咲-saku-外伝 Ars   作:えいどら

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中編

 スクールバスを降りたアルスは、夕暮れの街の中をアパートへと歩いていた。煉瓦造りの外壁は長年の風雨にさらされて色褪せており、鉄製の階段はギシギシと音を立てる。ドアに手をかけたとき、ふと思い出したように、彼女は足を止めた。

 

 「……そういえば、あの人……最近ずっと下の階にいたな……」

 

 ため息を一つ吐き、アルスは自分の部屋のひとつ下の階の扉をノックするでもなく、軽く開けて中へと入った。

 

 部屋の中には、紙の焼けたような匂いと、甘く燻る煙草の香りが漂っていた。

 

 「……また……部屋、くさ……」

 

 部屋の中心には、年代物の肘掛け椅子。そこに腰を下ろしていたのは、銀髪に深い皺を刻んだ男——モーガンだった。彼は分厚い革表紙の魔導書を膝に広げ、片手に持ったキセルをふかしていた。

 

 「おお、帰ったのか。学校の魔術の授業はどうだった?」

 

 「うちの学校、魔術の授業ないし……。てか、なにその煙……身体壊すぞ」

 

 アルスは鼻をつまむようにして言った。

 

 モーガンは微笑を浮かべ、キセルの灰を小皿に落としながら答える。

 

 「壊れた時は、私も神の意志に従うまでさ。年寄りがどう生きようと、もう与えられた時間は借り物だ」

 

 その物言いに、アルスの眉がぴくりと動いた。

 

 「……はあ? なにそれ……そういうの、嫌いなんだけど……」

 

 ポケットから小さな琥珀を一粒取り出すと、アルスはそれを手のひらに載せたまま、ひとつ息を吸う。

 

 小さな呪文とともに、空間が一瞬だけ歪む。

 

 琥珀が淡い光を帯び、水の粒子が収束し、空中に直径5センチほどの球体が生まれる。

 

 「……ほら。頭冷やせ」

 

 そのまま水玉をシュッと投げつけた。

 

 だが——

 

 「効かんぞ」

 

 モーガンが指先で自身の胸元に刻んでいたルーンに触れた瞬間、彼の膝上に置かれていた琥珀が共鳴し、淡く光る防御障壁がぱっと展開される。

 

 アルスの放った水玉は見事に弾かれ、真横に反射して——

 

 びしゃっ。

 

 「……うわっ」

 

 アルスのパーカーの右袖に水がかかった。

 

 「ちょっ……最悪……!」

 

 彼女が濡れた袖を見てむすっとしていると、モーガンはタバコをくゆらせながらため息をついた。

 

 「やれやれ……感情の制御が未熟だな。これではまたエルの仕事が増える」

 

 「……は? なんでエルさんの名前出てくるの……」

 

 「部屋が水浸しになる前に、床の結界を点検しておくのさ。お前の癇癪の後始末も、いつも彼女に頼んでいるからな」

 

 「……うっさい。あたしがやるし……」

 

 パーカーの袖をしぼりながら、アルスは不機嫌そうにそっぽを向いた。

 

 それを見て、モーガンは魔導書を静かに閉じた。キセルの火もゆっくりと消える。

 

 「魔法は、力を示す手段ではない。そう教えたつもりだが?」

 

 「うるさい。うちの学校に“説教”って科目はないから」

 

 アルスはぷんすかとしながら扉を開け、自室の階へと上がっていった。

 

 階段の音が消えたあと、モーガンはふっと笑い、もう一度タバコに火をつけた。

 

 「……ほんとに、エルの言うとおり、面倒な子だ……だがまあ……いい風だ」

 

  アルスが階段をのぼっていったすぐあと。

 

 モーガンは、静かになった部屋でキセルを軽くくゆらせながら、先ほどの水滴が飛び散った机の上を見つめていた。天井からは、わずかにポタリ、と雫が落ちてくる。

 

 「まったく……水の魔法は後始末が面倒だ。エルが帰る前に拭いておくべきだったかな……」

 

 そのとき——

 

 バン!

 

 勢いよくドアが開いた。モーガンの眉がぴくりと動く。

 

 「じーじっ!! アルス来てる!?」

 

 明るく、少し高めの声が室内に響く。玄関に立っていたのは、鮮やかな金髪をふわりと揺らす少女だった。白を基調にしたローブ風の衣装には淡いピンクと空色の装飾が施されており、リボンのついたケープがひらひらと翻っている。

 

 彼女の名はエルアリア。通称「エル」。モーガンの孫であり、同じく魔法を修める若き魔法使いだった。

 

 モーガンはキセルを皿に置きながら、のんびりと答えた。

 

 「ついさっき帰ったぞ。うちをノアの方舟みたいにびしょびしょにしてな」

 

 「わあぁーっ……! また水魔法暴発させたんですか!?」

 

 エルは両手をばたつかせながら、返答すらせずくるりと踵を返し——

 

 「行ってきますっ!!」

 

 バシュッ!!

 

 詠唱もなしに、彼女の足元に青白い魔法陣が一瞬だけ展開される。風が巻き起こり、エルの体はふわりと空中へ跳ねるように飛び出した。

 

 そのまま階段の手すりを蹴って跳ね上がり、瞬時に上の階の廊下へとたどり着く。

 

 「アルスーッ!」

 

 勢いそのままに、目的の扉を——ノックもせずに——バンと開けた。

 

 室内では、アルスの母親がキッチンでタオルをたたんでいた。突然の訪問にも、特に驚いた様子はない。

 

 「あら、エルちゃん。ノックくらいしてね」

 

 「す、すみませんアルマルおばさん! 今度から絶対気をつけます!」

 

 ぴしっと頭を下げたあと、すぐさま顔を上げて早口でまくしたてる。

 

 「アルスいますか!? 昨日の件で話したいことがあってっ!」

 

 「今日はなんだか忙しいみたいだよ。モーガン=フロージアのところにいないなら、きっと——」

 

 「ありがとうございますっ!!」

 

 母の言葉を最後まで聞くこともなく、エルはぱっとお辞儀して、くるりと振り返ると再び廊下を駆け出していった。

 

 「こらーっ! 階段は走らないでー!」

 

 「はぁーいっ!! でも今だけは急ぎますーっ!!」

 

 靴音がドタドタと響きながら、外階段を下りていくエル。アルスの母親は苦笑を浮かべながら、そっとタオルを畳み続けた。

 

 

 

 

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 錆びた歯車の軋みと、蒸気の吹き出す音が静かに響く。

 

 アルスの足元に敷かれた金属の床は、所々が煤けており、踏むたびに軋んだ悲鳴を上げた。赤銅色の梁が天井を走り、壁には用途不明のレバーや配線が乱雑に貼り付いている。どこかクラシカルな趣のある、アンティーク調の工場。その空間は、まるで時間そのものが迷い込んだような感覚を与えた。

 

 「……ちょっとイラっとして、すぐ出ちゃったけど……」

 

 アルスはぶつぶつと呟きながら、両手をポケットに突っ込んだまま歩いていた。

 

 「やっぱり……モーガンに、ここにいる奴のこと……聞いとけばよかったかも……」

 

 軽くため息。けれど足は止めない。蒸気の抜ける音が間隔を詰めて耳に届き始めた。

 

 先へ進むと、視界が開けた。

 

 その通路は長く、左右に並ぶ鉄のパイプとギアが、まるで神殿の柱のように無言で立ち並ぶ。床の隙間からは煙が漏れ、天井には吊り下げられた鉄格子の檻のような通気口が幾つも並んでいる。

 

 そして、その空間をすうっと滑るように飛び回るのは——

 

 機械の鳥だった。

 

 ギイ、ガタリ、と羽ばたきのたびに音を立て、真鍮の羽根を軋ませて舞うその鳥たちは、鋭く輝く赤いレンズのような瞳でアルスを捉えると、一斉に低く鳴いた。

 

 カチ、カチ、と何かが起動する音。

 

 次の瞬間——

 

 「うわっ、ちょっ、あつっ!?」

 

 嘴から放たれた火の玉が、通路の床を爆ぜる。

 

 アルスは身をひねって回避し、すぐに腰のポーチから小さな黒曜石の魔石を取り出した。片手で魔石を砕き、足元に素早く展開した魔方陣から、冷たい空気とともに水の弾丸が生成される。

 

 「ほら、うるさいってば……!」

 

 バシュッ!

 

 水弾が放たれ、火の玉を吐いた鳥を正面から撃ち抜いた。機械の鳥は悲鳴もなく、きりもみしながら地面に落ち、火花を散らして動かなくなる。

 

 アルスは息をつきつつ、次の魔石を取り出す。

 

 「何羽いるの、ほんと……! これ絶対、“軽く見に行ってみよ〜”って場所じゃなかった……!」

 

 次々と火の玉を吐く鳥たちに対し、アルスは魔法を応射しながら走る。水、風、冷気、反応するように変化する術式。繊細な詠唱は必要ない。彼女にとっては、もはや反射のようなものだった。

 

 廊下の奥に、急に空間が開けた。

 

 天井が高く、歯車が幾重にも回転する大空間。その中心には、一本の巨大な蒸気煙突が立ち、その根元には奇妙に整備された鉄の広場が広がっていた。

 

 ——そして、その広場に、静かに佇む存在たち。

 

 機械の鳥たちを遥かに上回る大きさの金属の獣たち。歯車で構成されたたてがみを持つ狼。蒸気を噴き出す四肢をもつ馬。どちらも漆黒と銅のボディに覆われ、胴体の内部では熱光が脈動しているのが見える。

 

 それらはまだ動かない。ただ、アルスの存在を感じ取っているように、頭を僅かに傾け、赤く光る「眼」をこちらに向けていた。

 

 「……やな空気……すごい、やな空気……」

 

 アルスはそっと息を呑んだ。

 

 水の魔法を解かずに、ポーチの中に指を伸ばす。まだ、戦いが終わっていないことを、本能が告げていた。鋼鉄の床が爆ぜ、蒸気が噴き上がる。機械の狼が咆哮を上げて跳びかかり、アルスは間一髪、滑るように体を伏せてかわす。

 

 「っ、うわっ……!」

 

 跳躍の直後、アルスは腰のポーチから琥珀を一つ取り出し、手のひらで砕いた。破片が舞い、空間に小さな魔法陣が展開されると、鋭い氷の槍が次の瞬間、突進してきた機械の馬の脚部を貫いた。

 

 ギギギッ……!

 

 巨大な馬の機構がよろめき、地に伏す。赤い目が虚空を見つめたまま消灯し、機械の内部からは緩やかに蒸気が漏れた。

 

 その様子を、鉄製の配管の裏、暗がりに潜んで見つめる一人の影がいた。

 

 「すげぇ……あの機械を、一撃で……!」

 

 驚きと、どこか憧れの混ざった小声が漏れた。しかしアルスは、気づかない。今の彼女にとって、意識を向ける余裕のない“雑音”に過ぎなかった。

 

 床の血管のように這う配線をまたいで、アルスは広場の先へと進む。

 

 やがて、鉄骨の階段の先に位置する通路の手すりに、杖をついた男の姿が現れた。

 

 古びた黒の燕尾服、片目にかけた金縁のモノクル。杖の頭には奇妙な発条機構が組み込まれている。顔の皺は深く、しかしその立ち姿には威厳が宿っていた。

 

 「有利な個々の変異を保存し、不利な変異を絶滅すること——」

 

 老人は、機械の獣たちの残骸を見下ろしながら、まるで授業のように語り出した。

 

 「——これが自然淘汰である。ダーウィンの言葉だ」

 

 アルスは顔をしかめて、その声の主を見上げた。

 

 「……なにそれ。詩かなんか? 理科の教科書にでも書いてあるの?」

 

 老人はくすりと笑い、ゆっくりと杖を地に突く。

 

 「いや。これは、君やモーガンの話さ」

 

 「……モーガン?」

 

 「命の形は常に変異し続ける。魔術と科学、感情と論理、魂と機構……。時代遅れの発明品は、やがて死に絶える。——そして、新しいものが産声を上げるのだ」

 

 その言葉とともに、彼の杖の機構がカチリと音を立てた。

 

 ズガン!

 

 鉄骨の床が揺れ、隅に控えていた巨大な機械の狼が咆哮を上げる。今までの個体とは桁違いの大きさと駆動音。各所のジョイントからは青白いエネルギーが漏れ、全身が冷却蒸気に包まれている。

 

 「……やっぱり、そう簡単には終わらせてくれないか」

 

 アルスは呟くように言い、手の中に二つの魔石を取り出す。両手で同時に術式を組み上げるのは、彼女にとって高負荷の作業だが、躊躇はなかった。

 

 「こいつら、一個一個に……独立した動力源があるのか……」

 

 水と雷の複合魔法を編みながら、彼女は機械狼の脚部や胸部、関節の稼働音を観察し続ける。

 

 「それとも……“操り人形”みたいに、大元から制御されてる……?」

 

 それを知ることで、戦いは変わる。必要な破壊箇所が変わる。使う魔石の数も、術式の種類も——そして生き延びる確率も。

 

 「——試すしか、ないっ!」

 

 アルスは叫び、魔法を放った。

 

 水の渦が床を走り、雷の槍が直線的に放たれる。その先には、旧時代の神話を模したような機械の獣が、牙を剥いて彼女を迎え撃っていた。

 

 爆ぜる火花、うねる熱風。

 

 アルスは魔石を一つ手の中で握りながら、視線を彷徨わせていた。

 

 (……フレンさんは……どこに……?)

 

 広大な工場の中、歯車と煙管の隙間を目で追うが、それらしき姿は見当たらない。彼女の気配すら、空間に沈んでいた。

 

 その刹那——

 

 ギギギギッ!

 

 機械の狼が彼女の沈黙を見逃すはずもなかった。前脚をたたき、蒸気を圧縮したような力で地を蹴り、一気に間合いを詰めてくる。

 

 「……っ!」

 

 咄嗟に魔法を発動させようとしたその瞬間——

 

 ズドォンッ!!

 

 空気を切り裂く衝撃波が真横から飛び込んできた。紫紺の残光を引くそれは、狙いすましたように機械の狼へと直撃する。

 

 金属の身体が音を立てて崩れ、内部の歯車と駆動軸が派手に弾け飛んだ。狼はそのまま、ガシャリと音を立てて崩れ落ち、黒煙を噴き出す鉄の山と化した。

 

 「え、今の……」

 

 アルスが息を呑む間もなく、背後から足音が響く。

 

 「セーフ! 間に合いましたぁーっ!!」

 

 可愛らしい高めの声とともに、白と桃色を基調としたケープを翻して、少女が跳ねるように現れた。両手には淡く光る複数の小さな宝石が握られており、額には細い金属の装飾をあしらった魔具バンドが嵌っている。

 

 エルアリア——エルだ。

 

 「来たか……モーガンの孫娘!」

 

 上階から、あのモノクルの老人が嬉しそうに声をあげた。声には嘲笑も怒りもない。ただ、実験の観察者のような、冷静な興奮だけがにじんでいた。

 

 アルスは、エルの姿を一瞥してから、まっすぐ老人を睨みつけた。

 

 「……フレンさんを、どこにやった……!」

 

 その言葉に、老人は不思議そうに首を傾げる。

 

 「……何のことだね?……知らんな。」

 

 本当に知らない——そう感じさせる態度だった。

 

 (嘘じゃない……?)

 

 アルスの目が警戒と混乱の狭間で揺れる。だが、時間はない。工場はまだ完全に沈黙してはいない。床を走る配線、冷却蒸気、そして——

 

 「あれじゃない?」

 

 隣に立つエルが、くいっと指を伸ばして天井を指差した。

 

 そこには、いくつもの巨大な歯車が噛み合い、ゆっくりと回転を続けている。その中心に、一際大きな回転軸があり、周囲の金属配線と導管が全てそこへと集中して繋がっていた。

 

 「……動力源……?」

 

 「うん。魔力の流れ、そこに集まってる気がしますっ。あのへん、きっと中枢のコアに直結してますよー!」

 

 アルスは目を細めて観察する。エルの言うとおり、そこから広場全体へと広がる魔力の振動が、淡く空気を揺らしていた。

 

 「……なるほど……。こいつら、“操り人形”だったんだ」

 

 魔法を使うたびに感じた違和感。精密すぎる動き。各個体に個別の意志があるには不自然だった。

 

 ——すべての制御は、ひとつの源に集約されていた。

 

 アルスはゆっくりとポーチから、蒼い魔石をひとつ取り出す。

 

 「じゃあ、あれを壊せば——全部止まる……!」

 

 エルも魔具を構える。その表情は明るく、だが真剣だった。

 

 鉄と蒸気の迷宮に、ふたりの魔法使いが並び立つ。

 

 「せぇーのっ!」

 

 エルが魔具の銃を両手で構え、細い指が引き金を引いた。魔石の力を圧縮し、放たれた魔弾は空を裂くように歯車の中枢部へと直進する。

 

 同時に、アルスの掌に浮かび上がった小さな魔方陣が火花をまとう。贄に砕いた琥珀が赤熱し、燃え上がるような火球が走った。

 

 ズガァンッ!!

 

 魔弾と火球が歯車の中心部に炸裂。巨大な軸が軋みを上げて停止し、振動が止んだ瞬間、広場中に張り巡らされていた魔力の流れが一気に沈黙する。

 

 ギギ……ッ ガシャッ——

 

 機械の馬、狼、鳥……それらすべてが糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。赤く光っていたレンズの「目」は黒く沈み、蒸気を噴き出す音だけが残った。

 

 静寂が、訪れた。

 

 「やった……の?」

 

 エルがそっと銃を下ろす。

 

 しかし——

 

 「……バカめ」

 

 その場に残っていた老人は、余裕の笑みを浮かべていた。上階の手すりに立ったまま、モノクルの奥で瞳が妖しく光る。

 

 「貴様らは……“動力源”という言葉に縛られすぎた」

 

 杖をゆっくりと掲げると、床に刻まれた複雑な歯車模様が一斉に動き出す。鉄と魔力の融合した魔導陣が燐光を放ち、轟音と共に地面が割れる。

 

 地鳴りと共に現れたのは——

 

 「これが俺の最高傑作……! ギアドラゴンだ!!」

 

 咆哮のような圧縮蒸気が噴き上がる。姿を現したのは、二足歩行型の巨大機械竜。金属の鱗板が重なり合い、背には歯車のような翼。全長は10メートルを超え、片目には巨大なスコープ状の機関が据えられていた。

 

 「……これと戦えっての……?」

 

 アルスがじり、と後ずさる。額に汗を浮かべながら、口を半開きにして呟いた。

 

 「う、嘘でしょ……!?」

 

 エルも目を見開き、銃を握り直す手が微かに震える。

 

 そのドラゴンはまさしく“兵器”だった。魔法生物のような柔軟性はなく、ただ理知と計算によって設計された殺戮機構。

 

 だが——

 

 「……あれ、さっきの動力源、もう止まってるのに……」

 

 エルがぽつりと呟く。

 

 「……こいつだけ、別に動力源があるのかも……」

 

 「マジか……」

 

 アルスが魔石に手をかけるより早く、ギアドラゴンの背中から長大な砲門がせり出した。蒸気の脈動音が響き、砲身が赤熱し始める。

 

 「うわ、やばっ! ちょ、動いてっ!」

 

 エルが魔具の銃を連射する。鮮やかな光弾がギアドラゴンの胴体へと集中して放たれるが——

 

 カン、キィンッ!

 

 全てが弾かれ、ただの火花として鉄の皮膚を滑っていった。

 

 「……効いてない……!? 一発も……!?」

 

 「こいつ、硬すぎ……!」

 

 アルスは歯を食いしばり、今度は氷と雷を複合した術式を展開しようとする。

 

 その間にも、ギアドラゴンの砲身が光を帯び——

 

 アルスとエルに、機械の巨獣が照準を合わせる。

 

 ギアドラゴンの砲門が光を帯び、照準がアルスとエルの間に定まったその瞬間——

 

 ガクンッ。

 

 金属の鳴き声のような音とともに、全身の関節が弛緩した。両腕をだらりと下げ、鋭利な爪も床に触れる。赤く光っていた眼球のようなスコープも、ふっと光を失った。

 

 「え……?」

 

 アルスがわずかに身構えを解く。

 

 「……止まった……?」

 

 エルも驚いた様子で、銃口をそっと下げた。ふたりの間に沈黙が流れる。

 

 ギアドラゴンは完全に沈黙し、まるで意識を失った巨人のように、虚空を見上げたまま動かない。

 

 上階のサルゴンと呼ばれた老人が、頭をぼりぼりと掻いて、ため息をついた。

 

 「……おっと。いかんいかん……今月の電気代を払っておらなんだ。止められとったか……」

 

 「はあ!?」

 

 アルスとエルの声が揃った。

 

 「まったく……電気を動力源にするというのも考えものじゃの。魔力より管理が楽と思っていたが、こうも不安定ではな……」

 

 サルゴンは文句を言いながら、ギアドラゴンの背中へ下りて行き、工具のような杖の先でいくつかの配線を引っ張ったり、ネジを叩いたりして点検を始めた。

 

 「……信じられない……さっきまで“最高傑作”とか言ってたのに……」

 

 エルがあきれ顔で呟く。だが、その目にはまだ緊張の名残が残っていた。

 

 彼女は、サルゴンの背に向かって言った。

 

 「……サルゴン。フレンちゃんはどこ? あなたを追って、フレンちゃんがいなくなったって聞いてるの。何か知ってるでしょ?」

 

 その言葉に、サルゴンは手を止めた。

 

 「……知らんぞ?」

 

 意外なほどあっさりした返答だった。サルゴンは振り返り、モノクル越しに真顔でふたりを見つめる。

 

 「今日この工場に来たのは、お前たちが初めてじゃ。俺はてっきり、あの魔法バカのモーガンが、ついに我が発明品を壊しに来たのかと思っておったんじゃがな」

 

 「じーじがそんなことするわけないでしょ……!」

 

 エルが呆れたように言うと、サルゴンは「むう、そうかの……?」と小さく呟きながら機械の裏を覗き込んだ。

 

 そんなふたりのやりとりを聞きながら、アルスはぼそりと漏らした。

 

 「……いや、もしかしたら……あり得るかも……」

 

 「アルス!? そんな……じーじがかわいそうでしょっ!」

 

 「ううん……モーガン、時々ほんとにやりそうだからなぁ……」

 

 エルがむくれている横で、アルスはふっと肩をすくめて笑った。

 

 「それで……本当に、フレンさんのことは何も知らないんだね?」

 

 アルスが念を押すと、サルゴンは真剣な顔で頷いた。

 

 「そもそも、誰じゃ。その名を聞いたのも今日が初めてだ」

 

 嘘をついている様子はなかった。

 

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