男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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9話

「わあ、思ったより崖の近くにあるんですね」

 

 安田芽衣(やすだ めい)はハイキングコースに到着すると、近くのフェンスを覗き込んで歓声をあげた。

 廃線跡の右側は渓谷になっていて、激しい音を立てて川が流れている。

 

「スタート地点とゴール地点の近くに駅があるから、帰りは歩かずに電車でここまで戻ってこられるらしいよ」

 

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)が解説しながら後ろから歩いてくる。

 今回のプランを提案したのは瑞樹(みずき)だった。

 当初は男子にプランを任せることに抵抗があったが、彼の行きたいところにしようと最終的に(あんず)が話をまとめた。

 

「廃墟みたいでワクワクしますぞ」

 

 草木に覆われた枕木とレールが、どこまでも続いている。

 夏休みのせいか、ハイキングコースには人影がちらほらあった。

 

「虫よけスプレー持ってきたんだけど使う?」

「おお、さすが(あんず)殿。何から何まで助かりますな」

 

 段取りよく進めていく(あんず)の姿に、芽衣(めい)は微かな疎外感を覚えた。

 (あんず)は変わった。

 学期末試験ではクラス上位に食い込み、こうして男子との遠出まで実現した。

 芽衣(めい)は入学当初、正直にいえば(あんず)のことを侮っていた。自分と同じく、教室の隅にいる目立たない同類なのだと思い込んでいた。

 放課後の図書室で共通の趣味である恋愛小説について語り、たまに愚痴を聞く。そして時折、遠くから藤堂瑞樹(とうどう みずき)のことを眺める。そういう生活に、芽衣(めい)自身は満足していた。

 田舎で育ったため、中学に男子が一人もいなかったというのも大きな要因かもしれない。最下位クラスの目立たないグループであろうと、芽衣(めい)にとっては十分すぎる居場所で、それ以上を望む動機がなかった。

 しかし、(あんず)は違った。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 にこやかに瑞樹(みずき)が笑う。

 歩き出してすぐ、視線が合った。

 

「そういえば安田(やすだ)さん、コンタクトにしたんだね」

「あ、はい。ちょっと変えてみたくて」

 

 気の利いた返しができない自分が嫌になった。

 

「普段の眼鏡も理知的で似合ってるけど、そっちも可愛いと思う」

「あ……ありがとう……ございます」

 

 ただのお世辞であることはわかっている。

 それでも顔が赤くなっていくのを感じ、芽衣(めい)は思わず顔を伏せた。

 

「緑が多くて、川も近くて、とても素敵なところですね。このような場所には縁がなかったのでとても新鮮です」

 

 背後から深雪(みゆき)の弾むような声。

 

「ボクも全然こういうところに来たことがなくて。一回来てみたかったんだ」

 

 二人の会話を聞きながら、意外だな、と思った。

 常に女子に囲まれている男子は、あちこちに連れまわされているとばかり思い込んでいた。

 

瑞樹(みずき)様は普段、お友達とどのような場所に遊びに行かれるのですか?」

 

 深雪(みゆき)も同じ疑問を抱いたのか、芽衣(めい)が気になっていたことを問いかける。

 

「中学は殆ど行ってなかったから。そういう機会はほとんどなくて」

「なるほど。そうだったのですね」

 

 芽衣(めい)は思わず、瑞樹(みずき)を横目で見つめた。

 不登校という情報を失念させるほど、今の藤堂瑞樹(とうどう みずき)は社交的に見える。

 しかし、本来はもっと大人しい男の子なのかもしれない。

 そう考えると、急に身近な存在に感じられた。

 

「じゃあ、瑞樹(みずき)様はインドア派ということですかな?」

「うん。家で遊んでばかりいたかな」

「もしやゲームとかも嗜まれたり?」

「小学校の時は友達とよく遊んでたよ」

「むむ。これは我らと気が合いそうですぞ」

 

 ほのかが笑みを深くする。

 夜宵(やよい)も身を乗り出した。

 

瑞樹(みずき)様、カードゲームやったことある?」

「集めてたことはあるよ。あんまり強くないけど」

「私たち、休み時間にやってるよ。今度、瑞樹(みずき)様もやろ」

「ちょっと興味あるかも。それまでに買いそろえておこうかな」

 

 線路の上を歩きながら、順調に会話が続いていく。

 次第に、全員の緊張が解けていくのがわかった。

 

「男の子の奉仕活動って、どういうところに行くんですか?」

 

 普段は大人しい深雪(みゆき)が、積極的に話しかけ始めていた。

 

「ボクは中学時代にお世話になったリハビリ施設とか、小児病棟の慰問とかが多めかな。あとは最近だと党の立食パーティーとか」

「党のパーティーですか。なんだか緊張しそうです」

「そうだね。その時はCクラスの白川(しらかわ)くんに連れていってもらっただけで、一人だったら中々行かなかったかも」

 

 ハイキングコースですれ違う女性たちから、次々に視線を感じた。

 一見すると少女のように儚く、独特の透明感のある瑞樹(みずき)の容姿はよく目立つ。

 そのすぐ近くを歩いているだけで、芽衣(めい)はどこか誇らしい気分になった。

 学校で味わったことがない優越感。

 今の芽衣(めい)たちは、誰よりも特別な立場にあった。

 

「あ、あれが一つ目のトンネルだね」

 

 瑞樹(みずき)の声で、前方に目を向ける。

 前方に数メートルほどのトンネルが見えた。

 

「思ったより短いですな。トンネルというより、アーチのような」

「本番は二つ目のトンネルで、そっちはすごく長くて真っ暗なんだって」

 

 瑞樹(みずき)の解説を聞きながら、トンネルをくぐる。

 草木に覆われた朽ちたトンネルと夏の日差しの組み合わせが、どこか幻想的だった。

 

「古い建造物ってワクワクしない?」

 

 瑞樹(みずき)が目を輝かせて言う。

 

「入院してた時に、こういうところの写真を見るのが好きだったんだ。いつか自分の足で行ってみたいと思ってて」

「わかります。私も、遠くの写真集を眺めるのが好きでした」

 

 入院経験のある深雪(みゆき)が深く頷く。

 それを眺めながら、芽衣(めい)は首を傾げた。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)が中学三年生の時に交通事故によって入院していたという情報は知っていたが、今の言い方ではもっと長い入院期間があったように聞こえる。

 

「そういえば冬木(ふゆき)さん、しんどくない? 休みたくなったら遠慮なく言ってね」

「今日は不思議と大丈夫なんです。瑞樹(みずき)様のおかげかもしれません」

 

 たしかに、今日の深雪(みゆき)は調子が良さそうだった。

 

(なんか……深雪(みゆき)って瑞樹(みずき)様と相性良さそう)

 

 深雪(みゆき)瑞樹(みずき)は、雰囲気が互いにどこか似ている。

 楽しそうに話す二人の姿に、胸の奥がチクリと痛んだ。

 

「体力でいうと私より夜宵(やよい)のほうがマズいかもしれません」

「……この服、あんまりハイキング向けじゃない」

 

 夜宵(やよい)が着ているドレスは、しっかりとした生地で厚みがある。

 初夏の太陽の下では、まっさきに体力を奪われてしまうようだった。

 

「一回、この辺りで休もうか」

 

 線路沿いに設置されたベンチに、全員で腰掛ける。

 すぐに(あんず)がバックパックから水筒と紙コップを取り出した。

 

「スポーツドリンク持ってきたんです。良かったらどうぞ」

(あんず)殿、準備が念入りですな」

 

 その光景を見て、芽衣(めい)はふと思い出したことを口にした。

 

「そういえば(あんず)って、中学のときは学級委員長だったんだよね」

「え? あ、うん」

「ほお、それは初耳ですな。しかし合点ですぞ。しっかりしているはずですな」

 

 元来、(あんず)はクラスの中心に近い立場だったのかもしれない、と芽衣(めい)は思った。

 そう考えると、最近の(あんず)の躍進も納得できる。

 置いていかれたわけではない。元から、遠い位置にいただけ。

 

(そっか。私が勝手に同類と思ってただけなんだ)

 

 すとん、と胸に落ちた。

 つっかえていたものが、勝手に取れた気分だった。

 

安田(やすだ)さんは疲れてない? 大丈夫?」

「は、はい。大丈夫です」

 

 瑞樹(みずき)に突然話しかけられ、声が裏返る。

 

「お菓子持ってきたんだ。どう?」

 

 そう言って、グミの入った袋が差し出される。

 芽衣(めい)は遠慮がちに、おそるおそる手を伸ばした。

 

「い、いただきます」

 

 口に運ぶと、酸っぱい味がした。

 

「レモン味……かな? ちょっと変わってますね」

「クエン酸が入ってて、疲労に効くんだって」

 

 短い会話だった。

 瑞樹(みずき)がほのかにグミを渡すため、芽衣(めい)から離れていく。

 

「す、酸っぱいですぞ!」

「そうなんですか? 私も試してみたいです」

 

 友人たちと一緒に笑う瑞樹(みずき)を、ぼんやりと観察する。

 普段、北条乃愛(ほうじょう のあ)のような存在に囲まれている男子と一緒に過ごしているのが、不思議な気分だった。

 男子はもっと遠くて、特別な存在だと芽衣(めい)は思っていた。

 なのに、目の前ではまったく別の光景が広がっている。

 

 ――全員のこと知りたいと思ってるよ。

 

 さきほどの瑞樹(みずき)の言葉が、脳裏に蘇った。

 綺麗ごとのように聞こえたそれが、芽衣(めい)の心の中で急速に別の意味を持ち始めていた。

 

「そろそろ行こっか」

 

 (あんず)が時計を気にしながら言う。

 

「しかたない。がんばろう」

夜宵(やよい)は夏に向いてませんな」

 

 友人たちの会話をぼんやりと聞き流しながら、芽衣(めい)もベンチから立ち上がった。

 視線が自然と、瑞樹(みずき)の横顔に吸い寄せられる。

 綺麗な横顔だった。

 夏の日差しのせいか、身体が熱くなっていく。

 芽衣(めい)は全身に広がっていく熱を誤魔化すように、長い線路の上をずんずんと歩き始めた。

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