「
ドームテントに戻った
「はい」
「本当? ボクが渡した時以外はずっと隅で立ってたように見えたけど」
「仕事中ですから」
「うーん……こんな時くらいは
歯磨きを終えると、
川沿いをよく歩いたせいか、疲労が溜まっていた。
「お腹すいてない? 管理棟にお菓子とかあったけど」
「いえ、大丈夫です」
ベッドに倒れ込んだ
「
「うん、せっかくのお泊まりだしね。そうしよっか」
「……明かり、消しますね」
見慣れた自室と異なり、水回りの間接照明だけが残った。それが少し、非日常感を演出していた。
「枕、ちょっと高いね。こういうの、旅行にきたって感じがする」
「眠れそうですか?」
「どうかな。疲れてるんだけど、しばらく眠れないかも」
暗闇の中で、
密着するように身を寄せてくる。
「
首元に顔を埋めながら、
熱い吐息がかかった。
「昨日は
「……ごめんね」
間接照明に薄く照らされた見慣れない天井を眺めながら、ぼんやりと考える。
コロニーを拡大すれば、一人に割く時間はなくなっていく。
どこかで限界がくるはずだった。
「ねえ、
「……コロニーによって大きく異なると聞きます。数人だけのコロニーも、百を超えるコロニーもあります。そこに優劣はありません。」
「うん……そうだよね。正解なんてないよね」
前世では、規範となる親がいた。
家族とはこういうものだ、という身近な答えがあり、そこに疑問を覚えることはなかった。
今世には、そういった答えが存在しない。
少なくとも、
「結婚して一緒に暮らすのは五人くらいになるのが普通なんだよね?」
「はい。コロニー全員で一ヶ所に暮らすのは現実的ではありません。家の大きさや子どもの数にもよりますが、結婚相手は五人ほどが限界になってくると思われます。その他はいわゆる『通い』になります」
「家の大きさ……」
党員、あるいは一等市民でなければ、土地を持つ権利は得られない。
コロニーの生活レベルを上げるには、コツコツと社会スコアを積んでいく必要がある。
そこでふと、幼少期に住んでいた家に庭があったことを思い出す。
母はおそらく結婚していて、コロニーの中に一等市民がいたのだろう。しかし、不思議と父親の記憶はなかった。
「大人になったらやっぱり、社会スコアって大事だよね。ボクも頑張らないと」
そう決意した時、控えめなノックが木霊した。
「どなたですか」
扉越しに
「
「……どうぞ」
「急にごめんねぇ。寝てたぁ?」
「まだ横になったところだから大丈夫だよ」
「抜け出してきちゃったぁ」
にししと笑いながら、
「ここ、座ってもいい?」
「うん」
ぽすん、と
「ちょっと喋り足らなくってさぁ。せっかくだしもっと
「どう? これ借りれるんだよぉ。
「見落としてたみたい。涼しそうだね」
「ん。お風呂あがりはとくに良いよぉ」
ぱたぱたと
視線に困って、
途端、
「
「うん」
「おっぱい好きなのぉ?」
とっさに言葉が出てこなかった。
一瞬の沈黙のあと、誤魔化すように意味をなさない音が飛び出していく。
「な、なななな、なんで、なにが」
「ふーん。やっぱりぃ」
豊満な胸が、はだけた浴衣の間から見えそうになる。
「なんかさー、
「ご、ごめんね。見ないようにしてたんだけど」
「うん。お昼の時も、川で濡れた私のこと見ないように気を付けてたよねぇ。トランプの時も抱き着いたりしたのに、全然嫌がらないしぃ」
そこで
「じゃあ、おっぱい見るぅ?」
「ま、待って! 遺伝子提供以外でお手付きはしないって自分で決めてるんだ」
視線を逸らしながら説明すると、
「んー。でも、おっぱい見るだけならお手付きにならないよ? とりあえず見とく? ってか揉んでみるぅ?」
「……」
「あ、ちょっと揺れてる。可愛い~」
揶揄うような
「し、しない! しないから出さないで!」
「そお? じゃあやめとくけど」
「ってか何でしないのぉ? 別に減るもんでもないし、いくらでも触っていいのにぃ」
何故、と言われて
そしておそらく、それは
望めば、いくらでも好きに振る舞うことができる環境が整っている。
「それは……その瞬間はいいかもしれないけど……多分、あとで後悔すると思う」
「あとっていつぅ?」
「わからないけど……すごく空虚で……最後にはなにも残らないんじゃないかな」
「ふーん?」
中学生にあがってから、女子からの性的な視線を強く感じるようになった。
当時と異なる価値観を持っている今でも、あまり良い記憶ではない。
それと同じことを、今度は反対に無差別に行ったところで何も得るものはないように思えた。
「うまく説明できなくてごめんね。
「……そっかぁ。話してくれてありがとねぇ」
「はあ、ダメかぁ。このまま押したらエッチできると思ったんだけどなぁ」
「……やっぱり押し切ろうとしてたんだ」
「そりゃね。じゃあ帰るねぇ。ばいばーい」
それから最後に振り返って、悪戯っぽく笑った。
「言ってくれたら、いつでも見せてあげるからねぇ」
戸口が閉まり、途端に室内が静かになる。
「……寝よっか」
「暑いので、浴衣に着替えてきます」
「えっ」
その夜、一緒に寝た
◇◆◇
「ぐがっ……くぉっ……」
帰りの車内。
「……
「ううん。疲れてるんだと思う。寝かせてあげよう」
反対側の席に座る
後ろの席から、
「はあ。あっという間に終わっちゃったぁ」
「良いところでしたよね。
話を聞きながら、窓の外に視線を向ける。
山道を抜け、広大な田んぼが広がり始めていた。
「ぐおっ……ぐおおお……」
ポケットティッシュを取り出して、そっと口元を拭う。
「……良い身分だな、貴族か?」
「ねー。男の子にお世話させるなんて、中世の王族じゃないだからさぁ」
女子がこうした素顔を見せてくれる機会は少ない。
「一泊って意外と短かったね」
「
「うん」
「あ、秋でも冬でもいけるしさ。な、なんなら次は全員で相部屋のほうが盛り上がるかもしれねえよな」
「あんまり下心出すとキモいかもです。流石の
「お前だけには言われたくねえな……」
車内はずっと賑やかだった。
だからこそ、東京に戻って最寄り駅で一人ずつ降りていくと寂しさを感じた。
「お世話になりました! 二学期でもよろしくお願いします!」
「
「ちょっとだけついたかも……」
「拭いてあげるねぇ」
後列のシートから、
その間に、運転席の
「
「はーい。私、寮なんでぇ」
「
「ん-。施設育ちで実家とかないんだよねぇ」
予想していなかった返答に、
後ろで
「そんな反応しないでよぉ。
「うん……そうだね」
「ねー。だから仲間だなって勝手に思ってたんだよねぇ」
「白雪までもうちょっとだしさぁ、こうしてても良い?」
「……うん」
「へへ。ありがとぉ」
にしし、と
窓の向こうはすっかり、見慣れた景色ばかりになっていた。