男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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16話

「じゃあ、二番目に負けた人が勝った人の頭を撫でて!」

 

 ゲームに勝った奈緒(なお)が機嫌が良さそうに言う。

 (れん)はそれを、面白くなさそうに半目で見つめていた。

 

「さすがに藤堂(とうどう)を狙い撃ちしすぎだろ。藤堂(とうどう)もこんなの相手しなくていいからな」

「ううん。これくらいだったら大丈夫だよ」

 

 (れん)が止めるも、瑞樹(みずき)は特に気にした様子もなく、奈緒(なお)の頭を優しく撫でる。

 そこに梨々花(りりか)がやってきて、すぐに奈緒を後ろから引き剝がした。

 

「はい、時間切れ」

「ちょっと、梨々花(りりか)ぁ……もうちょっと良いじゃん」

 

 (れん)が見たところ、瑞樹(みずき)が身体的な接触を嫌がる素振りを見せることは一度もなかった。

 それに梨々花(りりか)がすぐに引き剥がすため、ただのじゃれ合いで済んでいる。

 

「……」

 

 次の手札を配りながら、ドームテント内の隅に立つ補佐官の御門玲(みかど れい)に視線を向ける。

 奈緒(なお)瑞樹(みずき)にベタベタするとたまに剣呑な雰囲気を発するものの、こちらに干渉する様子はない。

 どうやら、瑞樹(みずき)本人が明確な拒絶を見せなければ肉体的な接触も許容されるようだった。

 

「はい! また私の勝ちぃ!」

 

 大富豪は強いカードを二枚貰うというルールもあり、奈緒(なお)が勝ち続けていた。

 奈緒(なお)はにんまりと笑って、次の命令を出す。

 

「じゃあ次はねぇ、瑞樹(みずき)様が私をハグ!」

「クソつまんないっす。クソゲーっす」

 

 負け続けている(はるか)が面白くなさそうにあくびをする。

 時計を見ると、九時を回っていた。

 

「……そろそろ風呂入って寝るか」

「えー! もっとやろうよぉ」

 

 奈緒(なお)が未練がましそうに言う。

 (れん)はそれを無視して立ち上がった。

 

藤堂(とうどう)、一応テントまで送っていくよ」

瑞樹(みずき)様、その前にハグしてよぉ」

「やりすぎだ、馬鹿」

 

 甘えた声を出す奈緒(なお)の頭を小突いてから、戸口に向かう。

 

「じゃあまた明日ね」

 

 手を振る瑞樹(みずき)と、影のように後ろからついてくる(れい)と一緒に、(れん)はドームテントから外に出た。

 ウッドデッキにはまだバーベキューの匂いが残っていて、空腹を刺激した。

 

「……なあ、藤堂(とうどう)。ちょっと管理棟でソフトクリーム食っていこうぜ」

「まだ開いてるかな?」

「ああ、二十四時間使えるらしい」

 

 喋りながら、暗がりの中を進んでいく。

 道沿いに小さなポールライトが並んでいるだけで、遠くの山々は真っ暗だった。

 

奈緒(なお)がわがまま言って悪かったな。嫌じゃなかったか?」

「ううん。ああいうの、やったことなくて楽しかったよ」

 

 瑞樹(みずき)が屈託なく笑う。

 薄明りの中、その表裏のない笑顔に(れん)は目を奪われた。

 

「……そうか。なら良かったよ」

 

 管理棟には暇そうな中年の店員しかいなかった。

 セルフサービスのソフトクリームとソフトドリンクを手に取ってから、(れん)たちは外の適当なベンチに腰掛けた。

 

黒崎(くろさき)さんって面倒見良いよね」

 

 (れん)のすぐ隣で、瑞樹(みずき)が微笑む。

 身体はほんの数センチの距離しか離れてなくて、今にも触れてしまいそうだった。

 

「別に……」

「今日もずっと、ちょっと一歩引いたところで全体を見ててくれたよね」

「まあ……私から言い出したから責任者みたいなもんだし……」

 

 照れ隠しのように、ソフトクリームを頬張る。

 夜の澄んだ空気が気持ちいい。

 虫のさえずりが適度に届き、普段は気になってしまう沈黙も今は気にならなかった。

 なんだか良い雰囲気だと思った。

 

「なあ、藤堂(とうどう)。嫌だったら答えなくてもいいんだけどさ」

「うん」

「毎月、一人までにお手付きを制限してるだろ。なんか理由あるのか」

 

 普段だったら聞きづらいことでも、今なら雰囲気に任せて聞くことができた。 

 

「……そうだね。一気に拡大すると多分、色々と良くないことがあると思うから」

 

 それに、と瑞樹(みずき)は考えるようにゆっくりと言葉を続けた。

 

「コロニーが急拡大すると、本当は入るつもりがなかった人も焦って入っちゃうんじゃないかな」

「……まだ入ってないやつへの圧力になるってことか?」

「うん。結果的にそうなると思う。だから、ある程度お互い知った上で意思がはっきりしてる人だけにしようかなって」

 

 その言葉に、(れん)は少しの納得を得ると同時に少しの違和感も覚えた。

 コロニーに入っていない女にまで配慮するというのは、聞いたことがない考え方だった。

 

「コロニーに入った後で思ってたのと違うってなってもお互い不幸だし。ゆっくりでいいと思うんだ」

「……言っとくけど、私は他のクラスに移動するつもりなんかないからな」

 

 好意を明言するに等しい言葉。

 声が震えなかったことに、(れん)は内心で安堵した。

 

「そうなの? ありがとう」

 

 気づいているのか気づいていないのか、瑞樹(みずき)がまた屈託のない笑みを浮かべる。

 だから(れん)は、ダメ押しとばかりに言葉を付け足した。

 

藤堂(とうどう)のことはよくわかった。私も別に、コロニー入りだけを考えてるわけじゃねえ。だから遺伝子提供にも呼ばなくて良い。後から間違いだったと思われないように、じっくり知ってもらうよ」

 

 それから、(れん)は立ち上がった。

 

「そろそろあいつらに変な勘繰りされるから戻らねえと。じゃあな」

「うん、また明日ね」

「ああ」

 

 (れん)は薄く笑うと、ひらひらと手を振ってそのまま振り返ることなくドームテントに向かった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ああああああああああああああああ!」

 

 帰るなり、(れん)はベッドに倒れ込んで枕に顔を埋めた。

 奈緒(なお)が不思議そうに首を傾げる。

 

「どうしたのぉ?」

「……勢いで告白みたいなこと言っちまった」

 

 枕に顔を埋めながら、(れん)は低い唸り声をあげた。

 

「しかも格好つけて、遺伝子提供はいらないとか言っちまった」

「うっわぁ。えっぐいエロ下着つけてるくせに」

「え、なんすか、エロ下着って。さすがに引くっす」

「てめえら殺すぞ、マジで」

 

 ガバッと身を起こすと、奈緒(なお)がからからと笑った。

 

「元気出たじゃん」

「……うっせえ」

 

 ぽすん、と再びベッドに倒れる。

 身体の火照りを誤魔化すようにそのままゴロゴロと何度か転がると、ふと床に転がっている加恋(かれん)に気づいた。

 

花守(はなもり)は何してんだ?」

瑞樹(みずき)様の残り香を吸ってます」

 

 寝転がって床に顔を近づけたまま、加恋(かれん)が当たり前のように答える。

 確か、さっきまで瑞樹(みずき)が座っていたところだった。

 

「キモ……」

 

 梨々花(りりか)が不機嫌そうに言う。

 そう言いながらも瑞樹(みずき)が座っていた場所から梨々花(りりか)も動く様子がなく、同族嫌悪なのでは、と(れん)は疑いの目を向けた。

 

「……なあ、花守(はなもり)

「はい、なんですか」

 

 床に鼻をつけたまま加恋(かれん)がくぐもった声で答える。

 

「さっきトランプをやってた時、Bクラスの男子は外面がいいって言ってたよな。あれってどういう意味だ?」

「まあ、見た目だけはいいですよ」

「他には?」

 

 加恋(かれん)の含みを持たせるような言い方が気になった。

 

愛想(あいそ)もいいです」

「内面はどうなんだ?」

加恋(かれん)は仲良くしていないので、内面はよく知りません」

 

 それ以上はあまり答える気がなさそうだった。

 

「そうか。情報としては十分だ」

 

 やはり使えそうだな、と考えた時、梨々花(りりか)(れん)を睨むように口を開いた。

 

「……なに? まさかクラス移動を視野に入れるつもり?」

「いや、そういう奴が出てくるだろうっていう予測だよ」

 

 梨々花(りりか)を宥めるため、できるだけ冷静に(れん)は自分の考えを口にした。

 

藤堂(とうどう)のコロニーには既に、一色(いっしき)北条(ほうじょう)が入ってる。勝負を避けて逃げるやつがいてもおかしくねえだろ?」

「それはまあ……」

 

 梨々花(りりか)が認めるように頷く。

 

「クラス内で全く動いてないグループがあるだろ? 中里(なかざと)とか」

「ああ……中くらいのグループっすね」

 

 地方財閥の娘である天城久遠(あまぎ くおん)、伝統ある大社の娘である篠宮聖華(しのみや せいか)のような高い家格を持たないグループ。

 それでいて、下川杏(しもかわ あんず)のグループのようにクラスの底でもない立ち位置のクラスメイトたち。

 

「ああいう中途半端な立ち位置のやつはな、自分はもっと上にいけると思ってるもんだ。それでいて、一色(いっしき)北条(ほうじょう)相手に勝負する度胸もないし、逃げの一手を賢いことだと思ってる」

「まあ、何となくわかるけど」

「Aクラスは最下位に落ちた。Cクラスの男子が情緒不安定なのは、食堂で全員が見てる。Dクラスはどう考えても見た目で劣る。花守(はなもり)の情報を統合すると、間違いなく狙い目はBクラスになるわけだ」

「それでぇ? 昼間も言ってたよねぇ。だから、積極的にBクラスの良い情報を流すんでしょぉ?」

 

 黙って聞いていた奈緒(なお)が口を開く。

 (れん)は頷いた。

 

藤堂(とうどう)の考えを直接聞いて、方針が問題ないことを再確認した。藤堂(とうどう)は迷ってるやつをコロニーに入れるつもりもないし、勢いで入らないように配慮までしてる。だからこそ、打算だけの女なんか早めに退場してもらったほうがいい」

「急にやる気出てきたじゃん。最近ずっと腑抜けてたのに」

 

 梨々花(りりか)が小さく笑う。

 痛いところを突かれ、(れん)は肩を竦めた。

 体育祭の後の資材倉庫で一色雫(いっしき しずく)の裏の顔を見て以来、あまり目立たないようにしてきたのは事実だった。

 

「そろそろ動かないとな。一色(いっしき)に目をつけられても構わない。徹底的にやってやるさ」

 

 (はるか)が不思議そうに首を傾げる。

 

一色(いっしき)? 北条(ほうじょう)じゃなくてっすか?」

「うるせえな。一色(いっしき)の方がやべえんだよ」

 

 (れん)はそう言って、もう一度ベッドに倒れ込んだ。

 やるべきことが明白になり、晴れ空のように爽やかな気持ちだった。

 

「どっちつかずのハエみたいな女は、私が片付けてやるよ」

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