やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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皮肉は自然に言うもの

ホテルのロビーにある待ち合わせ場所へと霜月澪が姿を現したとき、既に雪ノ下、比企谷、由比ヶ浜の三人は到着していた。戸塚と材木座は門限やら原稿やらで帰ったそうだ。高級ホテル特有の香水のような空気に、霜月は思わず目を細める。

 

「待たせたわね……」

 

静かに声をかけたその瞬間。

 

「どちら様?」

 

開口一番、比企谷が真顔で言い放った。

 

「……私よ。霜月澪」

 

わずかな間のあと、比企谷の目がわずかに見開かれた。どうやら本気で気づいていなかったらしい。

 

「え、マジで!?雰囲気違いすぎて完全に別人かと思った」

 

「高校生がスーツで来たらそうなるでしょ」

 

由比ヶ浜に驚かれたが確かに彼女の黒スーツ姿は、どう見ても“社会に疲れたOL(仮)”だった。

 

そんな中、由比ヶ浜の服装にも目がいく。

 

「てか由比ヶ浜、そんな服持ってたの?」

 

「あっ、これゆきのんから借りたの!なんかすっごい大人っぽいやつ!」

 

「別に。たまに着る機会があるから持っているだけよ」

 

雪ノ下は涼しい顔でそう言った。

 

「高校生で“たまに着る機会”って何のよ……」

 

霜月の小さなツッコミは、残念ながら誰にも拾われなかった。比企谷はオールバックの髪を確認し、由比ヶ浜は鏡を見てポーズを決め、雪ノ下はすでにエレベーターのボタンを押している。

 

「さあ、行きましょうか」

 

その一言で、奉仕部の“川崎沙希更生プログラム・本番”が幕を開けた。……もっとも、ここまでの準備期間が長すぎて、もはや何のプログラムだったか若干あやふやである。

 

やがて、エレベーターの扉が静かに開いた。その先に広がっていたのは、シャンデリアが輝く豪奢な空間だ。

 

「「お、おおぉぉ……っ!」」

 

庶民代表の比企谷と由比ヶ浜は、完全に場の格に飲まれていた。一方、同じ庶民枠の霜月はというと

 

無表情。

 

まるで「照明、無駄に明るいな」くらいにしか思っていない顔だ。いや実際は驚いてるが顔に出ない。おそらく、表情筋が死んでいるか、もしくは単に興味がない。

 

……たぶん、両方だ。

 

こうして、“青春奉仕部による社会勉強(?)ミッション”は幕を開けたのであった。なお、開始五分で既に全員のテンションがバラバラなのは、もはや仕様である。

 

 蝋燭のように密やかで、ともすれば暗いとすら感じられる空間。

 壁の片側は全面ガラス張りになっており、そこから東京湾の夜景が一望できた。

 四角い間取りの角には、スポットライトに照らされた簡易ステージ。

 白人女性らしきピアニストが、淡々とジャズを奏でている。

 

 ──庶民が入っていい空間ではない。

 

 そう断言できるほどの、敷居の高さ。

 煌びやかでありながら、どこか人を試すような静寂に満ちている。

 

 高校生三人+αにとっては、まさに未知の世界だった。

 

(眩しい……目が痛い……)

 

霜月澪の第一印象はそれだった。

比企谷と由比ヶ浜が「高級そう!」とか「すごーい!」とか小声で感想を漏らしているなか霜月だけ光の量に文句を言っているあたり、やさぐれの本領発揮である。

 

そんな霜月たちを見回しながら、雪ノ下が低い声で諭す。

 

「きょろきょろしないで。背筋を伸ばして胸を張りなさい。顎は引く。……それが、こういう場所における最低限度のマナーというものよ?比企谷君。癪だけど霜月さんを見習った方がいいわよ」

 

その場の全員が霜月を見る。確かに、彼女は冷静そのもの。場の雰囲気に飲まれず、凛とした態度を保っている。

 

 が、実際は。

 

(いや、別に動じてないんじゃなくて……興味ないだけ)

 

「褒める気があるなら“癪”って単語入れないでくれる?」

 

「癪なのは事実よ」

 

「でしょうね……」

 

テンポよく続く口撃戦。由比ヶ浜は置いてけぼりで、比企谷は既にため息モード。そのとき、入り口近くで控えていたギャルソンがすっと現れた。

流れるような所作で案内を始め、彼らをバーカウンターへと導いていく。

 

高級な革張りの椅子、磨かれたグラス、琥珀色の液体。どこを見ても「高校生が座っていいのか?」と疑問しか浮かばない空間。

 

そして、席に着こうとした瞬間――

 

視界の端で、比企谷が何かを捉えた。

 

「……お?」

 

横を見ると、そこには見知った顔。黒いベスト姿で、無駄のない動きでグラスを磨いている少女。

 

手慣れた様子で“きゅっ、きゅっ”と磨くその姿は、完全にバーテンダー。

 

「川崎……?」

 

比企谷が呟いた声に、少女がふと顔を上げる。

 

「ん?」

 

そう、そこにいたのは彼らがあの手この手で更生させようとしていた本人。素行不良JKこと、川崎沙希その人であった。

 

(ようやく見つけた……)

 

霜月の胸中で、小さな勝利の鐘が鳴る。

 

が――

 

「……申し訳ございません。どちら様でしたでしょうか?」

 

例によって例のごとく、“どちら様対応”である。

 

完璧な接客スマイルを浮かべた川崎に、奉仕部メンバー全員が沈黙した。

空気が重くなる。いや、重いというより“しっくり来すぎて怖い”タイプの沈黙。

 

(……やっぱり根がプロよね、この人)

 

 

 

霜月は心の中でため息をついた。それは、もはや高校生のバイトではなく社会人の風格だった。そこに雪ノ下と川崎の目が合い思わず呟いていた。

 

「……雪ノ下」

 

川崎が低く唸るように名を呼んだ。

 

「探したわ。川崎さん、こんばんは」

 

雪ノ下はまるで旧友にでも話しかけるような穏やかさで、しかし堂々と席に腰を下ろす。その瞬間、川崎の眉間にピクリと皺が寄った。

 

「で?何しに来たわけ?まさかそんなの連れて、社会人ごっこデートってわけじゃないでしょ?」

 

「まさかね。横の“そんなの”を見て言っているなら、冗談にしたって趣味が悪いわ」

 

「は?」

 

早くも険悪ムード。バーの上品なBGMに対し、二人の会話だけ妙に物騒な音がする。そこに、霜月がひょいと割って入った。

 

「ちょっと。誰を社会人扱いしてんのよ」

 

鋭い目線で言い放つ。彼女は髪を少し上げて大人びた雰囲気を演出していたが、口を開けばいつもの毒舌だ。

 

川崎は一瞬、誰か分からず目を細める。霜月はそんな彼女に向かって、にやりと笑った。

 

「久しぶりね、素行不良娘」

 

JKの代わりに娘とつけたのは霜月なりの配慮である。

 

「……誰?」

 

「黒レース女の方が通じる?屋上で会ったでしょ」

 

「あ、アンタ……!」

 

霜月の毒がクリティカルヒットした。バーの照明に照らされたその笑みは、やけに悪役じみて見える。

 

(……こいつ、潜入ってより“潜入してる風”だな)

 

比企谷は内心で突っ込みながら、仕方なく話を本筋に戻す。

 

「夜帰るのが遅いって、弟が心配してたぞ」

 

その言葉に、川崎の動きが止まった。だが、すぐに深いため息をつく。

 

「はぁ……どうも周りが小うるさいと思ってたら、あんた達のせいか。

 大志が何言ったか知らないけど、気にしないでいいから。もう関わんないで」

 

「いや、そう言われてもな……」

 

比企谷が苦笑いで返す。雪ノ下は腕を組み、由比ヶ浜はオロオロ、霜月は無言。

 

「止める理由ならあるわ。だってシンデレラの魔法が解けるのは午前0時だけれど、あなたの魔法は、ここで解けてしまうのだから」

 

雪ノ下、開幕からストレートに心臓を狙う。対する川崎も負けていない。

 

「魔法が解けたなら、あとはハッピーエンドが待ってるだけなんじゃないの?」

 

返しが早い。だが、雪ノ下は目を細めてさらに畳みかける。

 

「それはどうかしら?人魚姫さん。あなたに待ち構えているのはバッドエンドだと思うけれど……」

 

静寂。ピアノの旋律だけが空気を縫うように響く。

 

(……物語を比喩に使うという高度な皮肉合戦かよ)

 

比企谷は思わず背筋を引いた。まるで高級ワインのテイスティングみたいな嫌味の応酬である。

 

「ねぇ、ヒッキー。あの二人、何言ってんの?」

 

庶民代表・由比ヶ浜の疑問が投下される。だが、回答者は比企谷ではなかった。

 

「要するに、昔話を皮肉の材料にして会話してるのよ。貴族ごっこね」

 

霜月、頬杖をつきながら淡々と解説。由比ヶ浜は「ほえー」と素直に感嘆したが、霜月はさらに追い打ちをかける。

 

「ただあの二人。皮肉の使い方がなってないわね。皮肉ってのは、熱くなるほど負け。自然に刺してナンボよ」

 

その一言が、見事に刺さった。雪ノ下と川崎、ほぼ同時に黙り音楽が再び主導権を取り戻した。

 

(……マジで黙らせた....皮肉の達人か?)

 

比企谷は内心で小声の実況をしていた。

 

沈黙を破ったのは、雪ノ下だった。グラスを指先で軽く回しながら、声を落とす。

 

「やめる気はないの?」

 

その問いに、川崎は肩をすくめて笑う。

 

「ん?ないよ。……まあ、ここはやめるにしても、また他のところで働けばいいし」

 

(言い切ったな……)

 

霜月は視線だけでそう呟いた。雪ノ下は表情を変えず、比企谷は「帰りたい」と心の中でつぶやき、由比ヶ浜はやっぱりオロオロしていた。

 

ジャズが流れ、夜景が揺れるそして、奉仕部の場違いな“社交バトル”は、まだまだ続きそうだった。

 

(あ〜これ絶対また面倒になるやつだ)

 

比企谷の予感は、たぶん的中していた。

 

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