警戒を厳に航行を続けてきたトラック空母打撃群だったが、一切の戦闘もなくアデン湾の入口に差し掛かっていた
無線封止に灯火管制を実施しながら、満月の月明かりが照らす海上を進んでいた
「ここからはCAP(戦闘空中哨戒)も上げるよ。準備はいい?」
キティはフライトデッキの妖精さんに声をかけると、ブイサインを見せてくる
「よし。ならナイト201と202の後にホークアイを出そう」
妖精さんとの打ち合わせの後、2機のFー14とホークアイが夜空へ飛び立った
雨は細かく、街路灯の光を滲ませていた
市街地の大通り、橋へ向かう避難路には人が溢れている
「落ち着いて!走らないでください!」
「荷物は捨てろ!命が先だ!」
兵士たちは銃を下げたまま、必死に人の流れを整えていた
老人の腕を引き、泣く子どもを抱え、倒れた者を起こす
「大丈夫だ、まだ時間はある」
そう言い聞かせるように、小隊長は周囲を見渡す
その耳元で、無線が短く鳴った
『……こちら前哨。深海棲艦、戦車型。南側市街地に侵入。距離、約1キロ……接近中』
一瞬、時間が止まる
小隊長は喉を鳴らし、静かに応えた
「……了解。引き続き監視を」
その直後だった
「え……? 今、なんて言った……?」
群衆の中の1人、若い男が呆然と呟く
誰に言うでもなく、しかし確かに聞こえる声で
「深海……? 戦車……?」
隣にいた女が振り向く
「ちょっと、どういうこと?」
男は顔を引きつらせ、叫んだ
「深海棲艦が来てるって言ったんだ!!」
その一言が、波紋のように広がった
「え……?」
「今なんて?」
「来てるって……どこから!?」
ざわめきが膨らみ、次の瞬間
「逃げろ!!」
誰かが叫び、人の流れが崩壊する
歩いていた避難民が一斉に走り出し、逆流し、押し合う
「押すな!」
「子どもがいる!」
「橋へ行け! 早く!」
転倒
悲鳴
荷車が横倒しになり、足を取られた老人が倒れる
その上を、避難民が踏み越えていく
「やめろ! 止まれ!」
兵士が叫ぶが、その声はもう届かない
その時遠くから、低く腹に響く音が街を震わせた
履帯が舗道を砕く、重く、確実な音
「……来た」
誰かが呟き、それが恐怖に変わる
砲声
通りの先で建物が弾け、瓦礫が宙を舞う
「伏せろ!!」
爆風が押し寄せ、民間人と兵士がまとめて倒れる
血が流れ、動かない者が路上に残る
橋はまだ人が渡っている
足を引きずる者、泣き叫ぶ子ども、振り返る母親
小隊長は橋脚の影で起爆器を握った
無線が割れる
『大尉、深海棲艦、橋まで三百!』
視線の先
橋の中央で、避難民が立ち尽くしている
「……まだだ」
だが、次の砲声が来る
橋の南端が削れ、火と煙が上がる
「乗られるぞ!」
「大尉、もう限界です!」
小隊長の喉が鳴る
起爆器の冷たさが、掌に刺さる
橋の上、泣き叫ぶ我が子を抱いた母親がこちらを見ている
「……すまない」
誰にも聞こえない声で呟き、彼は命令した
「起爆」
カチカチカチっと起爆器を叩く音が、喧騒の中なのにはっきりと耳に届く
そして閃光と轟音
橋が折れ、中央が崩れ落ちる
叫び声が走る背中に突き刺さる
「……橋、遮断完了」
大尉は振り返らず、走る足も止めずに無線機へと報告した
その声は震えていなかった
震える余裕など、もう残っていなかった