1/32の峠 ―Drift & Dash― 作:Kataparuto
春先の少し涼しい風が吹く、群馬県、秋名の峠。
地元の走り屋たちが集う頂上、そこに拓海、豪、烈の三人が集っていた。
「秋名じゃやらないつもりだったけどなぁ……」
そのつぶやきは静かな秋名の山の中へ溶けて消える。
コーチ退任をかけたレース、コースの指定は豪と烈に任せたが、まさかの秋名の下りを指定された。
本気で走るならコーチが一番早いコースでコテンパンにしてやると豪が言った。
ルールは拓海が後追い、ゴールの時点で拓海が前にいたら豪と烈の負け、逃げ切ったら勝ちだ。
コーチがどれだけ速くても、ゴールで前にいればいいだけなら僕たちが絶対に勝ちます、そう自信満々に烈が言った。
かつて、プロジェクトD入団前にあの高橋涼介と彼のホームコースである赤城でバトルを挑んだことを思い出す。
相手のホームコースへ殴り込む、そしてそこで勝つというのは言い訳出来ない最も強烈な勝ち方。
だが、彼らは拓海がコーチを続けるのにそれだけの理由と覚悟を見せてきたのだ。
簡単に引き留めるつもりはない、拓海の挑戦を捻じ曲げてでもコーチを続けてもらうならこれぐらいの覚悟はあると。
正直なところ、退任をダシにして豪と烈と本気のバトルをやりたかったというのが拓海の本音だ。
WGPで世界一になったチームのダブルエース、そんな強豪とバトルできるのはこれが最後の機会だろう。
コースわきにはすでに見慣れた顔の男たちが集まっていた。
高橋兄弟に立花樹、バイト先の先輩だった池谷など、かつて走り屋をしていた時のメンバーのほとんどが集まっていた。
そしていつの間にか大型モニターとミニ四ファイターが実況する気満々で準備している。
今回のレース、実をいうと地元の興行として準備されている。
理由は小学生を夜中に連れまわすのはさすがにまずいというのと、夜間レースは危険すぎるというためだ。
なので、WGP優勝チームのコーチがレースをしにくるぞ!ということで秋名の下りを公的にコースにしてしまったのだ。
そのため公的な興行ということでビクトリーズのほうには小学生やアストロレンジャーズなどのWGPで戦ったメンバーの顔が見えるほどだ。
お祭り騒ぎの様相だが、拓海はいたって冷静だった。
いつもの峠と同じで黙々と準備をし、スタート地点へと立つ。
ハチロクセイバーSTAGE3、通称ハチロクS3。
S2からさらにビクトリーズの技術フィードバックを行い、拓海の走り方に最適化されたマシンだ。
使用している内部パーツ、システム、それらすべては最新のものにアップデートされており、このマシンと互角に戦えるのはビートマグナムかバスターソニックだけと土屋博士と松本から太鼓判をもらっている。
微細なチューニングやフィーリングはこのレースまでに松本と共に拓海自身で詰めているためもはや走行においての誤差はない。
拓海が走りたいと思った通りに走るだろう。
そう、秋名最速の走りを。
準備を終えた豪と烈もスタート地点へ立つ。
「コーチ、今日は遠慮しねぇからな、ぜってーぬかせねぇから!!」
「僕も同じです、全力で来てください!」
スイッチオン、モーターの甲高い駆動音が峠に広まる。
「悪いけど……、オレはここじゃ負けられないんだ」
『さぁ世紀の決戦だ!!ビクトリーズコーチ藤原拓海と、ビクトリーズのダブルエース!!星馬兄弟!準備はいいか!!!』
レッドライト。
『それでは、レディー―――――ゴォォォォォ!!!』
グリーンライト。
「いっけぇ!マグナム!!」
「いくぞ!ソニック!!」
はじき出されるように2台の青と赤のマシンが走り出した。
白黒のハチロクS3はそこから3秒待機。
『3、2、1!ハチロクS3スタート!!』
「行くぞ、ハチロクS3!」
まずは豪、ビートマグナムが先行する。
入り組んだ秋名の峠は相性が悪いかと思われたがミニ四駆という車体の小ささを生かし、短いストレートを目いっぱい使い加速、そのあとビートドリフトで速度を落とさずにコーナーをクリアすることでぐんぐんとトップスピードを伸ばしていく。
烈のバスターソニックもほぼぴたりとマグナムの後ろへ付け、得意のコーナリングで逆に加速するほどでどちらもWGP本戦並みに本気で走っているのがわかる。
一方ハチロクS3、拓海はいたって冷静に最小限の動作でコーナーをクリアしていく。
必殺技を駆使して曲がっていくマグナムと、コーナーの支配者であるソニックに比べるとハチロクS3は地味ではある。
だが、その地味さの中にとんでもない精度が隠されており、そのコーナーライン一つとってもソニックより二枚も三枚もシビアで、ブレーキングもマグナムよりずっと奥で行い、3秒というアドバンテージは見る見るうちに縮まっていく。
素人目にはなかなか伝わらない部分だが中継を見ていた高橋兄弟、高橋涼介も目を細める。
「見事なものだ、無駄な力みもなくここの最高のラインをなぞっている」
「あぁ、さすがは藤原だ。この差は後で響いてくるぜ……」
啓介の相槌をよそにレースは続いていく。
強烈なブレーキング、二連続ヘアピンが迫る。
「さすがに……!」
豪は速度を落としたうえでビートドリフト、その外側をバスターソニックが抜き去りマグナムをスリップストリームへ入れる。
これにより、失った速度をすぐに回復させて次のヘアピンへつなげるというわけだ。
兄弟の見事な連携を目の前で見ながら拓海は淡々とハチロクS3を操り一つ目のヘアピンをクリアする。
ここで拓海は仕掛ける、二つ目のヘアピンで外から抜きにかかったのだ。
コーナーで精一杯の豪に代わり烈がバスターミラージュを使いブロッキングしてくるが、ここを拓海もドリフトしながらラインを切り替えそれを避ける。
だがこれも再びバスターミラージュでふさぎに来る。
一つのヘアピンで何度もその攻防が行われる。
「がんばれソニックっ!」
烈の言葉に拓海は聞こえない程度の音量で鼻で笑うと、アタックをやめてぴたりと後方へ付け、ストレートへ戻る。
「よし防いだ!」
喜ぶ烈だが、拓海はいたって冷静だった。
バスターソニックは一見最強のマシンだが、結局本戦中にその弱点が露呈することがなかったのはひっ迫する性能の相手がいなかったからだ。
すでに藤原拓海としてはバスターソニックの攻略、バスターミラージュの弱点は看破している。
「次は複合S字だ!豪!気をつけろ!」
「任せとけって!!散々同じようなコーナー走ってんだ!ビートマグナムならいける!」
二連ヘアピンを抜けた先、秋名でも屈指の難易度を誇る複合S字が迫る、抜けるだけなら簡単、だがあそこを高速で抜けるとなるとかなりのテクニックを要求されるコーナーだ。
最初の左の複合、最大速度で突っ込んだ2台はコーナー途中での減速とその加重移動をうまくコントロールしながら抜けていく。
セオリー通りで、十分早い、中継を見ていた涼介も納得する見事な走り。
だがその後ろから迫るハチロクS3は一切減速もなし、大仰なドリフトでそこを一本の流れでクリアする。
その姿に中継モニター前の走り屋はどよめいた。
あのコーナーはああいう風に抜けれるようにはなっていないはずなのだ。
だがハチロクS3は搭載したビートシステムがマシンの加重移動をスムーズに行い、グリップを何一つ無駄にすることなく使い切り駆け抜ける。
続いての右もすでに姿勢づくりが終わっていたハチロクS3はほとんどカウンター動作なしでコーナーをぬけ、S字の基本、最後のコーナーが一番早い姿勢で抜けるを体現し、最後の左を終わるころにはストレートに正対し終えていた。
マグナムとソニックとの差はない。
――次の5連でソニックを仕留めるっ!
迫る5連ヘアピン。
秋名での数々のバトル、ほぼ決着をつけてきたのはこの5連ヘアピンだ。
少なくとも拓海はここでソニックを仕留める気でいた。
公道最速理論を継承した烈とソニックはここで仕留めなければのちのコーナーでは差し切れない。
そのための仕込みはすでに終えている。
5連ヘアピンへ突入する拓海たち、例のごとくコーナーで自在に動けるソニックがハチロクS3をブロックしてくる。
だが、ここにはインのさらに内側に走れる場所がある。
側溝の傾斜である。
拓海はいつも溝走りとしてここにタイヤを引っ掛けて異次元のコーナリングをするためのツールとして使っているがミニ四駆であればその傾斜がちょうどバンクのように作用しさらに早くコーナーをクリアできる。
バンクを生かしてさらにビートシステムによる傾斜を使いインのさらにイン側へハチロクS3が突っ込んでいく。
さすがにそこまで予想していなかったのかソニックの対応が遅れ、とうとうハチロクS3が前へ出た。
「まだだ!!」
ヘアピン後のわずかな直線、そして次のコーナー入り口、そこで烈はバスターミラージュを仕掛ける。
さしもの拓海もバスターミラージュは分身して見える、だが、これはどちらからでも抜かれると承知の上であれば何ら驚くものでもない。
そしてここにバスターミラージュには弱点がある。
拓海はふらりとイン側のラインをブロックするように動いた。
それを受けてソニックはアウト側へ変更即座に抜きにかかる。
しかしイン側、そこには側溝がある、再び溝走り。
コーナーでまた差がつく。
そう、これがバスターミラージュの弱点。
幻影を見るほどの相手であれば、実を言えばラインの選択権を相手に譲ってしまうことになるのだ。
潰した反対側から必ず来るという至極当然のアタック予告、これまでバスターソニックが相手していたのは自分より遅いか互角の相手、格上ではなかったためこの弱点が露呈しなかった、ミハエルも冷静になれば同じように対処しただろうが、彼はプライドが邪魔してこの弱点に気づけなかったのだ。
そしてもう一つ弱点がある、それはタイヤの負荷だ。
四つ目のヘアピン、再びバスターミラージュを繰り出すソニックだったが、その動きが止まる。
「……!そんなっ!?」
――もう限界だろ、タイヤの。
藤原拓海の狙いはここだった、むろん溝走りだけでもソニックを抜き去ることはできるのだが、多勢に無勢の今回のレースなら確実に相手を脱落させる必要がある。
なので、あえて、コーナーごとに複数のライン変更を伴うアタックを仕掛けてバスターミラージュを誘発させたのだ。
烈も拓海を高く評価しているのでバスターミラージュでブロックしなければ抜かれると思っていたのだろう、ちょっとしたフェイントですら律義に引っかかってしまっていた。
そしてここまでで推奨使用回数を超えてしまい、ソニックのフロントタイヤのグリップはもはやバスターミラージュに耐えられないほど摩耗している。
そのグリップの喪失は通常のコーナリングにも支障を出すほどだろう、ゆえにここで……。
『ば、バスターソニック失速!!マシントラブルか!?』
レースから脱落。
少なくとも最大速度で戦うレースという場面には参加できないだろう。
ブロック行為をしてなかったマグナムはまだ余裕があるのと、気づけばハチロクS3の真似をして溝走りを繰り出している。
一撃で真似してくるのはさすがの天才型と拓海は感心すると同時に残り少ないアタックポイントでどう抜くかを考え始める。
「烈兄貴!!」
「気にせずいけ!豪!!」
――最終コーナーか……!!
コースも残り少ない。駆け降りるマグナムとそれに続くハチロクS3。
最終のロングストレート、マグナムの最高速度をマークしてハチロクS3を引き離しにかかる。
だがすでにコーナーで詰めていたハチロクS3はその後方へぴたりと張り付きスリップストリームを利用している。
「引き離せない……!」
――ここで終わりだ!
秋名の最終コーナー。
三車線で広いライン選択が可能なそこへ突っ込んでいく2台のマシン。
ミニ四駆からしたら広大なコースだ、ラインどりは自由自在。
マグナムはここを最大速度と立ち上がりを重視したアウトからのインへ入る基本のラインを選択する。
ビートシステムと可動ウイングを全力で使った最大最速のビートドリフト。
らせんを描く後方気流が尾を引く見事なコーナリング。
だが、そのらせんの根本、そこにハチロクS3がいた。
もはやマシンが接触しているのかと思うほどの幅寄せしたツインドリフトで、ドリフトながらスリップストリームを利用している。
そしてドリフトの終了地点、まるでバスターミラージュのような動きで次の右コーナーのイン側へ一気に車体をねじ込んでいく。
それは一瞬の出来事だった、次の緩やかな右へ入るまでの中でイン側にハチロクS3が滑り込みビートマグナムを外へ追いやる。
緩やかとはいえそれなりのコーナーだ、想定よりアウト側へ出てしまったこととハチロクS3の車体が邪魔で加速ができない。
『ゴーール!!!勝ったのはハチロクS3!!TRFビクトリーズコーチ!藤原拓海だぁぁぁぁぁ!!』
こうしてゴールラインを先に踏んだのは……ハチロクS3だった。
それから一気に桜の咲く春へ。
ビクトリーズの面々は空港へと集まっていた。
「ひっぐっ……コーチぃ……」
鼻水を垂らしながら泣く豪、それ以外のメンバーも涙を流すもの、神妙な顔でいるものと様々だったが、共通するのは拓海との別れが悲しいという感情だろう。
そんな面々を見据えて拓海は言葉を紡ぐ
「……ビクトリーズのみんな、お前らとWGPを戦えたことは本当にうれしかった。正直コーチの依頼を受けるまで、走ること、車のことにちょっとくすぶってたんだ。だけど、お前らと一緒に世界一を目指すうちに……また、走りたくなった」
ここで言葉を切り、うつむく拓海、だがすぐに顔を上げてみんなを見回した。
「コーチを続けられなくてごめん。だけど……、今度はオレががんばってる姿をお前らに見せる。だから来年のWGPも頑張ってくれ!」
拓海は精一杯の笑顔を向けた。
鼻水まみれの豪が言う。
「コーチぃ……ま゙だレ゙ー゙ズじよ゙ゔぜ゙」
泣きそうなのをこらえながら烈が言う。
「きっとコーチの走りを世界で一番早いって証明してみせます!」
大げさに泣きながら藤吉が言う。
「……コーチのチームのスポンサーは任せるでゲス!!」
真剣なまなざしを向けるJが言う。
「これまでありがとうございました。僕も、真っ当なレースを証明して見せます!」
微笑を浮かべリョウが言う。
「コーチも頑張ってください……!」
拓海に握手をしながら土屋博士が言う。
「今までありがとう、子供たちのことは任せてくれ」
ハチロクセイバーS3を見せながら松本が言う。
「俺はチームに残るからな、マシンのことは任せておけ、いつか帰ってきたときのためにこいつもちゃんと保管しておくさ」
口々の別れの言葉。
苦楽を共にしたビクトリーズたちとの別れ。
だが、拓海の心は前を向いていた。
次は自分の挑戦だ。
その姿を見せるのに恥ずかしくないようにしよう。
それがビクトリーズたちの力になるはずだ。
そう信じて拓海は旅立つ。
発着ゲートへ向かう途中、見上げた空は――突き抜けた青空だった。
1/32の峠 ―Drift & Dash―
― 完 ―
完結です
短期連載としておりましたのでいろいろ端折りましたがこれにて終了です。
原作ありきなので、ストーリーの完成度は評価するべきではないと思っています。
むしろそれぞれの原作に泥を塗らないように十分に気を付けたつもりですが、どうしても登場人物を減らしたり、描画においての独自解釈も含まれるので全員が全員OKというわけではないでしょう。
とはいえ無事完結となりました。
一応、評価、感想はアカウントなしでも大丈夫にしております、よろしければどうぞよろしくお願いします。
現状、続編などは考えておりませんが、おまけ的な話を1話だけ投稿予定です。
その際はどうぞよろしくお願いします
最後のバトルどうでしたか?
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満足!
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うーん……
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秋名の86サイコー!!