【書籍化】男女比が壊れた世界でギスギスする話(書籍タイトル:恋奪の教室)   作:月島しいる

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3話

「それにしても、三人目の十八家が来るなんてな」

 

 遠ざかっていく最上飛鳥(もがみ あすか)の背中を見つめながら、皆木鈴(みなき すず)はぼやいた。

 鈴(すず)にとって、縁巡りはどちらかというと形式的な行事というイメージが強かった。

 三年生までにどこのコロニーからも声をかけられなかった女子が、別の学校の男子と数日交流しただけで気に入られる確率など、殆どない。

 故に、縁巡りによってコロニーの席数が圧迫されることを鈴(すず)はこれまで想定してこなかった。

 

「十八家が三家も揃うと、残りの席が殆どなくなることになるが……」

「でも、コロニーって十人以上の規模が多いんじゃないの?」

 

 相原由良(あいはら ゆら)が、能天気そうに言う。

 鈴(すず)は呆れた様子でそれを訂正した。

 

「十人以上が同じ家に住めるわけないだろ。他はどうしても溢れて『通い』になる」

「そうなの? うちは結構いっぱいいたけど」

 

 鈴(すず)は思わず、呆けた表情で由良(ゆら)を見つめた。

 

「……待て。相原(あいはら)の家ってどんなところだ?」

「うちはね、北海道の辺境だけど一応開拓を任された士族だったんだ。土地だけはいっぱいあるよ」

「……なるほど。地主か」

「うん。お金は全然ないんだけどね」

 

 そこで、すぐ近くで砂の城を作っていた音無凪(おとなし なぎ)が振り返った。

 

「……相続税ですね」

「どういうことだ?」

 

 鈴(すず)が聞き返すと、凪(なぎ)は静かに解説を始めた。

 

「土地の相続を繰り返すと、その度に相続税が発生します。広大な土地を持っているのに現金が枯渇するのは、古い名家によくある話です」

「そーそー。だからうちって貧乏なんだけど、家は大きいから人がいっぱい住んでたよ」

 

 由良(ゆら)が話を戻す。

 

「瑞樹(みずき)くんのコロニーって一色(いっしき)さんとか北条(ほうじょう)さんとかが既にいるから、席がどうとかっていうのはあまり心配しなくていいんじゃないかな?」

「……」

 

 思いもよらない視点に、鈴(すず)は黙りこんだ。

 鈴(すず)は軍人の、ごく普通の核家族で育った。人工受精で生まれた故にコロニーについての知識は本やメディアで見聞きする程度の一般常識に留まり、特殊な名家が入ったコロニーの在り方など考えたことがなかった。

 

「それに瑞樹(みずき)くんって、コロニーの数人だけ優遇みたいなことするかな?」

「……いや」

 

 鈴(すず)の中の常識が音を立てて崩れていく。

 

「……相原(あいはら)の家は、何人くらいが住んでたんだ?」

「えっとね、コロニーの十二人全員がうちに住んでたよ。お婆ちゃんとかもいたし、子供もいるから……全部で四十人くらいかな?」

 

 一般的な同居人数より遥かに多い数字に、鈴(すず)は自分の中の常識がそれほど確かではないことにようやく思い至った。

 

「そうか……一等市民が購入できる土地の大きさを想定していたが、それ以外のパターンもあるわけか」

「うん。今の市民階級が出来る前から土地を持ってる古い家って結構あると思う」

「いや、庶民の私じゃ思いつかないことだった。これは使えるかもしれないな」

 

 しめしめと鈴(すず)は笑みを深めた。

 

「使えるって?」

「クラス中が、私と同じ勘違いをしてるってことだ。最終的な勝者は三人から五人くらいで、他のあまった女は『通い』になる。それが常識で、誰もがそう思い込んでいる」

 

 由良(ゆら)はますます困惑した表情で、凪(なぎ)に助けを求めるように視線を向けた。

 

「ど、どういうこと?」

「……十八家が三家も揃ったので、勝手に諦める人が出るということです」

「ああ、その通りだ。これは思ったよりも楽な展開になるかもな」

 

 どうやら、ここにきて運が回ってきたようだった。

 残り少ない椅子取りゲームに、人生を賭けられる者がどれだけいるだろうか。

 席の総数が思ったより多いことに気づいているクラスメイトは、恐らく殆どいないはずだった。

 

「相原(あいはら)、これはお手柄だ」

「そ、そう?」

 

 えへへ、と由良(ゆら)が笑う。

 鈴(すず)はそれから、寧々(ねね)に視線を向けた。

 

「私って、足太いんだ……」

 

 寧々(ねね)はずっと、飛鳥(あすか)の言葉を気にしているようだった。

 ビーチボールを抱きしめ、レジャーシートの上で体育座りする寧々(ねね)を眺めながら考える。

 

(神成(かみなり)が最初の遺伝子提供に選ばれた先行利益は、思ったよりもなさそうだな)

 

 藤堂瑞樹(とうどう みずき)のコロニーは、恐らく平均的なものよりも膨れ上がるだろう。

 そうなれば、遺伝子提供の順番の重要性など殆どなくなってしまう。

 そこまで考えた時、砂浜で黒崎蓮(くろさき れん)たちと遊んでいた瑞樹(みずき)がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 うじうじとしていた寧々(ねね)の顔が途端に晴れ、勢いよく立ち上がる。

 

「瑞樹(みずき)くーん! こっちでビーチバレーしよ!」

 

 寧々(ねね)がぶんぶんと手を振る。

 鈴(すず)もレジャーシートに置いていた飲み物を手に、瑞樹(みずき)のほうへ足を進めた。

 

「藤堂(とうどう)、泳いだばかりで疲れてないか?」

 

 瑞樹(みずき)は鈴(すず)から飲み物を受け取ると、穏やかに微笑んだ。

 

「ありがとう。ちょっとだけ休んでもいいかな?」

 

 それから瑞樹(みずき)はせっせと砂の城を作っている凪(なぎ)の隣に座った。

 凪(なぎ)の作っている砂の城は、いつの間にか随分と大きくなっていた。

 

「音無(おとなし)さん、すごいね。コツとかあるの?」

「……水分を含ませてから少し乾かすと、強度があがります」

 

 説明する凪(なぎ)は少し恥ずかしそうに顔を伏せたが、それでも言葉を止めなかった。

 

「あとは自重で潰れないように、荷重を分散しないと大きくできません」

「一緒に作っていい?」

「もちろんです」

 

 それを見ていた由良(ゆら)もすぐに瑞樹(みずき)の空いていた隣に座り込んだ。

 

「私も作る! でっかいお城にしようよ!」

「わ、私も!」

 

 寧々(ねね)もおずおずと参加を表明する。

 鈴(すず)は一人、レジャーシートに残って後ろからそれを眺めることにした。

 

「藤堂(とうどう)、縁巡りって具体的に何をやったんだ?」

「えっと、一日目が体育館で立食パーティーみたいな感じで、二日目が特別プログラムみたいなことを男女でやらされる感じだったよ」

 

 特別プログラムという単語に、鈴(すず)は眉をひそめた。

 

「どんな内容だった?」

「行軍……だね。でも干潮で最短経路が後から出てくるようになっていて、一学期の時みたいに引っ掛け要素が強めだったかも」

「……なるほどな」

 

 あまり聞いたことがない特別プログラムだな、と思った。

 少なくとも、党で使い古された内容ではない。

 

「それで、最上(もがみ)家の次期当主と組むことになったわけか」

「うん。ボクは体力がなくて途中でヘバっちゃったんだけど、最上(もがみ)さんが背負ってくれて一位になれたんだ」

 

 随分と古典的な馴れ初めだな、と思いながら特別プログラムについて考える。

 

「これまでの特別プログラムを並べると、見えてくるものがある。一回目はシミュレーション的な密告ごっこ。二回目は行軍。引っ掛け要素があるとはいえ、特別プログラムの順番としてはよくあるものだ」

「はい。党の学習指導要領にある通りです」

 

 鈴(すず)の言葉に、凪(なぎ)が砂の城をぺたぺたと叩きながら同意を示す。

 

「となると、次は演習だな」

「私も次の特別プログラムはクラス間の演習で間違いないと思います」

 

 鈴(すず)と凪(なぎ)の意見に、瑞樹(みずき)が首を傾げる。

 

「特別プログラムって予想できるものなの?」

「担当官に相応の裁量権が与えられているとはいえ、党が決めた大枠から外れることはないはずだ」

 

 鈴(すず)はそう言って、ない胸を叩いた。

 

「演習なら私を頼ってくれ。どんなプログラムだろうと、それなりに自信がある」

「体育祭でも大活躍だったもんね」

 

 瑞樹(みずき)の言葉に、思わず口元がにやけた。

 コロニーの席数が想定より多い可能性が高く、次の特別プログラムで活躍の見込みもある。

 鈴(すず)にとっては良い流れだった。

 

「あ!」

 

 由良(ゆら)が声をあげたのと同時に、砂の城が崩れる。

 

「神成が持ってきたビーチボールでもするか」

「うん!」

 

 待っていたとばかりに寧々(ねね)が嬉しそうに返事する。瑞樹(みずき)に活躍の場を見せたいのだろう。

 鈴(すず)もレジャーシートを離れた。それぞれ適度な距離を取り、砂浜に散らばる。

 

「いくよー!」

 

 張り切った様子でビーチボールをトスする寧々(ねね)。

 それを、よたよたと凪(なぎ)がレシーブする。

 二人が動くたびに、鈴(すず)にはないものが大きく揺れた。

 瑞樹(みずき)の視線も、何となくそちらに吸い寄せられているように鈴(すず)には見えた。

 

(……グループ選びを間違えたかもしれないな)

 

 それを見て、今更ながらに後悔するのだった。

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