男女比が壊れた世界でギスギスする話   作:月島しいる

84 / 84
24話

「う、海沿いなんだね」

「な、中からも海が見えるかもしれないな」

 

 鎌倉市内の遺伝子バンクは、海岸沿いの国道に建てられていた。

 瑞樹(みずき)美弥(みや)とともに車から駐車場に出ると、海を見回した。

 潮風が強く、思わず目を細める。

 

「入ろっか」

「……ああ」

 

 海岸には、大勢の観光客がいた。

 逃げるように遺伝子バンクに入る。

 自動扉をくぐると、見知っている遺伝子バンクと似たロビーが広がっていた。

 

「予約されていた藤堂(とうどう)様ですね? IDをお願いします」

 

 受付を済ませると、いつも通り部屋に案内された。

 

「終わったら呼び出しボタンを押してください」

 

 案内された部屋に、瑞樹(みずき)美弥(みや)だけで入る。

 気まずい沈黙が落ちた。

 

「……とりあえず、座ろうか」

「そ、そうだな」

 

 緊張を解こうと、瑞樹(みずき)美弥(みや)の手をそっと握った。

 美弥(みや)は驚いたように肩を震わせたが、何も言わなかった。

 そのまま二人でベッドに腰掛ける。

 遺伝子提供は何度来ても落ち着かないものだった。

 

「……私は面白味のない女だ。実家の道場を継ぐ立場で、金銭的に裕福なわけでもない。道場も古くてオンボロだ」

 

 突然の独白に、瑞樹(みずき)は黙って耳を傾けた。

 繋いだ手が、強く握られる。

 

「こんな時すら、気の利いた言葉も思いつかない。自分でも、嫌になる時がある」

 

 だが、と美弥(みや)は顔をあげた。

 真剣な目だった。

 

「言葉ではなく、剣で示すこともあるはずだと信じている。生涯の主君として仕えさせてほしい」

 

 それから、美弥(みや)は慌てたように付け足した。

 

「そ、その……乃愛(のあ)も生涯の主君で……二人いることになってしまうのだが……」

 

 瑞樹(みずき)は、クス、と笑ってそのまま抱きしめた。

 

「ありがとう」

「ああ……ちょっと待ってくれ……準備をしなくては」

 

 美弥(みや)は思い出したように立ち上がると、室内のテーブルに向かった。遺伝子提供の採取に使われる様々な道具が置かれていて、美弥(みや)はその中から一つを手に取った。

 

「あった……これだな」

「……御倍(ごばい)さん、何するつもり?」

 

 美弥(みや)の手には、数珠のような黒いボールが連なった道具が握られている。

 凶悪な形に瑞樹(みずき)は本能的な恐怖を覚え、じりじりとベッドの端に後ずさった。

 

「事前に調べたところ熟練者だけが使う道具らしいのだが、医学的に一番効率がいいらしい」

「……」

「今後も補助に来ることを考えると、これで練習するのが良いと思うのだが」

「……ま、待って。それ使ったことないし、なんか怖いかも」

 

 瑞樹(みずき)の嘆願に近い言葉に、美弥(みや)は考え込むように道具を見つめた。

 

「確かに、知らない道具をいきなり殿方に使うのは危険かもしれない」

「う、うん」

「では、私で一度試してみよう。幸い、調べたサイトでは男女関係なく使える道具と記載されていた」

「えっ」

 

 美弥(みや)は黒いボールが連なった道具を瑞樹(みずき)に差し出すと、ひどく真面目な顔で告げた。

 

「私のことなら心配ない。存分に安全性を確かめてほしい」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「そろそろ美弥(みや)は無事に終わったかな」

 

 乃愛(のあ)は客間で将棋を指しながら、心配そうに言った。

 対面する緒方綾乃(おがた あやの)は真剣な表情で盤面を見下ろしたまま、言葉を返す。

 

「やはり、落ち着きませんか?」

「正直に言うとね。瑞樹(みずき)くんのことも心配だけど、美弥(みや)もちゃんと補助をやれるのか心配だ」

美弥(みや)は多分、保健体育の知識しかないですからね」

 

 綾乃(あやの)の言葉に、不安が膨らんでいく。

 

「……作法くらいは知っているだろう」

「どうでしょうか。美弥(みや)がそういう話をしているところを聞いたことがありません」

「……」

「王手です」

 

 考え事をしている間に詰んだようだった。

 乃愛(のあ)は、参りました、と機械的に言ってから顔をあげた。

 

「それで、綾乃(あやの)の調子はどうなんだい? 美弥(みや)に続いてほしいものだが」

「あまり芳しくありません。残念ながら、その他大勢の女としか認識されていないと思います」

 

 乃愛(のあ)綾乃(あやの)の顔をしげしげと見つめた。

 黒い髪は綺麗に手入れされていて、顔も整っている。おっとりした性格で、欠点らしい欠点もない。

 何か取っ掛かりがあれば、瑞樹(みずき)に気に入ってもらえる確信があった。

 

「共通の話題を見つけるのはどうかな」

「そうですね……料理をされるようなので、その辺りを探ってみようと思います」

「私も他に手がないか考えてみるよ」

「ありがとうございます」

 

 その時、廊下から足音が聞こえた。

 そして、客間の(ふすま)が開き、瑞樹(みずき)が顔を出した。

 

「やあ、おかえり。疲れてないかい?」

「うん、大丈夫」

 

 乃愛(のあ)はすぐに異変に気付いた。

 一緒に遺伝子提供に向かったはずの美弥(みや)の姿がなかった。

 

美弥(みや)はどこに行ったのかな?」

「その……今は一人になりたいらしくて」

 

 奥歯にものが挟まったような言い方だった。

 

「……遺伝子提供はちゃんと出来たのかな?」

「う、うん。ちょっと色々あったけど」

 

 深く立ち入るべきか考えている間に、瑞樹(みずき)が将棋盤を見て目を輝かせた。

 

「あ、将棋だ。緒方(おがた)さんが勝ったの?」

「おや、瑞樹(みずき)くんも将棋をやるのかな?」

「うん、ちょっとだけ」

 

 初耳の情報だった。

 乃愛(のあ)はこれ幸いとばかりに席を空けた。

 

「じゃあ綾乃(あやの)とやってみたらどうかな? 指導できるくらいにはうまいよ」

「本当? 好きなんだけど、やる機会がなかったんだ」

 

 瑞樹(みずき)綾乃(あやの)の対面に移動する。

 綾乃(あやの)は嬉しそうに微笑んで、盤面を整理し始めた。

 

「こうして殿方と将棋を指すのは初めてです」

「そっか。やっぱり珍しいのかな?」

 

 二人が話している間に、乃愛(のあ)はもぞもぞと瑞樹(みずき)の後ろに移動して、背中からもたれかかった。

 

「二人とも、ゆっくりやっていいよ。私はこうして瑞樹(みずき)くんにくっついているだけで満足だからね」

「では、瑞樹(みずき)様からどうぞ」

「えっと、じゃあよろしくお願いします」

 

 パチ、と駒を指す音が届く。

 一定のリズムで鳴る音がまるで子守歌のようで、瑞樹(みずき)の体温もあって乃愛(のあ)はすぐにうたた寝を始めた。

 現実と夢の境界のような曖昧な状態で、ただ安心感だけがあった。

 

瑞樹(みずき)くん……」

 

 匂いを擦りつけるように、背中から全身を押し付ける。

 そのまましばらく多幸感に身を任せていると、瑞樹(みずき)の声で不意に現実に引き戻された。

 

「うーん……参りました」

 

 意識が覚醒し、乃愛(のあ)はゆっくりと起き上がった。

 

「終わったのかい?」

「うん。緒方(おがた)さん、すごく強いんだね」

「……それなりに長くやっておりますので」

「終わってすぐにごめんなんだけど、ちょっとおトイレ行ってくるね」

 

 瑞樹(みずき)が立ち上がり、ぱたぱたと客間から出ていく。

 乃愛(のあ)は小さくあくびをして、盤面を覗き込んだ。

 

「どうだい? 将棋で仲良くなれそうじゃないか」

「……ええ。思ったよりも将棋をお好きな様子でした」

 

 綾乃(あやの)は返事をしながらも、盤面から目を離さなかった。

 そこでようやく、綾乃(あやの)の様子がおかしいことに気づいた。

 

綾乃(あやの)?」

「……」

「何かあったのかな?」

「……いえ」

 

 言葉に迷っているような様子だった。

 

「将棋には定跡があります。特に序盤は、その知識が大きくものを言います」

「そうだね。それが一体どうしたのかな」

瑞樹(みずき)様の駒組みは、私の知るどの戦法とも違いました」

 

 綾乃(あやの)の言わんとしていることを理解できず、乃愛(のあ)は続きを待った。

 

「最初は定跡をご存じないのかと思いましたが、不思議と最後まで筋が通っていました」

「……誰かから教えを受けていると?」

「わかりません。ただ……」

 

 そこで、綾乃(あやの)は言葉を切った。

 

「……まるで、まったく別の世界の将棋を垣間見たようで……奇妙な経験でした」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活(作者:関税破産お嬢様)(オリジナル現代/コメディ)

八代透が令和の世から転生した先は、男が少なく、女性が男性の役割を果たしはじめた貞操逆転世界。▼男は希少なはずなのに、すでに世界ではあんまり男は求められておらず……モテモテのはずが振られてばかり。▼彼は前世では得られなかった男としての夢を掴むため、軽い気持ちで実家の芸能事務所の門を叩いたのだった。▼無断転載禁止 無断利用禁止


総合評価:68616/評価:9.22/完結:75話/更新日時:2025年06月24日(火) 19:56 小説情報

【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた(作者:一森 一輝)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

女が男を守るべき、みたいな価値観が根付いた世界で、男が身を挺して女を守ろうとしたらどうなるんだろうか?▼旧題:男女の価値観が反転している貞操逆転世界で身を挺して女の子を守ってみた場合▼※カクヨムとマルチ投稿中です▼https://kakuyomu.jp/works/16818792435932689728


総合評価:35768/評価:9.14/連載:93話/更新日時:2026年07月08日(水) 12:03 小説情報

【完結】うお……貞操逆転世界魔法少女物はちょっと盛りすぎ……(作者:しゅないだー)(オリジナル現代/日常)

▼貞操逆転世界で清楚なお兄さんをやりたい主人公vsコミュ障魔法少女▼ファイッ


総合評価:28156/評価:9.14/完結:37話/更新日時:2026年06月19日(金) 00:12 小説情報

貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について(作者:ですわお嬢様)(オリジナルファンタジー/戦記)

男女の役割が入れ替わった中世っぽい異世界で、ガリティア王国の女爵(男爵)家に転生した。▼軍事貴族の家柄に転生したことも相まって、勝手に憧れて軍略などを学んでいたが、この世界では男性が故に出征することもなく箱入り息子として育てられることに。▼だか、ある日にまさかの革命が起こり、王家と共に軍人だった母は戦死してしまう。▼慌てて隣国に亡命すると、そこには同じく革命…


総合評価:12870/評価:8.63/連載:56話/更新日時:2026年07月02日(木) 12:10 小説情報

貞操逆転世界で湿度高めヒロイン達を無自覚に沼らせる転生者~死にゲー世界で鬱エンドを迎えるヒロイン全員救う、全員が曇る(作者:しば犬部隊)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

死にゲーに転生した主人公(男)が遺伝子的に湿度が高く重い女達に囲われていく話。▼なお、主人公は自分に価値を見出していないので、自分を犠牲にしたりする。▼だが それが逆に重い女の琴線に触れた!▼無自覚にヒロインを沼らせていく、ただ平穏に生きたいだけの男。▼書籍化決定 5月20日 オーバーラップノベルス様より発売! ▼


総合評価:31514/評価:8.9/連載:49話/更新日時:2026年06月21日(日) 17:07 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>