男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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19話

「そろそろだね。この辺りから北条(ほうじょう)の敷地だよ」

 

 綺麗に整備された山間の並木道で、それまで静かだった乃愛(のあ)が口を開いた。

 うとうとしていた瑞樹(みずき)は顔を起こすと、窓の外に視線を向けた。

 ちょうど、巨大な門をくぐるところだった。

 

「……お庭、大きいね」

「前庭だけでも歩くと二十分近くかかるからね」

「に、二十分……」

 

 どこまでも続く私道の両脇には、歴史を感じさせる巨大な木が視界を覆っている。

 木々の向こうに赤い鳥居が見え、瑞樹(みずき)は思わず身を乗り出した。

 

「中に神社もあるの?」

「あれは屋敷神(やしきがみ)といってね。北条(ほうじょう)家だけがお参りする社で、神社とはちょっと違うよ」

「す、すごいね」

 

 しばらく進むと、左右に広がっていた林が急に途切れ、視界が開けた。

 よく手入れされた植栽と、離れのようなもの、そしてどこまでも続く瓦屋根が前方に広がっていた。

 想像していた屋敷より遥かに大きい実物を前に、瑞樹(みずき)は急に不安を襲われて視線を落とした。

 

「だ、大丈夫かな……」

「堅苦しい出迎えは省いているから安心して欲しい。母上への挨拶も後でいいからね。着いたらまずは休もう」

「う、うん」

 

 護衛車が速度を落とし、玄関口で停車する。

 先に(れい)たち護衛役が下車し、周囲を確認してから扉が開いた。

 瑞樹(みずき)もおずおずと車から降りて、屋敷を見上げた。

 平屋で高さはそれほどない。しかし、白い漆喰(しっくい)の壁に黒い瓦の軒が左右にどこまでも続いている。

 

「行こう」

 

 乃愛(のあ)は気後れしている瑞樹(みずき)を安心させるように微笑むと、手を繋いだまま玄関を開けた。

 

「ようこそいらっしゃいました」

 

 途端、玄関に並んだ二十人ほどの使用人たちが一斉に声をあげ、頭を下げた。

 瑞樹(みずき)も反射的に頭を下げた。

 

「お、おじゃまします」

「……婆や。出迎えはいらないと言っただろう」

 

 乃愛(のあ)が不機嫌そうに言うと、立ち並ぶ使用人の中から年長の女が前に進み出た。

 

「ご当主様から、最低限のおもてなしを、と。食事の準備もございますが、いかがいたしますか?」

「いい。瑞樹(みずき)くんにはまず休んでもらう」

「あの、せっかく用意してくれてるなら……」

 

 瑞樹(みずき)が口を開くと、乃愛(のあ)は首を横に振った。

 

「気にしなくていい。母上は形式にこだわるところがあるだけだ」

「お休みになるのであれば、お部屋にご案内いたします」

瑞樹(みずき)くんの案内役は私だけで十分だ。君たちは持ち場に戻っていいよ」

「承知いたしました。何かありましたらお呼びください」

 

 頭をさげ、出迎えの者たちが散っていく。

 中でも若い女たちが名残惜しそうに振り返り、目が合った瑞樹(みずき)は微笑んだ。

 途端、黄色い声があがり、何人かが慌てて口元を抑えた。

 

「……すまないね。あの若い娘たちは北条(ほうじょう)家に仕える寄騎(よりき)の者たちでね。順番に礼儀作法を学びに来ているだけなんだ」

「ううん、気にしてないから大丈夫だよ」

「見ての通り、山奥の屋敷だろう? 男子を見る機会なんてないから、随分と舞い上がっているようだ」

 

 靴を脱ぎ、乃愛(のあ)に案内されるように廊下を進む。

 廊下はどこまでも真っすぐ続き、終わりが見えなかった。

 角を曲がっても同じような光景が続き、瑞樹(みずき)はおもわず疑問を口にした。

 

「このお屋敷、何部屋くらいあるの?」

「数えたことはないが……五十は超えているはずだ。使っていない区画もあるから、実際はもっとあるかもしれないね」

 

 耳慣れない数字に、頭がくらくらした。

 やがて乃愛(のあ)は、ひとつの部屋の前で足を止めた。

 

「ここが瑞樹(みずき)くんの部屋だ。少し狭いが、窓がなくて安全を確保しやすい」

「十分大きいように思うけど……」

 

 通された部屋は十畳ほどの和室だった。

 まるで旅館の一室のように部屋の真ん中にテーブルがあり、茶菓子も準備されていた。

 瑞樹(みずき)が部屋を見回している間に、乃愛(のあ)が指示を飛ばす。

 

綾乃(あやの)御門(みかど)さんを部屋に案内してあげて。美弥(みや)は部屋の前で立哨を」

「承知しました。御門(みかど)様、こちらへ」

 

 綾乃(あやの)(れい)を連れて別の部屋に向かう。

 乃愛(のあ)はそれを見送ると、(ふすま)をゆっくりと閉めた。

 

「疲れているだろう? さあ、座ろう」

「う、うん」

 

 手前の座椅子に腰を下ろす。

 同時に、乃愛(のあ)が甘えるように抱き着いてきた。

 

「ようやく二人きりになれたね」

 

 それまでのどこか気を張った乃愛(のあ)ではなく、白雪学園で見るいつもの姿だった。

 瑞樹(みずき)も緊張が抜け、小さく息を吐き出した。

 

「うまくやれるかな……」

「君が心配する必要はない。うまくやるべきは、君に顔見せする女たちのほうだよ」

 

 乃愛(のあ)はそう言って、クス、と笑った。

 

「それに、今日は何も予定を入れていないからね。母上への挨拶も夜になってからでいい。だから今はゆっくり休もう」

「うん」

 

 乃愛(のあ)の腕が瑞樹(みずき)の腰に絡みつき、互いの隙間を埋めるように身体が密着する。

 

「明日になったら、ゆっくり鎌倉を見て回ろうか」

「観光しても大丈夫なの?」

「ああ。明日の昼には寄騎(よりき)たちの子もやってくる予定なんだ。周りを固めて安全に動けると思う」

 

 そこで乃愛(のあ)が意味深な笑みを見せた。

 

「夏休み中、ずっと君のパーソナルデータを見ていた。七月の遺伝子提供はまだだね?」

「……うん」

「鎌倉にも遺伝子バンクはある。気になる子がいれば選んでやってほしい」

 

 耳元に熱い吐息がかかる。

 同時に乃愛(のあ)の手が、瑞樹(みずき)の太ももをさわさわと撫でた。

 

「もちろん、再び私を指名してくれてもいい。遺伝子提供は妻の大事な役目だしね」

乃愛(のあ)、待って……すぐ外に御倍(ごばい)さんが……」

「おっと、そうだね。急に私の鳴き声が響いたら驚かせてしまう」

 

 乃愛(のあ)は冗談っぽく言うと、そのまま瑞樹(みずき)の膝の上に頭を乗せた。

 

「じゃあ、今はこれで我慢しておくよ」

「もう……」

 

 優しく髪を梳くと、乃愛(のあ)は猫のように目を細めた。

 

「願わくば、ずっとこうしていたいものだね」

「じゃあ、お義母さんへの挨拶までこうしてようか」

「なんなら、母上への挨拶なんてすっぽかしてもいいよ。このまま眠ってしまいたいくらいだ」

「そういえば、お義母さんはどんな人なの?」

 

 瑞樹(みずき)の問いかけに、乃愛(のあ)はどうでもよさそうに答えた。

 

「一言で言うと、つまらない人だね。北条(ほうじょう)という概念がそのまま服を着て歩いているような人だよ」

「な、仲悪いの?」

「いや、そうでもない。可もなく不可もなくという具合だ」

 

 じゃあ、と瑞樹(みずき)は本当に何気なく質問を変えた。

 

「お義父さんはどんな人なの?」

 

 一瞬の沈黙。

 乃愛(のあ)は膝上で寝返りを打って、瑞樹(みずき)から顔を逸らした。

 

「さあ。どういう人なんだろうね」

 

 さきほどと同じく、どうでも良さそうな言い方だった。

 しかし、その言葉には妙に冷たい響きが篭っていた。

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