 

 それから何かを期待するような、奇妙な間があった。

 恐らく、遺伝子提供の補助の話を期待しているのだろう。

 瑞樹(みずき)が言葉に悩んでいると聖華(せいか)は、コホン、と咳払いしてすぐに話題を変えた。

 

「ところで、藤堂瑞樹(とうどう みずき)。あなたは厄払いをしたことはありますか?」

「えっと……多分ないと思う」

「夏休みの間に、うちの大社でいかがですか? 本来は予約が難しく、中々受けられない貴重なものです。学友として、境内の案内もできます」

 

 聖華(せいか)なりに距離をつめようとしてくれているのだろう。

 少し不器用な誘い方に、瑞樹(みずき)は小さく笑った。

 

「そっか。じゃあお願いしていい?」

「もちろんです。では詳しいスケジュールについてはまた後日連絡します」

「うん」

 

 去っていく彼女の背中を見送りながら、申し訳なく思う。

 七月の遺伝子提供の相手は、瑞樹の中ではもう殆ど決まっていた。

 後はいつ、どのように伝えるかだけだった。

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