【書籍化】男女比が壊れた世界でギスギスする話(書籍タイトル:恋奪の教室)   作:月島しいる

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29話

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)は寄宿舎の部屋を恐々と見回した。

 

「……」

 

 白雪学園の男子生徒は、今は使われていない紅葉院の旧寄宿舎に泊まることになっていた。

 部屋の内部は清掃が行き届いていたが、古い木造造りでどことなく暗い印象がある。

 とりあえず荷物を置こうと足を進めると、床が嫌な軋み声をあげた。

 

「歴史のある立派なお部屋ですね」

 

 後ろから(れい)が楽しそうに言う。

 旅行にきたような口ぶりだった。

 

「う、うん。味があるよね」

 

 話しながら、簡素な二段ベッドを瑞樹(みずき)はしげしげと見つめた。

 

「紅葉院の寮って二人部屋なんだね」

「集団生活を学ぶ場所ですからね。瑞樹(みずき)様は下段をお使いください。上段は転落の恐れがありますので」

 

 部屋の高いところには、簡素な神棚も用意されていた。それを見て、白雪学園の寮とは随分と違うようだ、と思った。

 以前に北条乃愛(ほうじょう のあ)の寮室にあがった時は、中は普通のマンションのような造りをしていた。

 

「紅葉院って男子も寮生活なの?」

「そう聞いています。学校自体が山奥にありますから、外から通うことをそもそも考慮していないのでしょう」

「そっか……」

 

 窓の外は、まだ夜の八時にもかかわらず真っ暗だった。

 時折、明かりに釣られた羽虫が窓ガラスに衝突するような音が響く。

 

「入浴は十時まで。お腹が減っているのであれば、一階の食堂に軽食を用意するとのことです。いかがされますか?」

「縁巡りの間に結構食べちゃったし、先にお風呂に行こうかな」

 

 薄暗い部屋が何となく嫌で、瑞樹(みずき)は着替えを持って(れい)とともに廊下に出た。

 長い廊下には人の気配がなく、瑞樹(みずき)は心細さを誤魔化すように(れい)に話しかけた。

 

「野外の特別プログラムってどんなことするのかな」

「慣例的に、行軍や演習だと思われます」

「……それだったら、最上(もがみ)さんに迷惑かけるかも」

 

 夜の部で瑞樹(みずき)が指名したのは、自ら志願した最上飛鳥(もがみ あすか)だけとなった。

 入学前の入院生活から未だに体力が戻り切っていない瑞樹(みずき)にとって、野外のプログラムは大きな不安要素だった。

 

「ただ、無道(むどう)地区担当官には前例主義を嫌うところがあります。まったく新しいプログラムが用意される可能性も高いかと」

「……うん。それはボクも考えてた」

 

 一学期の特別プログラムはゲーム理論を元にしたルールを採用しながらも、既知の最適解に従えば自滅するように仕向けられていた。

 明日の特別プログラムも同様の傾向を持つ可能性は高い。

 (れい)と話しながら、一階の浴場に辿り着く。

 外に一人の補佐官が警護に立っていて、他の男子がすでに中にいることを示していた。

 

「後からにしますか?」

 

 (れい)が小声でたずねてくるが、瑞樹(みずき)は首を横に振った。

 

「他の男子と話せる機会って少ないし、このままお邪魔しようと思う」

「承知しました」

 

 暖簾をくぐって脱衣所に入ると、脱衣所に人影はなく、中からシャワーの音がした。

 瑞樹(みずき)はすぐに服を脱ぐと、タオルを一枚だけ持って内扉を開けた。

 

「お、お邪魔します」

 

 こうした共同浴場を使うのは初めての経験で、念のために瑞樹(みずき)は小声で声をかけた。

 腰掛けに座りながら身体を洗っていたAクラスの男子、吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)が振り返る。

 

「Kクラスの藤堂(とうどう)か」

「お風呂、一緒に使っていいかな?」

「ここはそういう場所だろう。好きにすればいい」

 

 瑞樹(みずき)は頷くと、(すすむ)の隣に腰を下ろした。

 

「……何故、隣に座る。他に空いているところがあるだろう」

「せっかくだし、ちょっとお話したくて。迷惑だった?」

「……好きにしろ」

 

 ぶっきらぼうな言い方だったが、それほど嫌がっているようには見えなかった。

 瑞樹(みずき)が隣でシャワーを流し始めると、(すすむ)から口を開いた。

 

「夜の部で、一人しか指名しなかった理由を聞いてもいいか」

「理由というか……これ以上はコロニーに収まりきらないと思ったんだ」

「……なるほど。暫定二位なら、補充の人員など不要ということか」

 

 (すすむ)はそう言うと、しばらく考え込むように無言で泡を流し、それから立ち上がって湯船に向かった。

 湯が波打ち、溢れていく。

 

藤堂(とうどう)

「うん」

「Bクラスは縁巡りで十人規模のグループを築いている。どう勝つつもりだ」

 

 瑞樹(みずき)は石鹸で身体を洗いながら、困ったように笑った。

 

「正直、何も考えてないよ。でも、難しいほど最上(もがみ)さんと一緒に考える機会になるし、仲良くなれると思う」

「随分と楽観主義のようだな」

 

 そこで会話が途切れた。

 そのまま髪を洗い、湯船に向かう。

 

「ちょっと熱いね。お水入れてもいい?」

「ああ」

 

 瑞樹(みずき)が蚊口を捻って温度を調整していると、また(すすむ)から口を開いた。

 

「当初、Aクラスには三人の十八家がいた。一色(いっしき)北条(ほうじょう)七瀬(ななせ)の三人だ」

「うん」

 

 瑞樹(みずき)は振り返って、(すすむ)に視線を向けた。

 すぐ近くで冷たい水流が広がり、湯に混じっていく。

 

「クラス分けを見た時、厄介だと思った。クラス内における主導権の取り合いは、しばしば男の手を離れやすい」

「……」

「だから一色(いっしき)北条(ほうじょう)の二人が出て行った時、俺は安堵した。頭となる七瀬(ななせ)さえ制御すれば上手くやれる自信があった」

「……うん」

 

 (すすむ)の言う通り、初期のKクラスでは主導権を巡ってクラス内に不和が見られた。

 そして、今でも完全に解消できているとは言えない問題でもあった。

 

「だが、皮肉なものだな。Kクラスは暫定二位まで上がり、こちらは最下位だ」

「……あの特別プログラムは、偶然も大きいと思う」

「いや、俺は女の戦力を大きく見誤った」

 

 (すすむ)はそう言って、顔を伏せた。 

 

一色(いっしき)北条(ほうじょう)、Kクラスのリーダーはどちらだ」

「えっと……どっちだろう。(しずく)は学級委員長だけど、乃愛(のあ)の方が影響力は強いかも」

「……どちらも使える女だったか」

 

 後悔の念が混じった言葉だった。

 (すすむ)は顔をあげると、だが、と瑞樹(みずき)を見つめた。

 

「明日は一色(いっしき)北条(ほうじょう)のどちらもいない。存分に勝たせてもらう」

「うん。いい勝負ができるようにボクも頑張るね」

 

 瑞樹(みずき)が微笑むと、(すすむ)は虚を突かれたように表情を崩し、顔を背けた。

 

「……張り合いのないやつめ」

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