北条家の本家に滞在して三日目。
瑞樹は愛世、乃愛とともに、大広間に次々とやってくる諸家の対応に追われていた。
「岩田家の当主、岩田由美でございます。本日はご挨拶の機会を賜り、誠にありがとうございます」
「久しいですね。息災ですか」
基本は愛世が声をかけるだけで、瑞樹と乃愛は横で見ているだけだった。
「はい。娘の乳歯が生え揃いました」
「それは何よりです。ようやく一安心といったところですね」
「はい。余裕が出来たので二人目を考えています」
「なるほど。それで、今日は何を望んで参りましたか」
「藤堂様は遺伝子提供を始められたとお聞きしております。ぜひ、北条家とのご縁を次の子にも結ばせていただけないでしょうか?」
それを聞いた愛世は瑞樹に向かって微笑んだ。
「瑞樹様。岩田家へ遺伝子バンクでの指名を許しても構いませんか?」
「……はい」
人口受精は通常、遺伝子バンクに保存されたものから無作為に選ばれる。
同意を得れば個人の指名も可能となっているが、あまり一般的ではない。
「このご厚情、岩田家一同必ずお返しいたします」
「では、同意書は追って用意します」
顔見せは一人当たり、五分から十分ほどで終わった。
北条家に仕える諸家が次々と入れ替わり、様々な嘆願を残していく。
「こちら、娘の奈津子でございます。白雪でも励んで参りましたが、まだ良縁に恵まれずにおります。お顔だけでも覚えていただければ幸いです」
次の寄騎は娘を連れていた。
大学生くらいの年齢で、長い髪が後ろで綺麗にまとめられている。
理知的で穏やかな瞳が印象的だった。
「緒方家の働きはよく覚えています。次女を産む時、あなたは乃愛の学年に合わせてくれましたね。そして、白雪では乃愛によく仕えてくれていると聞いています」
緒方家という言葉で、彼女たちが緒方綾乃の家族であることに瑞樹は遅れて気づいた。
紹介された奈津子を改めてよく見ると、たしかに綾乃と顔立ちが似ている。
「瑞樹様、是非とも後で話す機会をいただけませんか?」
「……わかりました」
愛世の方針はわかりやすいものだった。
よく尽くした家には男を分ける、という伝統的な貴族的価値観を軸に、次々とやってくる諸家を捌いていく。
時に冷たい対応を見せることもあったが、多くの寄騎には何らかの形で瑞樹との繋がりを用意していった。
「本日の予定は、次が最後です」
婆やと呼ばれていた年長の使用人が一組の親子を連れてくる。
娘のほうはまだ小学生で、緊張を隠せず震えを見せていた。
「如月家の当主、如月美香でございます。愛世様、ご無沙汰しております」
「如月家の次女、如月陽菜です」
如月家、という見知った響きに、疲れで少しぼんやりしていた瑞樹は思わず顔をあげた。
「こちらの陽菜は白雪の初等部で学年一の成績を修めております。将来は早々に党員となる見込みです。今はまだ幼いですが、将来的にコロニー内の等級や党員数の調整に是非とも使っていただければ、と」
「よろしくおねがいします」
陽菜と紹介された娘も同時に頭を下げた。
小学生も政治的な道具として用いられていることに瑞樹が驚いている間に、愛世が話を進めていく。
「如月家は長女と次女の両方を我が娘に仕えさせ、よく尽くしてくれました。北条家の当主として報いねばなりません」
愛世が瑞樹に視線を向ける。
今日、何度も繰り返した動きだった。
「瑞樹様。如月家とも後日、食事の席を用意しても?」
「……はい」
瑞樹が答えると、如月家の当主は安堵した表情を浮かべた。
「詳しい日程は後で知らせます。下がりなさい」
◇◆◇
「瑞樹くん、疲れていないかい?」
「正直、後半はちょっとぼんやりしてたかも」
乃愛の寝室に戻った瑞樹は、ふらふらとベッドに突っ伏した。
「すごい数の人だったね」
「すまないが、まだ明日も続くよ」
「……名前、全然覚えられないかも」
短時間で大勢と会ったため、すでに記憶が曖昧になっていた。
ぼんやりと天井を眺めながら、瑞樹はゆっくりと息を吐き出した。
「なんとなくだけど、乃愛のお義母さんがああいう方針を取ってる理由がわかったよ。あれだけの人数を相手に、一人ずつ信頼関係を構築していくなんて無理なんだろうね」
「そうだね。母上はつまらない人だが、北条家の当主としては常に正しい」
そう語る乃愛からは、どこか諦めのようなものを感じた。
彼女はベッドの端に腰掛けると、瑞樹の髪をそっと撫でた。
「支配とは外から奪い、内に配ることだ。母上はそれを忠実に実行している」
「……」
信賞必罰。武家の文化として、瑞樹にも一定の理解ができた。
瑞樹は考えながら、ころん、と寝返りを打った。
乃愛と目が合う。
一瞬の沈黙の後、瑞樹は穏やかな声で疑問を投げかけた。
「乃愛も同じ考えを実行していて、だから如月さんに厳しいの?」
乃愛は間髪置かず、首を傾げた。
「なんのことかな」
表情筋に変化はない。
ただ、瑞樹の髪を触っていた手が止まった。
「最初は、音無さんに手を出した罰なのかと思ってたんだ。でも何か違う気がして」
体育祭の準備中、如月ひよりは御倍美弥、佐倉早苗の三人で音無凪への指導を実行した。
黒崎蓮から報告を受けた瑞樹が止めに入ると、興奮状態のひよりが凪の髪を掴んでいるところだった。
あれ以降、ひよりは北条グループで孤立し続けている。
「手を出したのは如月さんだったけど、言い出したのは御倍さんだよね。それに佐倉さんもいた」
「……」
乃愛は黙ったままだった。
「ボクたちはまだ一年生で、このクラスで後三年やっていく必要がある。この状態が続くのは良くないと思ったから、乃愛も勉強会の時に御倍さんを連れて頭を下げさせたんじゃないかな」
「そうだね。ただし、ひよりと違って美弥は手を出していない。だからあの時、音無さんにひよりは近づけさせないと約束したんだ」
瑞樹がクラスの勉強会とは別に家で個人的な勉強会を開こうとした時、御倍美弥を勧めてきたのは乃愛だった。
ひよりとその他の寄騎では、扱いが異なっている。
「たしかに、手を出したかどうかは大事だと思う。音無さんも怖い思いをするだろうし」
「そうだろう? 私も人の上に立つ身だ。トラブルの仲裁には最大限の注意を払っているつもりだよ」
「でも、ちょっと違和感があったんだ。乃愛以外も、如月さんだけを大きく避けてたから」
「……」
北条グループ全体で、ひよりと美弥、早苗の扱いが大きく違っていた。
状況から、指示が出ていたと考えるべきだった。
「乃愛はもしかして、トレード権を使って如月さんをクラスから追い出そうとしたんじゃないかな?」
「……どうしてそう思ったのか聞いてもいいかい?」
乃愛は半ば認めるように微笑んだ。
まるで状況を楽しんでいるようだった。
「ただの勘だけど、ああいう露骨な避け方は期限が決まっている時しかやらないと思う」
それに、と瑞樹は迷いながら言葉を続けた。
「如月さん、ボクが接触するとちょっと怖がってた。なにかに違反するのを気にしているみたいな態度がずっと気になってて」
「でも、ひよりはトレードされなかったじゃないか」
「うん……だから証拠はないよ。でも、これから直接ボクが寄騎の皆に事情を聞いたら答えがわかると思う」
「……」
乃愛はしばらく黙り込むと、諦めたように息を吐き出した。
「瑞樹くんは、人の機微を見分けるのが得意なのかもしれないね。特別プログラムの時もそうだった」
とくに悪びれた様子もなく、乃愛は解説を始めた。
「ひよりの選民思想は、やがて君とぶつかるだろう。トレード制は彼女をクラス外に出すのにちょうどいいと思った」
「如月さんの同意は得たの?」
「表向きはね。だが、納得はしていなかったのだろう。だから土壇場で私の命令に反し、ひよりはトレード条件を満たさなかった」
「それで罰を与えたの?」
乃愛は首を横に振った。
「いや、この状況は私が指示をしたものではないよ。私が怒っている、という推測で誰もがひよりを避けているだけだ」
「じゃあ、乃愛からちゃんと伝えてあげて」
「君がそれを望むなら、もちろんそうするよ」
乃愛は頷いて、それから自嘲するように笑った。
「私のやり方に軽蔑したかな?」
「……統制のやり方は、人それぞれだと思う。これが間違っているともボクじゃ断言できないよ」
ただ、と瑞樹は乃愛の目を真っすぐ見つめて言った。
「ボクの機嫌をとるために、誰かを排除することはこれから絶対にしないでほしい」
「……ああ、約束する」
「じゃあ、お話はこれでおしまい。夕食までちょっとゆっくりしようか」
瑞樹が微笑むと、乃愛は少し意外そうな表情をした。
「……もっと怒られるかと思ったよ」
「怒ったほうが良かった?」
「いや……このほうが懲りるかもしれない」
ぽつりと零す乃愛は、本当に気落ちした様子だった。
それから、甘えるように瑞樹の横に倒れ込んだ。
「私は所詮、作り物なんだ。君のほうがよっぽど上に立つのに向いている」
「そんなことはないと思うけど……」
乃愛は首を横に振ると、這って瑞樹の胸に顔を埋めた。
「君はきっと、そのうち母上とは異なる方法に辿り着くと思うよ」