男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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12話

瑞樹(みずき)くん、いい匂いする」

 

 瑞樹(みずき)の首元に顔を埋めた寧々(ねね)が甘えた声で言う。

 ベッドに二人で腰掛けてホラー映画を見ていたものの、いつの間にか寧々(ねね)が画面に視線を向けることはなくなっていた。

 

「こうやって、ずっとぎゅーってしたい」

 

 瑞樹(みずき)を横から抱きしめながら、すりすりと全身を擦りつける寧々(ねね)は人懐っこい大型犬のようだった。

 映画から女性の絶叫が聞こえても、寧々(ねね)は画面を一瞥もせず鼻をすんすんと鳴らし続けた。

 

瑞樹(みずき)くん、怖くない? 大丈夫?」

「う、うん」

「怖かったら私にしがみついていいからね」

 

 そう言いながら、寧々(ねね)が包み込むように瑞樹(みずき)を抱きしめる。

 むにゅむにゅと柔らかいものに視界が包まれ、もはや瑞樹(みずき)からは完全に画面が見えなくなった。

 映画を見るためにあらかじめ明かりを消していたせいか、今日の寧々(ねね)は随分と積極的だった。

 しかし、昼間から雰囲気に流されると良くない気がして、瑞樹(みずき)は雑談に切り替えることにした。

 

「そういえば荷物がいっぱいみたいだけど、映画以外にも何か持ってきたの?」

「えっとね……色々な衣装を持ってきたんだ」

 

 恥ずかしそうに寧々(ねね)が身体を離す。

 

「その……瑞樹(みずき)くんに喜んでもらいたくて」

 

 どうやら、話題選びに失敗したようだった。

 

「中学の制服もあるんだ。デザインが可愛くてちょっと有名だったから」

「中学の服ってまだ入るの?」

 

 瑞樹(みずき)が何気なく聞くと、寧々(ねね)の表情が曇った。

 

「……うん。ここ一年は、あまり身長が伸びなかったから」

 

 その言い方に瑞樹(みずき)は何か不穏なものを感じ取ったものの、気づかなかった振りをした。

 

「他に持ってきたものってあるの?」

「あ、ゲーム機も持ってきたよ。もしかしたら瑞樹(みずき)くん好きかなって」

「本当? ボクやりたい!」

 

 懐かしいものに、瑞樹(みずき)は目を輝かせた。

 小学生時代は、友人たちを自宅に呼んでよく遊んだものだった。

 

「男の子もゲームやるんだね。じゃあ、今からやっちゃう?」

「うん」

 

 寧々(ねね)がベッドから降りて、ごそごそと荷物からゲーム機を取り出す。そしてモニターに繋ぐと、画面に映っていたゾンビが消えて、瑞樹(みずき)が知っている有名なゲームのタイトル画面が映し出された。

 

「わ、懐かしい」

 

 瑞樹(みずき)は思わず、身を乗り出した。

 四人で遊べるカジュアルな格闘ゲームだった。

 

「昔、よくやってたよ」

「そうなの? 私も結構やってるほうだよ」

 

 ふんす、と寧々(ねね)が自信ありそうな表情を見せる。

 

瑞樹(みずき)くん相手でも、手加減しないからね」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 御門玲(みかど れい)はリビングで一人、席に座って待っていた。

 テーブルには、ラップをかけた冷めた料理。

 チラりと時計を確認し、溜め息をつく。

 夕食の時間を大幅に超えても、瑞樹(みずき)たちが部屋から出てくることはなかった。

 強い苛立ちに突き動かされ、(れい)は席から立ち上がった。

 足音を消して、瑞樹(みずき)の部屋の前に向かう。

 

「……」

 

 (れい)は扉の前で立ち止まると、中の様子を探るように耳を澄ました。

 想定していた物音は聞こえない。

 (れい)は少し迷った後、控えめにノックした。

 

瑞樹(みずき)様、お食事の準備があります」

 

 一瞬の沈黙。

 

「あ、もうこんな時間!」

 

 中から慌てたような瑞樹(みずき)の声。

 そしてすぐ、中から扉が開いた。

 

「ごめんね、つい遊びすぎちゃった」

 

 姿を見せた瑞樹(みずき)は、いつも通りだった。

 衣服の乱れや、顔の紅潮などは見られない。

 肩越しに部屋の中を確認しても、ベッドは綺麗なままだった。

 (れい)は拍子抜けして、瑞樹(みずき)の言葉を繰り返した。

 

「遊び、ですか?」

「うん。ちょっと……懐かしいゲームをやってて」

 

 一歩踏み込んで部屋の中を覗くと、テレビの前で寧々(ねね)がゲーム機を片付けているのが見えた。

 目が合うと、寧々(ねね)は申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「ご、ごめんなさい。私が誘っちゃったから」

「……いえ。温め直せばいいだけですから」

 

 (れい)(きびす)を返した。

 

「……ごゆっくり」

 

 部屋の扉を閉めて、リビングに戻る。

 それから、さきほどの光景についてぼんやりと考えごとをしながら、冷めた料理を順番に電子レンジに入れて温めていく。

 そうしている間に、寧々(ねね)がリビングにやってきた。

 

「遅れてごめんなさい。なにか手伝うこと、ありますか?」

「……では、炊飯器からご飯をよそっていただけますか?」

「はい!」

 

 寧々(ねね)がキッチンに入り、お茶碗を手にとって作業を始める。

 その横で(れい)は沈黙を埋めるように、口を開いた。

 

瑞樹(みずき)様はお部屋ですか?」

「いま、おトイレに行ってます」

「そうですか」

 

 (れい)寧々(ねね)の動きを眺めながら、ぽつりと言葉を続けた。

 

「……瑞樹(みずき)様がゲームで遊んでいる姿は、久しぶりに見ました」

「そうなんですか? 結構やってたように感じました」

「過去にご友人と遊ばれていたことはありますが、ここ数年はまったくでした」

 

 少なくとも、瑞樹(みずき)から一緒に遊ぼうと声をかけられた記憶が玲にはなかった。

 だから、もう興味をなくしたのだと思っていた。

 

「……私はつまらない女です。長年、瑞樹(みずき)様に我慢させていたのかもしれません」

「そ、そんなことは」

 

 思えば、幼少期から瑞樹(みずき)は我儘をほとんど言わなかった。

 もっと早くに気づくべきだった。

 

「私はずっと……」

 

 その時、廊下の奥から扉が閉まる音がした。

 (れい)は会話を打ち切って、寧々(ねね)がよそいだお茶碗をトレイに載せると、テーブルに運んだ。

 並べている間に、ちょうど瑞樹(みずき)がリビングに入ってくる。

 

「ボクがすること、もうないかな?」

瑞樹(みずき)様はそのままお座りください。神成(かみなり)様も、もう結構です」

「あ、ありがとうございます」

 

 三人分のコップにお茶を注ぎながら、考える。

 私はずっと、同年代の子どもとの関係性を少し軽視していたのかもしれない、と。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「じゃあまたね、瑞樹(みずき)くん!」

 

 翌朝、神成寧々(かみなり ねね)はご機嫌だった。

 今回のお泊まりは大成功と言っていい結果だった。

 昼は持ち込んだゲーム機で盛り上がり、夜は繁華街で買い込んだ衣装をふんだんに活用することができた。

 

「うん、またね」

 

 玄関口で、瑞樹(みずき)が最後に小さく手を振ってくれていた。

 そして、その隣では補佐官の(れい)が小さく頭を下げている。

 

「またのお越しをお待ちしております」

 

 前回のお泊まりでは、かけられなかった言葉だった。

 今まで少し冷たかった補佐官の態度が随分と軟化したように感じられ、コロニー内の人間関係も良い方向に転がりそうだった。

 しかしただ一つだけ、気がかりな事が残っている。

 

「……お昼から、黒崎(くろさき)さんたちとグランピングなんだよね?」

「うん。あと一時間くらいで、ここに集合する予定だよ」

「その……気を付けてね。ほ、ほら、ちょっと見た目が怖いし……」

黒崎(くろさき)さんって、見た目より優しい人だと思うよ」

 

 警戒心のなさそうな瑞樹(みずき)に、寧々(ねね)の中の不安が大きくなる。

 

「よ、夜はちゃんと鍵かけないとダメだよ?」

「うん。大丈夫」

「そ、それじゃあね。また連絡するね」

「また遊ぼうね」

 

 不安で沈み込んだ心が、その一言で跳ね上がる。

 

「えへへ」

 

 寧々(ねね)は、にへら、と表情を崩すと手を振りながら玄関扉を閉めた。

 それから、エレベーターでホールに降りる。

 

「はあ。またお泊まりしちゃった」

 

 にまにましながらマンションを出る。

 朝日が眩しかった。

 

「今度はいつにしよっかな」

 

 今日の手応えだと、週に一度は来ても問題ない気がした。

 ふんふんと鼻歌を歌い出した時、知っている声が耳に届いた。

 

神成(かみなり)?」

 

 思わず足を止める。

 マンションのすぐ近くのスロープに、一人の少女が座り込んでいた。

 ストレートの黒い髪に、少し気怠そうな態度。

 同じKクラスの緋村梨々花(ひむら りりか)だった。

 

「……えっと……緋村(ひむら)さん? お、おはよう」

「……おはよ」

 

 沈黙が落ちた。

 探るような視線が交錯した。

 

「……なに? もしかして泊まってたの?」

「う、うん」

「……ふーん」

 

 寧々(ねね)は思わず、ぱんぱんに膨れ上がった荷物を後ろに隠した。

 

緋村(ひむら)さん、早いんだね。集合時間は一時間後って聞いたけど」

「……ちょっと時間間違えて」

「そ、そっか」

 

 嘘だと思った。

 意図的に早く着いて、一人で瑞樹(みずき)との時間を作ろうとしたのだろう。しかし、勇気が出なくてマンションに入れなかったのだと推測する。

 

「……じゃあね」

「……ん」

 

 それ以上話すこともなく、スロープの端に座り込んでいる梨々花(りりか)のすぐ前を通り抜ける。

 すると入れ替わるように梨々花(りりか)が立ち上がって、マンションの中に入っていった。

 

「……」

 

 それを見た寧々(ねね)は足を止めると、急いで引き返した。

 早足でロビーに戻り、エレベーターを待っている梨々花(りりか)の隣に並ぶ。

 

「……なに?」

「えっと、忘れ物」

 

 怪訝そうに睨む梨々花(りりか)に、寧々(ねね)は愛想笑いを浮かべた。

 彼女を瑞樹(みずき)と二人きりにしたくなかった。

 

「……ふーん」

「な、なにかな?」

 

 梨々花(りりか)が挑発的な笑みを浮かべる。

 

「私って警戒されてるんだ?」

「……」

「おかげで、この行動が正しいんだって確信がもてたよ。ありがとね」

「……」

 

 エレベーターが到着し、扉が開く。

 寧々(ねね)は競うように、無言で足を踏み出した。

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