男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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11話

瑞樹(みずき)様、いかがですか?」

「うう……ちょっと痛いけど……効いてる気がする」

 

 下川(しもかわ)グループとのハイキングの翌日。

 瑞樹(みずき)は筋肉痛でベッドに横たわっていた。

 

「普段からもっと運動しないとダメだね……」

「半年前まで入院していたのですから、仕方ありません」

 

 うつ伏せになった瑞樹(みずき)の太ももを、(れい)が丁寧に揉みほぐしていく。

 

(れい)さん、マッサージもうまいんだね」

「独学で勉強いたしました。リハビリに役立てばいいと思いまして」

 

 目を瞑りながら、(れい)の指圧を受ける。

 その時、スマホから通知音が聞こえた。

 

「ん」

 

 スマホに手を伸ばすと、寧々(ねね)からのメッセージが届いていた。

 

『おうち、遊びに行ってもいいですか? もしも忙しかったら返事しなくて大丈夫です』

 

 寧々(ねね)らしい文面だと思った。

 すぐに返信を打ち込む。

 

『ちょうど暇だったから大丈夫だよ』

『じゃあ向かいます!』

 

 スマホを枕の横に置くと、(れい)の無機質な声が届いた。

 

「どなたからですか?」

寧々(ねね)ちゃんから。今から遊びにくるって」

「……」

 

 指圧がとまった。

 

瑞樹(みずき)様……」

 

 首元に、熱い吐息がかかる。

 同時に上から覆いかぶさるように抱きしめられた。

 珍しく、甘えるような動作だった。

 

(れい)さん?」

 

 問いかけると、抱きしめる力が強くなった。

 

「しばらくこうすることをお許しください」

「……うん」

 

 うつ伏せになったまま、もぞもぞと動く(れい)に身体を預ける。

 マッサージを受けていたせいで、少し眠気があった。 

 

「……(れい)さんは、コロニーを大きくするのに反対?」

「いえ、コロニーの拡大は立派なお役目です」

 

 ただ、と(れい)瑞樹(みずき)の背中に顔を埋めながら言葉を続けた。

 

「たまに怒りが抑えきれないことがあります」

「怒り?」

 

 予想していない言葉だった。

 

「私は白雪の出身です。そして補佐官という仕事を通して、平均的な女よりも男性について詳しいつもりです」

「うん」

「ですから、瑞樹(みずき)様が不当な扱いを受けていることに我慢できません。最下位クラスに配属され、落ちこぼれの女に品定めされている現状は、あまりにも不当なものです」

「奉仕活動の義務をちゃんと守ってこなかったし、それはボクが悪いだけだよ」

 

 (れい)の過大な評価に、思わず苦笑する。

 立場のせいか、(れい)は昔から瑞樹(みずき)を神聖視する傾向があった。

 

「クラス分けについては、制度の問題と割り切ることもできます。しかしクラスの女子について、あまりよく思っていないのも事実です」

「どうして?」

瑞樹(みずき)様への評価が、あまりにも遅かったからです。瑞樹(みずき)様を正しく評価できていたのは、真っ先にAクラスを捨てた一色(いっしき)様のみでした。それから三日目で移動を決断した北条(ほうじょう)様。この二名以外の女を、私はよく思っておりません」

「うーん……人を理解するのには時間がかかるから仕方ないと思うし、そもそも(れい)さんはちょっと買い被りすぎだよ」

「買い被りなどではありません。瑞樹(みずき)様は将来、かならず人を導く方です」

「そうなれたらいいんだけど……」

 

 上に覆いかぶさっていた(れい)が起き上がり、そういえば、と思い出したように口にする。

 

音無(おとなし)様については個人的に評価しています。彼女もまた、制度の問題で最下位クラスに落とされた方です。瑞樹(みずき)様への忠誠心も高いと思われ、瑞樹(みずき)様が首席クラスを目指すのであれば、右腕に相応しいでしょう」

 

 クラスメイトについて(れい)が正直に評価を口にするのは初めてだった。

 前から気になっていたことについて、少し踏み込むことにする。

 

寧々(ねね)ちゃんについて、(れい)さんはどう思う?」

 

 (れい)は一瞬黙った。

 

「真面目な女だと思います。しかし、首席クラスを目指す上では役に立ちません」

「Aクラスを目指そうとは思ってるけど、そこを中心に人間関係を考えるのはよくないと思う。だから、(れい)さんも仲良くしてあげてね」

「……承知しました」

 

 コロニー内の人間関係は、デリケートな問題である。

 女性同士の関係性に、瑞樹自身がどれだけ関与するべきかもまだ未知数だった。

 手探りで、これ以上の干渉は今のところ不要だと判断する。

 その時、ドアチャイムが鳴った。

 

「あ、寧々(ねね)ちゃんかな」

 

 ベッドから起き上がり、玄関に向かう。

 ドアを開けると、私服姿の寧々(ねね)が立っていた。

 

「い、いきなりごめんね。迷惑かなって思ったんだけど……会いたくなっちゃって」

「ちょうど暇してたところだから大丈夫だよ。あがって」

 

 寧々(ねね)をつれて、そのままリビングに向かう。

 お茶を用意しようとするが、(れい)がすでに準備を始めていたため、瑞樹(みずき)は椅子に腰を下ろした。

 

「どうしよう。せっかくだし、二人でどこか行く?」

「えっと……お部屋で映画を見たりとか……したいかも」

 

 寧々(ねね)はそう言って、反応をうかがうように(れい)のほうを見る。

 ちょうど、(れい)がお茶菓子を運んでくるところだった。

 

「どうぞ」

 

 抑揚のない声で、(れい)がお茶菓子をならべる。

 

「……ありがとうございます」

「じゃあ、これ食べたらボクの部屋に行こうか」

「う、うん!」

 

 寧々(ねね)が嬉しそうに頷く。

 

瑞樹(みずき)くん、怖い映画って大丈夫? 二人で見ようと思って、いっぱい持ってきたんだ!」

「そ、そうなんだ。ホラーは好きなほうだよ」

 

 随分と大きく膨らんだリュックを見て、瑞樹(みずき)は思わずたじろいだ。

 

「夜までいっぱい見ようね」

 

 待ちきれないように、寧々(ねね)はお菓子を口いっぱいに放り込み、それからお茶をゴクゴクを飲み込んだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『いま、瑞樹(みずき)様はなにを?』

神成(かみなり)様とお部屋で映画を鑑賞されています」

 

 リビングに一人残されてしばらくしてから、(れい)はスマホに向かって囁いた。

 通話相手は一色雫(いっしき しずく)だった。

 

『それは本当に映画を鑑賞されているだけでしょうか?』

「……」

 

 冷たい声に、思わず黙り込む。

 

『いえ、本題から逸れました。縁巡りのことですね」

「はい」

『交流先は紅葉院(こうよういん)で決定したようです。近く、そちらにも連絡がいくでしょう』

 

 (しずく)からの報告に、(れい)は安堵の息をついた。

 

『奇妙なことに、北方軍の最上(もがみ)家から強い要請があったようです』

「以前に一度、党のパーティーで最上(もがみ)家の前当主様と接触されています。気に入られたのかもしれません」

『十八家の人間がさらにコロニー入りするなら、瑞樹(みずき)様を京都の勢力圏からさらに遠ざけることができます。私としては複雑な気持ちですが、ひとまずは歓迎いたしましょう』

 

 そこで、少し(しずく)の声色が変わった。

 

『ところで、瑞樹(みずき)様は明日から黒崎(くろさき)さんたちとお出かけになられる予定でしたか』

「はい」

黒崎(くろさき)さんとは一度、対話(・・)をしたので大丈夫とは思いますが……また禁止事項に触れそうなことがあれば教えてください』

「見つけ次第、すぐに」

『では、また』

 

 通話が切れる。

 いつも通りの短い報告だった。

 (れい)は履歴を削除すると、再びお茶を準備するためにキッチンに向かった。

 客人用のフレーバーティーを準備しながら、久しぶりだな、と思う。

 瑞樹(みずき)が小学生だった頃は、毎日のように二人の友人が遊びにきていた。

 それが中学生の不登校をきっかけに途切れてしまい、こうして客人のもてなしをすることはなくなってしまった。

 再び昔のように友人が遊びにくるようになったのは、きっと瑞樹(みずき)にとって良い変化なのだろう。

 そう考えながら準備を終え、瑞樹(みずき)の部屋に向かう。

 

瑞樹(みずき)様、お茶をお持ちしました」

 

 ノックとともに声をかけると、部屋の中から慌ただしい物音がした。

 

「……」

 

 (れい)は無言でドアの前に立ち尽くしながら、小さく息をついた。

 瑞樹(みずき)の小学生時代のように、友人の来訪を快く迎えられるまで、(れい)の中でまだ時間がかかりそうだった。

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