縁巡りは、二日かけて行われる。
一日目は昼の部と夜の部に分かれ、昼は軽い顔合わせを目的としており、夜の部で本格的に距離を詰めていくことになる。
二日目のスケジュールは公開されていなかったが、夜に党の地区担当官が顔を出すことが知らされていたため、なんらかのプログラムが用意されるだろう、と紅葉院の生徒の間では噂になっていた。
「状況はどうなっている?」
日中に寮でたっぷりと休息をとった
「Bクラスの
「ふむ……」
話を聞きながら、男子の情報をスマホで確認する。
社会スコアとクラス順位、容姿のどれもが優れている。
Cクラスの男子の特記事項に気になる表記があったものの、大半の女子は暫定順位やコロニーの規模を勘定して気にしないことに決めたようだった。
「Aクラスは?」
「暫定最下位だからね。敬遠している人が多いんじゃない?」
「なるほど。やはり、リスクを避ける傾向があるな」
「でも、最終的には焦ったやつらが流れていくと思う」
「Kクラスの男子の人気はどうだった?」
ルームメイトが怪訝そうな表情を見せる。
「Kって最下位クラスでしょ? 当然、人気なんてなかったけど」
「どれくらい人気がなかった?」
「さあ……見た目がいいから馬鹿が何人か寄っていったけど、無駄でしょ。ちゃんと特記事項まで読んだ?」
「……その例の特記事項だが、もう解決されている可能性が高い」
すぐにルームメイトが周りを気にしながら顔を寄せてくる。
「根拠は?」
「祖母からの情報だ。白雪にいる
「……何それ。とんでもない地雷じゃない」
ルームメイトが肩を落とす。
「期待させないでよ」
「……そういうつもりではないんだが」
「
「じゃあ、
「……そっちは食わせ物の可能性が高い」
「じゃあダメじゃん。私なんかプチッて潰されちゃうよ」
「……そうか」
残念だ、と思った。
十八家が揃っているコロニーは、
恐らくは
壁際で話している間に、体育館のステージにマイクが運ばれていくのが見えた。
慌ただしく夜の部の用意が始まるのを眺めながら、息を吐き出す。
「さっそく緊張してきた」
「またゲロるとか、本当に勘弁してよ」
「大丈夫だ。もう胃の中に何も残っていない」
「笑えないって」
その時、一度は休憩に下がっていた白雪学園の男子たちが体育館にぞろぞろと入ってきた。
教師が先導するように彼らを案内し、体育館の中央に連れて行く。
昼の部でまともに男子を見れなかった
「壮観だな。一ヶ所にこれだけ見知らぬ男子が集まるとは」
「党のパーティーでもこんな機会ないでしょ?」
「ないな。あるとすれば、
壁時計を確認する。もう時間だった。
舞台の袖から一人の女が登場する。
場違いな軍服を着ていて、すぐに党の地区担当官だとわかった。
会場が静まる。
女はマイクの前に立つと、にこやかに笑った。
「未来の党幹部候補の諸君、こんばんは」
もったいつけるように、たっぷりと間を置いてから女は自己紹介を始めた。
「まずは簡単な自己紹介をさせてほしい。
「さて、手短にいこう。諸君もご存じの通り、この縁巡りは運命の相手を見つけることを目的としており、二日間の間に両者の合意を得ることができれば、男子の学校に転校することができる。今回の白雪学園の場合、転校先ではいわゆる除外クラスの扱いとなる。四大共学の狭き門をくぐった諸君にできるだけ多くの機会を提供しようとする党の寛大な意向でもある」
そこまで話してから、しかし、と
「残念ながら、近年の縁巡りでは合意の成立数が減りつつある。何故か? こういう場では何かと減点評価が行われがちで、その結果、当たり障りのない話を繰り返すだけの退屈な時間になっているからだ」
建前だけの会話をいくら続けても、二日の間に仲良くなることは難しいだろう。
「官僚主義の悪いところだ。当初の縁を結ぶという目的を忘れ、決められた行事を当たり障りなく消化することが目的となった結果と言えよう。こうした仕事の進め方は、秩序合理性に欠けた恥ずべきものである。そこで今回、特別なプログラムを用意した」
特別なプログラム、という言葉で会場がざわつく。
「明日、とある特別プログラムを諸君に課す。詳細は伏せるが、野外で諸君の能力を試す内容となっている。この夜の部では紅葉院の伝統ある指名制に倣って、男子諸君には好きな女を指名し、パートナーを組んでもらう。パートナーは一人でも良いし、百人でも良い。好きなだけ使えそうな女を選ぶといい」
ざわめきの中、
野外試験なら、
昼の部の失態を取り返す機会だった。
「人数差によって勝負が明確に決まることはない、と明言しておこう。人数が少ないほうが意思決定が速いかもしれないし、人数が多いほうが知識を生かしやすいだろう。どちらが有利かは私にも判断がつかない。詳細なルールは明日、現地に移動してから説明する。報酬は生産性スコアとなる。男子には軽視されがちなスコアだが、市民階級を上げるためにもここで稼いでおくことをお勧めする」
人数差が出づらいルールならば演習系の可能性は低いか、と
「人の本性は、極限状態でこそ露わになる。そこで互いを知り、手を取り合うことで素晴らしい縁を結ぶ事が出来るはずだ。今回の縁巡りを通じて、多くの合意が結ばれることを願っている」
無道の話が終わると同時に、拍手が沸き起こった。
昼の部で手応えを感じなかった女子が多かったのだろう。
「ふーん……昼は男子も形だけ相手してるって感じだったし、いいかもね」
「で、誰を狙うんだ?」
「Dクラスの
「ほお……理由は?」
「だって、とくに問題もないのに競争率低そうじゃん」
あけすけに言うルームメイトに、
Dクラスの
「じゃ、頑張ってね」
そう言い残して、ルームメイトがDクラスの男子に向かって出陣していく。
「……」
目当ての男子は、すぐに見つかった。
盛られた食事の前で一人、料理を取り分けている。
そして、壁際に立っている補佐官らしき女に皿を運んでいくところだった。
補佐官の扱いは、家族の扱いに等しい。やはり、人格面に問題はなさそうだ、と判断する。
さっそく話しかけに向かおうとした時、一人の大柄な男子が
「お前が
Aクラスの男子、
大柄な
「……そうだが」
「北方軍を率いるため、よく鍛えられているのが見ただけでわかる。俺のグループに来い。それなりの待遇を約束する」
千載一遇の好機だった。
この三年間、紅葉院の候補クラスで他の女子が声をかけられていくのを
こうして男子から声をかけられるのを、ずっと夢に見ていた。
待ち望んでいたはずの言葉。
なのに、
「……」
彼の後ろに、
おそらく、
しかし、急速に頭の中が冷えていく。
果たして、この声かけは
――百人でも良い。好きなだけ使えそうな女を選ぶといい。
地区担当官の言葉が脳裏に蘇った。
なるほど。それも一つの作戦だろう、と思う。
他のグループの戦力を削ることにもなるし、
「オレは……」
馬鹿な事をしようとしている、という自覚はあった。
この後、他のグループに入れる保証はどこにもない。
この決断を祖母に知られれば、きっと呆れられるだろう。
しかし、目の前の
駒として役立ちそうな者を求める男と、その場しのぎの保身に走った女。
この二人は本当に、合意を成立させられるのだろうか?
あるいは合意を成立させたとして、この関係をどこまで前進させられるのだろうか?
紅葉院で似たような光景を何度も見てきた。候補クラスでは指名されることがゴールように考えられがちだったが、実際はそうではない。
こんな打算だけの関係を築いて何の意味があるのだろう、という疑念が頭を離れなかった。
「オレは……すまないが、他を希望している」
「そうか」
引き止めの言葉もなく、残念そうな様子も見せなかった。
後ろの
一人残された
「
次に顔をあげると、
候補クラスに残っていた名家の女子だ。彼女は声をかけられて、顔を真っ赤にしながら何度も頷いている。
会場のあちこちで、似た光景が広がっている。
上位クラスの男子たちは、人数を集める戦略を選んだようだった。
女子の大半は上位クラスの男子から声をかけられるのを期待して、Kクラスの少年には誰も見向きもしていない。
「昼はすまなかった」
「こんばんは。もう大丈夫そうですか?」
「ああ、おかげさまでこの通りだ」
少年が微笑む。
優しい笑みで、さきほどの
それで、自分の決断が間違っていないことを確信した。
「オレは本が嫌いだし、ボードゲームも今後やるつもりがない」
突然の
それでも、
「
「……はい」
「しかも祖母は計算高い人で、オレは今日、会う前から白雪の最下位クラスに良さそうな男子がいると聞いていた」
「え」
少年の表情に一瞬、動揺が走る。
「身長は175センチで、女としては高いほうになる。体重は……詳細は伏せるが、間違いなく重い。言っておくが、これは脂肪より筋肉のほうが重いからだ」
「……」
「好き嫌いも多い。キノコ、ニンジン、甲殻類、後はよくわからん一品料理が大体ダメだ。一緒に食事すると少し面倒くさいかもしれない、と自分でも思っている」
「……」
「部屋も汚い。座るときに大股で座る癖があるし、ガサツで淑女とは言い難い存在だろう」
そこまで一気に言ってから、
「こんなオレだが、一緒にパートナーを組んでほしい」