実力を隠していることには気付かないでほしい 作:ユーザーネームを隠している
九月の頭が過去へ消えゆく頃、二つ下の妹の授業参観に参観することになった。
僕らに親はいない。僕が物心ついた時くらいにどちらも亡くなった。バツイチの母親と結婚した父親が、病死した母の代わりに僕を育てんと引き取り、その父親が妹を連れ子として連れてきた母親と再婚して、結局どっちも死んだ。
よって僕と妹は凄まじいまでの義理であり、なんなら他人同士レベルで血のつながりがない。
とはいえ苗字の同じ唯一の肉親である。幸いにして兄妹仲は悪くない……方ではあると思うので、遺された家に住み、遺された財産で生きている。まぁ財産は"とんでもない"ので管理さえ怠らなければ平気だろう。
なお、こんな数奇な運命を辿ってはいるけれど、両親も妹も一般人である。実力を隠しているのは僕だけだ。
妹の名前は
「あ、どうも。はいどうも」
明らかに親御さんな年齢層の人並みを割って進む。
これが初めてではないのでみんな生暖かい目だ。僕も妹にそれを向けるつもりである。
──なお。
「嘘でしょ……!? 来るなっていったのに!」
「樹月、授業中に大きな声出しちゃダメだよ」
「まだ授業始まってな、」
「はい座れー。授業始めるぞー」
仲は悪くないけど、今日は来るなと言われていたとか、そんなことは決してない。
昼休み。授業参観自体四限目なので、親御さんズは昼休みの間には掃ける仕組みになっている。
その昼休みに屋上へ連れられて、ドンと壁ドン。もとい胸倉を掴まれて壁に押し付けられる僕さん。
「なんで来たのよ……そもそもお兄だって今日学校でしょ!?」
「大切な妹の晴れ舞台のためなら学校くらい休むよ」
「た・だ・の・授業! コンクールとかならわからないでもないけど、ただの授業のために休むな!」
僕より背の低い妹だけど、彼女は腕力に長けている。こうして僕を軽々持ち上げてしまうのだから。
だけどそろそろ苦しかったりするよお兄は。
「っ!? あっ、あ、……ご、ごめん。ごめんね、お兄、大丈夫?」
ようやく気付いたように話してくれる樹月。秘められたチカラの容器である僕はこの程度じゃ死なないけれど、苦しいものは苦しい。
けれど妹を心配させたいわけじゃない。
「だいじょ、げほ、大丈夫だよ、樹月。ちょっと驚いただけだから」
「……ごめん。私が……いをもっとうまくコントロールできれば……」
「大丈夫だって。じゃ、そろそろお兄は行くよ。……友達増えてたね。よかったよかった」
「うん……本当にごめんね。それと……きてくれて、ありがと」
「ヒャオかわいいね来年もきーちゃおっ! わぁ顔面に拳はやばいねサヨナラ三角!」
ちょっと手が早いのが欠点かもだけど、総じてかわいい妹だよ。
一時期完全なる厨二が目覚めかけていたから少し心配していたんだ。自分のことを呪憑きとかなんとかいっててさ。
ところで今避けたパンチの当たった壁の所罅入ってるね。老朽化かな。危険だから教師を見つけたら報告しておかないと。
帰り道。樹月の学校と僕の学校は違うから、見知らぬ帰路を歩いていたのが悪かったのだろうか。
気付けば道らしい道ではなく山道のようなところに入っていた。
おや? いつの間にか下山していたのかな、なんて考えながら再度歩き始めると、段々と傾斜がキツくなってきて、そうして上りに変わった。じゃあやっぱり戻るかと踵を返せば上り道。もう一度振り返ると下り道。
これは困った。もしかしたら僕はこのまま迷いに迷って、飢え死にするしかなくなってしまうのかもしれない。
カランコロンと……下駄の音がした。続けざまに二つ、三つと。
周囲の木々、枝々の上に人影が揃っていく。黒い翼に兜巾、錫杖、赤ら顔に高鼻の山伏たち。
「立ち去れ、少年。ここは生者の来て良い場所ではない」
「ああいいよ口上は。その後もう一回立ち去れっていって、僕が自分の意思で来たんじゃないとか帰り方がわからないって言うとなら仕方がないって言って僕を食べようとするんでしょ」
「……」
「そのために呼び込んだ……つまりマッチポンプだ。タチサレ系の怪異は大体そうだよね。あくまで自分たちは悪くない風を装うんだ。誰も見ていない……仲間しか見ていないんだからしなくてもいいことなのにさ」
いや全く、天涯孤独のお兄ちゃんと妹の憩いの時間の余韻をよくもまぁ壊してくれたよね。
僕の秘されたチカラが火を噴くのも仕方がないっていうか、うんうん、こればかりは言い訳をいくらでも言い連ねられるから心が楽っていうかさ。
「やめてよね。僕は見つかるわけにはいかないんだ。気付かないでほしいけれど、僕は狙われちゃいけないんだよ。その辺の塩梅を上手くできないから君達は大成できないんだ」
「……ハッタリだな、少年。お前の周囲にいた者からは感じた力を、お前からは感じない。──無駄な足掻きだ。言葉遊びではどうにもならないことが世界にはあるのだと知れ」
山伏たちが僕へと殺到する。
直後、それらがすべて消失した。
否──山伏の一人が持っていた錫杖。その先端だけが残って、かしゃんと音を立てて山道に落ちる。
残されたのは、ずっと言葉を発していた一人のみ。
「な──に、が」
「やっぱり皆には何かあるんだね。そういうごっこ遊びじゃないって知れただけでも君達と遭遇した甲斐はあったよ。──じゃあ、さようなら」
コロン、と。
落ちるは、山伏のつけていた赤ら顔の面。
それを拾って。
「……で、山は山なんだね」
実はこれ結界とかで気付けば元の場所にパターンじゃないのかー。
流石にそろそろ喉が渇いてきたな、という頃合い。
「──いた、お兄! 真名さん、伊賀糸さん!」
「ん?」
親愛なる妹の声が聞こえたと思ったその瞬間、バリバリドーンと雷が落ちたような音が響いて……気付けば元の場所にいた。
おお、やっぱりじゃないか。
「やぁ真名、良八、樹月まで。珍しいメンバーだね」
「ま、マイペース……。ってお兄、そうじゃないでしょ! 心配したんだからね!?」
「もしかして探してくれていたのかい? ごめんよ、慣れない道だから迷っちゃったみたいで」
「良かった……このまま見つからないかと」
「……おい、有仁」
「なに、良八」
「その面……どこで手に入れた?」
良八が険しい顔で睨みつけるは赤ら顔の面。
「拾ったんだよ。山の中で」
「……それがトリガーか? チ、連中見境いがねぇな」
「間違いない……狗憑きだ……私、お兄を巻き込んで……」
ふむ。もう危険はないよと伝えたいけれど、それをすると僕の秘密も自動的にバレてしまう。
なにかないかな、良い方法。
……まぁ素直に言ってみるのはアリかも。
「そういえば山の中で山伏みたいな人達に会ったんだよね」
「会ったのか!?」
「うん。なんでも大きな力が現れたから、それから逃げるために集団引っ越しをするとかでさ。その後にこれを拾ったから、落とし物なんじゃないかって彼らを探してたんだけど……」
「引っ越し……って、その人達が本当にそう言ったの?」
「うん」
真っ赤な嘘であることを除けば真実だからね。堂々と胸を張って言える。
僕の言葉に思うところ会ったのか、三人は「けど……だとしたら」とか「取り込まれたんじゃなくて居残ることになったとか?」とか「サイコロ兄妹曰く前の……もずっと居眠り……」とか。
そういう作戦会議は本人のいないところでやるべきだよね。毎回思ってるけどさ。
「とりあえず自販機探したいな。なんでか喉渇いちゃった」
「そりゃお前、三時間以上山ん中彷徨ってたらそうなるっつの。ほれ、水筒やるよ」
「わ、ありがとう」
三時間も経っていたのか。ウラシマ効果……というより今回はオシーンの伝説かな。
「あとその面、俺に寄越せ。危ねぇから処分する」
「えー、気に入ってたのに」
「ダメ、有仁。早くそれ伊賀糸君に渡して」
真剣な顔の良八と真名。真剣っていうかちょっと目が怖い。
はいはい渡しますよ。それにもう力なんて残ってないと思うけど。
「よーし。んじゃ樹月、有仁と一緒に帰ってやれ。今度は連れ去られないように」
「あれ、良八って樹月のこと名前呼びだっけ? いつのまにそんなに仲良くなったの?」
「ん゛っ……まぁな、色々あってさ」
「人の妹と色々あってほしくないんだけど」
「ばっ、お兄、そういう話じゃない!」
「じゃあどういう話? って飛んでくるよその切り返し」
「調子乗り過ぎ! 私達がどんだけ心配したと思って……!」
ツッコミのつもりなのだろうけど、完璧に腰の入った拳が僕に入る。
いや、入りかける。
良八が止めたのだ。
「っとと……っぶねえ、樹月、今お前は」
「──っ、ごめんなさい……伊賀糸さん、怪我は」
「俺は大丈夫だよ。安心しろ、深呼吸して、力を逃がせ」
ふむ。良八の手から零れた一滴については、気付かなかったことにした方が良いのかな。
しかしなるほど、「お前の周囲」か。樹月もいつの間にかだったのか。じゃあ厨二病じゃなかったのかなぁアレ。
でも一時自分の腕を掴んで「……疼くッ」をしたり左目に包帯巻こうとしたりしてたからなぁ。
「……はい。……落ち着き、ました。けどできれば」
「うし。……まー心配な気持ちも分かるが、練習だ。有仁相手なら万一があっても止まれる。……今止まれなかったからって落ち込むな。絶対できる」
「ッ……」
過保護だなぁ良八は。これくらいのツッコミ毎日受けているのに。
そもそも僕が樹月にこうしてダル絡みするようになったのは、彼女がずっとどこか遠慮気味だったからだ。そのタガが外れるように仕向けたのが僕なのだから、タガの外れたツッコミを咎めるわけがないっていうね。
なんでそんなことをしたのかって……そうしないと潰れちゃいそうだったからネー。
「樹月」
手を差し出す。今しがた良八の手を殴った彼女の手に添えるように。
「ぅぁ……」
「良八が大丈夫なんだったら、僕も大丈夫。でしょ?」
「その理屈はよくわかんねーが、まその通りだな!」
震えている手。一向にこちらの手を掴もうとしない手を、無理矢理に掴む。掴んで引っ張る。
「ぁ……」
「ほら、おいで。おいてっちゃうよ。この道に慣れた樹月を置いていったら僕、また迷うからね」
「なんでそんなことに自信満々なの……」
「君のお兄は、君が思っているより手のかかるお兄だからだよ」
真名と良八に手だけで挨拶を送って。
僕と樹月は、ようやく帰路に就くのだった。
その日の夜、不思議な夢を見た。
僕と樹月はパジャマのまま外にいて、目の前には白銀に輝く九本尻尾の狐がいて。
狐は荘厳な声でこう問いかける。僕にではなく樹月に。
「ノロイツキの娘。選べ。我を受け入れるか、兄を差し出すか」
「そん……なの」
夢だ。夢だとわかる理由は、僕の中にあのチカラがないから。
それはあり得ない。どんだけ優れた術者でも、僕の許可なしにあのチカラを取り出すことはできない。その相手が僕らの術理も知らない怪異とあればなおさらに。
だからこれは夢で、僕の魂がどうこうされているわけではない。これは樹月がこの狐を受け入れざるを得ない状況を作ってそれに頷かせるだけのためのマッチポンプ。昼間の山伏こと天狗と同じやり口だね。
さて、こういう場合、樹月が何かを答えるまで僕がアクションを取ることはできないんだけど……逆に言えば、僕が狐の想定外の動きをすれば、こういう夢は泡と消えるということでもある。人質が苦しむ以外の動きをするのはあり得てはならないからね。
食む。侵食する。
「む……?」
夢とは脳の記憶整理であると言われている。それはまぁ正しいんだけど、ことこういう世界では隣り合う世界への侵入とされることが多い。
夢見、夢渡り、夢占い。こういうのは大抵よく似た隣の世界から情報を取ってきている。
世界と世界を結ぶコードは特殊な端子をしていて、世界しか見つけられないが故に世界以外が引っかからずに済んでいる。ならばそこに世界の端子と似せたものを近づければ。
普段はできないことだ。こんな風に外部の力を使えば僕のチカラがばれるのも必至。
夢の中という絶対的な結界、絶対的な隔離空間に置いてくれたからこそできる力技。
「なんじゃ、口が勝手に──樹月。起きて、樹月」
「え……?」
「起きないと樹月が大切にしてる『お菓子のぼんちゃん』で樹月が買ってきたムース食べちゃうよ」
ピシ、と……夢に罅が入る。
僕からの干渉で気が逸れた狐の夢。そこへさらに樹月の起きたいという衝動が加わったのだ。
あとは、そうだな。
なぜか、狐によって縛られているはずの僕の前にムースが現れて。
なぜか、そのムースの前で「いただきます」をする僕が彼女の目に入りさえすれば。
「ダメ──ッ!!」
こうして覚醒させられるってわけ。
さて。
「よいしょ、と。やぁ狐さん。怒り心頭って感じの顔だね」
「なんじゃと……? ワシを乗っ取り返した挙句、ワシの夢で自由に動くじゃと?」
「ああうん、現実の僕は謂れのない罪でボコボコにされているっぽいから、せめて夢の中でくらい美味しい物を食べたいところだよね。いただきます」
うーん美味しい。現実でも食べたことがあるから味がわかる。
樹月もケチだよね。前回一口食べただけであーんなに怒ってさ。
「ノロイツキの妹の兄に呪力も霊力も無いのはおかしいと思ったが、やはり貴様」
「おお、オカルトファンタジー用語を連発するなぁ。でもやめてよ、少しでも掠る力があると気付かれかねないだろ」
妹はまだ気付いていないんだからさ。
「いただきます」
もう一度手を合わせて。
よし、これで、明日からは樹月も安眠だろう。
……なんでか段々お腹の辺りが痛くなってきたんだけど、もしかして夢の中なのにあたったのかなぁ。起きたくないなぁ。