男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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18話

「やあ、瑞樹(みずき)くん。元気だったかい? 久しぶりに顔を見れて嬉しいよ」

 

 七月も後半に入り、蝉の鳴き声が激しくなっていた。

 北条(ほうじょう)家へ挨拶に向かう日がやってきた。

 瑞樹のマンションの前で北条乃愛(ほうじょう のあ)は車から降りると、すぐに瑞樹(みずき)の元へ駆け寄ってきた。

 

乃愛(のあ)はずっと実家で過ごしていたの?」

「ああ。これでも次期当主の立場にあるからね。各所に顔を繋ぐ必要があるんだ」

 

 乃愛(のあ)の後ろには、二人の少女が遠慮がちに立っていた。

 御倍美弥(ごばい みや)緒方綾乃(おがた あやの)

 北条(ほうじょう)家に仕える寄騎(よりき)であり、Kクラスに属するクラスメイトでもある。

 

「前にも説明したけど、今回の旅程はこの二人に護衛を任せてある。働きづめの御門(みかど)さんにも良い休みとなるだろう」

「お心遣い感謝いたします。しかし、補佐官としての仕事を他人に任せるつもりはありません」

 

 (れい)が静かに頭を下げる。

 乃愛(のあ)は困ったように曖昧な笑みを浮かべた。

 

「それなら仕方ない。車はこちらで手配した。せめて移動中はゆっくり休んでもらいたい」

「感謝いたします」

「さあ、瑞樹(みずき)くん。外は暑いからね。中に入ろう」

 

 ごく自然な動作で乃愛(のあ)瑞樹(みずき)の手を取った。

 エスコートされ、大型の護衛車に乗り込む。

 

「防弾仕様なんだ。ちょっとした衝突事故を起こしてもビクともしないから安心してほしい」

 

 機嫌がよさそうに乃愛(のあ)が手を繋いだまま説明する。

 その間に後部座席に美弥(みや)綾乃(あやの)が乗り込み、前方席に(れい)という配置となった。

 

御倍(ごばい)さんと緒方(おがた)さん、大変だろうけどよろしくね」

「今回の逗留(とうりゅう)中、私たちがずっと瑞樹(みずき)様のお傍におりますので。何かあれば遠慮なく申し付けてください」

 

 そう言って、綾乃(あやの)がニコリと笑う。

 これまで綾乃(あやの)とは接する機会があまりなかったが、温厚そうな性格が見て取れた。

 

「ああ。乃愛(のあ)が所用で離れている時は私たちを頼ってほしい」

 

 美弥(みや)とは学期末試験に向けた勉強会を通して、既にそれなりの関係を築いている。

 見知らぬ土地で過ごす上で、彼女の存在は心強かった。

 話している間に、護衛車が動き出す。

 握ったままだった乃愛(のあ)の手が、すりすりと瑞樹(みずき)の手を撫で始めた。

 

瑞樹(みずき)くんは新鎌倉(しんかまくら)がどういうところか知っているかい?」

「山に囲まれてるイメージなんだけど、合ってるかな?」

「そのイメージで正しいよ。鎌倉は周りを山と海に囲まれた天然の要塞なんだけど、古くから土地不足に悩まされていてね。新たに北方の丘陵地帯を整備したのが新鎌倉(しんかまくら)で、今の北条(ほうじょう)家はそこに本家を構えているんだ」

 

 乃愛(のあ)の話を聞いて、ふと疑問が頭に浮かぶ。

 しかし、聞いてはいけないことのような気がして瑞樹(みずき)はうずうずと落ち着かない様子を見せた。

 

「なにか疑問があるなら言っていいよ」

 

 すぐに瑞樹(みずき)の様子に気づいた乃愛(のあ)が優しく笑う。

 瑞樹(みずき)は少し躊躇したあと、おずおずと口を開いた。

 

「その……山と海に囲まれているのに、どうして鎌倉って一度落ちたんだろうと思って」

 

 気を悪くするかもしれない、と思ったが乃愛(のあ)はとくに気にした風もなく、なるほど、と頷いた。

 

「有名な説としては干き潮を利用したという話があるね。本来は通れない海岸線を突破し、背後から急襲したのだろう」

「そっか……山に囲まれていてもやっぱり抜け道みたいなのがあるんだね」

「海側は崖じゃなく砂浜だからね。いまの時期なら、もう海開きも始まっているだろう。丘の上にある本家からも海が綺麗に見えるんだ。きっと瑞樹(みずき)くんも気に入ると思うよ」

 

 海水浴、という言葉に瑞樹(みずき)は目を輝かせた。

 まだ人生で一度も経験したことがないイベントだった。

 

「海も入れるの?」

「いや……混雑していて男の子が近づくのは危ないかもしれない」

「……そっか」

 

 しゅん、とした瑞樹(みずき)を見て、乃愛(のあ)は慌てて言葉を付け足した。

 

「そういえば天城(あまぎ)さんのホテルに泊まるんだろう? 天城(あまぎ)財閥ならプライベートビーチを持っているかもしれない」

天城(あまぎ)さんってそんなにお金持ちだったんだ」

「女子だけのトークグループがあるから、ちょっと聞いておくよ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

久遠(くおん)……」

 

 脇坂藍(わきさか あい)はスマホを眺めながら、恨めしそうに天城久遠(あまぎ くおん)を睨んだ。

 

「これはどういうことですか?」

「どうしたもこうしたもないのだよ。北条(ほうじょう)から瑞樹(みずき)様とのお泊まりについて聞かれたから答えただけなのだよ」

 

 クーラーの効いた部屋で、久遠(くおん)はラフな格好でベッドに転がりながらそう答えた。

 中等部の頃から、夏休みはこうして久遠(くおん)の家に集まってダラダラするのが常だった。

 

「なんか北条(ほうじょう)グループが保安のために参加することになってますけど……」

「仕方ないのだよ。こういう貸しを作っておくのも大局的には大事なのだな。高度な政治的判断というやつなのだよ」

「周囲に厳戒態勢を敷くとして、一色(いっしき)さんまで参加を表明していますけど……」

「何かあったら責任を回避できるから悪くないのだよ」

神成(かみなり)さんたちも参加することになっているのは……?」

「コロニーの人間関係は複雑なのだよ。とにかく全方面に媚びておくのが正解なのだよ」

 

 (あい)はスマホをわなわな震えながら見つめた。

 Kクラスの女子だけが集められたトークグループでは、次々と参加表明が続いている。

 

「このっ! ポンコツーッ!」

「ポポポポ、ポンコツ!? この聡明な天城(あまぎ)をポンコツと侮辱したか!?」

 

 久遠(くおん)が驚いたようにベッドから跳ね上がる。

 (あい)は肩で息をしながら叫んだ。

 

「これじゃあ瑞樹(みずき)様としっぽりするチャンスがゼロじゃないですかー!」

「ふん、もちろんホテルは瑞樹(みずき)様の隣の部屋を我々が取ったから大丈夫なのだよ」

「全然大丈夫じゃないですよ! どうせ変な音が聞こえてきて脳が破壊されるだけです!」

 

 (あい)は頭を抱えて、ああああああああ、と唸り声をあげた。

 それまで(あい)の隣で事態の推移を見守っていた井口伊織(いぐち いおり)が宥めるように口を開いた。

 

「まあまあ。久遠(くおん)ちゃんだって悪気はないんですから」

 

 途端、久遠(くおん)がベッドから降りて伊織(いおり)にすり寄っていく。

 

「うう、伊織(いおり)だけが味方なのだよ……」

「よしよし。久遠(くおん)ちゃんは良い子です」

 

 久遠(くおん)の頭を撫でる伊織(いおり)を、(あい)はジト目で睨んだ。

 

伊織(いおり)もそうやって甘やかすから良くないんですよ!」

「でも、久遠(くおん)ちゃんはクラスのためになることをしていますし……」

「そうなのだよ。気前良く天城(あまぎ)財閥の器を示すのも、時には大事なことなのだよ」

 

 (あい)は溜め息を吐くと、仕方ありません、と切り替えた。

 

「せめて良い水着を買いにいきましょう。見劣りするのだけは避けなくては」

「ナイスバディを披露してやるのだよ」

「……」

 

 (あい)久遠(くおん)をじろじろと見つめた。

 悔しいことに素材は良いのだ。

 中性的な雰囲気をもっていて、中等部の頃は後輩の女子から人気もあった。

 実際、何度も告白に呼び出されていて、(あい)はその度に仰天したものだった。

 

「本当、黙っていれば顔は悪くはないんですけどね……」

「さっきからブツブツ何を言っているのだよ」

「口を縫い合わせるべきか……」

 

 せめて見た目だけでも仕上げなくては、と(あい)は気合を入れる為に自らの頬を叩いた。

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