男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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08話

「……さて、そろそろいいかな」

 

 放課後の教室。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)が帰宅して数分経つと、北条乃愛(ほうじょう のあ)は口を開いた。

 

由香里(ゆかり)、誰も近づかないように封鎖を」

「はい」

 

 副学級委員長を担う東雲由香里(しののめ ゆかり)が、教室の戸口を塞ぐように廊下に立つ。

 

「さて、それじゃあ記念すべき第一回目の学級会をはじめようか」

 

 そう言って、乃愛(のあ)一色雫(いっしき しずく)に目を向けた。

 (しずく)が静かに立ち上がり、教壇に進む。

 

「まず、これから話す事は私からの通達です。協議ではありません」

 

 よく通る声だった。

 一色(いっしき)家の次期当主として訓練されているのだろう、と乃愛(のあ)は推測した。

 声質や話し方が他人に与える影響を、人の上に立つ者ほど熟知しているものだ。

 

「では、手短にいきましょう」

 

 仮面のような微笑を浮かべ、(しずく)は淡々と話し始めた。

 

「土日に教室でちょっとした工事が行われますが、これを話題にすることを一切禁じます」

 

 乃愛(のあ)は油断なく教室を見渡した。

 大半が困惑した様子を見せていて、状況を正しく理解している女子は殆どいないようだった。

 

瑞樹(みずき)様を高所や水場など、何らかの事故の危険がある場所へ連れていくことを一切禁じます」

 

 (さと)い者ならこれで意図に気づくだろう、と思いながら乃愛(のあ)は教壇に立つ(しずく)に視線を戻した。

 スカートが短くなっている気がした。

 へえ、と内心で感心する。そういう手もあるのか。

 

瑞樹(みずき)様を激しい運動に誘うことを一切禁じます。特に肩をあげる運動は避けてください、これを解禁する場合は、追って連絡します」

 

 乃愛(のあ)の知らない情報だった。

 よく調べられている。情報源は一体どこだろう、といくつかの候補を推測する。

 

「私からの通達は以上です。続いて北条(ほうじょう)さんからもお話があるそうです」

 

 数歩下がった(しずく)に代わり、乃愛(のあ)は教壇に向かった。

 一段高くなった教壇からは、クラスメイトの表情がよく見える。

 一部からは、敵意のようなものが感じられた。

 

「では、私からも手短に」

 

 そう前置きして、乃愛(のあ)は息を吸い込んだ。

 これから、多くの敵を作る事になる。

 しかし、必要な事だった。

 

「まずは前提を明確にしておこう。藤堂瑞樹(とうどう みずき)は本来、Aクラスに配属されるべき男子だ」

 

 誰も、何も言わなかった。

 ただの事実の確認。

 そして、そこから導き出される答えを言い放つ。

 

「だから、君たちとは釣り合わない」

 

 意外にも、反発はなかった。

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)がKクラスに配属されたのは偶然の事故のようなもので、誰もがそれを内心は理解しているのだろう。

 

「一年あれば、このクラスの順位は上位まで上がるだろう。そこの一色雫(いっしき しずく)と私がいる限り、殆ど自動的に達成されると言っていい」

 

 そこで、と本題に切り込む。

 

「これはお願いなんだけど、二年目の順位変動後に君たちはクラス選択権を行使して出ていってくれないかな」

 

 白雪学園では一年を通したクラス成績により、進級時にクラスの順位が変動する。

 その際、個人成績とは無関係にクラス全員がそのまま移動する形になる。

 一種の連帯責任を負う形となっていて、これはクラス内環境の極端な変動が起こり男子生徒がストレスを受けないための制度だった。

 

「どうせ、ここは元から最下位クラスだ。私たちがクラス順位を引き上げてあげるから、君たちは本来のKクラスより上のクラスで後の二年を過ごす、ということだ。悪い話でもないと思う」

 

 そこで乃愛(のあ)は一度、反応を見るために教室を睥睨(へいげい)した。

 何か言いたそうな顔。

 悔しそうな顔。

 諦めを含んだ顔。

 様々な反応が見られたが、反論が出る事はなかった。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)は人の上に立つ者として、数の力を知っている。

 まだ3日目のKクラスには、乃愛(のあ)以外のまともな派閥が存在しない。

 大派閥は人を屈服させるもっとも分かりやすい方法で、北条(ほうじょう)家の得意とするものだった。

 

「卒業時、首席クラスの男子は党員になる資格を得る。これは藤堂瑞樹(とうどう みずき)が本来得るはずだった正当な報酬だ。君たちだって足を引っ張ってこの名誉を邪魔したくないだろう」

 

 そして、乃愛(のあ)は締めにかかった。

 

「君たちはたまたま運が良かっただけだ。一年でも一緒に過ごせた幸運を噛み締めて出ていくといい」

「気に食わないな」

 

 突然、鋭い声が響いた。

 声の主は、廊下側の席でつまらなさそうな顔を浮かべる背が低い少女だった。

 黒のボブカットに金色のメッシュが入っているのが印象的で、乃愛(のあ)は彼女をじっと見つめた。

 

「すまない、誰だったかな?」

皆木鈴(みなき すず)だ」

 

 強い意志を感じる赤い双眸(そうぼう)が、乃愛(のあ)には好ましく映った。

 

白雪(しらゆき)のクラス振り分けは純粋な能力で決まらない。例えばそこの神成(かみなり)はバレーの全国大会で優勝している有力選手だ。スポーツ枠の基準では学力面がどれだけバカでもDクラスは固い。このKクラスに落とされたのは、恐らく身長がマイナス査定になったからだろう」

 

 不意に名指しされた神成寧々(かみなり ねね)が驚いたような顔を見せた後、隠れるように背を丸めて小さくなる。

 瑞樹(みずき)の隣という教室中央側に席があり、もっとも背が高い彼女は良くも悪くも目立つ。

 

「それで?」

「無能かどうかをお前に一方的に決められる筋合いはないって言ってるんだ」

 

 乃愛(のあ)は思わず笑みを浮かべた。

 北条(ほうじょう)の長女たる乃愛(のあ)に真っ向から噛みついてくる女子は珍しい。

 

「確かに、私は元から君たちに期待していなくて、大した調査はしていない」

「だろうな」

「まあ、いいよ。足を引っ張らないならそれでいい」

 

 乃愛(のあ)は肩を竦め、あっさりと皆木鈴(みなき すず)の主張を認めた。

 

「元々、強制できる話でもないしね。発破をかける意味もあった。精々、頑張ってくれ」

 

 (すず)乃愛(のあ)を睨みつけるだけで、何も言わなかった。

 無駄口を叩かないところも好みだな、と考えながら(しずく)に目を向ける。

 

「私からの話は以上だ」

「わかりました。他に何か提案や言いたいことがある方は?」

 

 (しずく)が教室全体に声をかけるが、手を挙げる者は誰もいなかった。

 

「では、以上で第一回目の学級会を終わります」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「時間は大丈夫なのかな?」

 

 学級会を終えた後の教室で、北条乃愛(ほうじょう のあ)一色雫(いっしき しずく)と対峙していた。

 教室に他の姿はない。

 廊下の外に見張りの東雲由香里(しののめ ゆかり)がいるだけだった。

 

「はい。何かお話がありそうだったので」

「そうだね……まずは要請通り、迅速に学級会を開いてくれた事に感謝を」

「感謝は不要です。北条(ほうじょう)さんからの要請がなくても、通達の為に開く予定でした」

「そう……」

 

 沈黙が落ちた。

 眼前の一色雫(いっしき しずく)は仮面のような微笑を浮かべ、一切の感情が読み取れない。

 最大の障害になるであろうこの少女を揺さぶってみたい、という誘惑が乃愛(のあ)を動かした。

 

「ところで、定員が埋まってしまったけどどうする? 君のお仲間は、もうねじ込めない」

「問題ありません。元より、そのような予定はありませんでした」

 

 一色雫(いっしき しずく)の表情は変わらない。

 乃愛(のあ)には、真偽の区別がつかなかった。

 

「へえ、それって強がりかな?」

「私は一色(いっしき)の長女です。他の庶民の方とも公平性を期す必要がありました」

「さすが、秩序の守護者様は違うね。君からすると、北条(ほうじょう)は数だけの烏合の衆ってところかな?」

北条(ほうじょう)家は代々、寄騎(よりき)の効果的な運用によって華々しい結果を残してきました。そのように卑下(ひげ)する必要はありません」

 

 本音が見えない(しずく)に対し、急速に興味が薄れていく。

 まあいいや、と乃愛(のあ)は話題を変える事にした。

 

「交通事故の原因については知っているね?」

「ええ」

 

 ここまでは想定通りの反応。

 乃愛(のあ)は少し踏み込む事にした。

 

「じゃあ、ヴォイドの呼び声は知ってるかな?」

「いえ……」

 

 どうやら本当のようだった。

 乃愛(のあ)は少し、落胆を隠せなかった。

 一色雫(いっしき しずく)は、同類ではなかった。

 

「ふとした時に起きる、死への衝動の事だ。疾患ではない。つまり、医学的なアプローチでは治らない。互いに出来るだけ目を離さないようにしよう」

「……詳しいんですね」

寄騎(よりき)に詳しい人がいてね。受け売りだよ」

 

 肩を竦めてみせる。

 

「そうそう、彼の肩が上がらない事は正直知らなかった。どうやら、とても特別な情報源があるらしいね」

「……」

 

 (しずく)が黙り込むのを見て、乃愛は笑った。

 ようやく彼女の感情が動くところを見れた。

 

「私からは何も言わない。けれど、情報源については細心の注意を払った方が良い」

「はい。もちろんです」

 

 どちらからともなく鞄を手に取る。

 もう話す事はなかった。

 そして、もっとも油断する瞬間だった。

 

「そういえば、随分とスカートが短くなったね」

 

 (しずく)の動きが止まる。

 会心の手応えに、乃愛(のあ)は笑いながら教室を出た。

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