男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

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20話

 夜になると、瑞樹(みずき)は挨拶のために大広間に案内された。

 客間よりも更に大きい和室には飾り気がなく、掛け軸と花瓶があるだけだった。

 だからこそ、奥に姿勢よく座る着物姿の女性の存在が一際目立っていた。

 銀色の長い髪に、鼻筋の通った顔。一目で乃愛(のあ)の母親だとわかった。

 

「よくいらっしゃいました」

 

 しん、と張りつめた大広間に、北条(ほうじょう)家当主の声がよく響いた。

 先に乃愛(のあ)が座布団に腰を下ろし、瑞樹(みずき)も後に続いた。

 

北条(ほうじょう)家当主、北条愛世(ほうじょう あいせ)と申します」

藤堂瑞樹(とうどう みずき)といいます。この度は――」

瑞樹(みずき)くん、もっと楽にしていいよ」

 

 瑞樹(みずき)の硬い声に、乃愛(のあ)が微笑みながら割り込んだ。

 

「母上もだ。こんな大広間に三人だけなんて、無駄に気疲れさせてしまうだけだよ」

「大事なことです。私も祖母も、北条(ほうじょう)家の娘は代々ここで挨拶を交わしてきました」

 

 愛世(あいせ)は顔色一つ変えることなくそう言うと、瑞樹(みずき)に視線を向けた。

 

「正直なところ、驚きました。白雪学園に入学してまだ四か月。それに、貴方のコロニーには一色(いっしき)家の次期当主もいると聞いています」

 

 含みをもたせるような言い方だった。

 

「通常、十八家の娘は婚期が遅れます。二家が揃ってコロニー入りした上に、この早さは異例と言えるでしょう」

「つまり、母上は何が言いたいのかな」

「今一度、意思をはっきりさせておきましょう。そのほうが互いのためです」

 

 瑞樹(みずき)は困惑したように、おずおずと愛世(あいせ)を見つめた。

 

「あの……意思とは……?」

「条件と言い換えたほうが分かりやすいかもしれませんね。あなたが乃愛(のあ)をコロニー入りさせた目的は何ですか?」

 

 条件、という言葉で何となく愛世(あいせ)の言いたいことがわかった。

 北条(ほうじょう)家に近づいた理由を問いたいのだろう。

 瑞樹(みずき)は誤解を生まないように、できるだけ言葉を選びながら慎重に口を開いた。

 

「……条件はないです。ボクは白雪学園の最下位クラスに配属されて、ちょっと……かなり不安でした。二年生になってクラス順位が上がったらごっそり人が減るんじゃないか、と思っていました。だから、乃愛(のあ)からKクラスに移動するという話をされた時、ホッとしたのが正直な気持ちでした」

 

 飾ることなく、ありのままを話すことにした。

 

「体育祭で躍進できたのも乃愛(のあ)が色々とやってくれたおかげで……感謝しています。だから何かを要求したりするつもりはないです」

「その時は何も考えていなかったとして、今から求めても良いのですよ。そのほうが問題や関係をわかりやすくできる」

 

 愛世(あいせ)はそう言って、張り付いたような笑みを浮かべた。

 

「人でも物でも構いません。北条(ほうじょう)家が出せるものであれば出しましょう。望みを言ってください」

「……いえ……望みはとくに……」

「つまり、母上はこう言いたいのだろう。私だけでなく北条(ほうじょう)家との繋がりをしっかりさせておきたい、と」

 

 言い淀む瑞樹(みずき)の横で、乃愛(のあ)が呆れたように言う。

 

北条(ほうじょう)家からの利益供与によって、逃げられない関係を作りたがっているだけじゃないか」

「各所への顔見せが終わった後に気が変わったのでは、互いに不幸となるだけです」

「母上の心配はよくわかるよ。父上のようになることを恐れているんだろう?」

 

 乃愛(のあ)の挑発するような言葉に、その場の空気が冷えていく。

 

「……このような場所で話す内容ではないでしょう」

「そうだね。私もできれば、こんな話はしたくなかったよ」

 

 愛世(あいせ)は笑みを絶えることなく、瑞樹(みずき)に向き直った。

 

「では、困っていることはありませんか? たとえば、信用スコアとか」

「あの……」

「あるいは、やりたいことは? たとえば党員にしか発行されないパスポートですが、同行という形で叶えることもできます」

 

 まだ短時間しか接していないにもかかわらず、北条愛世(ほうじょう あいせ)という人物が瑞樹(みずき)にも何となくわかってきた。

 

「その……本当に大丈夫なので……なかったことにしたりもしません」

「わかりました。何か思いついたら、いつでも言ってください」

 

 そこで愛世(あいせ)は、ところで、と話題を変えた。

 

乃愛(のあ)の妹たちには既に会いましたか?」

「いえ、まだです」

 

 妹の存在は初耳だった。

 隣の乃愛(のあ)を見ると、首を横に振った。

 

「飢えた狼の前に兎を放り込むようなものだ。彼女たちが高等部にあがるまで、紹介するつもりはない」

「……いいでしょう。初等部や中等部のうちに目が肥えるのは猛毒になりうる。取りやめておきましょう」

 

 愛世(あいせ)はひとつ頷いて、表情を崩した。

 

「最後に、ほかに何か言いたいことがあれば聞きます」

「私からは何も。瑞樹(みずき)くんはどうかな?」

「えっと、とくには……」

 

 答えると、愛世(あいせ)は音もなく立ち上がった。

 

「では、今日はもうこれくらいにしましょう。明日から忙しくなります」

 

 そして、最後に思い出したように薄い笑みを浮かべて言った。

 

「どうか、乃愛(のあ)のことを末永くお願いいたしますね」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「私の言った通り、つまらない人だっただろう?」

 

 大広間を出ると、乃愛(のあ)が笑いながら言った。

 

「そんなことは……」

「無理しなくていい。あんなんだから、父上はここに寄り付かなくなったんだ」

 

 そう言いながら、乃愛(のあ)が腕を絡めてくる。

 

「そういえば乃愛(のあ)のお義父さんって……」

「もう何年も会ってないよ。まあ、仕方ないことだ」

「……そっか」

 

 きっと、珍しいことではないのだろう。

 むしろ、こうした状況のほうが一般的かもしれなかった。

 

「ところで、このまま私の部屋に行くのはどうかな? 客間よりは良いベッドがあるよ」

乃愛(のあ)の部屋は見てみたいかも」

「雰囲気は学校の寮とあまり変わらないけどね」

 

 腕を絡めた乃愛(のあ)に案内されるままに、廊下を進む。

 夜の屋敷は静かで、使用人の姿もなかった。

 

「妹がいるの、知らなかったよ。何人いるの?」

「三人いてね。中学生が二人、小学生が一人。中学生のほうは二人とも白雪の中等部にいるよ」

「一緒に遊んだりするの?」

「さあ。昔はそういうこともあったかもしれないね」

 

 あまり仲が良くなさそうだ、と瑞樹(みずき)はあまり話題を広げないことにした。

 そうしている間に、乃愛(のあ)の部屋に辿り着く。

 他の部屋と異なり、(ふすま)や障子ではなく木製のドアが取り付けられていた。

 

「客間より声が漏れにくくて安心だろう?」

 

 乃愛(のあ)が意味深に笑って、ドアを開ける。

 部屋の中は飾り気のない調度品が並んでいて、よく整理されていた。

 

「明日からは昼寝もできないし、もう寝ようか」

「ちょっと早くないかな?」

 

 乃愛(のあ)瑞樹(みずき)の言葉を無視して、ベッドにそのまま引き込んだ。

 そして、瑞樹(みずき)の胸に顔を埋めた。

 

「ずっと会えなかったからね。今日はずっとこうしていたい」

「……うん。わかったよ」

 

 乃愛(のあ)の背中をポンポンと叩きながら、瑞樹(みずき)は目を閉じた。

 それから、北条(ほうじょう)家の状況を考える。

 実際に会ったことで母親の人柄は理解できた。

 父親がほとんど不在だということも知った。

 加えて、これまで乃愛(のあ)が口にしなかった妹の存在も気がかりだった。

 

瑞樹(みずき)くん……」

 

 乃愛(のあ)が甘えた声を出す。

 すりすりと身体を寄せる乃愛(のあ)の頭を撫でながら、瑞樹(みずき)はいつかの言葉を思い出した。

 

 ――そこそこ上手くやれているつもりではあるんだけどね。でも、こんな事を続けてどうする、と考える冷静な自分が常にいる。

 

 体育祭で乃愛(のあ)が吐き出した本音。

 その意味がはっきりと見え始めていた。

 

「……」

 

 胸元でじっとしている乃愛(のあ)の姿は、まるで幼い子どものようだった。

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