やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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思想団体とジャンプ脳

「それで部長殿、この奉仕部は何をする部なんですかね?」

 

それは妙に軽い口調で投げかけられた一言だった。けれど、それが部室の空気にちょっとした風穴を開けるには十分だった。

 

霜月は頬杖をついたまま、くいっと顎を上げて雪ノ下を見た。声のトーンも、態度も、挑発的だった。

 

「平塚先生には部の名前しか聞いてないもので」

 

何も知らない素振りを装ってはいるが、実際のところ、彼女は“何となく察していた”。平塚先生が担当の時点で普通の部活では無いと半分確信していたし、部室の空気を吸った時点で、もう半分は確信していた。

 

だからこそ、こうして聞いたのだ。あえて、“普通の部活動”を期待しているかのように。

 

すると、雪ノ下がぴたりと本を閉じた。その動作ひとつとっても、どこか儀式めいていて、まるでこれから「始まる」ことを告げているようだった。

 

ゆっくりと立ち上がった雪ノ下の目線が、自然とつづりを見下ろす位置に落ち着く。彼女の髪が静かに揺れ、次の瞬間、その場の空気が一段、張りつめた。

 

「持つ者が、持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える」

 

(初っ端から思想強めの発言したんだが...てか自分が持つ者前提なのね)

 

雪ノ下がいきなり語り始めた。霜月が内心で警戒音を鳴らす。これはなにかの宗教勧誘か、それとも意識高い系サークルの勧誘文句か。

 

「人はそれを“ボランティア”と呼ぶの。途上国にはODAを、ホームレスには炊き出しを、モテない男子には女子との会話を」

 

「最後だけピンポイント過ぎない?」

 

霜月がすかさず口を挟む。ノリ半分、ツッコミ半分。雪ノ下の口から「モテない男子」なんてワードが飛び出すとは思っていなかったし、その対象が恐らく目の前の男子生徒であることも、容易に想像がついてしまった。

 

ただ、比企谷はというと、視線を机に落としたまま、まるで「またか」と言いたげな沈黙を守っていた。いや、諦めか。最早悟りの境地といっても差し支えない。

 

雪ノ下は、そんな反応など意に介さず話を続けた。

 

「困っている人に、救いの手を差し伸べる。それが、この部の活動よ」

 

堂々たる宣言。何なら少し鼻高にすら見える。言ってる内容はそれっぽいし、理屈も一応通ってはいるのだけれど──どうにもクセが強い。というかクセしかない。

 

そしてその締めが、これだ。

 

「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ」

 

その言葉と同時に、部室の空気が一瞬だけ止まった気がした。静寂。完璧すぎる締め方に、拍手のタイミングを逃したみたいな間が生まれる。

 

霜月は口を半開きにしたまま、雪ノ下の姿を見上げていた。

 

(……いや、ボランティア部っていうより、思想団体って感じなんだけど....)

 

「テンション、すっご。てか、モテない男子に女子との会話って……慈悲の配給所ってこと?配布型の青春なの?」

 

その場の空気に突っ込みを入れたのは、やっぱり霜月だった。

 

「いや、ほんとそれ。需要も供給も終わってる」

 

比企谷が肩を震わせながらボソリと呟く。誰よりも深くこの部の現実を知っている男の、重みある一言だった。無駄に説得力がある。

 

「失礼ね。私は極めて真面目に話していたのだけれど」

 

雪ノ下がやや不機嫌そうに返すも、どこか慣れている感じだ。言い合いにも、茶化されることにも。

 

この三人、バランスが悪いようで、妙に噛み合っている気もする。

 

「優れた人間は、劣った者を救う義務があるのだそうよ。──平塚先生曰く、ね。頼まれた以上、責任は果たすわ。あなたの問題を矯正してあげる。感謝なさい」

 

雪ノ下雪乃はそう言って腕を組み、完全なる上から目線……というか、もはや別の次元からお言葉を授けるような雰囲気だった。

 

椅子に座ってるだけなのに、なぜか謎の威圧感がある。口調こそ静かだが、その内容はそこそこというか、だいぶトゲがあり、圧もある。

 

「……急に自分が都に迷い込んだ農民かなんかに思えてきた」

 

霜月が思わずつぶやいた。ツッコミというより、自然と漏れた本音に近い。雪ノ下の佇まいがあまりにも“貴族然”としていたせいだ。

 

「それって、“ノブレス・オブリージュ”とかいうやつ?慈悲深い貴族が下々の民に手を差し伸べる的な……。いや、日本の公立高校でそれ出されるとは思わなかったけどさ」

 

 

日本語に訳すなら「貴族の務め」。──まあ、そこまで言っておいて何だが、高校の部活動でそれを持ち出すのは相当キマってる。けど、雪ノ下が言うとそれがあまりにも自然に聞こえるから不思議だ。

 

霜月の言葉に、比企谷が吹き出しかけて肩を震わせる。雪ノ下はそんな反応もどこ吹く風、真顔のまま微動だにしない。

 

事実、彼女の成績は学年トップクラス。顔立ちは雑誌の表紙でも違和感のないレベル。言動はともかく、外側だけなら“完璧”である。下手に持ち上げれば本人に怒られそうだが──それでも、“貴族”って呼び名は案外的を射ている。

 

「というか、奉仕部って貴族の慈善事業?もしかして私たち、配給待ちの庶民枠?」

 

「言い方に悪意があるわね」

 

「言ってる内容に棘があったから、バランス取ろうとしただけよ。気にしないで」

 

霜月と雪ノ下の言葉の応酬に、比企谷は再び小さくため息をついた。口には出さないが、彼もまた“ああ、これが奉仕部なんだな”と悟ったらしい。

 

いや奉仕部とは名ばかりで、その実態は“貴族の慈悲による矯正施設”なのかもしれない。

 

部室の空気がひと段落したのを見計らったかのように、雪ノ下は読んでいた文庫を再び手に取り、ページをめくる。静けさが戻り、しばしの間、紙をめくる音だけが微かに響いた。

 

その静寂を破ったのは、比企谷のぽつりとした一言だった。

 

「つか、霜月はなんで奉仕部に入ることになったんだ?」

 

トゲも尖りもない、どこか素朴なトーンだった。たまたま気になったから口に出した、みたいな気楽さ。それでも、目線の端にはちゃんと彼女の姿が入っている。

 

「あの《高校生活を振り返って》って作文あったでしょ、覚えてる?」

 

「……ああ。アレか」

 

比企谷の表情がほんの少しだけ曇る。どうやら彼にとっても、あの課題はトラウマ級の案件だったようだ。霜月は頷きながら、さらりと続ける。

 

「それで、《青春とは、ほとんどの時間が“退屈の積み重ね”である。》って書いて提出したのよ」

 

霜月に、比企谷は眉をひそめつつも、どこか納得したように頷いた。

 

「お前も……あの作文で呼び出されたクチか」

 

「正解、平塚先生に呼ばれて、軽く説教されて、気づいたらこの部室の前に立ってた」

 

「強制転送……どこの異世界召喚だよ」

 

「しかも初期装備は何もなし。割とハードモードじゃない?」

 

ふたりして苦笑いを交わす。ツッコミとボケの応酬に、どこか既視感のようなリズムが漂う。

 

霜月はふと思い出したように机に肘をついて、逆に聞き返す。

 

「で、比企谷は?あの作文、何書いたの?」

 

「……要約すると、『リア充爆発しろ』って感じ」

 

返ってきたのは、潔さすら感じるストレートな回答だった。思わず、霜月は「おお……」と感心したような声を漏らす。

 

「もはや遺言じゃん」

 

「俺としては誠実だったと思うけどな」

 

「いやいや、先生サイドが一番困るパターンでしょ。それ……どう処理すりゃいいんだって話でしょ」

 

 

霜月が肩を揺らして笑うと、比企谷もそれに釣られるように、ふっと口元を緩めた。何気ない会話だが、妙に息が合っている。

 

そんなふたりのやり取りを聞きながら、雪ノ下雪乃は視線を本から上げることなく、ほんの僅かに眉を寄せた。

 

「本当に……平塚先生の人を見る目を時々信用できなくなるわ」

 

小さく呟かれたその声は、決してボソッとではなかった。聞こえるように言っている。たぶん、聞こえた誰かが反応することも想定済みだ。

 

案の定、比企谷がぼそっと返す。

 

「おい、今の誰に対するツッコミだよ」

 

雪ノ下はそれに答えず、黙ってページを一枚めくっただけだった。まるで何も聞かなかったかのように、完璧にスルーを決め込む。

 

今度は霜月がぽつりと口を開いた。

 

「そういや比企谷って、いつ奉仕部に強制入部させられた?」

 

──“強制”という単語をさらっと使っているが、それを言うなら自分も似たようなものだろう。平塚先生による問答無用のキャッチ&ドロップ方式は、もはや勧誘ではなく、転送に近い。本人の意思?そんなもの、あの先生の辞書には載っていない。

 

比企谷はその問いに、わずかに顔をしかめながらも

 

「ああ……昨日だな。下校間際にいきなり職員室に呼び出されて、気づいたら部室送り。雪ノ下とは顔合わせたくらいで、少ししか話してねぇ」

 

「え、ガチの強制……それもうほぼ連行でしょ」

 

「だな、異議申し立ても弁護士もなし」

 

「なるほどね。じゃあ実質、今日が初日?」

 

「そんな感じた。俺も新入り、仲良くしてくれや先輩」

 

最後の一言には明らかに皮肉が含まれていたが、それを聞いた霜月は肩をすくめる。

 

「私のほうが早めに部屋に入ったし、先輩風吹かせてやるかな」

 

「こういうときだけ先輩面する奴が一番タチ悪いな」

 

「後輩のくせに口が悪いわね.....」

 

軽口の応酬に、どこか共犯者めいた空気が生まれる。どちらも“望んで”この部に来たわけじゃない。だが今こうして向かい合っているのは、皮肉な偶然か、それとも誰かの……いや、平塚先生の計画的犯行か。

 

どっちにしても、逃げ場はないようだった。

 

その静寂を破ったのは、ドアが荒っぽく引かれる無遠慮な音だった。ノック?なにそれおいしいの?と言わんばかりの堂々たる侵入。

 

「雪ノ下。邪魔するぞ」

 

現れたのは、平塚先生。おなじみの白衣で、その姿は、仕事のできる女性教師に見えなくもないが、実態は教育委員会も真っ青な強硬派である。

 

「ノックを……」

 

雪ノ下が小さく抗議の声を上げるが、それすらも軽く聞き流すように、平塚先生は手をひらひらと振ってみせた。

 

「悪い悪い。まあ気にせず続けてくれ。様子を見に寄っただけなのでな」

 

そう言いながら、壁に寄りかかる動作までが自然体。実に“様子を見るだけで済まない奴”のテンプレを地でいっている。

 

彼女の目が、部室の三人、霜月、比企谷、雪ノ下を順に捉える。そして、なぜか満足げにうなずいた。

 

「仲がよさそうで結構なことだ」

 

どこをどう見たらそうなる。その場の空気を味噌汁にしたら間違いなく塩分過多なのに、なぜそんな総評が出るのか。比企谷が心の中で全力のツッコミを入れるが、当然それは誰にも届かない。

 

「霜月はそのやさぐれた態度をなんとかすること。比企谷は根性の更生と……ついでに腐った目の矯正にな。よろしく頼むぞ」

 

ひとしきり言いたいことを並べ立てたあと、平塚先生は満足そうに姿勢を正し、踵を返す。これが本人なりの激励なのだろう。たぶん。

 

「では、私は戻る」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 

そう言って比企谷が慌てて先生の腕を引き留めた、その瞬間

 

「いたっ! たたたたたっ!ギブッ!ギブギブッ!」

 

彼の体が妙な方向にねじれ、耐えかねたように腕をバシバシとタップし始める。ようやく平塚先生が手を離すと、比企谷は肩を押さえて小刻みに震えていた。

 

「……なんだ比企谷か。不用意に私の後ろに立つな。しっかり技をかけてしまうだろう」

 

「いや、あんたゴルゴかよっ!あとそこは“うっかり”で済ませとけよ!しっかりすんなよ!」

 

「注文が多いな……。それで、どうかしたか?」

 

痛がりながらも、比企谷は不満を抱えたままぶつける。

 

「どうかしてんのはあんたのほうですよ……。更生って、俺が非行少年みたいじゃないですか。ていうか、ここ、なんなんですか。俺、奉仕部って言う名の矯正施設に放り込まれたの?」

 

その言葉に、平塚先生は「ふむ」と顎に手を当て、少し考え込むような仕草を見せた。

 

「雪ノ下は君に説明してなかったか。この部の目的は、端的に言ってしまえば、自己変革を促し、悩みを解決することだ。私は、改革が必要だと判断した生徒をここへ導くことにしている」

 

そのタイミングで、ずっと横で黙って様子を見ていた霜月が、机に肘をつきながら口を挟む。

 

「“導く”っていうか、ほぼ投げ込んでるだけですよね。改革って言い方も……うちの学校に独裁者でも混ざってんですかね?」

 

その場の空気が一瞬だけ止まり、そして比企谷が言う。

 

「確かに、“改革が必要な生徒は収容所へ”感すごいよなここ」

 

「うるさいぞ君たち。私は君たちのためを思ってだな……」

 

「でました、“君たちのため”」

 

霜月の追撃が軽やかに入る。その声音は冗談めいていたが、芯にある皮肉の針は鋭い。

 

奉仕部、名前だけ聞けば聞こえはいいが、比企谷や霜月からすれば“平塚先生案件の受け皿”である。先生による人間ガチャの結果、選ばれし生徒(やらかした生徒)が送り込まれる強制収容所。

 

とはいえ、平塚先生もその程度の茶々では動じない。むしろ嬉しそうに口角を上げ、鼻を鳴らすと、「成長の兆し」とでも言いたげな目で二人を見つめていた。

 

「雪ノ下、どうやら比企谷と霜月の更生には手こずっているようだな」

 

部室の空気を読み取ることなく、いや、読んだ上でスルーしたかのようなタイミングで、平塚先生がそんな言葉を投げかけた。

 

雪ノ下はというと、いつも通りの冷静なトーンで、即答する。

 

「本人たちが、自分の問題点を自覚していないせいです」

 

その一言は、氷より冷たくて、まるで診断結果「余命3ヶ月です」と宣告されたかのような淡々とした響きだった。

 

「え、私もそのカウント入ってんの?」

 

と、霜月が驚くように口を挟む。

 

「比企谷だけじゃないの?」

 

「お前も入ってんだよ」

 

と比企谷がすかさず返すが、ツッコミに覇気がない。というのも、彼自身、今の会話の流れにどこか身に覚えのない居心地の悪さを感じていた。

 

……やってないのに冤罪で親に呼び出されて、両親の前で「悪い子ですね」ってガチ説教されてる小学生の気分に近い。しかも相方まで一緒に怒られてるタイプのやつ。

 

「こういうの、ダブル冤罪って言うんじゃないすかね?」

 

と霜月がふざけ半分で肩をすくめると、平塚先生は「冗談が言えるうちは大丈夫だな」と言った。

 

やがて時間は進む。

 

「そうじゃねぇんだよ。なんだ、その・・・変わるだの変われだの他人に俺の自分を語られたくないんだっつの」

 

比企谷のその言葉から始まり、部室の空気はすでに火花が散る寸前だった。比企谷と雪ノ下が「変われるか、変わらないか」の論争で剣を交える。

 

比企谷の理屈は雪ノ下に「詭弁」と一蹴され、雪ノ下の表情には鬼気迫る怒りが浮かぶ。思わず比企谷は後ずさり。霜月も小さく息を呑む。

 

「お〜怖っ……」

 

「二人とも、落ち着きたまえ」

 

救世主いや、混沌の使者であり全ての元凶・平塚先生が仲裁に入る。

 

霜月は内心「コレでようやく収まる……」と思ったが、その希望は即座に粉砕される。むしろ平塚先生に期待していたのが間違いだった。

 

「面白いことになってきたな。私はこういう展開が大好きなんだ。ジャンプっぽくていいじゃないか」

 

(火にガソリンぶっかけてきやがった、この女!!)

 

平塚先生の目が輝いている。間違いない、これは「少年ジャンプ脳」が完全に発動している顔だ。

 

(この独身女.....毎週ジャンプ買って、そろそろいい歳だし“もう卒業かな”って思いながら、結局やめられないタイプだ……)

 

霜月の脳裏に、どっかの銀髪天然パーマのニート侍がチラついた。

 

「それではこうしよう!」

 

先生がビシッと指を刺す

 

「これから君たちの下に悩める子羊を導く。それぞれの正しさを存分に証明するがいい!誰が人に奉仕できるか!!ガンダムファイト・レディー・ゴー!!」

 

「嫌です」

 

雪ノ下、即答。まさに即死コンボ。比企谷も無言で頷く。完全同意。

 

そして——

 

霜月は淡々と口を開いた。

 

「先生のシャイニングフィンガー喰らって頭部破壊で失格扱いされたくないので、私も止めときます。つか面倒い」

 

静寂。

 

「クッ……まさか一番興味なさそうな霜月が理解していたとは……!」

 

平塚先生が悔しそうに拳を握る。

 

霜月は小さく微笑んで言った。

 

「見た目からアニメとかゲームしない人って思われがちですけど、普通にやってますから」 

 

比企谷が小声で呟く。

 

「意外とノリ良いな」

 

雪ノ下は呆れたようにため息をつき、

 

「本当に……人は見かけによらないわね」

 

かくして、奉仕部の午後は、平塚先生のジャンプ脳によって台無しになったのだった。

 

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