【書籍化】男女比が壊れた世界でギスギスする話(書籍タイトル:恋奪の教室)   作:月島しいる

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6話

 海で二時間ほど遊んだ後、瑞樹(みずき)はシャワーを浴びて男子用の更衣室で私服に着替えた。

 あとはホテルに帰って休憩する予定である。

 更衣室を出ると、戸口で見張りに立っていた玲(れい)が微笑んだ。

 

「海はどうでしたか、瑞樹(みずき)様」

「知識としては知ってたけど、海水って思ったよりしょっぱいんだね。びっくりしちゃった」

 

 それから、周りを見る。

 

「みんなは?」

「まだ着替え中のようです。あちらは少し……混んでおりますので」

「あ、そっか。もうちょっとかかるかな」

 

 瑞樹(みずき)以外は全員が女子更衣室を利用している。

 簡易シャワーの数も限られているため、順番待ちが発生しているのだろう。

 

「玲(れい)さんは泳がなくて良かったの?」

 

 緊急時に備えて玲(れい)はパーカーの下に水着を着こんでいたが、最後まで泳ぐ機会は訪れなかった。

 

「瑞樹(みずき)様、ご勘弁を……一回り下の学生に紛れて水着を見せる勇気などありません」

「うーん……そういうものなの?」

「はい、そういうものです」

 

 玲(れい)の感覚が、まだ高校生の瑞樹(みずき)にはいまいちわからなかった。

 話している間に、最上飛鳥(もがみ あすか)がやってきた。

 何故か着替えず、パーカーを羽織ってるだけだった。

 瑞樹(みずき)が理由をたずねるより先に、飛鳥(あすか)が説明する。

 

「思ったより混んでたから、ホテルに戻ってから着替えることにした」

「そっか」

「他の奴らはもっと時間がかかると思う」

 

 そう言って、飛鳥(あすか)は傍にあったベンチに腰を下ろした。

 それから、瑞樹(みずき)を気遣うように見上げる。

 

「疲れてないか? 休んだほうがいい」

「そうだね。思ったより時間かかりそうだし」

 

 先ほどまで篠宮聖華(しのみや せいか)と座って喋っていたため、疲労感はそれほどなかったが、素直に飛鳥(あすか)の隣に腰掛ける。

 

「その……よければホテルまでオレが背負っていくが」

「と、特別プログラムの時はちょっとヘバっちゃったけど、普段からそんなに体力ないわけじゃないよ」

「そうか? 結構連れ回されているように見えたが」

 

 無人の砂浜から、強い潮風が吹き付ける。

 強い磯の匂いがした。

 少しの沈黙の後、飛鳥(あすか)はぽつりと呟いた。

 

「白雪と言えばクラス階級制度だろう。だからもっと、殺伐としてると思ってた。祖母から聞いた話とは少し違ったな」

 

 飛鳥(あすか)の祖母とは、以前に党のパーティーで会ったことがあった。

 確か、体育祭でヘマをしたという話をしていたと記憶している。

 

「リレーで転んだっていう話かな?」

「なんだ。そんな話まで聞いたのか」

 

 飛鳥(あすか)は小さく笑って、それから続きを口にした。

 

「祖母はそれからクラスで孤立して、逃げるために貴重なクラス選択権を使ったらしい。祖母にとってそれは過ぎた過去の笑い話だったが、オレにとってはそうじゃなかった」

「だから紅葉院に?」

 

 ああ、と飛鳥(あすか)は頷いた。

 視線は、遠い水平線に向けられていた。

 

「白雪では、好きな下位クラスに移動ができる。これはつまり、女側に男子を選ぶ権利があるということだ。しかし、男子側が受け入れてくれるかは分からない。結果を出せなければ終わりだ」

 

 クラス階級制度の根元にある設計思想は、恐らく飛鳥(あすか)の言う通りなのだろう。

 女子は優秀であれば、すべてのクラスから好きな所を選べる。

 男子はどちらかというと、競争原理を働かせるための景品という立場にある。

 女は社会を動かす歯車であり、男はそれを回すための機械油である、という古くからの社会通念によって成り立っている。

 

「紅葉院は逆だ。男子が女を指名していく。学年の男子一人に気に入られれば安泰で、指名されればコロニーにもそのまま入りやすい。本質的にクラス編成の責任は男子にあり、女は指名を待ってるだけでいいから責任もない。正直、白雪よりずっと気楽だと思った」

 

 そこで、自嘲するように飛鳥(あすか)は笑った。

 

「まあ、オレは誰にも指名されなかったわけだが」

 

 責任がないということは、やれることが少ないということでもある。

 少なくとも瑞樹(みずき)は、自らクラス移動をしてきた一色雫(いっしき しずく)や北条乃愛(ほうじょう のあ)を無視できなかった。もう他のクラスに移動できない彼女たちを放置しようとは思えなかった。

 紅葉院の指名制というシステムは、思ったほど女子に優しくないのかもしれない。

 

「責任の所在、というのは大きい。紅葉院では少なくとも、クラスで何かあれば男子の顔に泥を塗ることになるからな。でも、白雪は違う。ただの能力によって振り分けられたクラスで、わざわざ仲良くする必要もない。だから潰し合いが激しいと聞いていて、それも嫌だったんだ」

「……」

 

 瑞樹(みずき)の知らない情報だった。

 男子の学校の割り当ては、党によって決定される。

 自分で選んだ進学先でもないため、瑞樹(みずき)が白雪学園について知っていることはもっと表層的なものだけだった。

 知っていれば、もっとうまく対処できたかもしれない、と思う。

 

「だから、こうしてクラスの半数で海に来てるなんて、正直驚いたよ。おかげで白雪への転入が楽しみになった」

「今日のは、天城(あまぎ)さんが企画してくれたんだ。いつもこういうことしてるわけじゃないよ」

「それでもだ」

 

 そこで、飛鳥(あすか)の視線が瑞樹(みずき)の肩越しの何かを見るように向けられた。

 振り返ると、雫(しずく)が歩いてくるところだった。

 白いワンピースで、いかにも良家のお嬢様といった格好だった。

 

「申し訳ありません。少々混んでおりました。他の者ももう少しで戻ってくると思います」

「ゆっくりで大丈夫だよ」

 

 瑞樹(みずき)の隣に座っていた飛鳥(あすか)が立ち上がり、一歩前に出た。

 

「一色(いっしき)、久しぶりだな」

「はい、何年ぶりでしょうか。最後にお会いしたのはもしかして、小学生の時かもしれませんね」

「これも何かの縁だろう。よろしく頼む」

 

 懐かしそうに笑う飛鳥(あすか)と違って、雫(しずく)の笑みにはどこか硬さがあった。

 短い談笑をしている内に、すぐに背後から乃愛(のあ)もやってきた。

 

「おや、一色(いっしき)さんと最上(もがみ)さんが揃ってどうしたのかな。作戦会議かい?」

「まさか。ただご挨拶をしていただけです。ご自身がそうだからと言って、他の者にも疑いを向けるのはよくありませんよ」

 

 その様子を眺めながら、瑞樹(みずき)は考えた。

 夕食まで少し時間がある。

 十八家同士、親睦を深める良い機会だった。

 

「この後、皆でトランプでもしない? 丁度四人だし」

 

 雫(しずく)が珍しく、キョトンとした表情を浮かべる。

 それから乃愛(のあ)も何故か、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 そして、飛鳥(あすか)が少し気まずそうに視線を背けた。

 

「いや、オレは少し……用事……そう、用事があって」

 

 飛鳥(あすか)はあまり、嘘が上手じゃないようだった。

 しどろもどろな飛鳥(あすか)に乃愛(のあ)が何か言いたそうにした後、その何かを呑み込んで笑みを浮かべる。

 

「実は寄騎(よりき)の皆に時間を作ってあげたくてね。私は席を外すから、是非みんなと過ごしてあげて欲しい」

「申し訳ありません。瑞樹(みずき)様のお誘いを頂いて天にも昇る気持ちなのですが、私もすべき仕事が溜まっておりまして」

 

 雫(しずく)もそっと頭を下げる。

 どうやら、この三人で何かするらしかった。

 

「そ、そう。また今度誘うね」

「はい! 寝る前などにまたお誘いください!」

 

 そこでぞろぞろと、女子更衣室のほうからクラスメイトたちがやってきた。

 先頭には天城久遠(あまぎ くおん)が立ち、どこか誇らし気だった。

 

「点呼もちゃんと取って、全員が揃ってるのを確認したのだよ。この天城(あまぎ)の一流ホテルに戻るのだよ」

「……ガキじゃねえんだから」

 

 黒崎蓮(くろさき れん)のぼやきが混ざる。

 

「天城(あまぎ)さん、引率ありがとね」

 

 久遠(くおん)は一瞬、蓮(れん)にビクついたような態度を見せたが、瑞樹(みずき)が声をかけるとすぐに気を良くしたように持ち直した。

 

「せ、責任者として当然なのだよ。さあ、ホテルまでついてくるのだよ」

 

 颯爽と歩き出す久遠(くおん)の後を、ぞろぞろとクラスメイトたちと進む。

 その中で、瑞樹(みずき)は寧々(ねね)を見つけて声をかけた。

 

「寧々(ねね)ちゃん、このあとって予定ある?」

「えっと……わ、私ちょっと用事が……」

 

 何だか見覚えのある反応だった。

 

(コロニーの皆で何かするのかな)

 

 コロニーの親睦会か何かがあるならば瑞樹(みずき)も参加したいところだったが、やはり女性陣だけで話したいこともあるに違いない。

 ちょっとした愚痴だってあるだろう。

 悩んだ末に、瑞樹(みずき)は気づかなかった振りをすることにした。

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