男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

79 / 79
19話

「そろそろだね。この辺りから北条(ほうじょう)の敷地だよ」

 

 綺麗に整備された山間の並木道で、それまで静かだった乃愛(のあ)が口を開いた。

 うとうとしていた瑞樹(みずき)は顔を起こすと、窓の外に視線を向けた。

 ちょうど、巨大な門をくぐるところだった。

 

「……お庭、大きいね」

「前庭だけでも歩くと二十分近くかかるからね」

「に、二十分……」

 

 どこまでも続く私道の両脇には、歴史を感じさせる巨大な木が視界を覆っている。

 木々の向こうに赤い鳥居が見え、瑞樹(みずき)は思わず身を乗り出した。

 

「中に神社もあるの?」

「あれは屋敷神(やしきがみ)といってね。北条(ほうじょう)家だけがお参りする社で、神社とはちょっと違うよ」

「す、すごいね」

 

 しばらく進むと、左右に広がっていた林が急に途切れ、視界が開けた。

 よく手入れされた植栽と、離れのようなもの、そしてどこまでも続く瓦屋根が前方に広がっていた。

 想像していた屋敷より遥かに大きい実物を前に、瑞樹(みずき)は急に不安を襲われて視線を落とした。

 

「だ、大丈夫かな……」

「堅苦しい出迎えは省いているから安心して欲しい。母上への挨拶も後でいいからね。着いたらまずは休もう」

「う、うん」

 

 護衛車が速度を落とし、玄関口で停車する。

 先に(れい)たち護衛役が下車し、周囲を確認してから扉が開いた。

 瑞樹(みずき)もおずおずと車から降りて、屋敷を見上げた。

 平屋で高さはそれほどない。しかし、白い漆喰(しっくい)の壁に黒い瓦の軒が左右にどこまでも続いている。

 

「行こう」

 

 乃愛(のあ)は気後れしている瑞樹(みずき)を安心させるように微笑むと、手を繋いだまま玄関を開けた。

 

「ようこそいらっしゃいました」

 

 途端、玄関に並んだ二十人ほどの使用人たちが一斉に声をあげ、頭を下げた。

 瑞樹(みずき)も反射的に頭を下げた。

 

「お、おじゃまします」

「……婆や。出迎えはいらないと言っただろう」

 

 乃愛(のあ)が不機嫌そうに言うと、立ち並ぶ使用人の中から年長の女が前に進み出た。

 

「ご当主様から、最低限のおもてなしを、と。食事の準備もございますが、いかがいたしますか?」

「いい。瑞樹(みずき)くんにはまず休んでもらう」

「あの、せっかく用意してくれてるなら……」

 

 瑞樹(みずき)が口を開くと、乃愛(のあ)は首を横に振った。

 

「気にしなくていい。母上は形式にこだわるところがあるだけだ」

「お休みになるのであれば、お部屋にご案内いたします」

瑞樹(みずき)くんの案内役は私だけで十分だ。君たちは持ち場に戻っていいよ」

「承知いたしました。何かありましたらお呼びください」

 

 頭をさげ、出迎えの者たちが散っていく。

 中でも若い女たちが名残惜しそうに振り返り、目が合った瑞樹(みずき)は微笑んだ。

 途端、黄色い声があがり、何人かが慌てて口元を抑えた。

 

「……すまないね。あの若い娘たちは北条(ほうじょう)家に仕える寄騎(よりき)の者たちでね。順番に礼儀作法を学びに来ているだけなんだ」

「ううん、気にしてないから大丈夫だよ」

「見ての通り、山奥の屋敷だろう? 男子を見る機会なんてないから、随分と舞い上がっているようだ」

 

 靴を脱ぎ、乃愛(のあ)に案内されるように廊下を進む。

 廊下はどこまでも真っすぐ続き、終わりが見えなかった。

 角を曲がっても同じような光景が続き、瑞樹(みずき)はおもわず疑問を口にした。

 

「このお屋敷、何部屋くらいあるの?」

「数えたことはないが……五十は超えているはずだ。使っていない区画もあるから、実際はもっとあるかもしれないね」

 

 耳慣れない数字に、頭がくらくらした。

 やがて乃愛(のあ)は、ひとつの部屋の前で足を止めた。

 

「ここが瑞樹(みずき)くんの部屋だ。少し狭いが、窓がなくて安全を確保しやすい」

「十分大きいように思うけど……」

 

 通された部屋は十畳ほどの和室だった。

 まるで旅館の一室のように部屋の真ん中にテーブルがあり、茶菓子も準備されていた。

 瑞樹(みずき)が部屋を見回している間に、乃愛(のあ)が指示を飛ばす。

 

綾乃(あやの)御門(みかど)さんを部屋に案内してあげて。美弥(みや)は部屋の前で立哨を」

「承知しました。御門(みかど)様、こちらへ」

 

 綾乃(あやの)(れい)を連れて別の部屋に向かう。

 乃愛(のあ)はそれを見送ると、(ふすま)をゆっくりと閉めた。

 

「疲れているだろう? さあ、座ろう」

「う、うん」

 

 手前の座椅子に腰を下ろす。

 同時に、乃愛(のあ)が甘えるように抱き着いてきた。

 

「ようやく二人きりになれたね」

 

 それまでのどこか気を張った乃愛(のあ)ではなく、白雪学園で見るいつもの姿だった。

 瑞樹(みずき)も緊張が抜け、小さく息を吐き出した。

 

「うまくやれるかな……」

「君が心配する必要はない。うまくやるべきは、君に顔見せする女たちのほうだよ」

 

 乃愛(のあ)はそう言って、クス、と笑った。

 

「それに、今日は何も予定を入れていないからね。母上への挨拶も夜になってからでいい。だから今はゆっくり休もう」

「うん」

 

 乃愛(のあ)の腕が瑞樹(みずき)の腰に絡みつき、互いの隙間を埋めるように身体が密着する。

 

「明日になったら、ゆっくり鎌倉を見て回ろうか」

「観光しても大丈夫なの?」

「ああ。明日の昼には寄騎(よりき)たちの子もやってくる予定なんだ。周りを固めて安全に動けると思う」

 

 そこで乃愛(のあ)が意味深な笑みを見せた。

 

「夏休み中、ずっと君のパーソナルデータを見ていた。七月の遺伝子提供はまだだね?」

「……うん」

「鎌倉にも遺伝子バンクはある。気になる子がいれば選んでやってほしい」

 

 耳元に熱い吐息がかかる。

 同時に乃愛(のあ)の手が、瑞樹(みずき)の太ももをさわさわと撫でた。

 

「もちろん、再び私を指名してくれてもいい。遺伝子提供は妻の大事な役目だしね」

乃愛(のあ)、待って……すぐ外に御倍(ごばい)さんが……」

「おっと、そうだね。急に私の鳴き声が響いたら驚かせてしまう」

 

 乃愛(のあ)は冗談っぽく言うと、そのまま瑞樹(みずき)の膝の上に頭を乗せた。

 

「じゃあ、今はこれで我慢しておくよ」

「もう……」

 

 優しく髪を梳くと、乃愛(のあ)は猫のように目を細めた。

 

「願わくば、ずっとこうしていたいものだね」

「じゃあ、お義母さんへの挨拶までこうしてようか」

「なんなら、母上への挨拶なんてすっぽかしてもいいよ。このまま眠ってしまいたいくらいだ」

「そういえば、お義母さんはどんな人なの?」

 

 瑞樹(みずき)の問いかけに、乃愛(のあ)はどうでもよさそうに答えた。

 

「一言で言うと、つまらない人だね。北条(ほうじょう)という概念がそのまま服を着て歩いているような人だよ」

「な、仲悪いの?」

「いや、そうでもない。可もなく不可もなくという具合だ」

 

 じゃあ、と瑞樹(みずき)は本当に何気なく質問を変えた。

 

「お義父さんはどんな人なの?」

 

 一瞬の沈黙。

 乃愛(のあ)は膝上で寝返りを打って、瑞樹(みずき)から顔を逸らした。

 

「さあ。どういう人なんだろうね」

 

 さきほどと同じく、どうでも良さそうな言い方だった。

 しかし、その言葉には妙に冷たい響きが篭っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活(作者:関税破産お嬢様)(オリジナル現代/コメディ)

八代透が令和の世から転生した先は、男が少なく、女性が男性の役割を果たしはじめた貞操逆転世界。▼男は希少なはずなのに、すでに世界ではあんまり男は求められておらず……モテモテのはずが振られてばかり。▼彼は前世では得られなかった男としての夢を掴むため、軽い気持ちで実家の芸能事務所の門を叩いたのだった。▼無断転載禁止 無断利用禁止


総合評価:68496/評価:9.22/完結:75話/更新日時:2025年06月24日(火) 19:56 小説情報

【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた(作者:一森 一輝)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

女が男を守るべき、みたいな価値観が根付いた世界で、男が身を挺して女を守ろうとしたらどうなるんだろうか?▼旧題:男女の価値観が反転している貞操逆転世界で身を挺して女の子を守ってみた場合▼※カクヨムとマルチ投稿中です▼https://kakuyomu.jp/works/16818792435932689728


総合評価:35600/評価:9.14/連載:89話/更新日時:2026年06月20日(土) 12:03 小説情報

【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ……(作者:しゅないだー)(オリジナル現代/日常)

▼貞操逆転世界で清楚なお兄さんをやりたい主人公vsコミュ障魔法少女▼ファイッ


総合評価:28019/評価:9.14/完結:37話/更新日時:2026年06月19日(金) 00:12 小説情報

貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について(作者:ですわお嬢様)(オリジナルファンタジー/戦記)

男女の役割が入れ替わった中世っぽい異世界で、ガリティア王国の女爵(男爵)家に転生した。▼軍事貴族の家柄に転生したことも相まって、勝手に憧れて軍略などを学んでいたが、この世界では男性が故に出征することもなく箱入り息子として育てられることに。▼だか、ある日にまさかの革命が起こり、王家と共に軍人だった母は戦死してしまう。▼慌てて隣国に亡命すると、そこには同じく革命…


総合評価:12764/評価:8.62/連載:55話/更新日時:2026年06月24日(水) 12:10 小説情報

貞操逆転世界で湿度高めヒロイン達を無自覚に沼らせる転生者~死にゲー世界で鬱エンドを迎えるヒロイン全員救う、全員が曇る(作者:しば犬部隊)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

死にゲーに転生した主人公(男)が遺伝子的に湿度が高く重い女達に囲われていく話。▼なお、主人公は自分に価値を見出していないので、自分を犠牲にしたりする。▼だが それが逆に重い女の琴線に触れた!▼無自覚にヒロインを沼らせていく、ただ平穏に生きたいだけの男。▼書籍化決定 5月20日 オーバーラップノベルス様より発売! ▼


総合評価:31354/評価:8.9/連載:49話/更新日時:2026年06月21日(日) 17:07 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>