晴天に輝く太陽が眩しかった。
遠くから、さざ波の音が聞こえる。
藤堂瑞樹は更衣室から砂浜に出ると、おずおずと周りの少女にたずねた。
「……だ、大丈夫? おかしくないかな?」
「瑞樹様におかしいところなど、微塵もあるはずがございません」
一色雫が前のめりになって即答する。
それでも瑞樹は納得した様子を見せず、黒いラッシュガードを身に着けた自身の身体を見つめた。
久しぶりに着る水着は、身体のラインが出て何だか落ち着かなかった。
「瑞樹くん、大丈夫だよ。ここには私たちしかいないからね」
北条乃愛が瑞樹を安心させるように優しく微笑む。
雫や乃愛も水着姿で、雫は大人しめのパレオを身に着けていて、乃愛は少し際どいビキニとなっていた。
「ワハハ! この天城のプライベートビーチなのだから、何も心配することなく存分に遊ぶと良いのだよ!」
自信満々に胸を張って叫ぶのは天城久遠。
一色雫と北条乃愛のクラス移動がなければ、本来のKクラスにおいて最上位の家格を誇る名家の娘である。
久遠とその友人たちが天城財閥のホテルとプライベートビーチへ瑞樹を招待したところ、後から女子だけのトークグループで乃愛や雫が参加を表明し、そのまま雪崩のようにKクラスの過半数がこの企画に参加を希望することになっていた。
Kクラスの有力者たちに大きな貸しを作れた久遠は、ご機嫌そうに海に視線を向けた。
「ここは特別な立場のゲストにしか貸さないとっておきの場所なのだよ! 凄いであろう! 今後もこの天城を頼るといいのだよ!」
「盗撮を防ぐため、北条家で動かせる者を周囲の山に置いている。瑞樹くんには人の目を気にすることなく、のびのびと過ごしてほしい」
「一色のほうでも出来るだけの人員を用意し、警戒に当たらせています。不届き者がいれば即座に拘束されるでしょう」
乃愛と雫がさりげなく物騒なことを口にする。
どうにも対応が大袈裟な気がしたが、一般的な警備事情に詳しくない瑞樹は何も言わないことにした。
「皆はもう揃ってるのかな」
「ああ、あっちでパラソルの設営とかをしてくれているよ」
乃愛が指すほうに、十数人の集団がいた。
向こうも瑞樹の存在に気づいたようで、何人かが大きく手を振っている。
そのうちの一人、神成寧々がすぐに笑顔で駆け寄ってきた。
「瑞樹くーん! 水着、似合ってるね!」
寧々はフリルの可愛らしい水着を身に着けていた。
その背後から、仏頂面の篠宮聖華が顔を出す。
「藤堂瑞樹、これを羽織りなさい。黒崎たちが不埒な視線を向けています」
バスタオルを差し出す聖華は、ワンピースタイプの水着だった。
「ありがとう、篠宮さん」
「聞こえてるっての。別にいやらしい目で見てねえからな」
黒崎蓮を中心に、緋村梨々花や青山遥、桃山奈緒、花守加恋がぞろぞろとやってくる。
いずれも惜しげもなく肌を見せていて、見せつけるように胸を張っていた。
「瑞樹様、とてもお似合いです! 素敵です!」
「藤堂ってさ、泳げるの?」
黄色い声をあげて騒ぐ加恋を無視して、梨々花が髪を弄りながら、じ、と瑞樹を見つめる。
「小学校の時はあんまり……久しぶりだし、全然自信ないかも」
「私もあんまりなんだよね。遥って中学で水泳やってたからさ、あとで一緒に教えてもらおうよ」
水を向けられた遥が、にしし、と白い歯を見せる。
「任せるっすよ! ようやく出番っす!」
「加恋も泳げますよ! 加恋にやらせてください!」
「もう一人、泳げない人がいるからお願いしていいかな?」
競うように言う二人に瑞樹は微笑んで、集団の隅で所在なく立っている最上飛鳥に視線を向けた。
「ね、最上さん。一緒に教えてもらおう」
「あ、ああ。迷惑かけて悪いが……」
飛鳥は頭を搔きながら前に出て、久遠に改めて頭を下げた。
「天城……招待してくれたことを改めて感謝する」
「ワハハ! この天城、海のように広い器量を持っているのだよ! 最上家は生涯、しっかりこの借りを覚えておくのだよ!」
縁巡りから五日が経過していた。
飛鳥は二学期から白雪学園の三年の除外クラスに転入する予定となっている。
殆どのクラスメイトが揃うこの機会に合流したほうがいいと考えた瑞樹が久遠に相談し、こうして飛鳥も参加する運びとなっていた。
主催である久遠は得意そうにクラスメイトたちを見回すと、ふんす、と胸を張って宣言した。
「さあ、この天城の庭を自由に楽しむといいのだよ!」
◇◆◇
「どうにも、うまくいきすぎています」
脇坂藍は渋い表情を浮かべ、ぽつりと呟いた。
男女比1:200の世間の中で、四大共学の一つである白雪学園は男女比が約1:30まで抑えられている。
白雪学園はクラス階級制と呼ばれる制度を採用を国内で初めて導入したことで有名な学校であり、入試や社会スコア等の様々なものを加味した上でクラスを振り分けられ、上位のクラスから一度だけ任意の下位のクラスへ移動することが可能となっている。
一色雫や北条乃愛の移動によって、Kクラスは既に定員の四十六人という上限に達し、名家の力を背景にした熾烈な争いが繰り広げられるはずだった。
事実、これまで藍たちは瑞樹に近づくことができなかった。
ところが、今日は始国十八家の雫も乃愛も大人しく、さらに紅葉院からの転入が決まっている飛鳥にも恩を売ることができている。
「おかしい……久遠がKクラスの主導権をこんなに握れるはずが……なにか不吉です」
「それはどういう意味なのだよ」
サングラスをかけた久遠は、日陰になったビーチベッドの上でゴロゴロと寝転がりながら言った。
「何事も向き不向きがあるだけなのだよ。一色家も北条家も、そして最上家もリゾート事業とは程遠い古い家。篠宮も大社の娘で、こういった俗な場所とは縁がない。公家の瑞鳳も、京都のほうにしか土地を持たないはず。この天城、長い雌伏の時を経てついに勝機を掴んだのだよ」
「なるほど! コロニー共有の財布として生きていくということですね!」
「なんだか引っ掛かる言い方なのだよ」
そう言いながらも、久遠は特に気分を害した雰囲気もなく、トロピカルジュースをストローでチューチューと吸った。
そして、海辺で遊ぶ瑞樹たちに視線をやり、鼻息を荒くした。
「生で瑞樹様の水着を見れるなんて凄いことなのだよ。次からクラスメイトから参加料を募れば、きっとお金儲けができるのだよ」
「そんなことしたら、北条にぶっ飛ばされそうですけど」
「あ、ジュースがなくなったのだよ。伊織! おかわりなのだよ!」
「はいはい。久遠ちゃん、あまり飲みすぎたらお腹壊しちゃうから、め、ですよ」
傍に控えていた井口伊織が、空になったグラスを受け取る。
「伊織、あまり甘やかすとダメですよ。久遠がこれ以上のダメ当主になったらどうするんですか」
「んー、でも久遠ちゃんは今回、ちゃんと役目を果たしてるからちょっとくらい良いんじゃないかしら」
「そうなのだよ。藍もあまり小言ばかりだと小ジワが増えるのだよ」
「北条の前に私がぶっ飛ばしますよ」
にしても、と藍は浜辺で一際目立つ大柄な女子を遠くから見つめた。
「縁巡りで三人目の十八家の次期当主がやってくるなんて……大丈夫なんですかね」
「そのうち、十八家の娘が全員コロニーに入っちゃったりして、なのだよ! ワハハ!」
「……」
アホ面で豪快に笑う久遠を横目に、藍は黙り込んだ。
否定できない、と思ってしまったのである。
(まさか……ね)
そこまで考えてから、一つ上の学年にも十八家がいたな、と思い出す。
そして、未だにどこのコロニーにも入っていないという情報も藍は知っていた。
(いやいや……ありえないですって)
藍はぶんぶんと首を横に振ると、ぺちん、と自身の頬を叩いた。
「さあ、そろそろ私たちも行きますよ。いつまでここでヘタレてるんですか」
「そ、そんなこと言っても、なのだよ。十八家が三人も集まってるところで目を付けられたら終わりなのだよ。今回は貸しを作れただけで良しとする考え方も……」
「いいから立ってください。一応、北条乃愛を二、三発殴ったような顔をしてるんですから、もっと自信もってください」
「いま、とんでもない暴言を吐かれたような気がするのだよ」
嫌がる久遠を無理やり立たせて、波打ち際で遊んでいる瑞樹のほうへ向かって背中を押し出す。
「や、やっぱり今は時期が悪いのだよ。ジュースを飲みすぎて、お腹がたぷたぷなのだよ」
「……」
先は長そうだった。