やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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迷惑イケメン、来店禁止。

ゴールデンウィークという祝福のような期間が終わってしまい、霜月は深いため息をついた。休みがあと一日だけでも続いてくれれば、そんな願いを、彼女は毎年この時期に唱えている。もっとも、叶った試しはない。

 

さて、そんな霜月はいま学校の屋上にいる。

 

え?屋上なんて普通は入れない?甘い。

 

 

総武高校の屋上の鍵は一見厳重そうだが、実際は“壊れかけてそれっぽく閉まってるだけ”なのだ。

 

つまり、実質ノーガード戦法である。ちなみに一部の生徒はその事実を知っている。いや、知っているが口外しない。バレたら閉鎖されるからだ。

 

霜月はその秘密の楽園(屋上)で、文庫本を読んでいた。

 

あるアニメか漫画で、河原で読書している男子高校生......確かヒデノリとかいう....あのシーンを思い出し、「あれ、カッコいい」と思ったのがきっかけだった。

 

しかし河原は遠いし、虫は多い。結果、屋上に落ち着いた。

 

一流の彼女は、文庫片手に読書を楽しんでいた。ただし読んでいるのはラノベで、しかも姿勢は寝ながら。要するに、「文学少女」の看板を掲げた「やさぐれニート」である。

 

その時だった。

 

ガチャリ、と金属の音。霜月は視線だけ動かす。扉の向こうから、ひとりの女子が入ってきた。

 

長い青白いポニーテール。制服は着崩しており、妙に“こなれた”不良感。表情は不機嫌で、雰囲気はトゲトゲしい。

 

見た目だけなら、完全に不良だ。

 

いや、霜月も大概やさぐれているので、人のことは言えない。むしろ「やさぐれ対決」なら霜月が一枚上である。

 

 

目が合う。霜月、寝転がったまま固まる。不良っぽいJK、無言。

 

……そしてスルー。

 

完璧な判断。ナイスディシジョン。

 

霜月は内心でガッツポーズを決めた。

 

(よし、空気読めるタイプ。話しかけられたら面倒だった)

 

不良っぽい彼女はフェンスのそばに立ち、静かに街を眺める。その横顔にはどこか影があり、孤独を背負っているようにも見えた。屋上には、霜月がページをめくる音だけが響く。

 

 

その時だった。

 

 

風が吹いた。強く、そして気まぐれに。

 

不良っぽいJKのスカートが、ふわりと舞い上がった。

 

霜月の視線は、理性を経由せずに、そちらへと吸い寄せられた。脳より先に口が動いた。

 

「黒の……レース……」

 

静寂。

 

屋上の時間が止まる。風すら凍りついたかのようだ。

 

不良っぽいJKが、ゆっくりと振り向く。その目は冷たい。だが怒ってはいない。むしろ、心の底から呆れていた。

 

「……バカじゃないの?」

 

淡々とした一言、感情ゼロ。しかし、その一撃の破壊力は絶大だった。だが霜月は、まったく動じない。

 

 

「バカとは失礼ね。私は見たものを口にしただけだっての」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この女、恥という概念が欠落している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どう考えても100%霜月が悪い。だが、言い方ひとつで“相手にも若干の非があるように錯覚させる”その技術は、もはや詭弁の才能と呼ぶべきものだった。

 

不良っぽいJKは数秒、霜月を見つめ、ため息をひとつ。それ以上何も言わず、くるりと背を向けて去っていった。

 

屋上に残された霜月は、風に揺れるページを見つめながらぽつりと呟く。

 

「……黒レース、似合ってたな」

 

風がまた吹いた。今度は、文庫本のページを気まぐれにめくっていく。

 

霜月は明日も元気に生きていけそうである。

 

 

 

 

戸塚のテニス部の練習に付き合ってから、一日が経った。奉仕部には再び“平和”つまり“暇つぶしタイム”が訪れていた。

 

由比ヶ浜の提案で、アドレス交換も済ませてある。ただ、部員全員と言っても、まだ一人、奉仕部唯一の腐り目男子、比企谷八幡が来ていなかった。

 

静かな部室。雪ノ下は文庫本を読み、由比ヶ浜はスマホをいじり、霜月は椅子に座ってダラけていた。

 

時計の針が、やけにのんびり進む。

 

「……来ないね、ヒッキー」

 

由比ヶ浜が気だるげに呟く。

 

「遅刻魔か、職員室で成仏でもしてるかのどっちかね」

 

霜月が無表情で返す。口調は淡々としているが、言ってる内容はまあまあひどい。

 

雪ノ下はページをめくりながら、少しだけ眉をひそめた。

 

「また何かやらかして平塚先生に捕まっているのよ」

 

「……あー、ありそう」

 

「確定でしょ」

 

そんなわけで、三人は確かめに行くことにした。

 

職員室前。

 

ドアの前まで来ると、案の定、聞こえてきたのは平塚先生の声だった。相変わらず平塚先生に殴られてもおかしくない事を言うのは何故だろうか?比企谷が用件を済ませ部室に戻る途中、由比ヶ浜がスマホを取り出してにこっと笑う。

 

「そういえば、ヒッキーともアドレス交換してなかったよね!今しよ!」

 

「え?俺、別にいいけど」

 

渋る八幡に、霜月がじっと視線を送る。

 

「今どき連絡先も交換しないの?平成初期の人?」

 

「お前の口の刃、たまに研ぎすぎてんだよ」

 

結局、押し切られる形で比企谷もアドレス交換に参加。これで奉仕部全員の連絡網が完成した。

 

 

 

 

 

 

奉仕部に戻ってきたはいいがやはり、やることはなかった。由比ヶ浜はスマホをぽちぽち、霜月は読書。

 

ちなみに今回の霜月は珍しく“真面目モード”である。手にしているのはキルケゴールの『あれか、これか』。

 

……タイトルだけ聞くと、選択肢問題集か何かに見えるが、内容は哲学書だ。

 

霜月はページをめくりながら、眉をひそめた。

 

(てか、“あれか、これか”って、ボケでも進んでんの?)

 

それでも一応読み進めるあたりが霜月らしい。やさぐれオーラ全開なのに、読んでるものだけ妙に知的そのギャップがまたズルい。

 

(次はタイトルだけで選ばないようにしよ……)

 

中身そっちのけで反省している時点で、すでに負けている。

 

そんな静かな空気の中、

 

「……暇」

 

由比ヶ浜が携帯を閉じて、ため息をついた。どうやら通知も話題も途絶えたらしい。暇つぶしの切り札を失った女子高生、戦力喪失。

 

背もたれにずるずると体を預け、机に突っ伏しかける。

 

「することがないのなら勉強でもしていたら? 中間試験まであまり時間もないことだし」

 

雪ノ下の冷静な指摘。しかし、その声色にはまるで切迫感がない。

 

(勉強を“呼吸”くらいに思ってる顔してるわね……)

 

霜月が心の中でぼやく。確かに雪ノ下にとって、試験とは日常動作に等しい。

 

「勉強とか意味なくない?社会に出たら使わないし……」

 

由比ヶ浜が顔だけ上げて、ぼそりと呟く。

 

「出た!バカの常套句!」

 

叫んだのは比企谷だった。あまりにも予想通りすぎて、むしろ感動すらしている様子である。

 

由比ヶ浜は即座に逃走モードに切り替えた。雪ノ下の説教を避けるため、ターゲットを変更する。

 

「そ、そういえば!ヒッキーは勉強してるの!?」

 

「俺は勉強してる」

 

その返答に、由比ヶ浜が叫んだ。

 

「裏切られたっ!ヒッキーはバカ仲間だと思ってたのに!」

 

「失礼な……。俺は国語なら学年三位だぞ。ほかの文系科目も悪くねえ」

 

「じゃあ、理系科目は?」

 

霜月の静かな質問。比企谷の口が、ぴたりと止まる。その沈黙を見逃す霜月ではない。

 

「……さては、理系科目は由比ヶ浜レベルなのね?」

 

「どういう意味だ!?」

 

個人名を出された由比ヶ浜が、机に手をついて抗議。霜月はやれやれと肩をすくめた。

 

「悪かった悪かった、冗談よ」

 

しかし、由比ヶ浜の表情は完全に“信用できない目”だ。しかし由比ヶ浜は最後の希望を霜月本人に向けた。

 

「しもっちはさ、勉強してる……?」

 

「それなりに。でも社会系なら一位だって取れる、理系はそこそこって感じ」

 

その一言で、由比ヶ浜はすべてを悟った。雪ノ下は当然トップクラス、霜月も優等生寄り、比企谷も文系で強い。

 

つまり、自分以外、全員頭がいい。

 

由比ヶ浜は机に突っ伏した。

 

「裏切り者しかいない……!」

 

その様子を見ながら、霜月は本を閉じてぼそっと呟く。

 

「世の中、“あれか、これか”じゃなくて、“私以外みんな敵か”って話よね……」

 

そして彼女はまた、哲学書を開いた。内容よりも現実のほうが、よっぽど難解だと思いながら。

 

 

 

雪ノ下が本をパタリと閉じた。その音は、奉仕部における「閉店ベル」みたいなものだった。比企谷がノートを閉じ、由比ヶ浜がスマホをカバンに突っ込み、霜月も無言で読んでいたキルケゴールの『あれか、これか』をカバンにしまう。

 

(よし、今日も平和に何もしてない……完璧な一日だった。ようやく帰れる.....)

 

心の中でそう呟いた瞬間コンコン、とノックの音が響いた。

 

(は?閉店間際に来る迷惑客?いや、なんで今から来るのよ)

 

 

霜月の眉がピクリと動いた。完全に「帰るモード」に入っていたところに客来訪。この瞬間、彼女の機嫌メーターは一気に赤ゾーンへ突入する。

 

イライラが一気にこみ上げ霜月は一瞬、舌打ちを放ちそうになるが、雪ノ下の前でそれをやるのはマズいと本能が告げた。とはいえ、依頼の内容次第では全力で舌打ちする気満々である。

 

「どうぞ」

 

雪ノ下が応じると、扉が開いた。そこに立っていたのは、あまりにも爽やかな男。光の加護でも受けてるのかってくらい髪がキラついてる。

 

葉山隼人。

 

学校で“好青年の代名詞”みたいに扱われるリア充の王様である。

 

(うわ……出た。青春そのものみたいな奴)

 

「こんな時間に悪い。ちょっとお願いがあってさ」

 

そう言って、エナメルバッグを床に置く仕草までナチュラルに爽やか。さらに「ここいいかな?」と断って座る丁寧さまで完備している。

 

(……くっ、好感度が無駄に高いタイプ)

 

「いやー、なかなか部活から抜けさせてもらえなくて。試験前は休みになっちゃうから、どうしても今日のうちにメニューこなしたくてさ。ごめんな」

 

「チッ……」

 

その瞬間、部室の気温が2℃下がった。普段なら雪ノ下が放つ冷気だが、今回は霜月が先手を取った。そして、やっぱり耐えられなかった。

 

葉山の口調に嫌味は一切ない。だが霜月の脳内翻訳では、“自分頑張ってるアピール”として変換されていた。

 

「能書きは「能書きはいらないのよ、迷惑イケメン」

 

雪ノ下の台詞を、霜月が強引にぶった切る。目に光がない。帰る直前に仕事が増えた社会人の顔である。

 

葉山が「え?」と目を瞬く。その隣で由比ヶ浜は「やばいやばいやばい!」と慌てて霜月の袖を引っ張った。

 

だが霜月は止まらない。もうスイッチが入っている。

 

「さっさと依頼言って帰ってくれる?つーか帰れ。なんでイケメンの依頼が進む前提で話が進んでんのよ。こっちはもう閉店準備入ってんの。バイト終わりギリギリに来る客みたいなことする迷惑野郎の依頼なんざ聞く義理ないわ。分かったならさっさと帰れ」

 

完璧な営業終了モード。一瞬、雪ノ下も口を閉ざす。由比ヶ浜は慌てて椅子を引き、霜月の肩を掴んだ。

 

「しもっち!落ち着いて!落ち着こ!!」

 

(落ち着けるかっての……帰れると思った瞬間に延長戦とか地獄か)

 

奉仕部において、“依頼を聞く前に依頼人を追い返そうとする”という前代未聞の行為。それを平然とやってのけるのが、霜月澪という女だった。

 

霜月は別に葉山の事が嫌いなわけでは無い.....性格のソリは合わないが問題はそこでは無い。こんな時間帯に依頼を持ってきた葉山が嫌いなのだ。

 

葉山は、そんな空気の中でも穏やかに笑う。

 

「はは……ごめん。ちょっと急ぎでね」と、あくまで爽やか。

 

だが、その微笑みを見た霜月の脳内では、こう聞こえていた。

 

(“俺、イケメンだから許されるでしょ?”……だと?)

 

奉仕部の仕事は、まだ終わらない霜月の精神的にはとっくに閉店してるが。

 

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