【書籍化】男女比が壊れた世界でギスギスする話(書籍タイトル:恋奪の教室)   作:月島しいる

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27話

「まったく……こんなこと、前代未聞じゃないんですかぁ?」

 

 女子トイレで手を洗っている飛鳥(あすか)の後ろで、教師から付き添いを命じられた睦月(むつき)が嫌味を言う。

 返す言葉もなく、飛鳥(あすか)はそのまま無言でうがいをするしかなかった。

 

「ま、どうせ最上(もがみ)さんなら家の力でどこからでも男を捕まえられるでしょう。あとは部屋でゆっくりしていればいいんじゃないですかぁ」

「……何か勘違いしているな。十八家の女、それも軍閥系は特に人気がない。縁のあるコロニーに形だけ籍を入れて終わりだ」

「へえ?」

 

 睦月(むつき)が意外そうに眉をあげる。

 飛鳥(あすか)は口元を拭ってから、睦月(むつき)に向き直った。

 

「付き添ってもらって悪かったな。ここまでで良い。部屋には一人で戻れる」

「ええ、もちろんそうさせてもらいます。おかげで出遅れてしまいました」

 

 最後に鏡を見やる。

 青白く、ひどい顔をしていた。

 このまま昼の部は休み、夜の部に賭けるしかないか。いや、そもそもどんな顔して夜の部に参加するんだ、と諦めながら睦月(むつき)と並んで女子トイレを出る。

 

「ちょっと楽になりましたか?」

 

 予想していなかった声に、飛鳥(あすか)は硬直した。

 外の廊下にさきほどの少年が立っていた。

 さらさらと柔らかい髪質に、穏やかな目尻。一見すると少女のようにも見える華奢な身体と雰囲気が、後ろの窓から差し込む夏の日差しでさらに幻想的なものに見えた。

 飛鳥(あすか)はしばらく見惚れるように彼を見つめたあと、慌てて口を開いた。

 

「さ、さっきは汚いもんを触らせて悪かった」

「慣れてるから大丈夫です。一応、お部屋に戻るまで付き添いしてもいいですか?」

 

 少年は顔色ひとつ変えず、そう言った。

 

(慣れてる……? どういう意味だ?)

 

 基本的に箱入りで育てられる男子が他人の嘔吐物に慣れているわけがなかった。

 しかし、社交辞令を言っているようにも見えない。

 不可解な言い回しだと思いながら、飛鳥(あすか)は話を続けた。

 

「あ、ああ。もちろん、そっちがいいなら……」

 

 そこまで言ってから、飛鳥(あすか)はまだ少年の名前を知らないことに気づいた。

 

「あのさ……名前を聞いてもいいか?」

藤堂瑞樹(とうどう みずき)といいます」

 

 話している間、視界の端で睦月(むつき)がそわそわしているのが見えた。

 飛鳥(あすか)は迷ったあと、諦めて彼女も紹介することにした。

 

「オレは最上飛鳥(もがみ あすか)。そっちは蓮実睦月(はすみ むつき)

天御原(あまのはら)大社の跡取り、蓮実睦月(はすみ むつき)と申します。睦月(むつき)とお気軽にお呼びください」

 

 即座に前のめりな姿を見せる睦月(むつき)に、飛鳥(あすか)は思わず感心した。

 しかし、瑞樹(みずき)の視線は変わらず飛鳥(あすか)に向いたままだった。

 

最上(もがみ)さん……? もしかして十八家の?」

「あ、ああ。北方軍の最上(もがみ)だ」

「以前、党のパーティーで前当主様にお会いしたことがあります」

「ぐ、偶然だな。そういう縁を大切にしたいものだ」

 

 それからようやく、瑞樹(みずき)の視線が睦月(むつき)に移った。

 

「お二人は友達なんですか?」

「あ、やっぱりそう見えますかぁ? はい、大の仲良しです」

 

 ぺらぺらと嘘を吐く睦月(むつき)を半目で睨みながら、飛鳥(あすか)は寮に向かって歩き始めた。

 まだ胃の調子が悪いために口数が少ない飛鳥(あすか)とは反対に、睦月(むつき)は水を得た魚のように瑞樹(みずき)に対して積極的に話しかけていた。

 

藤堂(とうどう)様はどのようなご趣味をされてるんですかぁ?」

「趣味っていうほどでもないんですが、強いて言えば本を読むほうです。後は友達とゲームをやったりとか、チェスとか将棋をネットでやったりとかインドア派かも」

「本ですかぁ。どのような本を? 私はミステリーをよく読みます」

 

 二人の会話を聞きながら、おもしろくない、と飛鳥(あすか)は思った。

 飛鳥(あすか)は活字が苦手だったし、チェスや将棋のようなボードゲームも好きではなかった。

 会話の糸口を失ったことに焦りが生まれたが、すぐ近くで繰り広げられる睦月(むつき)のがっつき方を見て、次第に頭が冷えていく。

 

「それに丁度、チェスを学びたいと思っていたところでした。よろしければ今度、教えてくださいませんかぁ?」

 

 縁巡りの間、男子はこういう表面的な会話を何十回もさせられるに違いない。ならば、別の手法を考える必要がある。

 ぺらぺらと睦月(むつき)が媚びを売っている間、せめて思ってもいないことを口にするのはやめておこう、と飛鳥(あすか)は心の中で誓った。

 

「ゲームもやったことないのですがずっと興味がありました。大社の娘は家を空けられないので、いい趣味になりそうです。神道は縁を大事にするもの。きっと、これは神様がお結びくださったご縁なのでしょう」

 

 話している間に、寮のエントランスに辿り着く。

 紅葉院の寮は古い木造建てで、中を見せる気にはなれなかった。

 

「じゃあ、ボクはここで失礼しますね」

「はい。私はお部屋で最上(もがみ)さんを看病してから会場に向かいます」

 

 どうやら睦月(むつき)は徹底して猫を被ると決めたようだった。

 女子トイレの時は付き添いを切り上げてさっさと戻ろうとしていた癖に、と思いながら飛鳥(あすか)瑞樹(みずき)に向かって頭を下げた。

 

「面倒をかけて本当にすまなかった」

「本当に気にしないでください。では、夜の部でまた」

 

 瑞樹(みずき)が校舎に戻っていく後ろ姿を、飛鳥(あすか)は名残惜しそうに見つめた。

 その隣で、睦月(むつき)が溜め息を吐き出す。

 

「はあ……素敵なお方……」

「……」

 

 飛鳥(あすか)は思い出したようにスマホを取り出した。

 縁巡りが始まった今なら、男子の情報を閲覧できるはずだった。

 学内サイトにはAクラスから順に九人の男子の情報が並び、飛鳥(あすか)の予想通り瑞樹(みずき)は最下位のKクラス在籍となっていた。祖母が言っていた掘り出し物で間違いない。

 

「最下位クラス……? あれで……?」

 

 睦月(むつき)が画面をのぞき込み、怪訝そうに言う。

 それを無視して飛鳥(あすか)が更に詳細なステータスを開くと、信用スコアが大きく欠けているのがわかった。

 

「げ……」

 

 睦月(むつき)があからさまに態度を変える。

 

「とんでもない問題児じゃありませんかぁ。なにか抱えているパターンですね」

「しかし、暫定順位は二位だな」

「そんなの、クラスの女次第ですよぉ? コロニーも小さく、男子の能力とは言い難いでしょう」

 

 飛鳥(あすか)は頷いた。

 北条乃愛(ほうじょう のあ)が大勢の寄騎(よりき)を動かしている、という情報は既に得ている。

 現行のクラス順位は彼女の手腕によるもので間違いないだろう。

 

「男子の信用スコアは、ほぼ人格面に直結します。これはかなり危ないですね」

「……」

 

 このまま睦月(むつき)が信用スコアを見て勝手に離れてくれるなら、飛鳥(あすか)にとって望ましい展開となる。

 しかし、それはどうにも公平ではないように思えて、飛鳥(あすか)は少しだけ情報を開示することにした。

 

「……一色(いっしき)家と北条(ほうじょう)家が、このKクラスに移動したらしい」

「へえ?」

 

 睦月(むつき)の表情が変わり、自らのスマホを取り出して食い入るように画面を見つめ始める。

 

「……一考の価値がありそうですが、そうなるとBクラスの男子が気になりますね。一色(いっしき)北条(ほうじょう)をくだしたことになります。お手付き回数も多く、優れたコロニーを形成しているとみるべきでしょう」

 

 なるほど、そういう思考になるか、と飛鳥(あすか)は苦笑した。

 確かにデータ上で見ると、暫定一位のBクラスはスコアも安定していて非の打ちどころがない。

 すべてを知った上でも、わざわざKクラスの男子を狙う女子は少ないだろう。

 

「オレはさっきのKクラスの男子を狙おうと思っている」

「まあ……貴方はもう選択肢がないでしょうね」

 

 睦月(むつき)が憐れむように言う。

 

「互いに第一希望が被らないようで安心しましたよ。ご健闘を」

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