縁巡り二日目。
特別プログラムのため、朝からバスで
強烈な潮の匂いが鼻をつき、
「さて、では今回の特別プログラムについて説明しよう」
整列した生徒の前で、
「見ての通り、無人の漁港だ。二十年以上前にとある理由で放棄された経緯がある。つまり、土地勘を持っている生徒が誰一人いない公平な場所だ。ここをスタート地点とする」
「プログラムの内容はとてもシンプルな行軍だ。一人一つ、この荷物を持っていけ。中に地図やコンパス、食料といった必要なものが入っている。開始時刻を待ってから各自、ゴールに指定された場所を目指してもらう」
ゴールを目指す行軍。
野外の特別プログラムではありふれた内容の一つで、
こうした活動は
何より、体力には誰よりも自信がある。
「ルート選択や手段は問わない。なんなら、ここに捨てられている車や漁船を修理して使ってもいい。各グループでよく相談してから動くことを勧める」
「地図のゴールを目指す。方法は問わない。とてもシンプルなルールだ。さあ、質問は?」
「詳しい勝利条件はどうなっている? グループから一人ゴールするだけでいいのか、それとも全員か?」
真っ先に
「ゴールするのは一人でいい。つまり、男子は日陰で休んで指示を出すだけでも構わないということだ。全員の到達を条件にすると、男子の体力だけで勝敗を分けることになってしまうだろう?」
他に質問は? と
次はBクラスの
「グループでバラバラのルートを走って、総当たりで動くようなことも問題ないということですか?」
「問題ない。誰か一人でもゴールに辿り着けばそのグループはクリアとなる。プログラム終了後、到着順位に応じて生産性スコアを加算する」
話を聞きながら、
彼の周りには十人の女子がいて、総当たり戦術を用いれば有利に立てるだろう。
グループごとの人数差が結果にほとんど影響を与えない、という事前説明と実際のルールに食い違いがあり、
あるいは、ゴールに必要なのは一人だけなのだから、グループのトップの能力だけが重要という意味だったのかもしれない、と思い直す。
「他に質問は? なければ各自、バックパックを取っていけ。中身はどれも変わらない」
「オレが取ってくる」
水が入っているせいか多少の重みはあったが、二人分抱えても問題ない範囲に思えた。
「
「鍛えているからな」
紅葉院に入学してから、ずっと妄想していたやり取りだった。
男子に指名され、鍛えていることを褒められるという願いが叶い、
あとは自慢の脚力と体力でゴールに辿り着くだけで、間違いなく合意が成立するだろう。
今日はついている、と思った。
「それと保安上の問題のため、今回のプログラムには補佐官も付き従ってもらう。なにか問題があれば、こちらに報告せよ。待機させている部隊を回す。もちろん、補佐官が助言する事は許可しない」
そこで
「各自、時計を合わせろ。現時刻〇八五五。〇九〇〇を開始時刻とする」
それから、妙だな、と思う。
制限時間については特に説明がなかったはずで、ここで時計を合わせる意味はないはずだった。
「……」
小さな違和感が、いくつも重なっていた。
何かを見落としているような、得体のしれないもやもやが胸の内に広がっていく。
「休め。時間まであと五分待機しろ」
まだ朝にもかかわらず、照り付ける太陽で汗が顎を伝った。
この暑さでは男子は早々にリタイアするだろうな、と思った。
「あと一分」
やるべきことを頭の中でシミュレートする。
まずはマップを確認し、ゴールと地形を確認する。
次にコンパスで方角を見てから、太陽の位置でコンパスの精度も念入りに測る。
それから出来るだけ歩きやすい道を見つけ、走り抜ける。
単純なことだった。
そこまで考えて、太陽を使って方位を確認するには時刻が必要なことに思い至り、時計合わせが行われたことに
僅かに残っていた不安が消えていく。
「さあ、ピクニックの時間だ。楽しんでくるといい」
時計が九時を指すと同時に、
「何だこりゃ。半島?」
出てきたのは、せりだした三日月型の半島の地図だった。
どうやら現在地は半島の先端にある漁村のようで、ゴールは本土側を迂回した山間部になっている。
「もう一枚あるようです」
「こっちは縮尺が違うな。スケールを確認するためのものか。相模湾の奥側で、他の伊豆半島や三浦半島よりかなり小さい。十分に歩きで踏破できる距離だと思う」
「ここ、
「そのままだな」
見たところ、大した情報はなかった。
標高も低く、全体的な起伏も大きくない。地図だけで最適なルートを選定するのは難しそうだった。
次は目指すべき方角を決定する必要があった。
コンパスを取り出し、それから太陽の位置を確認し、磁針に狂いがないことを確かめる。
「よし、北は大体合ってるな。行こう」
しかし、
「どうした?」
「……念のため、漁村を確認してもいいですか?」
話している間に、周りのグループが次々とスタート地点から発っていく。
「乗り物を探すつもりか? 無駄だと思うが」
「ごめんなさい。どうしても確認したいことがあって」
しかし、スタート地点の観察も一理あるように思えて、従うことにした。
「ああ、わかった。軽く見て行こう」
「ありがとうございます」
ゴールとは真逆の、すぐ近くの漁村に向かって歩き始める。
潮風で錆びている上に、草木に覆われた廃墟がぽつぽつと立ち並んでいた。
「……台風にやられたのか?」
漁村には、崩れている建屋も多かった。
あちこちでコンクリートが割れ、緑の力強い生命が顔を出している。
眼下には漁船が泥の上に転がっていた。わざわざ陸地に廃船を引き揚げて集めたようだった。
「……なんだここ」
船の墓場のようだと思った。
防波堤も一部が崩れ、危険な状態となっている。
しばらく呆然と海辺を眺めた後、
いつの間にか
慌てて周囲を探すと、すぐ近くの階段を降りたところに
「なにかあったか?」
「ここからゴールが見えます」
「ああ……」
一キロメートルほど先に本土の沿岸が見えて、さらに奥にゴールらしい山があった。
手前には、ところどころに岩礁が並んでいる。
「泳ぎが得意な人は、ここから真っすぐいくのが一番早そうです」
「自慢じゃないが、オレは泳げない」
「そうなんですか?」
「東北はプールの授業が少ないんだ。嘘じゃない」
「あ、そっか。気づかなくてごめんなさい」
「やっぱり船を探すべきだな。それと無免許でも入れる保険会社が必要だ」
渾身の冗談のつもりだったが
岩はまるで飛び石のように並んでいて、
「まさか、あそこをジャンプしようってわけじゃないだろうな」
「それはちょっとやってみたいですけど、
「なあ、そろそろ動いたほうが良くないか」
「もうちょっとだけ、ここを観察してもいいですか?」
「それはいいが……何か考えがあるのか?」
「はい。二日前に、綺麗な満月が浮かんでいたのを思い出したんです」