【書籍化】男女比が壊れた世界でギスギスする話(書籍タイトル:恋奪の教室)   作:月島しいる

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24話

「う、海沿いなんだね」

「な、中からも海が見えるかもしれないな」

 

 鎌倉市内の遺伝子バンクは、海岸沿いの国道に建てられていた。

 瑞樹(みずき)美弥(みや)とともに車から駐車場に出ると、海を見回した。

 潮風が強く、思わず目を細める。

 

「入ろっか」

「……ああ」

 

 海岸には、大勢の観光客がいた。

 逃げるように遺伝子バンクに入る。

 自動扉をくぐると、見知っている遺伝子バンクと似たロビーが広がっていた。

 

「予約されていた藤堂(とうどう)様ですね? IDをお願いします」

 

 受付を済ませると、いつも通り部屋に案内された。

 

「終わったら呼び出しボタンを押してください」

 

 案内された部屋に、瑞樹(みずき)美弥(みや)だけで入る。

 気まずい沈黙が落ちた。

 

「……とりあえず、座ろうか」

「そ、そうだな」

 

 緊張を解こうと、瑞樹(みずき)美弥(みや)の手をそっと握った。

 美弥(みや)は驚いたように肩を震わせたが、何も言わなかった。

 そのまま二人でベッドに腰掛ける。

 遺伝子提供は何度来ても落ち着かないものだった。

 

「……私は面白味のない女だ。実家の道場を継ぐ立場で、金銭的に裕福なわけでもない。道場も古くてオンボロだ」

 

 突然の独白に、瑞樹(みずき)は黙って耳を傾けた。

 繋いだ手が、強く握られる。

 

「こんな時すら、気の利いた言葉も思いつかない。自分でも、嫌になる時がある」

 

 だが、と美弥(みや)は顔をあげた。

 真剣な目だった。

 

「言葉ではなく、剣で示すこともあるはずだと信じている。生涯の主君として仕えさせてほしい」

 

 それから、美弥(みや)は慌てたように付け足した。

 

「そ、その……乃愛(のあ)も生涯の主君で……二人いることになってしまうのだが……」

 

 瑞樹(みずき)は、クス、と笑ってそのまま抱きしめた。

 

「ありがとう」

「ああ……ちょっと待ってくれ……準備をしなくては」

 

 美弥(みや)は思い出したように立ち上がると、室内のテーブルに向かった。遺伝子提供の採取に使われる様々な道具が置かれていて、美弥(みや)はその中から一つを手に取った。

 

「あった……これだな」

「……御倍(ごばい)さん、何するつもり?」

 

 美弥(みや)の手には、数珠のような黒いボールが連なった道具が握られている。

 凶悪な形に瑞樹(みずき)は本能的な恐怖を覚え、じりじりとベッドの端に後ずさった。

 

「事前に調べたところ熟練者だけが使う道具らしいのだが、医学的に一番効率がいいらしい」

「……」

「今後も補助に来ることを考えると、これで練習するのが良いと思うのだが」

「……ま、待って。それ使ったことないし、なんか怖いかも」

 

 瑞樹(みずき)の嘆願に近い言葉に、美弥(みや)は考え込むように道具を見つめた。

 

「確かに、知らない道具をいきなり殿方に使うのは危険かもしれない」

「う、うん」

「では、私で一度試してみよう。幸い、調べたサイトでは男女関係なく使える道具と記載されていた」

「えっ」

 

 美弥(みや)は黒いボールが連なった道具を瑞樹(みずき)に差し出すと、ひどく真面目な顔で告げた。

 

「私のことなら心配ない。存分に安全性を確かめてほしい」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「そろそろ美弥(みや)は無事に終わったかな」

 

 乃愛(のあ)は客間で将棋を指しながら、心配そうに言った。

 対面する緒方綾乃(おがた あやの)は真剣な表情で盤面を見下ろしたまま、言葉を返す。

 

「やはり、落ち着きませんか?」

「正直に言うとね。瑞樹(みずき)くんのことも心配だけど、美弥(みや)もちゃんと補助をやれるのか心配だ」

美弥(みや)は多分、保健体育の知識しかないですからね」

 

 綾乃(あやの)の言葉に、不安が膨らんでいく。

 

「……作法くらいは知っているだろう」

「どうでしょうか。美弥(みや)がそういう話をしているところを聞いたことがありません」

「……」

「王手です」

 

 考え事をしている間に詰んだようだった。

 乃愛(のあ)は、参りました、と機械的に言ってから顔をあげた。

 

「それで、綾乃(あやの)の調子はどうなんだい? 美弥(みや)に続いてほしいものだが」

「あまり芳しくありません。残念ながら、その他大勢の女としか認識されていないと思います」

 

 乃愛(のあ)綾乃(あやの)の顔をしげしげと見つめた。

 黒い髪は綺麗に手入れされていて、顔も整っている。おっとりした性格で、欠点らしい欠点もない。

 何か取っ掛かりがあれば、瑞樹(みずき)に気に入ってもらえる確信があった。

 

「共通の話題を見つけるのはどうかな」

「そうですね……料理をされるようなので、その辺りを探ってみようと思います」

「私も他に手がないか考えてみるよ」

「ありがとうございます」

 

 その時、廊下から足音が聞こえた。

 そして、客間の(ふすま)が開き、瑞樹(みずき)が顔を出した。

 

「やあ、おかえり。疲れてないかい?」

「うん、大丈夫」

 

 乃愛(のあ)はすぐに異変に気付いた。

 一緒に遺伝子提供に向かったはずの美弥(みや)の姿がなかった。

 

美弥(みや)はどこに行ったのかな?」

「その……今は一人になりたいらしくて」

 

 奥歯にものが挟まったような言い方だった。

 

「……遺伝子提供はちゃんと出来たのかな?」

「う、うん。ちょっと色々あったけど」

 

 深く立ち入るべきか考えている間に、瑞樹(みずき)が将棋盤を見て目を輝かせた。

 

「あ、将棋だ。緒方(おがた)さんが勝ったの?」

「おや、瑞樹(みずき)くんも将棋をやるのかな?」

「うん、ちょっとだけ」

 

 初耳の情報だった。

 乃愛(のあ)はこれ幸いとばかりに席を空けた。

 

「じゃあ綾乃(あやの)とやってみたらどうかな? 指導できるくらいにはうまいよ」

「本当? 好きなんだけど、やる機会がなかったんだ」

 

 瑞樹(みずき)綾乃(あやの)の対面に移動する。

 綾乃(あやの)は嬉しそうに微笑んで、盤面を整理し始めた。

 

「こうして殿方と将棋を指すのは初めてです」

「そっか。やっぱり珍しいのかな?」

 

 二人が話している間に、乃愛(のあ)はもぞもぞと瑞樹(みずき)の後ろに移動して、背中からもたれかかった。

 

「二人とも、ゆっくりやっていいよ。私はこうして瑞樹(みずき)くんにくっついているだけで満足だからね」

「では、瑞樹(みずき)様からどうぞ」

「えっと、じゃあよろしくお願いします」

 

 パチ、と駒を指す音が届く。

 一定のリズムで鳴る音がまるで子守歌のようで、瑞樹(みずき)の体温もあって乃愛(のあ)はすぐにうたた寝を始めた。

 現実と夢の境界のような曖昧な状態で、ただ安心感だけがあった。

 

瑞樹(みずき)くん……」

 

 匂いを擦りつけるように、背中から全身を押し付ける。

 そのまましばらく多幸感に身を任せていると、瑞樹(みずき)の声で不意に現実に引き戻された。

 

「うーん……参りました」

 

 意識が覚醒し、乃愛(のあ)はゆっくりと起き上がった。

 

「終わったのかい?」

「うん。緒方(おがた)さん、すごく強いんだね」

「……それなりに長くやっておりますので」

「終わってすぐにごめんなんだけど、ちょっとおトイレ行ってくるね」

 

 瑞樹(みずき)が立ち上がり、ぱたぱたと客間から出ていく。

 乃愛(のあ)は小さくあくびをして、盤面を覗き込んだ。

 

「どうだい? 将棋で仲良くなれそうじゃないか」

「……ええ。思ったよりも将棋をお好きな様子でした」

 

 綾乃(あやの)は返事をしながらも、盤面から目を離さなかった。

 そこでようやく、綾乃(あやの)の様子がおかしいことに気づいた。

 

綾乃(あやの)?」

「……」

「何かあったのかな?」

「……いえ」

 

 言葉に迷っているような様子だった。

 

「将棋には定跡があります。特に序盤は、その知識が大きくものを言います」

「そうだね。それが一体どうしたのかな」

瑞樹(みずき)様の駒組みは、私の知るどの戦法とも違いました」

 

 綾乃(あやの)の言わんとしていることを理解できず、乃愛(のあ)は続きを待った。

 

「最初は定跡をご存じないのかと思いましたが、不思議と最後まで筋が通っていました」

「……誰かから教えを受けていると?」

「わかりません。ただ……」

 

 そこで、綾乃(あやの)は言葉を切った。

 

「……まるで、まったく別の世界の将棋を垣間見たようで……奇妙な経験でした」

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