【書籍化】男女比が壊れた世界でギスギスする話(書籍タイトル:恋奪の教室)   作:月島しいる

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31話

 吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)は雑木林の中を歩いていた。

 三日月型の半島のできるだけ内周を突き抜け、最短距離で本土側を目指す計画だった。

 何度もコンパスを確認しながら道なき道を進むと、ひび割れた車道に辿り着いた。

 後ろから蓮実睦月(はすみ むつき)の声が途切れ途切れに届く。

 

吉祥寺(きちじょうじ)様……そろそろ……休憩を……はさみませんか」

「……」

 

 失敗した、と思った。

 天御原(あまのはら)大社の娘ならば統率力があるだろうという理由で声をかけたものの、彼女と取り巻きの巫覡(ふげき)たちは思ったよりも体力がなかった。

 神祇院(じんぎいん)への任官を目指している彼女たちは本来、もっと戦力になるはずだった。

 

(ろくに修行もせず、大社に腰掛けで居座るタイプか)

 

 それから、睦月(むつき)のグループとは別の名家の娘に視線を向ける。

 こちらも顔色に疲労が滲み出ていて、このままでは持ちそうになかった。

 

「わかった。ここで休憩をいれる」

「もうすぐで半島を抜けます。ここは慎重にいきましょう」

 

 (すすむ)睦月(むつき)の言葉を無視して、バックパックから水の入ったペットボトルを取り出した。

 半分ほど飲んでから、残りを頭から被る。

 濡れて張り付いた服に女子たちから視線を感じたが、体内に籠った熱を逃がすほうが今は重要だった。

 

「紅葉院の女に注意するべき相手はいるか」

 

 (すすむ)が問いかけると、睦月(むつき)が苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。

 

「……十八家の最上(もがみ)さんが体力では抜きんでているでしょう」

「しかし、指名した藤堂(とうどう)は見るからに体力がない。最上(もがみ)が一人で動く可能性は?」

「少ないと思います。彼女は感情で動くタイプです」

 

 想定通りの回答に、(すすむ)は短く頷いた。

 最上飛鳥(もがみ あすか)の人柄は、少し話しただけでもわかった。

 感情が表に出るタイプで、一色(いっしき)家や北条(ほうじょう)家の次期当主とは性質が大きく異なる。

 やはり、この特別プログラムにおいて警戒するべき相手は数による戦術を採用したBクラスだろう、と(すすむ)は考えた。

 

「他に抜けられそうな近道はあるか?」

 

 (すすむ)の言葉で、睦月(むつき)たちが地図を広げだす。

 

「半島の付け根は細く、他にまともな道があるとは思えません。どこのグループもこの車道を辿るのでは」

 

 そこまで話した時、背後の車道に人影が見えた。

 目を凝らすと、Cクラスの白川健斗(しらかわ けんと)のグループだった。

 

「……雑木林を抜けた効果はあまりなかったな。行くぞ」

「ま、待ってください。もう少し休憩を……」

 

 巫覡(ふげき)の一人が弱音を吐く。

 しかし、(すすむ)は気にせず歩き出した。

 

「無理についてこなくていい。俺一人だけでもゴールを目指す」

 

 どうせこの特別プログラムだけの関係だった。全員でまとまって動く必要はない。

 巫覡(ふげき)の一人を置いたまま、(すすむ)たちはアスファルトの上を無言で進んだ。

 時折、後ろを振り返ってCクラスが着いてきていることを確認する。

 小さな焦りを感じると同時に、このルートが間違っていないことの保証のようにも思えて、(すすむ)に適度な安心感をもたらした。

 

「……潮の匂いがするな」

 

 ぽつりと呟く。

 意図もなく、自然に出た言葉だった。

 

「海が……近い……ですからね」

 

 睦月(むつき)が息を切らしながら答える。

 独り言ではなく、雑談だと思ったようだった。

 (すすむ)はそのまま言葉を重ねた。

 

「懐かしい匂いだ」

「懐かしい……ですか?」

 

 記憶の奥底に眠っていたものが、潮の匂いで次々と蘇っていく。

 

「幼い頃、海が見える場所に住んでいた」

「それは……」

 

 睦月(むつき)が言葉に困ったように黙り込む。

 危険な話題と感じたのだろう。

 

「どこの海かもわからない。ただ、冬になると雪が積もった」

「……」

「雪が海に落ちていくのを、ずっと見ていた。いつか海が雪で埋もれるのではないか、と恐れていたんだ」

「……子供らしい……思い出ですね」

 

 聞いて欲しいわけではなかった。

 ただ何となく、言葉が落ちていった。

 

「母は多分、漁師だった。よく新鮮な魚を捌いてくれて、そのせいで東京では魚が臭くて食えなくなった」

「……魚料理が……得意ではないこと……覚えておきます」

 

 話している間にも、顎から汗が流れて落ちていく。

 (すすむ)はもう一度バックパックからペットボトルを取り出し、頭から水を浴びた。

 

「紅葉院はどんな場所だ」

「……つまらない……ところです……閉鎖的で……いつも上級生が威張っていました」

 

 意外な言葉に、(すすむ)睦月(むつき)に視線を向けた。

 

「……だから……舐められないように……大社の跡取りであることを……周囲に見せつけていました」

 

 女同士の力関係は、(すすむ)にはよくわからなかった。

 しかし、こうした話を女子から聞くのは新鮮で、(すすむ)は先を促した。

 

「舐められないように、他には何をする?」

「最初は……小さなお願いを……します……上下関係を刻み付けることが……重要です……」

 

 息を切らせながらも、睦月(むつき)は話をやめなかった。

 思っていたよりも気合がある、と思った。

 とっくの昔に脱落してもおかしくない状態だった。

 

「なるほど。秩序合理性に満ちているな」

「紅葉院に……未練はありません……なので……合意をいただきたいと……思っています」

「考えておく」

 

 それからは、互いに無言の状態が続いた。

 徐々に太陽があがり、暑さが増していく。

 比例するように(すすむ)のグループからは脱落者が続出した。

 スタートから六時間後には、(すすむ)の隣には睦月(むつき)しか残っていなかった。

 

「後ろのCクラスの姿が見えなくなった。他に抜けられるようなルートはあったか?」

「……わかりません」

 

 睦月(むつき)は地図を広げることもせず、ただ首を横に振るだけだった。

 限界だと思った。

 (すすむ)は近くの草むらに腰を下ろすと、バックパックを漁った。

 

「菓子がある。糖分の補給に丁度いいだろう」

「あまり食欲がありません」

「ゆっくりでいい。食べ終わるまで待つ」

 

 睦月(むつき)が意外そうな表情をする。

 らしくない、と(すすむ)自身も思った。

 何時間も一緒に歩いたせいで、情が湧き始めている。

 もはやゴールは目前で、睦月(むつき)をここに置いていくという選択肢は消えていた。

 

(地区担当官の思うつぼか)

 

 悪辣(あくらつ)な地区担当官だ、と思う。

 一学期の特別プログラムではまんまと罠にかかり、最下位に転落もした。

 しかも裏切りを選択した者がクラスの過半数を占める状態で、もはやAクラスの女子たちはまともに使えない状態となっている。このままでは今後の特別プログラムにも支障をきたすだろう。

 

「確認しておく。合意を交わし、白雪にくることを望むか」

「もちろんです。そのために参加しているのですから」

「他の巫覡(ふげき)はどうだ。同じ意思か」

「も、もちろん。吉祥寺様のために働かせます」

 

 学年の異なる三年生を投入できる特別プログラムは少ない。

 しかし、今のAクラスだけで戦うには使える手駒が不安定で、ここで新たな戦力を補充しておくべきだった。

 

「残りの話はこれが終わってからだ」

「はい!」

 

 元気を取り戻した睦月(むつき)が、残った菓子を口に頬張る。

 その間に(すすむ)は地図とコンパスを確認した。

 

「食べ終わりましたぁ!」

「そうか」

 

 疲労を感じながらも、(すすむ)は立ち上がった。

 結果を残し、Aクラスの女子に自分の力を示す必要がある。

 党員という狭き門を通るため、ここで折れるわけにはいかなかった。

 

「言い忘れていたが、白雪のAクラスには七瀬(ななせ)がいる」

七瀬(ななせ)……十八家の七瀬(ななせ)ですかぁ?」

「そうだ」

 

 睦月(むつき)が露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

 

「安心しろ。四女だ」

「それなら……まあ……」

 

 それからは、黙って山道を歩いた。

 標高三百メートルの小さな山だったが、半島を抜けるのに体力を使ったせいで、足が重かった。

 残ったペットボトルを全て飲み干し、山頂を目指す。

 太陽がゆっくりと傾き始めていた。

 

「CクラスもBクラスも見かけないな」

「我々が一番ということでしょう」

 

 長く続いた坂道が、終わりを迎える。

 展望台が見えた。

 想定していなかった光景に、(すすむ)は足を止めた。

 

「……どういうことだ」

 

 展望台には屋根付きの休憩所が建てられていて、その前に無道(むどう)が立っていた。

 そして、無道(むどう)の後ろの椅子には華奢な男子と大柄な女子の姿があった。

 

「何故、藤堂(とうどう)がここにいる」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「二日前に、綺麗な満月が浮かんでいたのを思い出したんです」

 

 静かに笑みを浮かべる瑞樹(みずき)に、飛鳥(あすか)は首を傾げることしかできなかった。

 

「満月? 特別プログラムとどう関係するんだ?」

「満月の近くになると、潮の満ち引きが大きくなります。あそこの連なってる岩を観察してたんですけど、徐々に見えてる岩肌が増えてます。もっと待ってたら完全に露出して歩けそうだなと思って」

 

 飛鳥(あすか)はそれを聞いて、険しい表情を浮かべた。

 

「……理屈としてはわかる。だが、漁港でそんな大規模な干潟が発生するとは思えないが」

「だから、後天的なものだと思うんです」

「後天的……?」

 

 瑞樹(みずき)の視線が、漁村に向けられる。

 

無道(むどう)さんは、ここを放棄された漁村だと説明していました。復旧を諦めた理由はなんだろう、って不思議だったんです。それで、埠頭(ふとう)の下に泥が見えているのが気になって」

「泥?」

「地震とかで海底の隆起が起きて、この辺り一帯が盛り上がったなら説明がつくと思いました」

「……そういえば船の墓場みたいなのがあったな。引き揚げたわけじゃなく、係留していた船が海底ごと持ち上げられたわけか」

 

 瑞樹(みずき)の推測に穴がないか考えるが、明確に否定できるような材料はなかった。

 それどころか、漁村を見て回った時に違和感を覚えた部分がすっきりと解消されていく。

 

「よし、じゃあここで待ってみるか」

「待ってる間に食料とか見てみたいです」

 

 飛鳥(あすか)はバックパックを下ろすと、中を物色した。

 味気ない非常食ではなく、サンドイッチや菓子が入っていた。

 それからレジャーシートも見つかった。

 

「……なるほど」

 

 ピクニックを楽しんで来い、ということなのだろう。

 どうやら白雪学園から派遣された地区担当官は気が利くらしい。

 

「せっかくだ。食いながら話でもしよう」

 

 埠頭(ふとう)にレジャーシートを敷いて、潮風で飛ばないように二つのバックパックを重しにする。

 飛鳥(あすか)はそれからドカッと腰を下ろし、サンドイッチを物色した。

 

「……トマトがダメなんだ。こっちのタマゴをもらってもいいか?」

 

 飛鳥(あすか)が情けない声でたずねると瑞樹(みずき)はクス、と小さく笑った。

 

「はい、トマトは大好きなので大丈夫です」

「そうか。助かる」

 

 飛鳥(あすか)はすぐに包装紙を破き、(かじ)りついた。

 どこでも売ってるようなサンドイッチだったが、海辺で食べると何だか美味しく感じた。

 

「……」

 

 隣には綺麗な男子。目の前には広大な海原。

 夢のようなシチュエーションだった。

 

「あの地区担当官、いい人だな」

「それはちょっと、賛同しかねますけど……」

 

 瑞樹(みずき)が困ったように言う。

 

「どういう意味だ?」

「一学期に行われた特別プログラムがかなり意地悪でした。今回も引っ掛けみたいな要素があるだろうな、と警戒してなかったらこの裏道に気づけなかったと思います」

「聞きたいな。時間はたっぷりある。藤堂(とうどう)の話、白雪の話。何でも聞かせてくれ」

 

 それから、昼まで飛鳥(あすか)瑞樹(みずき)は話し込んだ。

 信用スコアが低い理由や、白雪学園に入学してからのことも全て。

 途中、降り注ぐ日差しに耐えかねて、多少形が残っている廃墟の中に避難した。

 

「こういう小屋も秘密基地みたいでいいな」

「なんだか夏休みって感じがします」

 

 良い雰囲気だった。

 時折、無言で見守っている補佐官から刺すような視線を感じたが、それ以外は穏やかな時間が流れた。

 

「そろそろ渡れるかもしれません」

「見に行ってみるか」

 

 廃墟から出て埠頭(ふとう)に向かう。

 海の上に、本土に向かう道が浮き上がっていた。

 横幅も十メートルはあり、多少の波も平気そうだった。

 

「……こんなでかい道が浮かんでくるなんて、壮観だな」

「行きましょう。急がないと沈んじゃうかも」

 

 飛鳥(あすか)は先に埠頭(ふとう)から飛び降りて、それから瑞樹(みずき)が降りるのを手伝った。

 足場は酷くぬかるみ、歩行に適しているとは言えなかった。

 

「大丈夫か?」

「わ、思ったより沈みますね……」

 

 すぐに靴の中に泥水が入ってくる。

 転ばないように飛鳥(あすか)瑞樹(みずき)の手を取りながら、潮溜まりだらけの道をゆっくり進んだ。

 

「海に来るの、実は初めてなんです」

「そうなのか? もうちょっと泳いだり楽しい思い出にしてやりたかったが……」

「いえ、すごく良い経験になりました」

 

 確かに、珍しい経験だろう。

 左右には海が広がり、まるで海の上を歩いているようだった。

 

「そういえば、一色(いっしき)は元気か?」

(しずく)とお知り合いなんでしたっけ?」

「ああ。歳が同じだから何度も会ったことがある」

 

 潮風が気持ちいい。

 晴れた空から、海鳥の鳴き声が聞こえた。

 

「二年連続で進学が遅れたって聞いた時はなんかあったんじゃないかって心配してたんだ。無事に完治したみたいだし、本当に良かったよ」

 

 繋いだ手が汗ばんでいるのが気になって、飛鳥(あすか)は照れを隠すように遠くの本土を見つめた。

 

「まあ、一色(いっしき)もあの骨折のおかげで、藤堂(とうどう)のコロニーに入れたわけだしな。結果的に良かったのかもな」

 

 一色(いっしき)家の次期当主ともそこそこ仲良くやっていける、というアピールのつもりだった。

 しかし、瑞樹(みずき)が静かになっていることにふと気づき、飛鳥(あすか)は首を傾げた。

 

「どうした?」

「……(しずく)って、骨折してたんですか?」

「ああ、知らなかったのか? それで中等部からの進学が遅れたんだ」 

「……原因は? 事故ですか?」

「さあ……理由は聞いてないな」

 

 どうだったかな、と記憶を辿る。

 一色雫(いっしき しずく)が白雪学園の中等部に留まり続けたのは有名な話だったが、一色(いっしき)家の次期当主ということもあり、根拠のない推測などは殆ど流れなかった。

 飛鳥(あすか)の耳に入った情報は、進学が二年遅れた、という事実だけだった。

 

「にしても暑いな」

 

 太陽を遮るものが何もなく、汗がだらだらと流れていく。

 おまけに足場が悪く、思ったより体力がもっていかれた。

 

藤堂(とうどう)、大丈夫か?」

 

 チラリと隣を見ると、随分と顔色が悪く見えた。

 

「少し……疲れてしまって」

「わかった。オレがおぶっていこう」

 

 飛鳥(あすか)はそう言ってしゃがみこみ、背中を叩いた。

 

「え、あの……」

「足場が悪いし、この日差しだ。遠慮するな」

 

 下心で言ったわけではなかった。

 この儚い少年が今にも倒れてしまいそうに見えて、守ってやりたいと心から思った。

 

「じゃあ……失礼します」

 

 しなやかな柔らかい感触が背中に乗りかかる。

 その軽さに、飛鳥(あすか)は驚いた。

 

「羽のように軽いな」

「気を遣わなくても大丈夫です」

「嘘じゃない。本当に軽くて驚いているんだ」

 

 ぬかるんだ泥の上を、一歩ずつ進んでいく。

 靴の中は水分を多分に含んだ泥だらけで、歩く度にぬちゃぬちゃと嫌な音がした。

 滲み出る汗が滴となって落ちていく。

 

「まったく。ピクニックにしては、少しばかり緑が少なすぎるな」

 

 背中の瑞樹(みずき)がクスっと笑う気配。

 渾身の冗談がようやく効いて、それだけで飛鳥(あすか)は嬉しくなった。

 

最上(もがみ)さん」

「なんだ」

「よければ……白雪学園に来て欲しいです」

 

 本土はまだ遠い。

 ゴールとなる山は、更に遠方にある。

 跳ねた泥だらけになりながら、飛鳥(あすか)はただ前方を見つめて頷いた。

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「こんなの、馬鹿げているじゃないですかぁ!」

 

 睦月(むつき)の叫び声が、山頂の展望台に響き渡った。

 地区担当官の無道(むどう)は、それを涼しい顔で見つめている。

 吉祥寺進(きちじょうじ すすむ)は息を切らせながら、状況を注視するしかなかった。 

 

「特別プログラムの内容は行軍だったはずです! そんなの、ただのパズルではありませんか。何の意味があるというのです」

天御原(あまのはら)大社の娘か。知っているぞ。紅葉院では随分とでかい顔をしているようだな?」

 

 無道(むどう)が家の名前を出した瞬間、睦月(むつき)は怖気づいたように一瞬で静かになった。

 

「意味が知りたいのなら、教えてやろう。党が金と時間をかけて特別プログラムを実施している意味は、お前のような家格とプライドだけの無能をこうして叩き潰し、選別するためだ」

「……大社への侮辱は許されません。取り消してください」

「何か勘違いをしているようだな」

 

 無道(むどう)がゆっくりと前に進む。

 対して、睦月(むつき)は怯えるように後退った。

 

「お前の大社と党の管理官という地位、どちらが上か試してみるか?」

「……」

「愚かな幕府は、お前のようにこのパズルを解けずに滅んだ。敵に後ろを取られて尚、ただのパズルだとのたまうつもりか?」

 

 (すすむ)は流れ落ちる汗を拭いながら、無道(むどう)の一挙一動を見守った。

 こうした場合、党の高官の多くは暴力を用いる。そして、それが許されている。

 

「あるいは、維新政府すらも二〇三高地における敗北をきっかけに潰えたのだ。そして、我々の偉大な党が立ち上がった」

 

 周囲の山では、悲鳴のように蝉が鳴き続けている。

 

「歴史上、様々な統治機構がこうしたパズルを解けずに消えていったわけだが、秩序合理性を最良とする党において、こうした失敗は許されない。一度たりともだ」

 

 無道(むどう)はそこで、睦月(むつき)の髪を掴んだ。

 そして、睦月(むつき)の目を覗き込むようにして笑った。

 

「いいか、人の思考には癖がある」

「……ッ!」

「あるいは、穴と言ってもいい。だからこうして、私に簡単に操られるんだ。お前たちの穴だらけのその脳みそを私が塞いでやる。感謝するがいい」

 

 無道(むどう)は身じろぎ一つしない睦月(むつき)をしばらく見つめた後、突然飽きたように手を離した。

 

「党の幹部候補生が簡単に操られるな。操る側であれ」

 

 そう言い残して、無道(むどう)が離れていく。

 睦月(むつき)は力が抜けたようにその場に座り込んだ。

 

「大丈夫?」

 

 背後の休憩所にいた瑞樹(みずき)飛鳥(あすか)が、睦月(むつき)の元にすぐに駆け寄ってくる。

 (すすむ)は彼らに対応を任せることにして、肺腑(はいふ)の底から息を吐き出した。

 後ろの坂道から、数人の女子があがってくるのが見えた。

 

(縁巡りで本当に女子だけを行かせてどうする)

 

 暫定一位のBクラスは、恐らく本当の脅威ではない。

 しばらくすれば勝手に沈むだろう。

 本当に警戒するべきはKクラスだと、今の(すすむ)には理解できていた。

 そして――

 

「Kクラスの中核は一色(いっしき)でも北条(ほうじょう)でもなく、藤堂(とうどう)か」




3章終わりです。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

ここから告知になるのですが、MF文庫J様から書籍化させて頂くことになりました。
発売日は9月25日で、すでに各種サイトで予約可能となっています。
イラストレーターはMAIRO様となります。
書籍版はタイトルがやや変わりまして「恋奪(れんだつ)の教室 男女比が壊れた世界でギスギスする話」となります。
内容としては、体育祭の辺りを中心に加筆があったり、やや構成が変わっていたりします。

詳細は以下の公式サイトをご覧ください。
https://www.kadokawa.co.jp/product/322605001301/

公式Xアカウントはこちら!
https://x.com/rendatsu_pr


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