【書籍化】男女比が壊れた世界でギスギスする話(書籍タイトル:恋奪の教室)   作:月島しいる

90 / 93
30話

 縁巡り二日目。

 特別プログラムのため、朝からバスで飛鳥(あすか)たちは寂れた漁村に集められていた。

 強烈な潮の匂いが鼻をつき、飛鳥(あすか)は顔をしかめた。

 

「さて、では今回の特別プログラムについて説明しよう」

 

 整列した生徒の前で、無道(むどう)がどこか楽しそうに言う。

 

「見ての通り、無人の漁港だ。二十年以上前にとある理由で放棄された経緯がある。つまり、土地勘を持っている生徒が誰一人いない公平な場所だ。ここをスタート地点とする」

 

 無道(むどう)はそれから、隣に積まれたバックパックに視線を向けた。

 

「プログラムの内容はとてもシンプルな行軍だ。一人一つ、この荷物を持っていけ。中に地図やコンパス、食料といった必要なものが入っている。開始時刻を待ってから各自、ゴールに指定された場所を目指してもらう」

 

 ゴールを目指す行軍。

 野外の特別プログラムではありふれた内容の一つで、飛鳥(あすか)は内心安堵した。

 こうした活動は清華団(せいかだん)のキャンプでも経験していたし、将来的に北方軍を預かる身として学んできたものの一つでもあった。

 何より、体力には誰よりも自信がある。

 

「ルート選択や手段は問わない。なんなら、ここに捨てられている車や漁船を修理して使ってもいい。各グループでよく相談してから動くことを勧める」

 

 無道(むどう)はそこで生徒の反応をうかがうように話を中断し、それから首を傾げた。

 

「地図のゴールを目指す。方法は問わない。とてもシンプルなルールだ。さあ、質問は?」

「詳しい勝利条件はどうなっている? グループから一人ゴールするだけでいいのか、それとも全員か?」

 

 真っ先に吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)が声をあげた。

 無道(むどう)は薄い笑みを浮かべると、いい質問だ、と頷いた。

 

「ゴールするのは一人でいい。つまり、男子は日陰で休んで指示を出すだけでも構わないということだ。全員の到達を条件にすると、男子の体力だけで勝敗を分けることになってしまうだろう?」

 

 他に質問は? と無道(むどう)が周囲を見回す。

 次はBクラスの古葉巧(こば たくみ)が手をあげた。

 

「グループでバラバラのルートを走って、総当たりで動くようなことも問題ないということですか?」

「問題ない。誰か一人でもゴールに辿り着けばそのグループはクリアとなる。プログラム終了後、到着順位に応じて生産性スコアを加算する」

 

 話を聞きながら、飛鳥(あすか)はチラリとBクラスの少年に目を向けた。

 彼の周りには十人の女子がいて、総当たり戦術を用いれば有利に立てるだろう。

 グループごとの人数差が結果にほとんど影響を与えない、という事前説明と実際のルールに食い違いがあり、飛鳥(あすか)は小さな違和感を覚えた。

 あるいは、ゴールに必要なのは一人だけなのだから、グループのトップの能力だけが重要という意味だったのかもしれない、と思い直す。

 

「他に質問は? なければ各自、バックパックを取っていけ。中身はどれも変わらない」

「オレが取ってくる」

 

 飛鳥(あすか)は率先して二人分のバックパックを掴み、瑞樹(みずき)のもとに戻った。

 水が入っているせいか多少の重みはあったが、二人分抱えても問題ない範囲に思えた。

 

最上(もがみ)さん、力持ちだね」

 

 瑞樹(みずき)の感心したような反応に飛鳥(あすか)は、むふー、と鼻息を鳴らした。

 

「鍛えているからな」

 

 紅葉院に入学してから、ずっと妄想していたやり取りだった。

 男子に指名され、鍛えていることを褒められるという願いが叶い、飛鳥(あすか)は上機嫌でバックパックを背負った。

 あとは自慢の脚力と体力でゴールに辿り着くだけで、間違いなく合意が成立するだろう。

 今日はついている、と思った。

 

「それと保安上の問題のため、今回のプログラムには補佐官も付き従ってもらう。なにか問題があれば、こちらに報告せよ。待機させている部隊を回す。もちろん、補佐官が助言する事は許可しない」

 

 そこで無道(むどう)は手元の腕時計に視線を落とした。

 

「各自、時計を合わせろ。現時刻〇八五五。〇九〇〇を開始時刻とする」

 

 飛鳥(あすか)は慌てて腕時計を見て、時間に狂いがないことを確かめた。

 それから、妙だな、と思う。

 制限時間については特に説明がなかったはずで、ここで時計を合わせる意味はないはずだった。

 

「……」

 

 小さな違和感が、いくつも重なっていた。

 何かを見落としているような、得体のしれないもやもやが胸の内に広がっていく。

 

「休め。時間まであと五分待機しろ」

 

 無道(むどう)の指示通り、無言で足を開く。

 まだ朝にもかかわらず、照り付ける太陽で汗が顎を伝った。

 この暑さでは男子は早々にリタイアするだろうな、と思った。

 飛鳥(あすか)には瑞樹(みずき)を走らせるつもりは毛頭なく、適当な木陰で休んでもらうつもりだった。

 

「あと一分」

 

 やるべきことを頭の中でシミュレートする。

 まずはマップを確認し、ゴールと地形を確認する。

 次にコンパスで方角を見てから、太陽の位置でコンパスの精度も念入りに測る。

 それから出来るだけ歩きやすい道を見つけ、走り抜ける。

 単純なことだった。

 そこまで考えて、太陽を使って方位を確認するには時刻が必要なことに思い至り、時計合わせが行われたことに飛鳥(あすか)は納得した。

 僅かに残っていた不安が消えていく。

 

「さあ、ピクニックの時間だ。楽しんでくるといい」

 

 時計が九時を指すと同時に、無道(むどう)が不敵に笑う。

 飛鳥(あすか)はバックパックを開くと、すぐにマップを取り出した。

 

「何だこりゃ。半島?」

 

 出てきたのは、せりだした三日月型の半島の地図だった。

 どうやら現在地は半島の先端にある漁村のようで、ゴールは本土側を迂回した山間部になっている。

 

「もう一枚あるようです」

 

 瑞樹(みずき)がバックパックに残っていたもう一枚の地図に気づき、隣で広げる。

 

「こっちは縮尺が違うな。スケールを確認するためのものか。相模湾の奥側で、他の伊豆半島や三浦半島よりかなり小さい。十分に歩きで踏破できる距離だと思う」

「ここ、三日月(みかづき)半島っていう名前らしいです」

「そのままだな」

 

 見たところ、大した情報はなかった。

 標高も低く、全体的な起伏も大きくない。地図だけで最適なルートを選定するのは難しそうだった。

 次は目指すべき方角を決定する必要があった。

 コンパスを取り出し、それから太陽の位置を確認し、磁針に狂いがないことを確かめる。

 

「よし、北は大体合ってるな。行こう」

 

 飛鳥(あすか)は勢いよく立ち上がった。

 しかし、瑞樹(みずき)は地面に地図を広げたまま動かなかった。

 

「どうした?」

「……念のため、漁村を確認してもいいですか?」

 

 話している間に、周りのグループが次々とスタート地点から発っていく。

 飛鳥(あすか)の中で焦りが生まれた。

 

「乗り物を探すつもりか? 無駄だと思うが」

「ごめんなさい。どうしても確認したいことがあって」

 

 飛鳥(あすか)としてはまず最初に高台に登ってルートの選定を行いたいところだった。

 しかし、スタート地点の観察も一理あるように思えて、従うことにした。

 

「ああ、わかった。軽く見て行こう」

「ありがとうございます」

 

 ゴールとは真逆の、すぐ近くの漁村に向かって歩き始める。

 潮風で錆びている上に、草木に覆われた廃墟がぽつぽつと立ち並んでいた。

 

「……台風にやられたのか?」

 

 漁村には、崩れている建屋も多かった。

 あちこちでコンクリートが割れ、緑の力強い生命が顔を出している。

 飛鳥(あすか)はそのまま海を見渡せる小さな埠頭(ふとう)に立った。

 眼下には漁船が泥の上に転がっていた。わざわざ陸地に廃船を引き揚げて集めたようだった。

 

「……なんだここ」

 

 船の墓場のようだと思った。

 防波堤も一部が崩れ、危険な状態となっている。

 しばらく呆然と海辺を眺めた後、飛鳥(あすか)は思い出したように周囲を見回した。

 いつの間にか瑞樹(みずき)の姿がなかった。

 慌てて周囲を探すと、すぐ近くの階段を降りたところに瑞樹(みずき)が立っていた。

 

「なにかあったか?」

「ここからゴールが見えます」

「ああ……」

 

 一キロメートルほど先に本土の沿岸が見えて、さらに奥にゴールらしい山があった。

 手前には、岩礁が並んでいる。

 

「泳ぎが得意な人は、ここから真っすぐいくのが一番早そうです」

「自慢じゃないが、オレは泳げない」

 

 飛鳥(あすか)が諦めて告白すると、瑞樹(みずき)が意外そうな表情で振り返った。

 

「そうなんですか?」

「東北はプールの授業が少ないんだ。嘘じゃない」

 

 飛鳥(あすか)が言い訳するように言葉を続けると、瑞樹(みずき)は納得したように頷いた。

 

「あ、そっか。気づかなくてごめんなさい」

「やっぱり船を探すべきだな。それと無免許でも入れる保険会社が必要だ」

 

 渾身の冗談のつもりだったが瑞樹(みずき)は笑わず、何かを考えるように海を見つめていた。

 瑞樹(みずき)の視線を追うと、海面からせり出した岩に向けられているようだった。

 複数の岩が並んでいて、飛鳥(あすか)はもしや、と青ざめながら問いかけた。

 

「まさか、あそこをジャンプしようってわけじゃないだろうな」

「それはちょっとやってみたいですけど、最上(もがみ)さんでも難しそうです」

 

 瑞樹(みずき)は話しながらも、海から目を離さなかった。

 

「なあ、そろそろ動いたほうが良くないか」

「もうちょっとだけ、ここを観察してもいいですか?」

「それはいいが……何か考えがあるのか?」

 

 飛鳥(あすか)が問いかけると、瑞樹(みずき)は静かに微笑んだ。

 

「はい。二日前に、綺麗な満月が浮かんでいたのを思い出したんです」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。