男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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17話

(れい)さん、ちゃんとお肉食べれた?」

 

 ドームテントに戻った瑞樹(みずき)は、洗面所で歯磨きをしながら後ろに立つ(れい)に声をかけた。

 

「はい」

「本当? ボクが渡した時以外はずっと隅で立ってたように見えたけど」

「仕事中ですから」

「うーん……こんな時くらいは(れい)さんもゆっくりして欲しいんだけど」

 

 歯磨きを終えると、瑞樹(みずき)は真っすぐベッドに向かった。

 川沿いをよく歩いたせいか、疲労が溜まっていた。

 

「お腹すいてない? 管理棟にお菓子とかあったけど」

「いえ、大丈夫です」 

 

 ベッドに倒れ込んだ瑞樹(みずき)の横に、(れい)も腰を下ろす。

 

瑞樹(みずき)様……一緒に寝てもよろしいでしょうか?」

「うん、せっかくのお泊まりだしね。そうしよっか」

 

 (れい)は安堵したように微笑み、そのまま瑞樹(みずき)の隣に潜り込んだ。

 

「……明かり、消しますね」

 

 (れい)が枕元のスイッチを操作し、ドームテント内の明かりが消える。

 見慣れた自室と異なり、水回りの間接照明だけが残った。それが少し、非日常感を演出していた。

 

「枕、ちょっと高いね。こういうの、旅行にきたって感じがする」

「眠れそうですか?」

「どうかな。疲れてるんだけど、しばらく眠れないかも」

 

 暗闇の中で、(れい)がごそごそと動くのがわかった。

 密着するように身を寄せてくる。

 

瑞樹(みずき)様……」

 

 首元に顔を埋めながら、(れい)がつぶやく。

 熱い吐息がかかった。

 

「昨日は神成(かみなり)様がいらっしゃったので……とても寂しかったです」

「……ごめんね」

 

 間接照明に薄く照らされた見慣れない天井を眺めながら、ぼんやりと考える。

 コロニーを拡大すれば、一人に割く時間はなくなっていく。

 どこかで限界がくるはずだった。

 

「ねえ、(れい)さん。コロニーって何人くらいが適正なのかな」

「……コロニーによって大きく異なると聞きます。数人だけのコロニーも、百を超えるコロニーもあります。そこに優劣はありません。」

「うん……そうだよね。正解なんてないよね」

 

 前世では、規範となる親がいた。

 家族とはこういうものだ、という身近な答えがあり、そこに疑問を覚えることはなかった。

 今世には、そういった答えが存在しない。

 少なくとも、瑞樹(みずき)は親がどういったコロニーを形成していたのかまったく覚えていなかった。

 

「結婚して一緒に暮らすのは五人くらいになるのが普通なんだよね?」

「はい。コロニー全員で一ヶ所に暮らすのは現実的ではありません。家の大きさや子どもの数にもよりますが、結婚相手は五人ほどが限界になってくると思われます。その他はいわゆる『通い』になります」

「家の大きさ……」

 

 党員、あるいは一等市民でなければ、土地を持つ権利は得られない。

 コロニーの生活レベルを上げるには、コツコツと社会スコアを積んでいく必要がある。

 そこでふと、幼少期に住んでいた家に庭があったことを思い出す。

 母はおそらく結婚していて、コロニーの中に一等市民がいたのだろう。しかし、不思議と父親の記憶はなかった。

 

「大人になったらやっぱり、社会スコアって大事だよね。ボクも頑張らないと」

 

 そう決意した時、控えめなノックが木霊した。

 瑞樹(みずき)がベッドから立ち上ろうとすると、先に(れい)が素早く戸口に向かった。

 

「どなたですか」

 

 扉越しに(れい)が警戒するように問いかけると、すぐに返事があった。

 

桃原(ももはら)でーす」

「……どうぞ」

 

 (れい)が扉を開けると、ひょこ、と桃原奈緒(ももはら なお)が顔を出した。

 

「急にごめんねぇ。寝てたぁ?」

「まだ横になったところだから大丈夫だよ」

「抜け出してきちゃったぁ」

 

 にししと笑いながら、奈緒(なお)が近づいてくる。

 

「ここ、座ってもいい?」

「うん」

 

 ぽすん、と奈緒(なお)がベッドに腰掛ける。

 

「ちょっと喋り足らなくってさぁ。せっかくだしもっと瑞樹(みずき)様とお話ししようかなって思ってぇ」

 

 奈緒(なお)は浴衣姿だった。

 瑞樹(みずき)の視線に気づいたのか、奈緒(なお)が見せびらかすようにポーズを取る。

 

「どう? これ借りれるんだよぉ。瑞樹(みずき)様も着たら良かったのにぃ」

「見落としてたみたい。涼しそうだね」

「ん。お風呂あがりはとくに良いよぉ」

 

 ぱたぱたと奈緒(なお)が胸元を仰ぐ。

 視線に困って、瑞樹(みずき)は何もない壁を見つめた。

 途端、奈緒(なお)の目が妖しく光った。

 

瑞樹(みずき)様ってさぁ……」

「うん」

「おっぱい好きなのぉ?」

 

 とっさに言葉が出てこなかった。

 一瞬の沈黙のあと、誤魔化すように意味をなさない音が飛び出していく。

 

「な、なななな、なんで、なにが」

「ふーん。やっぱりぃ」

 

 奈緒(なお)は笑みを深くすると、見せつけるように前屈みになった。

 豊満な胸が、はだけた浴衣の間から見えそうになる。

 

「なんかさー、瑞樹(みずき)様の反応って、女が男の肌を見ちゃった時の反応に似てるんだよねぇ。男の子も、女の身体に興味あるんだぁ?」

「ご、ごめんね。見ないようにしてたんだけど」

「うん。お昼の時も、川で濡れた私のこと見ないように気を付けてたよねぇ。トランプの時も抱き着いたりしたのに、全然嫌がらないしぃ」

 

 そこで奈緒(なお)は、浴衣の胸元に指をかけた。

 

「じゃあ、おっぱい見るぅ?」

「ま、待って! 遺伝子提供以外でお手付きはしないって自分で決めてるんだ」

 

 視線を逸らしながら説明すると、奈緒(なお)は不思議そうに首を傾げた。

 

「んー。でも、おっぱい見るだけならお手付きにならないよ? とりあえず見とく? ってか揉んでみるぅ?」

「……」

「あ、ちょっと揺れてる。可愛い~」

 

 揶揄うような奈緒(なお)の言葉に、瑞樹(みずき)はぶんぶんと首を横に振った。

 

「し、しない! しないから出さないで!」

「そお? じゃあやめとくけど」

 

 奈緒(なお)はそう言って、渋々とはだけた浴衣をなおした。

 

「ってか何でしないのぉ? 別に減るもんでもないし、いくらでも触っていいのにぃ」

 

 何故、と言われて瑞樹(みずき)は答えに窮した。

 奈緒(なお)の言う通り、好き勝手に触っても奈緒(なお)が嫌がることはないだろう。

 そしておそらく、それは奈緒(なお)だけの話ではない。

 望めば、いくらでも好きに振る舞うことができる環境が整っている。

 

「それは……その瞬間はいいかもしれないけど……多分、あとで後悔すると思う」

「あとっていつぅ?」

「わからないけど……すごく空虚で……最後にはなにも残らないんじゃないかな」

「ふーん?」

 

 中学生にあがってから、女子からの性的な視線を強く感じるようになった。

 当時と異なる価値観を持っている今でも、あまり良い記憶ではない。

 それと同じことを、今度は反対に無差別に行ったところで何も得るものはないように思えた。

 

「うまく説明できなくてごめんね。桃原(ももはら)さんが嫌ってわけじゃないんだ。ただちょっと、気を付けようって自戒してるだけで」

「……そっかぁ。話してくれてありがとねぇ」

 

 奈緒(なお)は諦めたように立ち上がると、小さく伸びをした。

 

「はあ、ダメかぁ。このまま押したらエッチできると思ったんだけどなぁ」

「……やっぱり押し切ろうとしてたんだ」

「そりゃね。じゃあ帰るねぇ。ばいばーい」

 

 奈緒(なお)はけろっとした様子で、そのまま戸口に向かった。

 それから最後に振り返って、悪戯っぽく笑った。

 

「言ってくれたら、いつでも見せてあげるからねぇ」

 

 戸口が閉まり、途端に室内が静かになる。

 瑞樹(みずき)は力尽きたようにベッドに倒れると、呟いた。

 

「……寝よっか」

「暑いので、浴衣に着替えてきます」

「えっ」

 

 その夜、一緒に寝た(れい)の胸が妙に強く押し付けられることになった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ぐがっ……くぉっ……」

 

 帰りの車内。

 瑞樹(みずき)の肩にもたれかかった(はるか)が豪快ないびきをかいていた。

 

「……藤堂(とうどう)、大丈夫か? 嫌なら起こすけど」

「ううん。疲れてるんだと思う。寝かせてあげよう」

 

 反対側の席に座る(れん)からの提案に、瑞樹(みずき)は笑いながら小声で断った。

 後ろの席から、奈緒(なお)が残念そうに言う。

 

「はあ。あっという間に終わっちゃったぁ」

「良いところでしたよね。加恋(かれん)、また来たいです」

 

 話を聞きながら、窓の外に視線を向ける。

 山道を抜け、広大な田んぼが広がり始めていた。

 

「ぐおっ……ぐおおお……」

 

 (はるか)の半開きになった口から涎が落ち始めていた。

 ポケットティッシュを取り出して、そっと口元を拭う。

 

「……良い身分だな、貴族か?」

「ねー。男の子にお世話させるなんて、中世の王族じゃないんだからさぁ」

 

 (れん)たちが好き勝手に野次を飛ばしていたが、瑞樹(みずき)にとっては新鮮な経験だった。

 女子がこうした素顔を見せてくれる機会は少ない。

 

「一泊って意外と短かったね」

藤堂(とうどう)も楽しめたみたいで安心したよ。また来ようぜ」

「うん」

 

 瑞樹(みずき)が素直に頷くと、(れん)はニヤニヤと嬉しそうに視線を外した。

 

「あ、秋でも冬でもいけるしさ。な、なんなら次は全員で相部屋のほうが盛り上がるかもしれねえよな」

「あんまり下心出すとキモいかもです。流石の加恋(かれん)もちょっと引きます」

「お前だけには言われたくねえな……」

 

 車内はずっと賑やかだった。

 だからこそ、東京に戻って最寄り駅で一人ずつ降りていくと寂しさを感じた。

 

「お世話になりました! 二学期でもよろしくお願いします!」

 

 加恋(かれん)が降りていくと、車内には奈緒(なお)だけが残された。

 

瑞樹(みずき)様、大丈夫ぅ? (はるか)の涎ついてない?」

「ちょっとだけついたかも……」

「拭いてあげるねぇ」

 

 後列のシートから、奈緒(なお)がハンカチでゴシゴシと瑞樹の肩を拭う。

 その間に、運転席の(れい)が行き先の再確認をした。

 

桃原(ももはら)様は白雪の校門前でよろしかったですか?」

「はーい。私、寮なんでぇ」

桃原(ももはら)さんって実家が遠いの?」

「ん-。施設育ちで実家とかないんだよねぇ」

 

 予想していなかった返答に、瑞樹(みずき)は言葉に詰まった。

 後ろで奈緒(なお)がクスっと笑う気配。

 

「そんな反応しないでよぉ。瑞樹(みずき)様も親いないじゃん」

「うん……そうだね」

「ねー。だから仲間だなって勝手に思ってたんだよねぇ」

 

 奈緒(なお)は明るく言うと、後ろから瑞樹(みずき)の首元に手を回した。

 

「白雪までもうちょっとだしさぁ、こうしてても良い?」

「……うん」

「へへ。ありがとぉ」

 

 にしし、と奈緒(なお)が笑う。

 窓の向こうはすっかり、見慣れた景色ばかりになっていた。

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