【パラオ泊地沖合/未明】
夜の海が唸っていた
燃える油が波に広がり、空を焦がす
視界は煙と塩で曇り、空も海も区別がつかない
それでも――彼女たちは撃ち続けていた
「比叡、左翼を押さえろ! 敵の群れが抜けてくる!」
「了解っ! 主砲、斉射ッ!」
雷鳴のような砲声が轟き、夜空を裂いた
だが撃っても撃っても、終わらない
深海棲艦
漆黒の艤装と赤い光を宿した瞳が、波間から次々と現れる。
その数は、海そのもののように多かった。
「くっそ! 魚雷残りわずか! 那智さん、敵が多すぎます!」
「わかっている朝霜!全員、距離を取れ!艦列を保て!」
敵弾が掠め、波が裂ける
水柱が雨のように降り注ぎ、塩が肌を焼く
(……どれほど撃ち続けたか……音も、痛みも、もう感覚が麻痺している)
「那智さん……弾、残り少ないです。左翼の防衛線も崩壊寸前……」
「筑摩……退く場所など、もうない」
その言葉に、誰も返せなかった
海は黒く、空には光がない
――その時だった
那智の電探が高速で飛ぶ飛翔体を捉えた
「っ!?方位……不明!高空より、複数の……飛翔体を確認!」
「敵の砲撃か!?」
空に走る光
尾を引く炎がいくつも、いくつも
それは星の落ちるような速度で、一直線に海へと突き進んでいた
――衝撃
地を裂くような爆音と閃光
深海棲艦の群れが、一瞬で吹き飛ぶ
波が跳ね上がり、轟音が夜を塗りつぶす
「な、なんだよ今の!?誰か、見たか!?」
「……見ました。空から、光が……!海を貫いて……!」
「そんな兵器、聞いたことがない……!」
再び閃光
海面を舐めるように、音もなく疾走する白い軌跡
触れた瞬間、敵が炎を吹き、沈む
初霜、筑摩、那智の3人は謎の攻撃によって沈んでいく深海棲艦をただただ眺めていた
「……誰が……撃ってる?」
那智は思わず疑問を口にしていた
「わかりません。電探にも艦影は、どこにも……」
筑摩は電探を使い艦影を探すが、その姿はどこにもない
「まさか……神の怒りってやつかよ……?」
初霜の声は爆発音にかき消される
海面は光の網に包まれ、深海棲艦の群れは次々と沈んでいった
その精度、その速度――まるで目に見えぬ“意志”が敵を狙っているようだった
やがて、静寂が訪れた
その頃には、深海棲艦の艦隊は多くが沈み、残った艦も撤退していった
「助かった〜」
比叡がその場でしゃがみこむ
那智自身も安堵で膝から崩れ落ちそうだったが、旗艦としての矜持から何とか耐え辺りを見渡す
その視線の先では、出撃していた艦娘が皆助かったと喜んでいた
「はしゃぐのも良いが被害報告を頼む」
無線で伝えると次々と報告が入る
多くの大破被害が出たが、奇跡的に轟沈はなし
その報告に胸を撫で下ろす
その時、無線通信が入る
『トラック泊地ヨリ救援ニ来タ』
それは簡素なモールスによる平文であり、艦娘のみならずパラオ泊地の電信室でも受信していた
少し時間は遡り
【南洋・パラオ沖 約75海里/夜明け前】
海が沈黙を孕んでいた
波間の風すら音を潜め、遠くで雷のような砲声が響く
その方向――パラオ泊地
「……聞こえる?ピーターソン、UAVは離陸済み」
ウォルトが艤装に組み込まれた操作ユニットを操作しながら呟く
「ありがとうウォルト!こっちも準備完了!ハープーン、4本装填済み。手動制御に切り替えよし……けど、UAVって実装配備されてたのね。私の記憶にあるのは実証試験してたって事くらいだけど」
「UAVの方がコスト的に良いのよ。だけど、やっぱり最後は人ね。私にもシーホークが搭載されてるのがその証拠」
ウォルトはUAVの視界を共有するモニタを見つめながら答える
そのモニタ画面には黒い海面に、燃えるような赤が浮かんでいた
「映像確認……パラオ泊地の艦娘たち、包囲されてるわ。数は二十以上の敵影」
「うっそー……そんな数、こっちでもキツいよ」
UAVははるか上空から海面の閃光をとらえる
駆逐艦たちが必死に砲火を上げていた
助けを求める“気配”が映像からヒシヒシと伝わってくる
「……感じた?」
「うん……感じたよ。助けてほしいって」
「ならやりましょう。UAV、目標座標送信完了。ピーター、射程は?」
「75海里以内。今の位置からなら十分届くよ」
「了解。それじゃ……撃つわ」
ズムウォルトの目が夜を映す
右側の艤装ハッチが静かに開き、トマホーク用の発射カプセルがせり上がる
火薬の匂いが海風に乗り、青白い光が彼女の頬を照らした
「誘導制御、UAVに……この距離でも“届く”ってことを見せてやる」
「了解!私も撃つよ。ウォルトのあとに続くよ!」
ズムウォルトの艤装が閃光を放つ
轟音を響かせ、空気を押しのけるように数本の光が夜空を切り裂いた
意志を持った鉄の矢――トマホーク
海面を這うように進み、遥か彼方の戦場を目指す
「……よし、こっちも!」
ピーターのハープーン・ランチャーが一斉に火を噴く
弾体が海霧を割り、ズムウォルトの放った光の群れを追うように飛び去った
発射時の衝撃波が頬を叩き、夜空が振動する
「UAV、弾道補正継続。敵陣の中央部、深海棲艦の主力を狙いましょう」
ウォルトの提案にピーターは従う
「左翼側に三隻。ハープーンの照準、誘導更新したよ」
数秒後、UAVの映像越しに遠くの海が光った
トマホークが一体の深海棲艦に直撃した
火の柱が夜を裂き、爆風が波を引き裂いた
「……命中確認!1体沈黙!」
「二発目、誘導完了。照準はその右の群れ」
次の瞬間、もう一つの閃光が海を貫いた
パラオ泊地の艦娘たちには、それが“天から降る光”にしか見えなかった
「敵が撤退を始めたわ」
ウォルトからの報告にピーターは胸を撫で下ろした
「間に合って良かったね。全力航行を26時間も続けたかいがあったね」
ピーターの満面の笑みを浮かべた顔を見たウォルトも頬を緩ませる
「そうね...それよりピーター?向こうとコンタクトしなくて良いの?」
「あぁ!!忘れた!!」
ピーターは急いでモールスによる通信を行った
『トラック泊地ヨリ救援ニ来タ』
戦闘終了から約4時間後
ピーターとウォルトはパラオ泊地へと到着した
パラオ泊地の護岸には、提督と同じ制服を着た男性と軽傷の艦娘が待っていた
「トラック泊地より救援に来ました。スプルーアンス級駆逐艦 ピーターソンと、こちらがズムウォルト級ミサイル駆逐艦 ズムウォルトです」
2人は敬礼しながら挨拶をする
すると、やはりこの男性も驚いた顔をするがすぐに答礼を返してきた
「私はパラオ泊地司令官 近藤 勇《こんどう いさむ》中佐だ。貴艦らの援護感謝する」
「何とか間に合って良かったです」
3人の挨拶が終わるのを待ち、那智が声をかけて来た
「救援感謝を私からも言わせてくれ。本当に助かった」
那智が深々と頭を下げると、付近に居た艦娘も全員が頭を下げる
ピーターとウォルトは急いで頭を上げさせた
「頭を上げてください!困った仲間を助けるのは当然のことです!」
「ピーターの言う通りです。私たちは提督の指示に従っただけですから」
その言葉を聞いた那智は頭を上げ、照れくさそうに頬をかいた
「と、ところで貴艦らはどこの艦なのだ?見たところ日本の艦ではないようだが」
ピーターとウォルトはその質問に対して、アメリカ海軍の艦であるを伝える
「アメリカ海軍か...しかし、何故アメリカ海軍の艦娘がトラック泊地から?」
近藤中佐からの質問に2人は困った顔を浮かべる
提督の話では、普通は私たちのような艦娘は建造できないらしいし、自身の武装に関する秘密保持もある
いくら中佐とはいえ、自身の上官である提督の許可なく話すことは出来なかった
そんな2人の困った様子を見て、近藤は苦笑いを浮かべる
「困らしてしまったな。話せる機会が出来たらその時に聞かせてくれ」
近藤の言葉を聞いて2人はほっと息を吐く
そしてピーターは提督からのメモを近藤に手渡した
「なになに...なるほど...そういう事か」
近藤は再び苦笑いを浮かべると、2人を応接室に案内した
応接室で待たされること1時間
近藤が部屋へ入ってくる
「君たちの提督はやり手だな。多少の資源譲渡と情報提供ときた...助けてもらった手前、断れないじゃないか」
近藤は笑いながそう言うと、資源に関する情報が記された書類を手渡してきた
「ありがとうございます近藤中佐」
ピーターが旗艦として礼を言う
しかし近藤は首を振った
「助かったのはこっちなんだ。この程度の条件なら喜んで応じるさ...さて、資源の準備も出来てる。こっちだ」
近藤の後に続いて海に戻った2人は、大量のドラム缶を曳航しながら一路トラック泊地を目指し帰路に着いた