夜には大広間での食事が開かれた。
「……これが終わったら帰ってしまうのか」
昨日まで避けるように部屋に閉じこもっていたものの、今日は惜しむように
「縁巡りがあるから、どうしても延ばせなくて。ごめんね」
「いや、すまない。我儘を言うつもりはなかったんだ。大事な行事なことはわかっている」
「縁巡りの交流先は
縁巡りは、どこのコロニーにも入れなかった三年生の女子と、コロニーにまだ空きがある一年生の男子を繋ぐ学外の交流行事である。
交流は四大共学の間で行われ、担任の
縁巡りは二日間に渡って行われ、紅葉院で一泊する予定となっている。
「紅葉院ってどんなところなのかな? 全寮制の神道系だって聞いてるけど」
「神道系の学校と言っても、神道学ばかりやってるわけじゃないよ。神職や
「
「……独自の価値観って?」
「身近な例だと、クラスに
「由緒ある大社や
「
「あ、ごめんね。ありがとう」
「またお時間あれば、将棋のお相手をしてくださると嬉しいです」
「うん。ボクも久しぶりに遊べて嬉しかったんだ。またやろうね」
茶を注ぎ終わった
「ところで、
「えっと……ルールを教えてくれた人はいるけど、あとは本とかネットの独学で……
「独学……ですか」
そこに
「ほお。
「そうなの? じゃあ
「……ええ。とても手厳しく」
「長居しました。そろそろ失礼いたします」
最後に
話が終わった機会を見計らったように
「
◇◆◇
「大昔の見張り台だ。海もよく見える」
十階ほどの高さがあり、エレベーターが完備されていて簡単に上がることができた。
「わ、高いね」
全方位が見えるようにガラス張りになっており、観光地の展望台のようだった。
窓際にはベンチがあり、
「中々の夜景だろう? これを二人で見たくてね」
それから甘えるように、
「良い所だね」
海岸線を走る電車が、遠目からも見えた。
夏の夜空は透き通っていて、満月が輝いている。
「こうやって月をじっくり見るのって久しぶりかも」
「少しは夏休みらしい時間になって良かったよ」
ふわりと甘いシャンプーの香りがする。
そのまましばらく、無言の時間が流れた。
軽く握った手だけが、互いの存在を確かめるように時折強く握られる。
心地いい沈黙だった。
「こうして見るとよくわかるだろう。山と海に囲まれた狭い街だ」
不意に、ぽつりと
「ここでは、誰もが私を
「……
「しかし、鎌倉は
「……うん」
体育祭の時に
普段の
「まるで牢獄のようだ、とずっと思っていた」
ぽつぽつと零れる言葉の間には、長い沈黙があった。
次の言葉が零れ落ちるのを、
「山と海に囲まれた天然の要塞。そして高い塀と気軽に外にも行けない広大な敷地。利害で結ばれる諸家。それらがいつの間にか
幼少期の
「やぐらを見ただろう。洞穴の古い墓だ。私はこの屋敷で生きて、あの横穴の中で骨になるんだ。それだけのために生きるなんて、考えるだけでうんざりする」
だから、と
「この虚ろな気持ちを少しでも分かってくれる人を見つけたいと思っていたんだ」
「……うん」
「君の事故履歴を見た時、嬉しかった。同類だと思った」
中学三年生の冬、
公的には、ただの交通事故という扱いになっている。
「ただ、今は少しだけこの牢獄も良いかもしれないと思っているんだ」
「……それは、どうして?」
「この牢獄のような屋敷に大事なものを隠せば、誰も盗むことはできないだろう?」
「……」
「
「卒業後は、ここで一緒に暮らしてほしい」
真剣な目だった。
だから、
「……
「予想はしていたよ。財力がある者なら、誰でも同じような提案をするだろう」
意外にも
「コロニーの皆も、ここに住んでいいの?」
「空き部屋はいくらでもある。東京へも働きに出やすいだろう。都心でこれだけの土地を確保するのは難しいからね」
「……時間をもらってもいいかな?」
「ああ。返答は急がないでいい。なんなら卒業時までゆっくり考えてくれた上で返事をくれると嬉しいね。それまでに改築の要望があるなら聞けるよ」
「……待たせちゃうけどごめんね」
「君が謝ることじゃない。卒業時にどういうコロニーの構成になるかもまだわからないしね。我ながら気の早い話だ」
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」
「
咄嗟に名前を呼ぶと、立ち上がりかけていた
そこに
それからゆっくりと顔を離す。
「後ろ向きな理由じゃなくて、前向きにここで過ごせるようにしよう」
「……ああ。そうだね」
背後に見える満月と夜景にも見劣りしない笑顔だった。