実力を隠していることには気付かないでほしい   作:ユーザーネームを隠している

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実力を隠しているから良いんだけどね。

 僕の名前は実浦(みうら)有仁(ゆうじ)。何の変哲もないどこにでもいる高校生だ。

 ひょんなことからとあるチカラが宿ってしまい、それを隠さなければいけなくなったけれど、それを除けば至って普通の人間であるといえる。

 

「有仁さんよー、今日のテストどうだったよ。お前後半ずっと寝てたけどよー」

「簡単だったよ。何もわからなかったことを除けばね」

「流石! あとで一緒に追試受けよーな!」

 

 僕の前を後ろ向きで歩いているのは僕の中学からの親友、伊賀糸(いがいと)良八(りょうや)。身長190cmで釣り目な見た目からヤンキーだと怖がられがちな彼だけど、かなり良い奴だ。

 少なくともこんな僕を親友と思ってくれている程度には。

 

「もー、二人ともまた赤点取ったのー?」

「ん、おお、何言ってんだ神白(かみしろ)ー。まだだよまだ。まだテスト返ってきてないだろー?」

「取ることを予定してるの、って聞けばいーい?」

「予定はしていないよ。勝手にそうなるだけ。運命ってやつさ」

 

 後ろから怒ったような口調で話しかけてきたのは神白(かみしろ)真名(まな)。僕の幼馴染だ。

 未だ高一なれど馬鹿のレッテルが貼り付いてきた僕と良八とは違い、いつでもテスト満点な成績優秀美少女であり、僕と付き合っている疑惑が……おかしなことに出ていない。ここまで来れば彼女は僕に気が合ってもいいはずなのだけど、その兆候は一切ない。なぜだ。僕は実力を隠しているんだぞ。

 

「二人ともフィジカルあるんだから、実技の方は多少点取った……よね?」

「一種目目の50mリレーの空砲に驚いて転ぶくらいワケないさ。その後の競技はお察しだよ」

「俺寝てたー」

「良八、流石に出席はしないと論外なんじゃないかな」

「おう! だから追試で点取んのよ!」

 

 そういうことじゃないと思う。

 ちなみに良八はアスリート並に鍛えている。ので、出さえすれば高得点は余裕のはず。どうしてそんなに鍛えているのかを問うたら、彼のことをヤンキーだと勘違いして喧嘩を売ってくる"火の粉"を払うためだとか。

 結局喧嘩をしているのなら半ばヤンキーなのではないか。ボブは訝しんだ。

 

「おーいそこの仲良し三人組ー!」

 

 と、雑談をしている僕らに声をかけてきた存在があった。そちらへ視線を向ければ、車道を挟んだ向こうにぶんぶんとこっちへ手を振る人影が二つ。あ、片方は振っていない。スマホをみている。

 

「あ、有楽(ゆら)。今日委員会じゃなかったのー?」

「今日じゃなくて明日だったー!」

「正確に言うと、有楽が提出物をまとめていなかったため、今日行う会議が明日に繰り越されたので明日……ってな」

「えぇ……ダメじゃん……」

「サイコロ兄妹は、今日はじゃあ暇かー!?」

「うん暇ー! 遊ぼー!」

 

 サイコロ兄妹。双子の兄妹で、スマホを見ている方が賽五(さいこ)本信(もとのぶ)。元気な方が賽五(さいこ)有楽(ゆら)。

 あだ名に特に捻りはない。

 

「い、いや、提出物をまとめなきゃいけないんじゃ……?」

「手伝えることなら僕たちも手伝って早めに終わらせればいいさ。そうすれば憂いなく遊べるでしょ?」

「有仁まで……。……はぁ、わかった。でもそれ優先なんだからね!」

 

 ──こんなのが、なんでもない、ありきたりな僕たちの日常。

 このチカラを隠して生きるには丁度いい、それでいてあまりにも心地の良い、日常だ。

 

 

 その日の翌日、良八と真名は学校を休んだ。

 先生には風邪だと説明された。

 

 ***

 

 歴史の先生、隠寺(かくれでら)割人(かつと)先生曰く、この土地には神様が眠っているらしい。

 スピリチュアルな話ではなく、民族学的な話。フォークロアではなくエソロジー。

 

「ここ上楳(うえうめ)は古く、山だった。山を切り開いて拓かれた土地なんだ。この山は元々はある種の姥捨て山だったが、その風習がいつしか高貴なる存在の眠る場所へと変わっていって、巫女や神主がこの山で眠りにつき、さらに時を経て、神が眠る山とされるようになった」

「せんせー、もちっとマシな記録の伝承はされなかったんスかねー」

「うーむ。後世の人間がこのようにして紐解いていける以上文献の保存は上手くできていたのだろうが、問題はそれを伝聞する者だ。あー、たとえばだな、賽五。先生と伊賀糸は敵同士であるとしよう。賽五は先生を倒し、領土を奪った。そして捕虜に取った民に聞いてみれば、後ろにある山は神聖なものであるという。お前ならどうする?」

「あー。まぁゴミ箱にする、とか? 敵が祀ってたモンそのまま祀るのは癪だし」

「そうだ。ただ単に神聖なものだというのならそうする。敵の文献などどうでもいいものだから焼き払う。おかしな信仰に残られては支配が行き届かないしな。じゃあ……実浦。捕虜に取った民が、あの山には恐ろしい怪物がいるんです、と言ったらどうする?」

「……鼻で笑うか、調査団を派遣するか、近付きたがらないのを良いことに秘密の陣地を作る?」

「おお、正しい。そう、それで作られたのがこの上楳の土地だ」

 

 へー。それは……つまり。

 

「僕たちは略奪者の子孫、ということですか?」

「拓いた者達が略奪者であったかどうかはわからんよ。もしかしたら最初に奪われた方なのかもしれない。加えて、拓いた者達の血が地続きであるかもわからん。同じように奪い奪われを繰り返し、どっちの血も混じっている可能性もある」

「……それで、だから伝聞がおかしくなってるってことスか」

「話を戻すと、そうだな。外から見れば、後世から見れば"なんでそんな簡単な伝言ゲームができないんだ"と思うかもしれないが、当事者たちはそれどころじゃなかった。これが答えだろう」

「んじゃあ神様なんて眠ってないんじゃないスか。眠ってんのは戦に負けた大量の村人と巫女と神主と婆さんなんじゃ?」

「現実的に考えればそうなるな」

「……うス。ロマンがない奴ですんまんせん」

「神様が眠っている、と言った方が興味を引くことができるだろう? 授業というのは如何に生徒の興味を引くかだ。現に賽五も実浦も眠らずに授業を聞いている。これは快挙だろう」

「確かにー」

「かっちゃん先生すごーい!」

 

 返す言葉はない。歴史なんて基本眠るけど、ちょっと気になって聞いてしまって、そのまま起きていたのは事実だから。

 良い先生、というやつなのかな。

 

 ──チャイムが鳴る。

 完全に眠るタイミングを逃した。昼休みを寝て午後に備えたいところだけど、果たして我が友人たちは僕を眠らせてくれるのかどうか。

 

 

 机を合体させられ、その上に風呂敷が敷かれる。

 緑のお弁当箱。青のお弁当箱。賽五兄弟のそれが開かれた。

 溜息を吐きつつ取り出すは惣菜パン。お弁当なんて僕には無いからね。

 

「えー、じゃあ、本信と有仁くんが一睡もせず歴史の授業を聞いた記念日ということで、いただきます!」

「有楽、不快だ」

「まぁ事実だけどね……」

 

 どんな記念日なんだよ。

 絶対来年祝わないでしょ。

 

「……二人は、さ」

 

 切り出した言葉に緊張の糸を張り詰めさせる二人。

 ああ、やっぱり……何か知っているんだ。

 そう考えつつ、似た言葉を声に出す。

 

「良八と真名に何かあったか、知ってる?」

「あ……あはー、えーっと。……なんだろねー?」

「……知らね。二人して夜の川にでも飛び込んだんじゃね」

「本当に知らないの?」

「いやー……あははは……し、知らないカナー?」

「知らねえよ。……幼馴染と親友がダブル風邪で気が気じゃねえのはわかるが、落ち着けって」

「僕は落ち着いているよ」

 

 ただ恐ろしいだけだ。

 二人が何かトラブルに巻き込まれたんじゃないかということと。

 そのトラブルが、僕のチカラを追い求めてきた人たちなんじゃないかという恐怖。

 

「大丈夫だ。明日には……明日には登校できる。必ず……いや、なんでもねえ」

「そ、そうだよ、大丈夫! 私達も全力を……あ、じゃない、ごめん忘れて!」

「おい有楽……」

「だって、本当に心配そうで……」

 

 何かを隠していて、何か秘密を知っているようだけれど。

 ……これ以上の詮索はこっちの身を滅ぼすかな。

 

「わかった。……信じて、待つよ」

「……有仁、お前さ。前々から思ってたんだけど」

「ん、なに?」

「ヒロイン力、高ぇよな」

「はい?」

 

 隣でぶふっと噴いて、食べ物を喉に詰まらせている有楽。

 なにヒロイン力って。僕の秘めたるチカラのこと言ってる?

 

「げほっ……こほっ……んぐ。……もー、本信が変なこと言うから……けほっ」

「いやでもよ有楽。お前だって時々感じるだろ」

「……まぁわかんないでもないんだけどさ」

「ヒロイン力ってまずなに? どういう力?」

「有楽には無い力」

「怒るよ!?」

「もう怒ってるよ」

 

 褒められているのか貶されているのか。

 若干褒められているっぽい感情が伝わってくるのはなんなんだ。

 

「……ま、いいや。有楽、今日委員会の提出物あるんでしょ? ちゃんと確認しておきなよ。僕は……五限目まで寝るから」

「あ、うん。……五限目までって、五限目になったら起こせばいいのかな?」

「なワケねーだろ。こいつと俺と伊賀糸の言う五限目までは、五限目が終わるまでだよ」

 

 顔を伏せて、指だけ本信にサムズアップをして。

 夢の世界へ、旅だった──。

 

 

 激しい衝突音のあと、がらがらと机や椅子を跳ねのける音が聞こえた。

 誰かが喧嘩でもしているのか。こっちは安眠を貪っているというのに……。

 

「っちィ……って、有仁!? ……おい嘘だろ、この騒ぎでマジで寝てんのかよ……一周まわって大物だろ……」

「本信、大丈夫!? ってここ、私達の教室……」

「ああ。んで、まだ眠りこけてる有仁がいる場所でもある」

「うぞ!? 私も大概な自信あるけど、マイペースにも程がない!?」

「──死守すんぞ。あいつらが帰ってきた時、有仁の怪我した姿なんか見せられるワケねーからな」

「だね。じゃあ、行こっか!」

 

 封印がしっかりしたものでよかった。

 もし気の緩み程度で中のモノが漏れ出でるようであれば、安眠妨害へのうるささ程度にチカラを振るってしまっていたかもしれない。

 いや……僕のチカラも実力も隠し通さなければいけないのだ。眠気の苛々程度も飲み込まなければ。

 

 ガシャン、ガラガラ、ドカン、ゴロゴロ、ドーン。

 

 ……いやいや。流石にうるさくない? ガシャンガラガラまではいいよ。アレキサンダーとぜんまいねずみが茶碗やお皿、スプーンを使って追いかけっこしているだけの話だろう。

 でもドカンとゴロゴロとドーンはなに? 雷? 雷が落ちたの?

 

「はぁ……はぁ……クソ……ガキどもめ……わ、私がここまでの……手傷を負わされるとは……」

 

 ああまたそんな机を蹴り飛ばすような音を……いやこれは言おう! 実力を隠していても、眠っているのが本来ダメでも、これはうるさいって。

 顔を上げる。

 

 落ち武者みたいな顔で胴体がカトンボみたいなのが目に入った。

 

 ……。

 んうぅぅうううんううううう!?!?!??

 

「ぎゃひひひ……起きたか。ああ、可哀想なことよのぅ……眠っていれば、せめて苦痛なく私の糧にしてやれたものを……」

「うわ喋るんだ。そんな糸みたいな喉でどうやって発声してるの……?」

「よく見れば、なんとも純真そうな魂よ……これは馳走に違いない。啜り食ろうて、抜け殻はあのガキどもへの脅しに──」

「会話をしようよ。言葉を交わす能力があるんだからさ」

 

 黒い糸みたいな腕が降り上げられる。

 

「──死ネ」

 

 大気を割断し、振り下ろされる腕。見た目の細さに反して──校舎くらいなら一撃で崩壊させられそうなその腕が。

 

 

 

 ガラッと力強く開けられるドア。

 

「有仁! 無事……ってまだ寝てんのか……」

「ま、マジ……? 私たちどんだけ音立てて戦ったと……うわホントだ熟睡……」

「……無事でよかったって思えば良いさ。さて、散らばった椅子の片付けと……壊れてるモンは物井先生に頼むしかねーな」

 

 ようやく手に入れた安眠。さっき時計を見た時、秒針の進みがかなり遅くなっていたから、多分壊れているんだろうね。

 おかげでかなり長い熟睡を得ることができた。流石に起きてもいい頃合いな気がするけど、今起きたら片付けに参加させられかねないので狸寝入り。

 

 二人……サイコロ兄妹が机や椅子を元の場所に戻す音を聞きながら思うのは、そう。

 お疲れ様、である。

 

 ***

 

 翌日。

 

「おはよ、有仁!」

「おはよーさん!」

 

 サイコロ兄妹の言う通り、二人は普通に登校してきた。

 本当に風邪だったのかな、なんてことは考えないけれど、何があったのかを問うべきではないだろう。

 藪をつついて蛇を出す意味はない。藪から出すのは棒くらいでいい。竹藪は立て掛けるべきだ。

 だからここですべきは。

 

「聞いたよ、良八」

「ん、なにをだ?」

「本信が言ってたんだけどさ。真名と二人で夜の川に飛び込んだらしいね。夏休みはもう終わったってわかってる?」

「──オーケー。モトノブ、コロス」

「本信くん……言い訳にしてももう少しマシなものがあったでしょう……」

「言い訳? じゃあやっぱり二人は」

「ぅ」

「あー、いや」

「初デートでずる休みした、ってこと?」

「……は?」

「……有仁、その話は誰がしてたの?」

「クラスの連中。みんな色めきだってたよ」

 

 まぁ僕はあんな幼稚な噂話気にも留めないけれど。

 耳? 耳はそばだてていたとも。恋バナは楽しいからね。

 

「……夜の川に飛び込んだって方がマジだよ。そう……あー、子犬がいてな。それを助けるために」

「こ、子犬……にしては大きいような……」

「っせーって。つか神白も合わせろよ」

「ま、まぁねー。溺れてる子犬を前に、私も伊賀糸君も我を忘れちゃって、我先にって飛び込んで……二人仲良く風邪をひいた次第で……」

「その子犬は助かったの?」

「あ、うん、ちゃんとね、元気にもなったよ」

「いつか有仁も乗せてやりてーなー」

「……子犬に?」

「いや! 大きくなったらの話な!」

 

 なったとしても犬に乗るのは避けた方が良いと思うけど。

 

 その言い訳で頷いてあげよう。なんせ僕の隠している実力に勘付かれるわけにはいかないからね。

 けど、乗れるほど大きな犬か。……使い魔とかそういう系なのかな? それとも妖怪とか? 大穴でケルベロスとか?

 何が大穴なのかは知らない。誰が賭けているのかもしらない。

 

「お、いつもの仲良し三人組じゃねーか」

「おいコラ本信。てめェもちっとマシなのはなかったのかあぁん?」

「なんだよ、言い得て妙だろ?」

「……真名ちゃん。おかえり。……本当によかった」

「うん、ありがとうね有楽。本信君も。二人が居なかったら、今頃私達……」

「そんなもしもはねーよ。今ある現実が全てだ。それでいいだろ」

 

 素晴らしく蚊帳の外である。

 良いんだけどね。僕の隠しているチカラが露呈するのを防げるから。良いんだけどね?

 

 良いんだけど……もうちょっと僕が会話に交ざれる話題にしてくれたりしない? 無理?

 

「っと、このままじゃ遅刻だな。行こうぜ有仁、神白、サイコロ兄妹!」

「ぶーぶー、まとめられたー」

「いつものことだろ」

「あ……そうだ、有仁」

「うん、なに?」

「聞いたよ。歴史の授業、寝ずに聞いた、って。……もしかして、私と伊賀糸君が休んでいる間のノートを」

「ああ、取ってあげたよ。ここ上楳の地は、数百年くらい空白の歴史があったんだって」

「おめーがノート取ってねえのを歴史のせいにすんな」

 

 いやぁ。

 知らない方が良いんじゃないかなって。

 神様が眠っているってさ、それだけなら聞こえはいいけど……あの文脈でいくと。

 

 神様が殺されて埋められた地……ぽいじゃん?

 真名の家は神社なんだから、そういう話を聞かせるのは野暮ってものだよね。

 

 くぅ、僕ってば気が利くなぁ。ねぇ真名、今の僕への問いかけ、まるで僕とのきっかけ作りに中々踏み出せない女の子みたいでいじらし──……あれ。

 

「おーいマジで遅刻すんぞ有仁ー」

「……うん、今行くよ」

 

 良いんだけどね。

 僕はチカラを隠しているから、探られかねない事情とか内情とかとは極力離れた方がいいからね。

 

 ……良いんだけどね──。

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