男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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07話

 朝、藤堂瑞樹(とうどう みずき)が教室に向かうと、複数の職員たちが慌ただしく机を搬入しているところだった。

 先に登校していた女子生徒たちは、作業の邪魔にならないように廊下に固まっている。

 

「……どうしたの、これ?」

「おはようございます! その、大量のクラス移動の依頼があったらしくて」

北条(ほうじょう)さんだけと思ってたけど……」

 

 昨日、北条乃愛(ほうじょう のあ)の背後にいた取り巻きの少女たちを思い出す。

 どうやら彼女たちも全員Kクラスに移動申請を出したらしい。

 

「……なんだか凄いね」

「そもそも全員の机、中に入るんでしょうか?」

 

 明治時代の古い校舎の為か、瑞樹(みずき)が通っていた現代的な小中学校よりは教室が広い。

 それでも外から見る限り、職員たちがうまく並べるのに苦心しているように見えた。しかもよく見ると、担任も働いている。

 

「やあ、おはよう」

 

 振り返ると、北条乃愛(ほうじょう のあ)が立っていた。その後ろには、昨日の取り巻きの少女たち。

 

「Kクラスに来るのは北条(ほうじょう)さんだけと思ってました」

「これにはちゃんとした理由があるんだ」

 

 乃愛(のあ)はそう言いながら近づいてきて、ごく自然に瑞樹(みずき)のすぐ隣を陣取った。

 

「あまり知られていないが、1クラスの定員は46人と決められている。つまり、これで定員オーバーだ」

「なんだか中途半端な人数ですね」

「二酸化炭素濃度が基準で、これより多いと酸欠で眠くなるらしい」

 

 話している間にも続々とクラスメイトたちが登校してきて、この様子に戸惑った様子を見せている。

 

「それより今日からクラスメイトなんだ。敬語はやめて欲しいね」

「えっと、うん、そうだね」

「ふふ、やはりそっちの方が距離が近づいたみたいでいいね。ところで、そう、定員オーバーの話だ」

 

 酸欠の話をしたせいか、乃愛(のあ)は廊下の窓を開けた。

 肩まで届くくらいの黒い髪が、春風でふわりと揺れる。

 その横顔に一瞬、瑞樹は見とれてしまった。

 

「現状のままではKクラスに苦労せず誰でも移動できる。例えばJクラスなんかが一斉に移動してくる可能性があって、早急に手を打つ必要があった」

「それでいきなり……」

「朝から騒がせてしまってすまないね」

 

 職員たちはまだ机の配置パズルに悪戦苦闘している。

 

「まだまだ時間がかかりそうだ。君たち、こっちおいで」

 

 乃愛(のあ)に手招きされた取り巻きの少女たちが集まってくる。

 廊下の窓側に背中を預けていた瑞樹(みずき)は、自然と半包囲されるような形になった。

 

「君の為に用意したんだけど、どうかな? 出来るだけ色々な子を取り揃えてみたんだけど」

「……えっと?」

 

 意図がわからず首を傾げると、乃愛(のあ)が妖しく微笑んだ。

 

「気に入った娘がいたら自由に使っていいよ。妻には娶らなくていい。そういう子だけを選んだ」

「……え」

 

 思わず、目の前の少女たちを見てしまう。

 ずらりと周囲に立つ少女たちは、それぞれが整った容姿をしていた。

 

「あるいは、年下が良いなら中等部か初等部で探してくるし、年上が好きならここの上級生か大学から連れてこれそうなのが何人かいる」

「え、あ、あの!」

「ああ、もちろん、気に入って貰えたなら私でもいいよ。その場合、娶ってもらう必要があるけどね」

「ま、待って! いきなりはちょっと!」

「うん、そういう奥ゆかしいところもいいね」

 

 クス、とからかうように微笑んで、乃愛(のあ)は更に一人を手招きした。

 

「この子は東雲由香里(しののめ ゆかり)っていうんだ。先に送っていたから既に知ってるだろうけど」

「の、乃愛(のあ)様」

 

 乃愛(のあ)は突然、彼女の肩を抱き寄せた。

 

「もしも私を娶る場合は、この子も一緒に娶って欲しい」

「……そ、その場合は考えます」

「よく鳴いて可愛い子だよ」

乃愛(のあ)様ッ!」

 

 二人の様子で何となく関係性を察し、瑞樹(みずき)はどこか居心地悪そうにした。

 瑞樹(みずき)が知る限り、恋人をまとめて妻に迎えるのはどちらの世界でも聞いたことがない。

 

「ああ、ようやく終わったかな」

 

 職員たちが出てくるのと同時に古めかしいチャイムが鳴る。

 

「さあ、入ろうか」

 

 そう言いながらも、何故か乃愛(のあ)は動かなかった。

 周囲の少女たちの流れに身を任せながら教室に向かい、最後にちらりと振り返ると、一色雫(いっしき しずく)と二人で何かを話す姿が見えた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「じゃあ中学の復習からいくぞぉ」

 

 授業中、神成寧々(かみなり ねね)はずっと上の空だった。

 入学三日目。

 目まぐるしく変わっていく状況に追いつけていなかった。

 

「君主制。これはゲームや漫画とかでみんな知ってるなぁ? 簡単に言うと悪い王様が絶対で、男性を独占してるやつだ。近代化に伴い、殆どが処刑台に送られた」

 

 教室に小さな笑いが起こった。

 寧々(ねね)も釣られるように笑う振りをしながら、おずおずと隣を盗み見る。

 このクラス唯一の男子、藤堂瑞樹(とうどう みずき)の整った横顔がすぐ近くにあった。

 

「次に第二社会主義。現状、この体制はソ連しか存在しないぞぉ。すべての会社が国有企業で市場原理を排している。世界革命といって、世界を社会主義の一つの国にするという目標を掲げるとんでもない奴らだぁ」

 

 今朝、始国十八家の北条乃愛(ほうじょう のあ)が引き連れてきた11人の取り巻きたち。

 それによってクラス定員に達したKクラスでは、机同士が隣とくっついた状態にある。

 すぐ隣の瑞樹(みずき)からはなんだか良い香りがして、寧々(ねね)は隠れてすんすんと鼻を鳴らした。

 

「多党制民主主義。英帝や米帝がとってる体制だ。なんと、政党が複数ある。その結果どうなるかわかるかぁ?」

 

 生徒たちが一斉に手を挙げる。

 寧々(ねね)も慌てて手を挙げた。

 

「はい、じゃあ相原ぁ」

「必ず分断と停滞が起こります!」

「はい、100点。ここは高校でも必ずテストに出るからなぁ。市場原理を政治に持ち込んだ結果、複数のイデオロギーが対立を起こし、政治的な麻痺を引き起こすとんでもない欠陥品だぁ。最悪の場合、内戦にも発展するぞぉ」

 

 朝からずっと、クラスには不穏な空気が漂っている。

 クラス定員46人中、15人が北条乃愛(ほうじょう のあ)の派閥となった事で、誰もが少なからず焦りを見せていた。

 

「じゃあ一党制民主主義。我が国の制度だな。一色、この利点を答えられるかぁ?」

「党を一つにすることで、分断を防ぎます。また選挙時に党を複数の組に分割し投票を行うことで、民主主義的な運営が可能です」

「はい正解ぃ。まさに民主主義の完成形といっていい。では、なぜこれが完成形なのか? そこで出てくるのが秩序合理性の考え方だ」

 

 すらすらと答える一色雫(いっしき しずく)を、寧々(ねね)はじっと観察した。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)が来るまで、Kクラスで最も影響力を有していたのは彼女だった。

 初日にAクラスから移動し、始国十八家の長女で突出した容姿を持ち、学級委員長にも任命された。

 本来ならば、北条乃愛(ほうじょう のあ)の大勢力に最も焦りを感じる立場にあるはず。なのに、彼女はいつも通りの澄ました態度を見せていた。

 

「秩序合理性とは、その名の通り秩序を合理的に管理する考え方だ。例えばネズミを駆除するために核兵器なんか使ったら合理性なんかないよなぁ?」

 

 北条乃愛(ほうじょう のあ)に対抗できるのは、一色雫(いっしき しずく)しかいない。

 すぐに対抗して大派閥を築くだろう、というのが寧々(ねね)の予想だった。

 庶民出の寧々(ねね)がクラス内抗争で生き残るには、彼女の派閥作りにうまく乗るしかない。

 しかし、一色雫(いっしき しずく)は一向にそれらしい動きを見せなかった。

 

「つまり、妥協点や落としどころを考えましょうってことだぁ。この白雪学園もそうだな。幕府による男性の独占は社会資源の管理という意味では秩序があるが、大多数の女性の恋愛の自由を阻害していて、そこに合理性は存在しない。偉大な維新政府の解放運動によって秩序合理性が図られ、今の形になったわけだぁ。努力すれば誰でも男子を選べる。男子だって努力すればレベルの高い女子と一緒になれる。いわゆる機会平等ってやつだなぁ」

 

 どういうつもりなんだろう、と寧々(ねね)は首を捻るしかなかった。

 クラスの女子たちは、一色雫(いっしき しずく)が動き出すのをずっと待っている。

 なのに、一色雫(いっしき しずく)は未だに友人関係すら築いていない。

 

「これを偉い人がいっぱい考えた結果、我が国の秩序合理性は世界一の指数になった。一党民主主義と秩序合理性。この二つが土台となり、今の高度な統制社会を築き上げたといってもいい。いいか、ここは必ず大学受験でも出るぞぉ」

 

 そこで社会教師は、クラス全体をゆっくりと見渡した。

 

「秩序合理性についてもっと知りたければ、十八家のクラスメイトに聞くといい。これはとても貴重な経験なんだぞぉ。党がどれだけ高度な秩序合理性による統治を行っているのか直接聞ける機会なんて早々ないからなぁ」

 

 教室中の視線が、北条乃愛(ほうじょう のあ)一色雫(いっしき しずく)に向かう。

 大派閥を築いて余裕のある笑みを浮かべる少女と、周囲に人を寄せ付けず姿勢よく座る少女。

 全く対照的な二人を見て、ふと思う。

 未だに動きを見せない一色雫(いっしき しずく)の方が何故か、支配者のようだ、と。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 昼休みを知らせるチャイム。

 

「外部生はとくに予習をしっかりするように。内部生は既に先までやってるからなぁ」

 

 社会教師が教室から出ていくと、途端に周囲が騒がしくなった。

 随分と手狭になってしまった教室で、女子が一斉に立ちあがり瑞樹(みずき)を取り囲む。

 寧々(ねね)瑞樹(みずき)の隣の席になった幸運を心の中で嚙み締めながら、弁当箱を取り出した。

 

瑞樹(みずき)様、今日もお弁当ですか?」

「うん。明日は試しに学食へ行ってみたいとは思ってるんだけど」

 

 この三日で瑞樹(みずき)が弁当を用意している事が知れ渡り、学食に向かう女子はもはや一人もいなかった。

 

「ご自分で作られているんですよね。素敵です!」

「簡単なものしか入れてないから、あんまり見られると恥ずかしいかも……」

 

 苦笑しながら、瑞樹(みずき)は立ち上がった。

 

「ごめん、先にお手洗い行ってくるね」

「はい!」

 

 人垣が一斉に割れる。

 瑞樹(みずき)が出ていくのを何となく目で追う間、教室を静寂が満たした。

 

由香里(ゆかり)

 

 不意に、北条乃愛(ほうじょう のあ)が口を開いた。

 

「教務に行って、窓をロックするように言ってきて」

「はい」

 

 小さく、事務的な声だった。

 意図がわからず困惑している間に、東雲由香里(しののめ ゆかり)が教室から飛び出していく。

 残った女子の中で、探り合うような視線が交差した。

 その時、ギイ、と椅子を引く音が木霊した。

 視線が一斉に集中する。

 集団の外で、ゆっくりと立ち上がる一色雫(いっしき しずく)がそこにいた。

 

「全ての女子は、放課後ここに残ってください」

 

 静かな声だった。

 なのに、どこか拒絶を許さない響きがあった。

 

「学級会を開催いたします」

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