【書籍化】男女比が壊れた世界でギスギスする話(書籍タイトル:恋奪の教室)   作:月島しいる

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4話

「温かいですな。まるで砂の布団のようですぞ」

 

 顔以外を砂浜に埋められた灰島(はいじま)ほのかが楽しそうに騒ぐのを聞きながら、下川杏(しもかわ あんず)はレジャーシートの上で小さく息をついた。

 杏(あんず)の隣で本を読んでいた安田芽衣(やすだ めい)が顔をあげる。

 

「どうしたの?」

「やっぱり、家柄って大事なのかなって」

「ああ……」

 

 杏(あんず)の言葉に芽衣(めい)は納得したように頷いて、諦めたような曖昧な笑みを浮かべた。

 

「神成(かみなり)さん以外は何だかんだ、ちゃんとした家の女の子が選ばれてるよね」

「まあ……当然なんだけどね。でも現実を見ると、やっぱり参っちゃうなぁ」

 

 潮風で、髪が強く揺れた。

 海で濡れても良いように、いつものお下げを後ろでまとめたポニーテール。

 鏡の前で何度も確認した髪型。そして、七月の遺伝子提供に選ばれた御倍美弥(ごばい みや)を意識したものだった。

 

「こ、これは! おっぱいドリルですぞ!」

 

 砂浜に埋まったほのかの胸部に、闇森夜宵(やみもり やよい)が砂を盛ってふざけているようだった。

 近くでは、冬木深雪(ふゆき みゆき)が口に手を当てて「もう」と言いながらも、止める様子もなく静かに笑っている。パーカーを羽織っていたが、水着姿のために深雪(みゆき)の細さが際立っていた。

 杏(あんず)は賑やかな彼女たちの姿をぼんやりと見つめてから、芽衣(めい)に視線を戻した。

 

「さっきから何読んでるの?」

「白い頂。獣医が動物のために頑張る話で面白いよ」

「ああ、前作が不評だった作者ね。随分と方向転換したね」

「そそ。前のノワール小説は流石に悪趣味すぎてね。今回は真っすぐな正統派だなって感じ。面白いよ」

 

 遠くの砂浜では、瑞樹(みずき)が寧々(ねね)たちとビーチボールで遊んでいる。

 静かに本を読んでいる芽衣(めい)と違い、杏(あんず)はそわそわと数秒おきに瑞樹(みずき)のほうを確認していた。

 

「もうちょっと落ち着きなよ」

「……うん」

「期待しすぎると良くないよ」

 

 芽衣(めい)の言葉に、杏(あんず)は黙り込んだ。

 そして、自分は期待しているのだろうか、と考える。

 クラスにおける立ち位置くらいは、分かっているつもりだった。

 

「期待するなって言うけどさ……黒崎(くろさき)さんとかって、意外と瑞樹(みずき)様と仲が良さそうだよね」

「……」

 

 芽衣(めい)は不快そうに顔をしかめた。

 

「山で一泊したみたいだし、なんか進展あったのかな」

「……やめてよ」

 

 低い声を出す芽衣(めい)に、おや、と杏(あんず)は思った。一学期の頃、図書室で彼女は「私は遠くから見ているだけでいい」と話していた。男子がいない中学で育った芽衣(めい)は、同じ教室に男子がいる現状に満足しているという話だったはずである。

 

(芽衣(めい)も欲が出てきたのかな)

 

 夏休みに一緒でハイキングに行ってから、芽衣(めい)は眼鏡をやめてコンタクトをつけるようになった。

 瑞樹(みずき)のことを意識しているのは明らかだった。

 

「そういえば、夜に肝試しやるらしいね。何とか瑞樹(みずき)様と一緒のペアになれないかな」

「企画した天城(あまぎ)さんがペアになるんじゃない? 私たちじゃどうしようもないよ」

「うん……だよね。まあ、こうして呼んでもらえただけで感謝するべきなんだろうし」

「と言っても、ただの善意じゃないと思うけどね」

 

 そう言って、芽衣(めい)は後ろのホテルを見上げた。

 七階建てのホテルはゲスト向けの建物のようで、他に宿泊客はいない。

 

「天城(あまぎ)家の家格を見せつけるっていうのが狙いじゃないかな」

「それでも、感謝しないと。普通じゃ泊まれないような良いホテルに泊まれるんだもん」

 

 杏(あんず)はそこでふと、遠くで寧々(ねね)たちと遊んでいた瑞樹(みずき)がこちらに向かってくることに気づいた。

 レジャーシートから立ち上がり、砂に埋もれているほのかに声をかける。

 

「瑞樹(みずき)様くるよ。その下品なの、早く崩して」

「ま、まずいですぞ。このおっぱいミサイル改を壊してくだされ!」

 

 慌てて砂から出ようとするほのかに、杏(あんず)は小さく息をついて時間稼ぎのために瑞樹(みずき)のほうへ足を進めた。

 

「瑞樹(みずき)様、私たちボート持ってきたんですけど、一緒にどうですか?」

「楽しそうだね。ところで、灰島(はいじま)さんたちは何をやってるの?」

 

 瑞樹(みずき)が杏(あんず)の後ろを覗き見るように視線をやる。

 すす、と隠すように杏(あんず)は横に移動した。

 

「あの……ちょっとふざけて砂に埋まっていまして――」

「――瑞樹(みずき)様、見て見て。おっぱいロケット改Ⅱ」

 

 杏(あんず)の背後から、夜宵(やよい)がどこか自慢げな表情で顔を出す。

 振り返ると、ほのかの胸部にさっきよりも巨大な二つのピラミッドが作られているところだった。

 ほのかは砂に埋まったまま、気まずそうに曖昧な笑みを浮かべている。

 

「……」

 

 杏(あんず)は思わず顔に手をやった。

 どう考えても男子に見せていいものではない。

 だが、杏(あんず)の予想に反して瑞樹(みずき)はクスクスと笑い声を零した。

 

「ずっと、これをみんなで作ってたの?」

「一時間かけた力作」

 

 夜宵(やよい)が胸を張ると、瑞樹(みずき)は更に笑いを殺しきれなくなったように顔を背けた。

 

(あれ……? これくらいの下ネタだったら許されるんだ……)

 

 想定していなかった瑞樹(みずき)の反応に、杏(あんず)は困惑したまま立ち尽くした。

 てっきり、もっと引かれるものだと思っていたのだ。

 

「そ、そろそろ出してほしいですぞ」

 

 ほのかが小さく弱音を漏らす。

 夜宵(やよい)は急に飽きたようにほのかの上に盛られた砂を崩すと、近くに置いていたボートを引きずり始めた。

 

「瑞樹(みずき)様、ボート乗ろ」

「これを膨らませるのにも随分と時間がかかりましたぞ。夜宵(やよい)がサボってる間に、深雪(みゆき)がせっせと頑張ってくれましたからな」

 

 全身砂まみれのほのかが立ち上がり、恨みのこもった視線でチクりと言う。

 夜宵(やよい)は気にした風もなく、ボートを海に浮かせると真っ先に乗り込んだ。

 

「三人乗りだから早い者勝ち」

 

 瞬間、深雪(みゆき)が迷うことなく瑞樹(みずき)の手を取った。

 唖然とした顔の杏(あんず)たちを置いて、すたすたとボートに乗り込む。

 

「ちょっと狭いですね。瑞樹(みずき)様、大丈夫ですか?」

 

 そう言いながらも、深雪(みゆき)は瑞樹(みずき)に密着するように身を寄せていた。

 深雪(みゆき)は普段から控えめで、誰かを押し退けるようなことなど絶対にしない性格である。人が変わったような積極性に思わず杏(あんず)は隣の芽衣(めい)と顔を合わせた。

 

「定員埋まった。じゃあ、残りのあまった人がボートを引っ張るお馬さん役」

 

 夜宵(やよい)が当然のように言う。

 

「では、我々が引っ張りますかな」

「えー、私たちが?」

「後で交代すれば良いではありませぬか。沖まで行くわけでもないですしな」

 

 砂だらけのほのかが海にざぶざぶと入り、ボートに結ばれたロープを拾い上げる。

 杏(あんず)も仕方なく、ほのかの後に続いた。

 

「ひゃっ、冷たっ」

「そうですかな。丁度いい温度ですぞ」

「ほのかは一時間も砂に埋まってたからでしょ。ほら、芽衣(めい)も来て。やるよ」

 

 文句を言いながら、砂浜に残った芽衣(めい)を呼ぶ。

 芽衣(めい)は少し渋るような様子を見せたものの、結局諦めたように杏(あんず)の隣にやってきた。

 

「……仕方ないなぁ。後で交代してよ」

 

 杏(あんず)とほのか、芽衣(めい)の三人でロープを握って、海の中をざばざばと進む。

 

「わ、結構速いね」

 

 瑞樹(みずき)の驚く声。

 喜んでいる様子に、少しだけやる気がみなぎる。

 

「下川(しもかわ)さん、速いね」

「え?」

 

 突然声をかけられて、杏(あんず)は振り返った。

 

「さっきからほとんど下川(しもかわ)さんが引っ張ってない?」

「あ……私、こういうの結構得意なので」

 

 褒められた。

 それだけのことで、頬が緩みそうになる。

 

「杏(あんず)は体力がありますからな。中学時代は陸上部でしたかな?」

「一年だけね。一年だけ」

 

 余計な情報を付け足すほのかを制しながら、それでも杏(あんず)は少しだけ嬉しくなった。

 完全に外れを引いたと思っていたが、思わぬ形で自身の身体能力をアピールすることができた。

 

「そろそろ交代しようか?」

 

 五分ほど走り回ったところで、瑞樹(みずき)が口を開いた。

 

「え?」

「下川(しもかわ)さんたちも乗りたいよね」

 

 そう言って、瑞樹(みずき)がボートから降りる。そのままロープをするりと奪われ、代わりに杏(あんず)はおずおずとボートによじ登った。

 それまで乗っていた夜宵(やよい)と深雪(みゆき)もボートから降りて、芽衣(めい)とほのかが上にやってくる。

 

(あ、あれ?)

 

 瑞樹(みずき)と一緒にボートに乗れると思っていた杏(あんず)は、小さく落胆した。

 すぐ近くの芽衣(めい)も何か言いたそうにしていたが、飲み込んだようだった。

 

「じゃあ引っ張るね」

 

 瑞樹(みずき)が楽しそうに言って引っ張り始める。

 走っている時と違い、ボートの上では思ったより速度が出ているように感じられた。

 

「瑞樹(みずき)様……少し天然ですな」

 

 ほのかが苦笑しながら小声で零す。

 その間にも、前方では深雪(みゆき)と夜宵(やよい)が見たことのないはしゃぎ方で、瑞樹(みずき)とともにボートを引っ張っていた。

 

「……まあ、今はこれでいいか」

 

 視線を海へ向ける。

 キラキラと光を反射する水面を見ながら、杏(あんず)は先ほどまで抱いていた悩みが急に馬鹿らしくなった。

 瑞樹(みずき)は恐らく、自分たちに対して学友として接している。

 そして、それは他のグループに対しても同様だろう、と思った。

 家柄もクラスの立場も、それらはきっと重要ではない。

 

「あそこの岩場まで行ったら交代しよう」

 

 瑞樹(みずき)の無邪気な声を聞きながら、杏(あんず)は力を抜いてボートにもたれかかった。

 考えてみれば、最初からそうだったのかもしれない、と思う。

 序列を気にしているのは、いつも女子の方だった。

 ならば、自分だけが勝手に焦っても仕方がない。

 

「もうちょっと速くても大丈夫ですぞ!」

「もっと浅瀬なら早く走れる」

 

 ほのかの注文に、夜宵(やよい)が方向を変える。

 嫌な予感がして杏(あんず)は制止の声をかけた。

 

「ちょ、ちょっと。あんまり――」

 

 次の瞬間、ぐん、とボートが急に曲がると同時に加速した。

 

「きゃあああっ」

 

 杏(あんず)の悲鳴と、ほのかの楽しそうな笑い声が重なる。

 隣では芽衣(めい)が必死になってボートのふちを掴んでいた。

 水飛沫が上がり、ポニーテールが潮風になびく。

 朝から何度も鏡の前で整えた髪型も、濡れないように気を付けていた化粧ももうぐちゃぐちゃだった。

 けれど今は、不思議と気にならなかった。




本日、一巻発売です。
また、二巻の発売が11月25日に決定いたしました。
まだカバーイラストなどは出ていないのですが、すでに各種サイトで予約可能となっております。
今後、詳細は以下の公式Xのほうで出てくると思われます。
https://x.com/rendatsu_pr


一巻、二巻ともどもよろしくおねがいいたします!
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