やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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テニスコートの修羅たち

霜月はラケットを軽く握り直し、向かい合う縦ロールこと三浦優美子をじっと見つめた。その視線は冷静さや戦術ではなく、悪戯心と既視感の入り混じった独特の輝きを帯びている。

 

「ねぇ、縦ロール」

 

「なによ?」

 

もはや、霜月が三浦を“縦ロール”と呼ぶことは周知の事実であり、誰も突っ込まない。仮にもカースト上位の女王に対してそんな呼称を使えるのは、霜月澪だけである。

 

「アンタ、中学初めてのテニス大会で私と戦って泣きそうになってたわよね? 特に、私が毎回ロブで返したり、ボールをネットインさせてポイント取ったりしてさ」

 

縦ロールは目を見開き、口を小さく開ける。

 

「な…な、な、」

 

霜月は肩をすくめ、にやりと笑う。

 

「おかげで私は、部活内で『選手泣かせの霜月』なんて不名誉なあだ名をつけられたのよ」

 

周囲の野次馬たちはざわつく。あの縦ロールに、そんな過去があったとは、と。

 

「や、やっぱりアンタだった……苗字が同じで下の名前知らなかったけど……!」

 

縦ロールの怒りオーラが辺りを包む。公衆の面前で過去を暴露されれば、誰だって腹が立つだろう。ましてやトップカーストにとっては屈辱もひとしおである。

 

え?霜月は縦ロールの名前なんか知らないと言ってたじゃないか、って?

 

正解は、単純に覚えてなかっただけである。たった一回の試合で戦った人の名前を覚えている方がおかしい。霜月的には、過去の被害者の名前を忘れていたことに何の問題もないのだ。

 

霜月はラケットを軽く振り、微笑む。その笑みは、まさに“過去のトラウマを利用した悪役コメディ”の序章のようであった。

 

縦ロールは真っ赤な顔でラケットを握り直す。周囲の観衆たちは息を呑み、ざわめく今日のテニスコートは、もはやスポーツの舞台ではなく、霜月演出の“縦ロール公開処刑コメディ”と化していた。

 

 

コートの空気が、ぴしりと張りつめた。次の瞬間霜月澪のラケットが、縦ロールのプライドをスパンと真っ二つに割るかのように動いた。

 

放たれるショットはどれも、いやらしいほど正確。狙いすましたロブ、ネット際ギリギリのドロップ、そして葉山の足元をピンポイントで狙う変化球。

 

全部、嫌がらせの極み。もはやテニスではなく心理戦だった。

 

「俺はやってないからな!本気で!」

 

比企谷が全力で自分の潔白を主張する。だが霜月は完全スルー。既にゾーンに入っており、目には勝利(悪意)しか映っていない。

 

「はーい縦ロール〜?そんな足止めてていいの〜?あっ、でも髪が乱れるのは嫌よね〜?」

 

挑発。毒舌。トリックショット。

 

 

三拍子そろった霜月澪、ただいま絶好調である。そして、奇跡のもう1ゲーム奪取。

 

 観客席がざわめいた。

 

「嘘だろ……三浦が押されてる!?」

 

「てかあの子誰? 性格悪すぎない?」

 

「いや、でもちょっとスカッとする」

 

その空気を切り裂くように、事件は起こる。霜月の“嫌がらせ芸”に完全にブチ切れた縦ロールが、ラケットを構えたまま突進してきた。怒りの形相。まさにテニスコートの修羅。

 

その瞬間、霜月、即叫ぶ。

 

「縦ロールがキレた!乱闘だーー!!」

 

……お前が原因だよ。コートの全員が一斉に心の中でツッコむ。

 

しかし当の本人は、まるで観客を集める大道芸人のように両手を広げ、声を張り上げる。

 

「みんな見てー!縦ロールが暴れるよー!目撃者募集中ー!」

 

過失の割合で言えば――九割九分九厘、霜月。残りの一厘は“縦ロール的な雰囲気”。

 

 

だが霜月は堂々と反論した。

 

「違うのよ!あっちが先に挑発してきたのよ!顔で!」

 

「アンタ真面目にしろし!」

 

三浦が怒号を飛ばす。

 

「いっつもあーしを嘲笑うようなプレイばっかして!」

 

その言葉に、霜月は涼しい顔で、むしろ誇らしげに言い放った。

 

「嘲笑うプレイしてるんじゃなくて、嘲笑うプレイしかしてないのよ、縦ロール」

 

もはや潔いレベルの煽りだった。観客席から「うわぁ……」という空気の抜けた声が漏れる中、霜月は追撃の一言を重ねる。

 

「だいたいね、こちとらは部活の依頼でやってんのよ!縦ロール達みたいに勝手に乱入してるわけじゃないっつーの!ちゃんと先生の許可とってんのよ!そこんとこで勝負してもいいんだぞ、あぁ!?」

 

「いや、その言い方だと余計感じ悪いぞ……」

 

 比企谷が小声で突っ込むが、誰も聞いていない。

 

そして、静寂。数秒後――

 

「やんのかコラァ!」

 

「やるなら正々堂々と勝負しろ!!」

 

テニスコートは、もはや青春ではなく修羅場だった。

 

 

 

 

 

流石に、霜月澪のプレイは“ちょっと”問題があった。いや、“ちょっと”で済ませていいレベルではない。もはや嫌がらせの芸術。

 

その結果、戸塚が渋々霜月に歩み寄り、

 

「……ごめん、霜月さん。ちょっと、交代かな?」

 

と、心底申し訳なさそうに言った。

 

「いいとこだったのに.....」

 

霜月は不満そうに口を尖らせたが、その顔には余裕の笑みがあった。そう、彼女はもう“次の手”を打っていたのだ。

 

交代で登場したのは、奉仕部部長・雪ノ下雪乃。由比ヶ浜に頼み込み、無理やり持ってこさせたテニスウェアを着せての参戦である。ちなみにそのウェア、元々は由比ヶ浜が「これ、ちょっと恥ずかしいかも〜」と着るのをためらったやつだ。つまり、霜月の悪ふざけの延長線である。

 

「……まさかあなたにこのような形で利用されるとは思わなかったわ」

 

雪ノ下が軽く眉をひそめる。

 

「まぁまぁ氷点下の女王、こういうのも青春ですよ。汗と風と皮肉でできてるやつ」

 

「あなたの青春観、だいぶ腐ってるわね」

 

それでも雪ノ下、テニス経験者の意地を見せた。冷静なリターン、隙のない構え。だが、三浦優美子――通称・縦ロール――は違った。

 

霜月に散々煽られ、弄ばれた結果、完全に冷静さを失っていた。

 

「くっ……もう一回、あのやさぐれ女にだけは負けらんないっしょ……!」

 

その気迫が空回りし、プレイは雑になっていく。そして、奉仕部チームがマッチポイント。その最後の瞬間比企谷が、奇跡のようなスイングを放った。

 

「セーシュンのばかやろおぉ—————————!!!」

 

叫びと共に放たれたボールは、上空高く――どこまでも高く――舞い上がる。もはやテニスではない。物理法則を越えた執念のフルスイング。

 

「優美子、下がれ!」

 

葉山が声を上げた時にはもう遅かった。落下してきたボールは地面に激突し、もう一度高く跳ね上がる。潮風が吹き抜け、その軌道をぐにゃりと曲げた。

 

縦ロールは慌てて追いかけるが、足取りはおぼつかない。しかしボールはそのまま後方フェンスへ一直線。

 

 

ガンッ!

 

 

鈍い音。葉山はとっさに金網へ飛び込み、三浦を庇うように抱き寄せていた。

 

「っ……葉山……」

 

三浦は赤い顔をしながら、彼の胸元をぎゅっと小さく握る。

 

瞬間、ギャラリーが爆発した。

 

「キャーーー!!」

「青春だああああ!!」

「尊いッ!!」

 

コートを包む歓声と拍手。まさかのスタンディングオベーション。祝福のファンファーレ代わりに、校舎の方から昼休み終了のチャイムが鳴り響く。

 

勝者、奉仕部チーム。だが空気的には完全に葉山ルート確定である。そしてその光景を眺めながら、霜月がぽつりとつぶやいた。

 

「なにこのオチ」

 

比企谷も隣でボソッとつぶやいた。

 

「青春って、だいたいそういうもんだろ。オチが納得いかねぇやつ」

 

 

 

今日も奉仕部は、平和である。

 

 

 

 

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