男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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10話

「……これが目玉のトンネルですか」

 

 冬木深雪(ふゆき みゆき)は、古びたトンネルを見上げて呟いた。

 途中で曲がっているのか出口の光が見えず、真っ暗な穴が広がっている。

 

「このトンネル、五百メートルあるんだって」

 

 目の前の暗闇に怖気づいた深雪(みゆき)とは反対に、瑞樹(みずき)がワクワクしたように言う。

 その横で、下川杏(しもかわ あんず)が人数分の懐中電灯を取り出して配り始めた。

 

「もしも暗闇の中で瑞樹(みずき)様に不埒な真似をすれば、すぐに制圧します」

 

 それまで後ろから静かについてきていた補佐官の御門玲(みかど れい)が牽制するようにボソッと宣言する。

 近くの女性陣だけに聞こえるような声量で、どうやら冗談で言っているわけではなさそうだった。

 

「じゃ、じゃあ行こっか」

 

 (あんず)が先頭に立ち、懐中電灯で足元を照らしながら進み始める。

 深雪(みゆき)も覚悟を決め、後に続いた。

 

「中は随分と涼しいですな」

「ここって実は休憩ポイントかも」

 

 ほのかと夜宵(やよい)の声が、トンネル内で反響して届く。

 懐中電灯で周囲を照らすと壁面にスプレーで落書きしてあるのが見えた。

 

「お、思ったより雰囲気がありますね」

深雪(みゆき)ってこういうの苦手だっけ?」

「そ、そういうわけではありませんが……」

 

 芽衣(めい)の言葉を、反射的に否定する。

 瑞樹(みずき)の前で、あまり無様な姿を見せたくなかった。

 

「なんかさ、夏らしくていいよね」

 

 (あんず)が嬉しそうに振り返る。

 

「自然いっぱいで、近くには川もあって。ちょっと冒険っぽいし」

「お金がかからないのも助かる。生地にお金つかったから、もうお小遣いがない」

「生地?」

 

 瑞樹(みずき)が不思議そうに問いかけると、夜宵(やよい)がすこし得意そうな顔を浮かべた。

 

「このドレス、自作なの」

夜宵(やよい)のお母さん、服飾デザイナーらしくて。色々と教えてもらってるんだって」

 

 (あんず)が補足する。

 

闇森(やみもり)さん、すごいね。こんな複雑そうなドレスも作れるんだ」

瑞樹(みずき)様も何かあったら言ってね。なんでも作ってあげる」

 

 楽しそうに喋る夜宵(やよい)。 

 それを羨ましそうに深雪(みゆき)が眺めていた時、足元の枕木に引っ掛かり体勢が崩れた。

 

「きゃっ」

「大丈夫?」

 

 転ばなかったものの、咄嗟に手を離してしまい、懐中電灯が地面を転がっていく。

 

「あ……壊れちゃった」

 

 懐中電灯を拾い上げて、何度かスイッチをカチカチと操作する。

 どうやら衝撃で破損したようだった。

 

「まあ、一つくらい壊れても問題ありませんぞ」

「うん。安いやつだし、気にしなくていいからね」

 

 ほのかと(あんず)が慰めるように言う。

 

「ご、ごめんね」

 

 深雪(みゆき)は謝りながら、明かりがなくなった足元を不安そうに見下ろした。

 

「それにしても長いトンネルですな。まだ出口が見えませんぞ」

「そういう怪談ありそうだよね。歩いても歩いても出口がないトンネルとか」

 

 何事もなかったようにほのかと(あんず)が前を進んでいく。

 二人の物騒な会話に嫌な想像が膨らみ、ふと後ろを振り返る。

 入口の光がいつの間にか見えなくなり、どこまでも暗闇が広がっていた。

 寒気が全身を襲った時、横から瑞樹(みずき)の落ち着いた声が届いた。

 

「ライトがないまま歩くと危ないから、ボクと一緒に行こう」

「あ……」

 

 ごく自然な動作で、手が握られる。

 

「大丈夫? もしかして暗いところ苦手?」

「ちょ、ちょっとだけ……」

 

 トンネル内が真っ暗でよかったと思った。

 顔が茹ダコのように真っ赤になっているのがわかった。

 さきほどまでの恐怖心は消え去り、今はただ羞恥心だけがあった。

 

「……」

 

 前を歩いていた(あんず)たちの視線が突き刺さる。

 深雪(みゆき)は俯きながら、瑞樹(みずき)の手を控えめに握り返した。

 涼しいトンネルの中、微かな熱が心地いい。

 

「……瑞樹(みずき)様、私のライトもつかなくなった」

 

 夜宵(やよい)が手元の懐中電灯を消し、甘えた声を出す。

 すぐに(あんず)がその手を取った。

 

「そう。じゃあ私が手を繋いであげる」

「やっぱりなおった」

 

 夜宵(やよい)がすぐに懐中電灯を点灯させる。

 一連のやり取りに、芽衣(めい)がクスクスと笑った。

 

「わ、私はわざとじゃないからね?」

 

 言い訳しながら、出来るだけ歩みを遅くする。

 いつまでも出口が見えないことへの不安は、もうなかった。

 今はただ、このトンネルが永遠に続けばいいのに、と願うだけだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「それにしても、温泉もあるなんてすごいですな」

 

 ハイキングコースの最後には、温泉宿があった。

 開放的な露天風呂に入ったほのかが息をつく。

 深雪(みゆき)も隣に身体を沈めた。

 

「汗かいちゃったから、助かるよ」

「はー、こんなに歩いたのは久しぶりですぞ」

 

 話している間に、身体を流し終えた(あんず)たちも湯船に入ってくる。

 

「終わっちゃったね。あとは帰るだけかぁ」

 

 残念そうに芽衣(めい)がつぶやく。

 深雪(みゆき)も同じ気持ちだった。

 願わくば、あのままずっと手を繋いで歩いていたかった。

 深雪(みゆき)が、はあ、と溜め息をついてる横で、(あんず)が今回の遠出を振り返り始める。

 

「みんな、今日はどうだった?」

「良いところでしたな。トンネルの後は鉄橋もあって、川遊びできるところもあって。最後はこうして温泉まであるなんて」

「そうじゃなくて、手応えっていうか」

 

 一瞬の沈黙があった。

 芽衣(めい)が、うーん、と悩むように唸りながら口を開く。

 

「一回目としては成功じゃない? これまで殆ど接点がなかったわけだし」

「そうですぞ。こういうのは順番が大事。いきなりキスやエッチまでいけると思ってるなら処女すぎますな」

 

 楽観的な意見の二人とは別に、深雪(みゆき)はなんとなく(あんず)の言いたいことを察して表情を曇らせた。

 

「他のグループと比べてってことかな?」

「そう。夏休み中に瑞樹(みずき)様と約束したのは私たちだけじゃないでしょ?」

黒崎(くろさき)のところとか、泊まりだしね」

 

 夜宵(やよい)の一言で、現実に引き戻される。

 黒崎蓮(くろさき れん)

 白雪学園の生徒にしては珍しい脱色した髪やピアスで異彩を放ち、深雪(みゆき)たちとは正反対の存在だった。

 彼女たちと瑞樹(みずき)が泊まりで遊びに行くことに、一抹の不安があった。

 

瑞樹(みずき)様はとても清楚でお優しい方です。黒崎(くろさき)さんとは合わないと思いますが……」

「でも、瑞樹(みずき)様って警戒心がないから心配ですぞ。今日も普通に深雪(みゆき)の手を握ってましたからな」

 

 トンネルでの出来事を掘り起こされ、深雪(みゆき)に視線が集まる。

 

「ま、まあ、補佐官の人もいるから。心配する必要はないと思うけど……」

「そういえば御門(みかど)さんは?」

 

 芽衣(めい)がキョロキョロと周囲を見渡す。

 深雪(みゆき)たちの他には、数人の老人が浸かっているだけだった。

 

「男子風呂の前で警備しているんだと思います」

「あー、なるほど。仕事中だし、お風呂なんか入れないよね」

 

 そこで深雪(みゆき)は声を落とした。

 

「そういえば、御門(みかど)さんってちょっと怖くないですか?」

「なにが?」

 

 芽衣(めい)が不思議そうに首を傾げる。

 

「私が瑞樹(みずき)様と手を繋いだとき、途中で振り返ったらすごく睨んでて……」

「だって、そういう仕事だしねぇ。逆に仕事熱心な人で安心じゃない?」

「それに瑞樹(みずき)様のお手付きを受けていますからな。それくらいは普通ですぞ」

 

 ほのかたちの反応に、深雪(みゆき)はあまり納得してなさそうな表情を浮かべた。

 

「それはそうですけど……」

「それより、次をどうするかじゃない?」

 

 (あんず)が話題を戻す。

 

瑞樹(みずき)様が家柄とかで人を判断しないのは明らかだと思う。二学期からはもっと積極的にいっていいと思うんだ」

「賛成ですな。文化祭を一緒に回ったりできれば最高ですぞ」

「それは北条(ほうじょう)一色(いっしき)がいて無理でしょ。でも全然話しかけにいっていいと思う」

 

 話を聞きながら、深雪(みゆき)は息を吐き出した。

 

「二学期かぁ。しばらく瑞樹(みずき)様と会えないなんて寂しいなぁ」

「ね、寂しいよね。あ、そろそろあがろうよ。瑞樹(みずき)様を待たせてるかも」

 

 (あんず)の言葉に、全員が慌てて立ち上がる。

 脱衣所に戻ると、深雪(みゆき)はタオルで軽く水分をふき取ってから素早く服を着直した。

 

瑞樹(みずき)様が戻ってるか、ちょっと見てきますね」

「悪いですな。頼みますぞ」

 

 髪を乾かすのを後回しにして、先に脱衣所から出る。

 ロビーを見渡すと、男湯の前のベンチに瑞樹(みずき)が座っていた。

 

「……」

 

 隣には、とろんとした表情を浮かべた御門玲(みかど れい)瑞樹(みずき)に寄りかかるように体重を預けている。

 胸の奥から、堪らない不快感が沸き起こった。

 深雪(みゆき)はしばらくその光景を眺めた後、決心したようにゆっくりと動き出した。

 

「お待たせしてすみません。もう少しで皆も戻ってくると思います」

「ゆっくりで大丈夫だよ」

 

 声をかけると、それまで寄りかかっていた(れい)が身体を離した。

 それに満足しながら、深雪(みゆき)は空いている反対側に腰掛けた。

 

瑞樹(みずき)様、今日は本当にありがとうございました。こんなに楽しいお出かけは初めてでした」

「こっちこそ。ボクもこういう経験全然ないから楽しかったよ」

「あの、少し差し出がましいお願いをしてもいいでしょうか?」

「それは内容によるかも。なにかな?」

 

 深雪(みゆき)は微笑んだ。

 

「よろしければ最後にもう一度、手を握っていただけないでしょうか」

「えっと、こう?」

 

 予想していた通りだった。

 瑞樹(みずき)は躊躇う様子もなく、深雪(みゆき)の手を握った。

 

「ありがとうございます。とても落ち着きます」

 

 女にとっては一生の思い出になるようなことでも、男にとってはそうではない。

 今日のトンネルでの出来事を通して、深雪(みゆき)はそれを身をもって学び始めていた。

 恐らく、普通に生きていれば気づけないことだった。

 大きな収穫だった。

 

「しばらくお会いできないのは残念ですが、二学期が楽しみです」

 

 瑞樹(みずき)の肩越しに、冷たい視線を感じた。

 しかし、深雪(みゆき)は杏たちが戻ってくるまで、そのまま手を離さなかった。

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