やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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おにぎりの日に比企谷は嘘をつく、そしてバレる。

一週間にわたる中間考査が終わった。終わったはずなのに霜月の顔は晴れなかった。

 

「……また、やりたくもない奉仕部の日々が再開するのね」

 

誰に言うでもなく、ため息が部室の天井に吸い込まれていく。テストよりも精神にくるこの部活動を、彼女は心の底から“受け入れていなかった”。

 

だがその奉仕部に、妙な変化があった。由比ヶ浜結衣が来ていない。

 

一週間、ずっとだ。

 

授業には出ているし、友達と笑い合っている。昼休みにはパンを半分こしている姿も見かけた。

 

外見上は、何も変わっていない。……ただ、放課後だけは違った。

 

チャイムが鳴ると同時に、教室から消える。家に直帰、または友達と帰宅コース。奉仕部は、きれいにスルー。

 

そして、その沈黙に最初に痺れを切らしたのは雪ノ下だった。

 

「……あなた、由比ヶ浜さんと何かあったの?」

 

唐突な問い。だが当の本人、比企谷は眉ひとつ動かさずに答えた。

 

「いや、何も」

 

短い。あまりにも短い。その一言に、雪ノ下の眉がかすかに動いたが、先に反応したのは、別の人物だった。

 

「嘘ね」

 

食い気味の即答に比企谷と雪ノ下、同時に視線を向ける。声の主は、奉仕部のやさぐれ担当・霜月澪。机の上にはサルトルが書いた『実存と無』どう考えても青春の部室に似つかわしくない哲学書を読んでいる女だ。

 

そのタイトルが象徴するように、霜月の精神は常に“存在とは何か”を問うている。

 

 

主に人の心の黒い部分を。

 

 

「比企谷、アンタが嘘つくときはね、言葉数が妙に減るのよ。それに、声が少し低くなる」

 

ページをめくりながら、目線すら合わせず淡々とした調子で話した。まるで推理ドラマの探偵役を気取るかのように。

 

「……え?なんで知ってんの?怖っ。ストーカー?」

 

比企谷が引き気味に身を引く。まるでヤバい人を見るような目。しかし霜月はようやく視線を上げ、冷えた瞳で言い放った。

 

「ストーカーじゃないわよ、高二病末期患者」

 

「誰が末期患者だよ。俺はまだ健康体そのものだ」

 

「“まだ”って言ってる時点で手遅れよ」

 

霜月はため息まじりに言い捨てると、指先で本をトントンと整えた。ページの間から、まるで「本当にどうしようもない人間だな」とでも言いたげなオーラが漂う。

 

「てか、さっきのは『それっぽく言っただけ』よ」

 

「……は?」

 

「“なんで知ってんの”って反応が出るかどうか試したの。で、見事に引っかかったわね」

 

霜月は鼻で笑い、さらりと本に視線を戻し、指先で静かにページをめくった。その動作が妙に優雅なせいで、余計にムカつく。

 

沈黙。部室に響くのは、紙の擦れる音だけ。

 

やがて比企谷がぼそっと呟く。

 

「……お前、性格悪くね?」

 

「分析型の観察眼って言って。あと、性格悪いのは知ってる、素行不良JKにも言われたから」

 

まるで「天気がいいね」みたいな軽さで即答。自覚ありの開き直りスタイル。

 

雪ノ下はこめかみを押さえながら、静かに息を吐く。比企谷は天を仰ぎ、天井のシミに逃げ場を求めた。

 

結果、部室の中には三人分のため息と、一冊のサルトルだけが残った。

 

青春の部室で交わされているのは、哲学でも恋でもなくただの言葉の応酬である。

 

 

霜月による比企谷の“嘘バレ事件”のあと、奉仕部にはなんとも気まずい空気が漂っていた。雪ノ下は無言、比企谷は無表情(という名の虚無顔)、霜月はページをめくる音で空気をごまかしている。

 

そのとき、運命の扉が、乱暴に開かれた。

 

「なんだ、由比ヶ浜は今日もいないのか」

 

「げっ」

 

霜月は思わず声に出していた。入ってきたのは、奉仕部顧問・平塚静。ノック?そんな文明行為は彼女の辞書に載っていない。

 

「先生、ノックを……」

 

雪ノ下が半ばあきれたように言うが、すでに遅い。平塚先生は堂々と部室の中心へ歩む。

 

「彼女には、それなりに期待していたのだがなぁ……そして霜月、今君は私に向かって“げっ”と言ったな?」

 

「教育的指導の名目で腹パンする教師がいたら、誰だって嫌な反応しますよ」

 

「ぐふっ……!」

 

痛恨の一撃。平塚先生はダメージを負いながらも、机の後ろに座って深く溜息をついた。頬杖をつき、遠くを見るような目。

 

(……いや、何しに来たんですか?)

 

霜月の脳内ツッコミが自然発生した。

 

「あの、先生。何か用があったんじゃ……」

 

「ん?ああ、そうだ比企谷。例の勝負だが、これからはバトルロワイヤルで行こう」

 

“バトルロイヤル”ではなく、“バトルロワイヤル”。細かいけど妙にこだわりを感じた霜月

 

「バトルロワイヤル……?」

 

「必要なら新入部員を勧誘しても構わない。由比ヶ浜はもう来ないようだしなぁ」

 

「先生、由比ヶ浜さんは別に辞めたわけでは、」

 

「来ないのなら同じだよ。幽霊部員など私には必要ない」

 

 

 

雪ノ下の反論を、平塚先生はピシャリと切り捨てた。その一言で空気が一瞬にして凍りつく。

さっきまでダメージを受けてた教師の顔はどこへやら、次の瞬間には、総武高校の“冬将軍”が降臨していた。

 

「君たちは何か勘違いしてはいないかね? ここは君たちの仲良しクラブではない」

 

凛とした声。部室の空気が一気にピリつく。雪ノ下は背筋を正し、比企谷は目を逸らし、霜月は口を開いた。

 

「自己改革という名の、ただの強制収容所ですもんね?」

 

真剣な場面を爆撃するように放たれた皮肉弾。平塚先生の額に青筋が浮かぶ。

 

「……霜月。君は黙っていたまえ」

 

「先生は私に命令する前にちゃんとノックしてから入ってきてください」

 

「ぐっ……!」

 

追撃クリティカル。冬将軍、開幕二連撃をもらって早くも氷がヒビ割れる。比企谷は椅子をずらしながら小声でぼやく。

 

「おい霜月、先生のライフはもう0だぞ」

 

「だって、正論だし」

 

「いや、正論ほど怖ぇんだよ」

 

そんな二人のやり取りを横目に、雪ノ下は静かに溜息をついた。

 

「ま、まぁあれだ。由比ヶ浜のおかげで部員が増えると部の活動が活発化することは分かったわけだし、いい機会だ。君たちは月曜までにもう一人やる気と意思を持った者を確保して人員補充したまえ。なんなら……今から!」

 

平塚先生の軽妙な口調と共に、いつもの“寸劇”が幕を下ろす。はい、奉仕部、安定の残留確定。

 

そして残されたのは――

 

比企谷八幡、雪ノ下雪乃、霜月澪。以上、部員三名。個性の渋滞、ここに極まれり。

 

「で? どうすんだ?」

 

比企谷の面倒くさそうな声。

 

「決まっているでしょう。由比ヶ浜さんに戻ってきてもらうのよ」

 

雪ノ下の答えは即答だった。というか、それ以外の選択肢が存在しない。

 

「……まぁ、それしか道はないよなぁ……」

 

 

 

一方霜月は机の上で我関せず状態で『実存と無』を読んでいた。完全に“部活の会議中にサルトル読む女”である。もういっそ、存在そのものが実存的だ。

 

そんな中、雪ノ下が不意に口を開いた。

 

「6月18日、なんの日か知ってる?」

 

「知らん」

 

比企谷が即答した、その直後。

 

「おにぎりの日」

 

突拍子もない霜月の一言に、雪ノ下が一瞬だけ目を瞬かせた。……ちなみに6月18日は本当におにぎりの日である。それだけは何故か霜月は覚えていた。

 

「即答で断言できてしまうのだけは、さすがのコミュニケーション能力ね」

 

雪ノ下は皮肉を飛ばす。

 

「一人、私も考えてなかった答えが聞こえてきたけど……由比ヶ浜さんの誕生日よ。たぶん」

 

「そうなのか?……っていうか、“たぶん”?」

 

「ええ、たぶんよ。アドレスに『0618』って入っていたから。だから、たぶん」

 

「……つまり直接確認したことないから確証はない、と?」

 

「それこそ、メールで聞けば良くない?」

 

霜月の的外れな提案。雪ノ下は目を逸らし、比企谷はため息をつく。沈黙、気まずさ、そして地味に続く紙をめくる音。

 

いつも通りの奉仕部だ。

 

「で?それが?」

 

「……だから誕生日のお祝いをしてあげたいの。たとえ今後、由比ヶ浜さんが来ないとしても、これまでの感謝はちゃんと伝えたいから……」

 

雪ノ下はほんのわずかに頬を染め、目を伏せた。その姿は一瞬だけ"普通の女の子”のようで、比企谷はなぜか直視できなかった。

 

「そうか」

 

彼はそれだけを呟く。

 

「意外と優しいのね」

 

霜月が小さく言うと、また沈黙が落ちた。

 

......が、その後に放たれた一言が、すべてをひっくり返す。

 

 

「ね、ねぇ、比企谷くん……」

「あん?」

 

静寂を切り裂いたのは、雪ノ下雪乃の小さな声。比企谷は眉をひそめ、胸の奥がぞわりとするのを感じた。

 

「そ、その……あの……つ、付き合ってくれないかしら?」

 

見た目だけは学園屈指のクール系美少女、雪ノ下雪乃がまさかの告白。比企谷の脳内で赤ランプが点滅し、全システムが停止した。

 

 

その横で霜月澪は本を手に、淡々とページをめくる。表向きはまるで哲学書に没頭しているだけだが、内心では毒舌とツッコミが炸裂していた。

 

(ラブコメとかでありがちな展開はわかるわよ。でもね、なんで会話文の肝心な部分が抜けてるのよ……男子高校生殺す気なの……この氷点下の女王は?)

 

頭の中で突っ込みを連発しつつ、霜月は冷静に状況を分析する。

 

完璧を気取るなら、思春期男子の心臓の鼓動くらい理解してほしいものだ。胸が早鐘を打ち、呼吸がわずかに乱れる……そういうのを察するのが普通じゃないのか。

 

現実的に考えても、雪ノ下が比企谷に好意を持っている可能性は限りなくゼロに近いがあると霜月はふんでいた。

 

(正反対の二人が付き合うか、それに近い関係になるのはお約束だし....)

 

しかし、ここに霜月という部外者が目の前にいる状況を考えると、この告白は成立し得ない。

 

目が合っただけで男子の心臓を止める氷点下の女王が、今、三人目の観察者の目の前で告白しているのだ。そんな事はあり得ない。

 

霜月は瞬時に結論を出した。

 

選択肢は一つ「由比ヶ浜のプレゼント選びに付き合ってほしい」という意思表示に違いない。

 

いや、それしか考えられない。告白のフリをして、実際にはプレゼント選びに巻き込む。

 

この状況を分析すると、比企谷は間違いなくその罠に嵌められる……いや、嵌まっている。そして雪ノ下は口を開いた。

 

 

「……霜月さんも」

 

雪ノ下が口を開いた瞬間、比企谷は再び心臓が止まりそうになった。

 

え、今度は誰に言ってるんだ、と

 

霜月は軽く眉を上げ、本を閉じてじっと二人を見つめる。言葉は出さない。ただ、顔だけで「何やってんの、この二人……」と訴えていた。

 

比企谷はどうリアクションすればいいか分からず、顔を赤くするだけ。雪ノ下は頬を赤らめつつ、もごもごと意味深に言葉を濁す。

 

静寂の中、霜月はページをめくる手を止めてため息を一つ。

 

「誤解されるような言い方はしないことね」

 

これぞ、青春の奉仕部流“誤解型ラブコメ”の始まりである。

 

 




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