【書籍化】男女比が壊れた世界でギスギスする話(書籍タイトル:恋奪の教室)   作:月島しいる

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8話

「きょ、今日はよろしくお願いしますっ!」

 

 下川杏(しもかわ あんず)が勢いよく頭を下げる。

 下川(しもかわ)グループと遠出の約束をした日がやってきた。

 集合場所である白雪学園の校門前には、下川杏(しもかわ あんず)のほかに四人の少女が並んでいる。

 いずれも今まであまり関わり合いがない少女たちだった。

 

「ほお……瑞樹(みずき)様の私服、初めて見ますな」

 

 興味深そうに口を開いたのは、灰島(はいじま)ほのかである。

 今日の瑞樹(みずき)は動きやすいように薄手のパーカーを着ていてかなりラフな格好となっている。

 

「学校外で会うの初めてだもんね。皆の私服もなんだか新鮮だよ」

 

 そう言って、瑞樹(みずき)は少女たちに目を向けた。

 とくに、たっぷりのフリルがついた黒いドレスを着ている闇森夜宵(やみもり やよい)に視線が吸い寄せられる

 

「これ、ゴスロリっていうの。どう? かわいい?」

 

 そう言って一回転する夜宵(やよい)は、教室での大人しい様子とは印象が大分違って見えた。

 

「うん、闇森(やみもり)さんも他のみんなも可愛いよ」

 

 それぞれが精一杯のお洒落をしているのが見るだけでわかった。

 普段はメガネをかけている安田芽衣(やすだ めい)も、今日はコンタクトのようだった。

 

「冬木(ふゆき)さん、体調は大丈夫?」

 

 次に、冬木深雪(ふゆき みゆき)に視線を向ける。

 心配になるほどの色白の肌に細い手足を持つ彼女は、一学期の間に何度も体調不良で欠席している。

 

「大丈夫です。今日はとても調子がよくて」

 

 おっとりとした声で微笑む深雪(みゆき)は、確かにいつもより顔色が良さそうに見えた。

 

「せっかくのハイキングですものね。途中でリタイアしないように、少し練習もしてきました」

 

 今日の行先は、とある廃線跡だった。

 川沿いに続く廃線を党が観光用に整備した場所で、途中には長いトンネルもあって景色に飽きづらく、初心者用のゆるいハイキングコースとして有名な場所でもある。

 

「ボクもあまり体力ないから、一緒にがんばろうね」

「はいっ」

 

 五人の少女が明るく声を返す。

 彼女たちのリーダーである下川杏(しもかわ あんず)とは、図書室で恋愛小説を借りたのをきっかけに何度も話す機会があった。

 杏(あんず)と一緒に行動していることが多い安田芽衣(やすだ めい)とも、図書室で話したことがある。

 しかし、灰島(はいじま)ほのか、闇森夜宵(やみもり やよい)、冬木深雪(ふゆき みゆき)の三人とは一学期中に殆ど交流がなく、これをきっかけに仲良くしたいと瑞樹は考えていた。

 

「それで、席分けはどうしましょうか」

 

 杏(あんず)が話を進める。

 今日の玲(れい)はいつものセダンではなく、八人乗りのミニバンをレンタルしていた。

 

「じゃんけん?」

 

 夜宵(やよい)が首を傾げる。

 ほのかと深雪(みゆき)が頷いた。

 

「そうですな。ここは一発、恨みっこなしでお願いしますぞ」

「まあ。とても緊張します」

 

 異論もなく、五人の少女がじゃんけんを始める。

 結果、闇森夜宵(やみもり やよい)と冬木深雪(ふゆき みゆき)が瑞樹(みずき)の隣に決まった。

 

「おかしいですぞ……統計的には初手でグーを出す人が多く、パーを出せば勝てるはずだったのに……」

「データに頼ること自体が負けフラグだから……」

 

 ぶつぶつ言いながら負けたほのか、杏(あんず)、芽衣(めい)の三人が三列目に収まる。

 

「ぶい」

 

 夜宵(やよい)がピースサインを作り、残った二列目に乗り込む。真ん中に瑞樹(みずき)が座り、さらに端に深雪(みゆき)が入る形となった。

 

「酔い止め、みんな大丈夫? 一応、全員分持ってきてるよ」

「おお、さすが杏(あんず)殿。気が利きますな」

 

 ミニバンが動き出してすぐに、杏(あんず)が乗り物酔いを防止する薬を配り始める。

 

「瑞樹(みずき)様もどうですか?」

「医者と家族、補佐官以外の第三者が男性に薬の類を渡すことは禁止されています。ご注意ください」

 

 運転席から玲(れい)の淡々とした声が届く。

 瑞樹(みずき)も申し訳なさそうに口を開いた。

 

「ごめんね。受け取っちゃダメらしくて」

「あ……防犯的にそうに決まってますよね。ごめんなさい」

 

 しゅん、と落ち込んでしまった杏(あんず)に、慌てて言葉を続ける。

 

「下川(しもかわ)さん、すごく気配りできて凄いよね」

「そうですぞ。しっかり者でいつも助けられているところですな」

「私が体調悪いと、いつもすぐに杏(あんず)さんが声をかけてくれるんですよ」

 

 ほのかと深雪(みゆき)もすぐにフォローに回った。

 どうやら、グループ内で信頼されているようだった。

 

「前のテストもすごかった。私なんかほぼ最下位だったのに」

 

 夜宵(やよい)の言葉に、深雪(みゆき)が溜め息をつく。

 

「まったく……トレードまで本当に紙一重だったんですからね」

 

 瑞樹(みずき)は思わず、夜宵を見つめた。

 

「そんなに危なかったの?」

「正直、テストはあまりやる気なかった。北条(ほうじょう)に勝てる気しなかったし」

「ちょっと、夜宵(やよい)!」

 

 あっけらかんと白状する夜宵(やよい)に、芽衣(めい)が咎めるように声をかける。

 しかし、夜宵(やよい)は表情を変えることなく瑞樹(みずき)を見上げた。

 

「約束通り、こうやって一緒に出掛けてくれるのはびっくりした。私もチャンスあるの?」

「えっと、そうだね。時間はかかるかもしれないけど、全員のこと知りたいと思ってるよ」

「全員? クラス全員ってこと?」

「うん、そうだね。今はちょっとずつだけど」

 

 夜宵(やよい)の眠そうな目が、不思議そうに揺れる。

 その時、慌てた様子で杏(あんず)が割り込んできた。

 

「ごめんなさい! 夜宵(やよい)ってちょっとデリカシーがないところがあって! 本当に悪気はないんです!」

「下川(しもかわ)さん、そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ」

 

 夜宵(やよい)の遠慮のない距離感は、瑞樹(みずき)にとって久しぶりのものだった。

 おもわず、小学生時代の友人を思い出す。

 中学時代の不登校を経て、疎遠になってしまった友人たち。

 いつか連絡をとりたいと思っていたが、長い空白期間のせいで今はまだ勇気がでなかった。

 

「瑞樹(みずき)様って家柄とか気にするの?」

 

 杏(あんず)の制止も気に留めず、夜宵(やよい)が質問を続ける。

 視界の端で、芽衣(めい)が頭を抱えているのが見えた。

 

「ううん。そもそも、どの家が有名とかあまり詳しくないかも」

「じゃあ、ここの全員もチャンスある?」

「うん、お友達になりたいと思ってるよ」

 

 夜宵(やよい)がにっこりと微笑む。

 

「らしいよ。みんな、良かったね」

「……夜宵(やよい)は怖いもの知らずで堪りませんな」

 

 諦めたようにほのかが溜め息をついた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「いきなり連絡がきて驚いたわ」

 

 ファミレスの一角。

 小糸椿(こいと つばき)は、小学校時代からの友人と久しぶりに顔を合わせていた。

 

「それで。話って何なのよ」

「もちろん、瑞樹(みずき)のこと」

 

 椿(つばき)の言葉に、一瞬で友人の顔に不安が混じった。

 

「まさか、嫌なニュースじゃないでしょうね。思想最適化が決まったとか?」

「安心して。良いニュースだから」

 

 椿は手元のソフトドリンクをストローで混ぜながら、意味深に微笑んだ。

 

「私の通ってる清華団(せいかだん)に、たまたま瑞樹(みずき)と同じ高校に通っている子がいたの。あの白雪らしくってね」

「……」

「いまは普通に学校に通えるようになったみたい。話を聞いている限り、思想最適化を受けた形跡もない」

「……」

「清華団(せいかだん)の子から、白雪の文化祭のチケットを貰う約束も取り付けたの。二人で迎えに行きましょう」

 

 沈黙が落ちた。

 椿(つばき)はストローを回し続けながら、静かに返答を待った。

 

「……瑞樹(みずき)が立ち直ったのはもちろん嬉しいわよ。でも、私たちが瑞樹(みずき)と会って本当にいいわけ?」

「あら、どうしてかしら。私たち、瑞樹(みずき)の一番の親友でしょう?」

「私たちのせいで中学時代のトラウマを思い出すかもしれないじゃない。私は、瑞樹(みずき)の足枷になりたくないわ」

 

 椿(つばき)は思わず賞賛を送りたくなった。

 好きな男のために距離を取ろうとする彼女の想いは本物だった。

 そして、こういう女を藤堂瑞樹(とうどう みずき)がもっとも好むことを、椿(つばき)はよく知っている。

 

「大丈夫よ。瑞樹(みずき)はあなたを受け入れてくれるし、再会を喜んでくれる」

「少し考えさせて。というか、文化祭まで待つなんて意外ね。あんただったら家まで押しかけそうだけど」

「私、あの補佐官に嫌われてるの。たぶん、取り次いで貰えないと思う。アポなしで男の子の家に近づくのって十分な排除理由になるし」

「御門(みかど)さんでしょ? 私には割と良くしてくれるわよ。一体なにやったの?」

「さあ。どうしてかしらね。ところで、瑞樹(みずき)のIDって覚えてる?」

「もちろん暗記してるわよ」

 

 椿(つばき)はスマホを取り出すと、テーブルの上に置いた。

 画面には、藤堂瑞樹(とうどう みずき)のパーソナルデータが映し出されている。

 

「瑞樹(みずき)のお手付き回数、四回になってるの知ってた?」

「……」

「あまり悩んでる暇はないんじゃないかしら」

 

 打ちのめされたようにスマホを掴む友人の姿を見て、椿(つばき)は笑みを深くした。

 そして、そっと手を握る。

 

「ね? 私たちの瑞樹(みずき)をはやく返してもらわないと」

「……」

「私たち三人は、永遠の親友だもの。瑞樹(みずき)もきっと三人の関係に戻ることを望んでいるわ」

「……」

「だから、二人で迎えにいきましょう」

「……」

 

 なおも首を縦に振らない友人に、椿(つばき)は尊敬の視線を向けた。静かに身を乗り出し、友人に向かってささやく。

 

「瑞樹(みずき)のこと、私たちが守ってあげないといけないでしょう?」

「……そうね。あいつ、危なっかしいところあるし。私が近くで見ててあげないと……」

「そう、決断してくれてとても嬉しいわ」

 

 文化祭に向けた計画は順調だった。

 一人で会いにいくより、こうして小学校時代の友人も誘ったほうが藤堂瑞樹(とうどう みずき)は喜ぶだろう。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)の価値観は、誰よりもよく知っているつもりだった。

 

「私たち、瑞樹(みずき)の唯一の幼馴染なんだから。傍にいるのが当然よね」

 

 壊れた日常を、奪われた日常をかならず取り戻してみせる。

 椿(つばき)の瞳には、昏い光が宿っていた。

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