実力を隠していることには気付かないでほしい 作:ユーザーネームを隠している
この学校の七不思議の一つ、『一番長い廊下』。単純に角から角までの間に教室が一つも挟まっていないというだけなんだけど、なんでそんな設計にしたのか謎であるために七不思議になっている場所。
そんな場所のど真ん中で、
この人、こんな場所で何をしているんだろう。
「どうした実浦。こんな場所で何をしている」
……確かに。
僕がそう思ったのなら、彼もそう思っただろう。
「散歩です」
「そうか。あと少しで授業始まるぞ。あ、廊下は走るなよ」
「競歩はオッケーですか」
「レギュレーションは守れよ」
ふっ……誤魔化されてあげるぜ!
***
妙に洗練された歩型で去っていった少年に、思わず「ふぅ」と溜息を吐く割人。
彼の姿が完全に見えなくなってから……『一番長い廊下』の中央に飾られている『黒い獅子のエンブレム』を左へ二回、右へ四回ひねり、軽く三度押し込む、という動作をした。
直後ズズズと音が響き、エンブレム周囲の壁が内側へと引き込まれ……そこに自動扉が出現したではないか。
割人はその中へと身を滑り込ませ……さらに扉の中、円柱状の部屋の壁の一部をボタンのように押下する。
あまりにも。あまりにも静かな起動音と共に彼の身体が地面の下へ沈みゆくと同時、またズズズと壁がせり上がった。エンブレムのあった壁は初めあった姿を取り戻し、継ぎ目はたとえそこにあると言われても気付かないほどになる。
ウィーンと静かな音を立てて円柱状の部屋ごと地下へ潜っていく割人。これなるは部屋ではなくエレベーターだったのである。
チーン、とそこは古めかしい音で到着が知らされる。開く扉。
扉の先には、どうにも見たことのある生徒が多く揃っている。
「おーす。保健室組、ズル休み諸君元気してっかー」
「授業中に招集かける総帥が悪いと思いまーす」
「仕方がないでしょう、怪異が出てしまったのですから」
近未来的な空間だった。壁面を走る光。どこかメタリックな全体。照明はすべて足元で、非常に明るい。だというのに飾られている物の多くは和っぽくて、なんともアンマッチな空間と言えた。
ここなるは『
全国各地に散らばる呪力や霊力を有する存在、またはそれを使う存在を管理・派遣するグループであり、それらを以て人界に仇を成す妖魔・怪異・能力者を討伐する守護者の側面も有している。
今ここに集まっている生徒たち……神白真名ら「いつもの四人」も特殊能力者であり、今エレベーターを使ってここにきた割人も同じ。
表の学校はこの裏の顔を隠すためのカムフラージュでしかないのだ。だから多少授業態度が悪くても許されている面は大きい。
そんな中に一人、学校で見かけることのない、真っ白でほっそりとした青年がいた。眼鏡をかけたその青年の肩書は──総帥。あるいは協会長。
つまり、ここで一番偉い人、である。
「話を戻しますが、あなたたちは最近"特別保護対象"に近付きすぎです。怪異退治があなたたちの本懐であることは十も承知していますが、"特別保護対象"への過干渉を許したわけではありませんよ」
「いやだって、友達だし……」
「ええ、ですから関係を断てとは言っていません。しかし、我々能力者の実情が"特別保護対象"に露見するわけにはいかないのです。少なくともこの世界に倒さねばならない者がいる内は」
"特別保護対象"。通称特保。
SAMDAの遵守たるルールとして、彼に過干渉してはならない、彼の前で能力を使ってはならないというものがある。
どれほど心苦しくても彼にだけは真実を教えてはならない。どれほど大変な目に遭っても彼だけは守らねばならない。
そうしなければ。
「そうしなければ、我々の使う能力はすべて消えてしまうのですから」
ここ、
それは事実だ。この地に眠った神は、人間に力を与えた。他者を害する力・呪力。自身を守る力・霊力。この二つがあったからこそこの土地では争いが絶えなかったし、今こうして協会が作られるに至っている。
眠っている……眠っていたはずの神は、長らく沈黙を貫いていたはずの神は、昨年突如神託を告げた。
『そなたらの扱う力は、我が見る夢の力である。我はそなたらの中から最も力なき存在として、実浦有仁という少年を選んだ。彼が夢を直視したその瞬間、すべての夢は朝に溶けるだろう』
その日から、少年は"特別保護対象"になった。幸いにして彼に能力を見せた者はその時点までに誰もおらず、これよりそれを遵守するようルールが課されたのである。
呪力や霊力を蛇蝎の如く嫌う者もいる。それのせいで人生を狂わされたと。そういう者達でもこのルールは守る。
だって消えるのは呪力や霊力だけで、妖魔らには何の影響もないのだから。せめて……せめて、妖魔や怪異の脅威がゼロになってからでないと、夢に覚められては困るのだ。
「で、総帥。お叱りだけが呼び出し理由じゃないだろう。さっき怪異が出たと言っていたが、急がなくていいのか」
「──そうでした。いいですか、今回観測された怪異は『山比古』。本体は一つですが、本体と同程度の力を持つ分身が山ほど出てくる厄介な怪異です。以前観測された個体はそこに加えて超音波による波状攻撃も行ってきました」
「成程、それで俺か」
「はい。今回は神白さんたちの『第三班』に隠寺を同行させた形で送り出したいと思います。隠寺の能力は『
若干ひきつった顔をする割人。
彼の能力……というか彼は符と呼ばれる特殊な紙札を用いて戦う符術師であり、最も得意としているのが『黙符』という符による戦闘というだけ。それを西洋被れな能力名化したのが総帥なのである。なおその出来はELTの教師が肩を竦めてOhというほどであるのは黙っておくべきだろう。
大きく溜息を吐く彼に、本信がポン、と手を置いた。彼も被害者の一人である。痛みとは分かち合えるのだ。
改めて、と。紙たばこをやりながら、割人が指示棒を執る。
「今回の敵、『山比古』は古くは天平宝字七年……西暦七六四年に成立した古株も古株な怪異だ。前回の鵺が平安末期だったからな、今回のはかなり歳を食ってる」
「ってことは、大分強い感じ?」
「本体はそこまででもない。総帥が言っていたように分身が厄介な敵だ。俺の霧で殺せるのは音だけな上、霧によって視認性が低下する。そうなった時に味方の位置がわからないんじゃあお粗末だ」
「私の
「それで位置把握できるのはお前だけだろ、神白。全員が分からなきゃ意味無いんだよ」
となると。……うーむ、と考える事一分ほど。
有楽が顔をあげて提案をする。
「サイリウムとかダメかな。ライブとかお祭りで腕に巻くタイプのつけてれば、わかるくない? 怪異はそんなのつけないだろうし」
「そんなものどうやって手に入れるんだ」
「え、かっちゃん先生知らないの? コンビニで売ってるよ」
「マジ? 昔売ってたのは知ってるけど、今売ってるか?」
「夏ならともかく九月はどうだろうなー……」
「え゛……もしかしてこの情報、古い?」
絶望の目を割人に向ける有楽。肩を竦めて「俺からはなんとも」と首を振る割人。
「とにかく、サイリウム作戦は大丈夫そだよね。私買ってくる! 作戦開始までには間に合うから! ──とう!」
ガラッとハッチを開けてダイブする有楽。描写し忘れていたけど、ここは上空五千メートルのヘリの中である。
「閉めるこっちの身にもなれ、っつの!」
物凄く重い扉を締め直す本信。
「んで、賽五妹はいいとして、お前ら自分たちの能力はちゃんと把握しきれてるんだろうな」
「そりゃあな、同じ班員だぜ?」
「私、本信の能力ちょっと自信ないかも。式神系なのはわかってるんだけど……」
「だそうだが」
「……。……まー、式神系であってんだがよ。他に言い方がねえっつうか、色々できんぜ」
「その色々の部分の詳細を話せって言ってるんだよ」
ヘリの中で、煙の出ていない紙たばこをプカーっとする割人。本信は激しく頷くほか二人に圧され、渋々話し始めた。
「まず、
「ああ、よく見るね」
「んで俺のメインウェポンがこいつ、
「自分の式神なのに?」
「じゃあ良八お前、紙の雌雄見分けられんのかよ」
「そりゃ無理だが」
猿の雌雄だってわからないのに紙となるとてんでさっぱりだと首を振る彼。
「あとは細々とした奴らだから、覚える必要はないんじゃねーかな。少なくとも霧の中で役立つ能力はねーよ」
「そうか。神白の能力は……いいとして、伊賀糸、お前は?」
「なんで飛ばすの!?」
「いや、神白家の能力は相伝だからな。有名なんだよ、
「他にもあるよ……私のチカラ……!」
「
「あっあっやめて、尽きちゃうからやめて!」
神白真名の家、神白家は
当然この家が使う術法は公開されているものが多いが、汎用性に反して血筋の合致がなければ使えない術の多さから、公開されているのに一子相伝というスタイルを確立できている。
「すげーよなー。式神とか符を使うっていうんなら攻防一体もうなずけるけど、神白はそうじゃないのに攻防一体なのが」
「だからこその名家と言える。だが伊賀糸、お前も防御のようなことはしていたと報告に上がっている。実際どうなんだ?」
「あー、俺のは応用っつーの? 敵に攻撃する時に鬼が宿るんだけどよ、当然鬼の力で殴る時人間の拳じゃあ拳が砕けちまうはずだろ? けど砕けてねえ。ってことは、打撃の瞬間だけは腕自体が鬼化してるんじゃねえかって考えたんだ。前やったのは防御の瞬間に殴るイメージを持って腕だけ鬼化して攻撃を防いだって話」
「……言っちゃなんだが、意外と器用だよなお前」
「大雑把そうに見えるってか。よく言われるよ」
じゃあ最後に、と。
割人へ目を向ける三人。
「俺も賽五兄と同じで色々できるんだがな。これと言った攻撃力には欠ける。霧を出したり光を奪ったり、影を伸ばしたり左右を反転させたり……妨害ばっかだよ」
「なんか悪役っぽい」
「うっせ」
んで、と続ける彼。その指に挟むは今も吸っているタバコ。
「これが俺の符ね」
「え、……どういう趣味なの? 暴発したら口の中とんでもないことにならない?」
「しないから吸ってんの」
「吸えてんのかそれ」
「ガキはダメだよ。お前らが大人になったら吸わせてやる」
「結構だが」
さて。
そろそろ、時間である。もう一度ガラっとヘリのドアを開ければ、ホバリングするヘリの横を同じくホバリングする影が一つ。
「早く出てきてよ! 寒いって!」
「サイリウムは買えたのか?」
「もち!」
「よし、んじゃ降下するぞ」
作戦開始である。
作戦終了である。
お疲れさん、と言ってエレベーターを昇り、エンブレムのある壁を閉じたあたりで……割人はその視線を覚えた。
「ああ先生、珍しいですね。こんな場所で二度も出会うだなんて」
「本当にな。俺は授業の帰りだが、実浦、お前はなんでここに?」
実浦有仁。"特別保護対象"。彼についてだけは、善なる能力者も悪なる能力者も手を取り合って「保護をする」方針で話がついている。
彼に能力や怪異の実態を見せようとするのは、怪異自然主義と呼ばれる異常者たちだけだ。
「散歩ですよ。日課なんです」
「そうか、おかしな日課だな」
「良く言われます」
不思議な間があった。
彼は何も気付いていない。彼は何も知らない。
そのはずなのに、時折何か察しているような素振りを見せる。もし察していたら、夢が覚めてしまうのに。
どこか。
どこかうすら寒いものを感じて、割人はその場を去ろうとした。「先生は用事があるから」と。
「
「……なんだ」
「知っておいてほしいんです。みんな先生のこと好きなんですよ、って。それだけを」
「充分伝わってるよ」
「はい。なら、いいです。……お疲れ様です。また明日」
「おう」
踵を返し、去っていく実浦有仁。
割人は背を向けながらも彼の行方を見守る。その背が曲がり角を曲がるまで、ずっと。
そして見えなくなって。
「こっえー。アレほんとに気付いてないンスかね」
「気付いていたら能力は消えている。気付いていないんだよ、アレで」
どこぞより現れた生徒にそう漏らす。
「収穫は?」
「とびきりのが。あっちの学園……特保の義妹が通ってる学園にいましたよ。名前は
「
「ええ、とびきり」
「……
「ういス」
摩園物也。彼は魔そのものである。人に化けた妖魔。半分人間とかそういうことは全くない、人に化けた妖魔の家系。
そして隠寺割人。彼は隠れて悪いことをしている人……つまり裏切り者であるのだが。
「みんな先生のこと好き、か」
「社交辞令ッスよそれ。人間なんか、妖魔とつるんでるってわかった瞬間すぐ掌返すんだ」
「……そうだな」
心に刺さった小さな棘は、果たしてなにを生むのか。
***
妹に今日あった不思議体験を話した。
「山で大きな声を出したのに返ってこなかった、ねぇ」
「そうなんだよ。山びこがいなくなってしまったのかもしれない」
「……それ自体は思い当たる節がないでもないんだけど……その前に、お兄?」
「なにかな樹月。あれ怒ってない?」
「この前山で遭難してあれだけメーワクかけたのに、まーた山行ったの!? 懲りないの!?」
いやいやあれは不可抗力ですやん。
僕のせいちゃいますやん。
「今回は小学校の頃とかによく行ってた山にしたんだよ。あそこなら迷わないから」
「お兄の迷わないからは信用できない!」
「えー。……じゃあこれからは樹月を迎えに行くよ。一緒にならどこ行ったっていいだろ?」
「中学生と高校生とじゃ授業終わりの時間違うでしょ……」
「僕が早退すればいい」
「馬鹿言ってないで。……真名さんから聞いたけど、授業もほとんど寝てるんでしょ? お兄ってケータイとかパソコンでゲームしないのに、よくそんなに眠れるっていうか、どこから来てるのよその眠気」
あー、それは。……僕の隠しているチカラが原因なんだけど。
そんなことは言えないので、適当を言ってごまかす。……と思ったけど、ここは本当を切るのもいいかもしれない。
「僕には……そう、なんか燃費の悪い凄い力が眠ってて!」
「無い。断言してあげるけど、無い」
「……いやいや。樹月に何がわかるっていうのさ」
「無いから。お兄には力とかないから。……普通の睡眠時間で足りないなら、今日から早めに寝て。で、ちゃんと授業受けて」
「えー」
「でないと高校卒業できないよ? いいの、再来年私が高校に上がる時まだお兄高校生でいいの?」
「それもいいかも」
「よくない!」
どうやら僕には呪力や霊力というものがからっきしらしいので。
この方便も、今後は使っていこう。
すべてはチカラを秘するために──。